ブラックの受難!
「なに?」
気怠そうに近づいてきたトゥルーレッドを、リアルレッドが「ちょっとコイツの横に並んでみろ」とタイツの肩のあたりを引っ張ってカンガルーポーの隣に立たせた。
「なになになに?」
リアルレッドは「見てみ、自分らの色」と並んだ二人の衣装に交互に光を当てた。二人は言われるまま互いの姿を確認しあい、目が合うと気まずそうに頬を引きつらせ、それぞれが気味の悪い愛想笑いを浮かべた。
「で?」
「『で?』じゃねぇよ! オマエら色被ってんだろうがッ!」
「いや、被ってないし。俺のほうが比較的トゥルーだし」
「比較的トゥルーってなんだコラッ!」
リアルレッドとトゥルーレッドの
声がしたほうをライトで照らすと、カンガルーポーを守るかのように、彼の前で両手を真横に広げたピンク色のタイツが立ちはだかっていた。光を上に向けたリアルレッドは、ファンデーションを突き破って伸び始めた青髭だらけの顔を見るなり、「誰だテメェ」と嫌悪感たっぷりの声で訊ねた。
「いつでもどんな時でも自分らしく、そして楽しく生きるのがモットー! ハッピーバースディよ」
「知るか、このカマ野郎ッ!」
「誰がカマ野郎だ、この
「青髭はテメェだろうがッ!」
リアルレッドの剣幕に押されたのか、それとも気にしていることを言い当てられて
「てかオマエら、それ色の名前か? あぁッ⁉︎ カンガルーポーにハッピーバースディ? てか、ディってなんだディって! デーでいいだろうがッ! テキトーな名前つけやがって……やる気あんのかゴルァッ!」
「テキトーじゃないわよ! 実際にある色なんだから、しょうがないじゃないの」
「実際にある色だぁ⁉︎ おい、誰か知ってるヤツいるか?」とリアルレッドがメンバーたちの顔にライトを向けたが、みな互いに顔を見合わせたり俯いたりするだけで答える者はいない。
「誰も知らねぇってよ、この嘘カマ野郎ッ!」
「嘘カ……ちょっとアンタ! 人のこと嘘つき呼ばわりする前に、スマホ持ってるんだから、ちゃんとググって確認しなさいよ!」
「あぁ? んなダリィことやってられっかよ。メンドクセェ」
「な……ちょっと!」
「もう名前のことはいいわ。あー、あとなんだっけかなぁ……なんかイラッとしたことが……てかさ、俺含めて十人いたよな? 一人足んなくねぇか?」
そう言ってリアルレッドはライトを振り回し、ローズレッドのいる左端から人数を数えはじめ、ハッピーバースディまでくると「は? やっぱ九人しかいねぇし。一人バックレやがったのか?」と誰にともなく呟いた。
「あ、えっと……います。ここに……」
背後から聞こえた声に、リアルレッドは「むひゃッ⁉︎」と妙な悲鳴を上げると、半ば前のめりとなって転びかけ、すかさずスマホのライトを声のしたほうへと向けた。が、そこには夜の闇から抜き出したような黒い人型があるだけで、それ自体は光をまったく反射しておらず、表面の凹凸すらもわからない、ただのっぺりとした漆黒の空間が口を開けていた。
「っだ、テメェッ! いるならいるって言えやッ!」
「え、だから今……いるって言ったっていうか……」とベンタブラックが控えめに反論した。
「てか、またオマエか! 黒すぎて見えねぇって言っただろがッ! なんで普通の黒にしねんだよ⁉︎ アレか、借金取りからでも逃げてんのか、あ⁉︎」
「いや、ただ……このタイツの布地、けっこう高かったから……使わないと、もったいないし……」
「全身タイツなんてたかだか数千円だろうがッ! 貧乏クセェこと言ってんじゃねぇ!」
「えっと、二万円ぐらい……かかって」
「はぁッ⁉︎ 金の使いどころ間違ってんじゃねぇよ! タイツに二万って、ブランド物にこだわるJKかッ!」
「いや、自分、JKじゃなくて男っていうか」
「そこじゃねぇよッ!」
リアルレッドに突っ込まれ、ベンタブラックが「え、どこ?」と周りを見回した。
「そういう意味じゃ……てか、口上でふざけたこと言ってたのもオマエか? ちょっともう一回言ってみろ」
「黒き黒髪、黒光り」
リアルレッドは「なぁ、おい」とベンタブラックの顎を下からガッシリと掴み、「オマエそれ、自分で言ってて気づかねぇか?」とまるで容疑者を問い
「ふぇ? にゃ、にゃにをっしゅか?」
「黒髪が黒いのは当たり前だろうがよぉッ!」とリアルレッドは顎を掴んでいる手を左右に激しく揺さぶった。
「やめ、やめ、やめてくだ」
「ヒーローの口上ナメてんのかッ! もっと真面目に考えろやッ!」
リアルレッドが乱暴に手を放すと、ベンタブラックは両手で顎を
再びベンタブラックの顎を掴んだリアルレッドは「もっとおかしいだろがッ! 白いのか黒いのか、どっちだよッ!」と先ほどよりも強めに揺さぶり、「あぁッ⁉︎」と怒声を浴びせて彼を突き放した。
「でも、あの、おかしな口上言ってたのって……その、自分だけじゃないっていうか……むしろなんか、全員おかしかった、みたいな……」
体勢を立て直したベンタブラックは、自分だけが怒られるのは納得がいかないとばかりに、まるで友人の
「あ? なら、どうおかしかったのか言ってみろ」
「どうって言われても……例えば、そこのトゥルーレッドって人だと……」
「コイツは元からおかしいから気にすんな」
近くで聞いていたトゥルーレッドは「元からって」と苦笑し、「アンタも人のこと言えなくない?」と聞き取りづらい声でヘラヘラと言い返した。
「な?」とリアルレッドはベンタブラックに同意を求め、トゥルーレッドを無視して「ほかは?」と次を促した。
「ほか……ほかは……あの、奥にいるセクシー女優の」
「ローズレッドな。アイツも放っといてやれや。わかるだろ?」とリアルレッドが小声で囁くように言ったにも関わらず、ローズレッドは「なに? 今あたしのこと呼んだ?」と耳聡く聞きつけた。
聞こえないふりでやり過ごしたリアルレッドは「スパイダーマンの格好したパクリ外人も論外な。なに言ってたかわかんねぇし」と先手を打ち、「てかオマエ、無理やり他のヤツら巻き込もうとしてないか?」とベンタブラックに詰め寄った。
「ちが……だって、本当に」
「だから、誰がおかしかったのか言ってみろっての」
「え……じゃあ、そこの太ったオバサンとか……」とベンタブラックはトマトレッドを指差し、「惣菜が安いだのなんだのって……スーパーのことばっか言って」と指摘した。
「そりゃオマエ、主婦だったら当たり前だろうが!」
「えッ⁉︎ な……でもさっき、当たり前なこと言うなって」
「オマエが示そうとしてんのは『おかしなこと言ったヤツ』だろうがッ! 話すり替えてんじゃねぇぞ! 名探偵コナンの犯人役みてぇな格好しやがって!」
「えぇッ⁉︎ そんな……」
「もう気が済んだだろ? ったく、ガキみてぇな言い訳ばっかしやがって。付き合ってられるかッ!」
そう吐き捨ててリアルレッドが
「あー、メンドクセェ。てか、俺らなにしに来たんだっけ?」
リアルレッドがメンバーたちの顔を順にライトで照らしていると、「あの、リアルさん……リアルレッドさん?」と例の甲高い声が聞こえてきた。
「あ?」と声のしたほうへ明かりを向けたリアルレッドは、「誰だテメ……つーか、オマエどこかで見たことあるな」と小柄な相手の顔面にライトを近づけ、眉間にシワを寄せた凶悪な表情で上から彼を睨みつけた。
「ほら、俺ですよ。俺」
「あぁ⁉︎ 対面式のオレオレ詐欺たぁ、いい度胸してんなぁ、おいコラ!」
「ち、違いますよ! ほら、俺ですって、俺! クリムゾンですよ」
己の顔を必死で指差すクリムゾンに、ライトの明かりを近づけたり遠ざけたりしていたリアルレッドは「あッ! んだよ、オマエかよぉ」と気を許したような声を出したものの、すぐに「早く言えよ。黙ってたらわかんねぇだろうが! 指示待ち人間かテメェわ!」とわずかに苛立ちを含んだ声で続けた。
「え……でも黙って待ってろって、リアルさんが言ったんじゃ……」
「はぁ? 人のせいにしてんじゃねぇよ!」と逆上したリアルレッドは、「てかオマエ、こんな暗がりでなにしてるわけ?」と疑問を口にすると、クリムゾンの隣にいる女性の顔をライトで照らしてまじまじと見つめ、再び彼の顔に明かりを戻し「誰? その女?」と抑揚のない声で訊ねた。
それまでの激情が消失し、能面のような顔となったリアルレッドの様子に
リアルレッドは「彼女ぉッ⁉︎」と素っ頓狂な声を上げるなり、「ってこたぁ……もしかしてアレか? オマエ、これアレだろ? カップルが暗がりでやることっつったらよ、なぁ!」と嬉しそうに言い、「ホテルまで我慢できなくなって、もうここで淫らに乱れちまおうって感じだろ? な!」と下世話なことをなんの
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