選ばれしヒーロー!
花が盛りを終え、芽吹いた若葉の緑が目立ち始めた穏やかな午後。新興住宅街が広がる路上の片隅に、四人の中年の主婦たちが神妙な面持ちで話し合っている姿があった。
「ところで、聞きましたぁ?
「最近あまり家に帰ってないんですってねぇ」
「えー! そうなのぉ?」
「なんでも噂によると、若い男と不倫してるんですって! それも同時に複数の男と!」
「まぁ!
「じゃあ泣西さん、その男たちと同棲でも始めたってことぉ?」
「失楽園よ、失楽園!」
「でも複数の若い男と同棲なんて大変じゃなぁい?」
「逆ハーレムよ、逆ハーレム!」
主婦たちが下世話な噂話で盛り上がっているところへ、「大変! 大変! 大変よぉ〜!」と叫び声を上げながら、彼女たちと同年代くらいの女性が、路地の奥からバタバタと足音を響かせて駆けてくるのが見えた。頭にはたくさんのカーラーが巻きついたままになっている。
「あら! 鈴原さんじゃないの! 一体どうしたの? そんなに慌てて」
鈴原と呼ばれた中年女性は、中腰になって両手を膝に置いて身体を支えると、肩を激しく上下にさせつつ「そ、それが……たい、大変……大変なのよぉ!」と途切れ途切れに言葉を継ぎ、「なな、なき、泣西さん……がッ! む、むむ、むこ……向こうでッ!」と自分がやってきた方向を指差した。
「ちょっと鈴原さん、落ち着いて! 泣西さんになにかあったの⁉︎」
「なき、泣西……さ……おお、男ッ! た、たったた……たい……」
「男? もしかして、泣西さんが男に襲われてるのッ⁉︎」
「えーッ⁉︎」
「たぁいへん! 警察に通報しなくっちゃ!」
主婦の一人がそう叫ぶと、鈴原はカーラーのついた頭をぶんぶんと左右に振り、再び荒い息をぜいぜいとやりだした。
「ねぇ、ひょっとしたら、襲われてるんじゃなくて不倫の真っ最中なんじゃ……」
「ちょっと行ってみましょうよ!」
「そうね、行ってみましょ!」
主婦たちは鈴原を残し、彼女が指差したほうへ我先にとばかりに駆け出した。その様子はまるで、腹を空かせた猛獣たちが、ようやく見つけた獲物を奪われんと暴れているかのような、我欲を満たそうと狂喜する野蛮で
十字路に差しかかり、どちらへ行けばよいのかと迷う主婦たちの耳に、ごっこ遊びをしている子供と
すると主婦の一人が「ねぇ、今の声、泣西さんに似てなかった?」と言うと、別な一人が「それに、ちょっとおかしかったわよね? 店長とかって……」と疑問を呈しつつ同意を求めた。
「掃除、洗濯、食器洗い! 余すとこなく家庭を浄化! トマトレッド!」
またもや聞こえてきた女性の声に、ある確信を持って
「いるだけで悪を
続く名乗りの声を頼りに主婦たちが走る。
「手肌に優しく、油汚れに容赦なし! チャーミーグリーン!」
角を曲がり、左側の塀がブロックから生け垣に変わると、聞こえてくる声が次第に大きくなってきた。
「優雅な香りで敵も味方も昇天必至! エレガントイエロー!」
生け垣の隙間からチラチラと多彩な色が覗く。
「食べたら最後、仲間も卵も残らず全滅! ブラックキャップ!」
長い生け垣を回り込み、門柱を通りすぎて広い庭を正面に捉えたところで、それぞれ五色の全身タイツに身を包んだ、各人各様のポーズを取っている男女五人の姿が視界に入った。
「我ら洗浄戦隊! クレンジャー!」
五人の声に合わせて派手な爆発音が鳴り響き、地面で爆竹らしきものがバチバチと
「やった! タイミングばっちり! うまく決まったわね、みんな!」
トマトレッドが振り返り、四人のメンバーたちに声をかけると、ブルーレットと思われる青タイツの男性が「やりましたね! トマトレッド!」と両手でガッツポーズを取った。
「みんなのおかげよぉ〜! これなら誰かに動画の撮影たのんどくんだったわ〜」
「じゃあ今度はカメラマンとして、もう一人連れてきましょうよ!」
チャーミーグリーンらしき緑タイツの男性が提案し、トマトレッドは「そうね、それがいいわね!」と興奮したように同調したものの、「でも、またこのメンバーで集まれるかしら……」と不安げに漏らした。
「ねぇ、ちょっと! 泣西さん……泣西さん!」
主婦の一人が手招きしながら声をかけると、それに気づいたトマトレッドが「あら? あらあらあらあら! どうしたの? みなさんお揃いで?」と相好を崩して彼女たちのほうへ近づいてきた。
「それはこっちのセリフよぉ! アナタこそ、こんなところで何してるのよぉ! しかもその格好……一体どうしちゃったのぉ?」
「あー、これ? 実は私ね、今ヒーローやってるのよぉ〜! ほら、あそこにいるあの子たちと一緒にぃ〜」とトマトレッドが背後のメンバーに向かって手を振ると、彼らは「あ、どーもー」「こんちゃーす」「うぃーす」などと口々に挨拶を返した。
「ヒーロー⁉︎ アナタが⁉︎」
トマトレッドは「そうなのよぉ〜」と答えるや否や、主婦たちから一歩下がって「洗浄戦隊! クレンジャー!」と声を張り、片手に持った鍋をタワシで
「ヒーローって……でもアナタ、噂だと家にも帰らず若い男と不倫してるって……」
「不倫⁉︎ いやぁねぇ〜! そんな時間ないわよぉ〜。でもまぁ、最近はヒーロー活動が忙しくって、たしかに家を空けてることは多くなっちゃったかしらねぇ〜。活動の後はあの子たちとよく打ち上げに行ったりもするしぃ〜」
「泣西さーん!」
名前を呼ばれて振り返ったトマトレッドは「あ、はーい! 今行きまーす!」と返事をし、再び主婦たちに向き直り「じゃあ私、呼ばれてるから、もう行くわね!」と嬉しそうに告げると、
男性メンバーたちと合流するトマトレッドを呆然と眺め、主婦たちは「ねぇ……泣西さん、なんかちょっとスマートになってなかった?」「私もヒーローやろうかしら……」などと羨ましそうに呟いていた。
「えーっと……それで、なんだったかしら?」
そう言ってトマトレッドがメンバーを見回すと、黄色タイツのエレガントイエローが「ほら、そこの怪しげな二人組の男を
「あ、そうそうそう! さすがはエレガントイエローね! ところでアナタ、今日もいい匂いがするわね? それ、なんて香水?」
「実はですね、これ香水じゃなくって」
エレガントイエローがトマトレッドに説明しようとするのを、横幅があるほうの人影が「あー、ちょっといいかな?」と遠慮がちに
「なぁに? ところでアナタ、どちら様?」
「俺は……おたくらの言う、怪しげな二人組の男の一人だよ」と、およそひと月ほど前、ある家に空き巣に入ろうとして、リアルレッドもといオリジナルレッドに精神的に追い詰められて心にキズを負った、当時アニキと呼ばれていた男が答えた。
「あらやだ! 聞こえちゃってた? ごめんなさいねぇ〜。それで、なにかしら?」
「たいしたことじゃないんだけど……おたくらさ、以前はチーム名もメンバーも違ってなかったか? 前はもっとこう、みんな似たような色ばっかりで、関係もギスギスしてたっていうか……よくキレる短気なリーダーが仕切っててさ」
「よくキレる短気なリー……あー! はいはいはい! それってもしかして、
「いや、そんなんじゃなくって、なんていうか……普通の赤みたいな名前だったような……」
改名する前のオリジナルレッドしか知らないアニキに取っては、それが同一人物の名前であるなどとは気づくはずもなかった。
「あら、そうなの? それじゃあちょっとわからないわねぇ……でもまぁ、ほら、私たちも二十人以上の大所帯になっちゃったでしょぉ〜? そんなだから毎回全員で出動するわけにもいかなくなっちゃってねぇ〜。それでね、ちょっと前から出動するメンバーを抽選で決めるようにしたのよぉ〜」
「なっちゃったでしょって言われても……」
「その抽選制も田端くん、リアルレッドが提案したことなんだけどね。自分で提案して導入した制度なのに、彼ったらまだ一度も当たったことがないらしくってぇ〜」
あぎゃぎゃぎゃぎゃと不可思議な笑い声を上げたトマトレッドは、一転して「一番ヒーロー活動したい人が選ばれないって皮肉なことよねぇ〜」と感慨深げに呟いた。
「それでね、私ったら彼とは逆に引きが強いらしくってね、毎回活動メンバーに当選するようになっちゃってぇ〜。それもなぜか、このメンバーとばっかり組むことが多いのよぉ〜。不思議でしょぉ〜?」
「ええ……まぁ、不思」
「そんなもんだからね、もういっそのこと、私らだけで新しいチーム名を作っちゃいましょ! ってみんなで意気投合してね、それでこういうことになったのよぉ〜。あら? ところで、なんの話だったかしら?」
トマトレッドの話を長々と聞かされ、どういうわけかそれだけで酷く消耗した気分となったアニキは、空き巣に入ることも弟分の
なお消息筋によると、それ以降、その界隈で家屋に侵入しようとする怪しげな二人組を見た者はおらず、代わりに、近所のスーパーで熱心にバイトに励む、アラサー男性二人の姿をよく見かけるようになったのだという。
かくして正義の心を持つヒーローたちの活躍により、凶悪な犯罪が未然に防がれただけでなく、図らずも二人の若き男性の更生に成功したのである。
ありがとう! トマトレッド! よくやった! 洗浄戦隊クレンジャー! それから、もうちょっと頑張れ! リアルレッド! 新派閥に負けるな! 極限戦隊ゲンカイジャー!
了
極限戦隊 ゲンカイジャー 混沌加速装置 @Chaos-Accelerator
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます