七人のレッド!

 膝からくずおれたトマトレッドを慰めるように、ハッピーバースディが彼女の肩に手を置き「大丈夫?」と声をかけている横で、リアルレッドは「なんなんだよ、一体……」と大きな溜め息をついた。


「あの、オリジナ……リアルレッド、さん?」


 甲高い声の人影に再び話しかけられたリアルレッドは「なに? てかさ、ちょっと待ってろって言ったじゃん。だったら俺が声かけるまで黙って待ってろよ。まだ立て込んでんだよ、こっちは。見りゃわかんだろ」と、自分でも誰が誰だか判別できないのを棚に上げて無茶を言った。


「はぁ……すいま、でも、あの俺」


 まだ何か言いたげなキンキン声を無視し、メンバーたちのほうへ向き直ったリアルレッドは「あー、なに言おうとしたんだっけ……なんかもう情報量多すぎて、どこから突っ込みゃいいのかわかんねぇよ、なぁ?」とキレ気味に言ってトゥルーレッドのいるあたりへ顔を突き出した。


「とりあえずさ、メンバー多すぎじゃね? なんだよ、十人って。戦隊モノは五人って決ま」


「十人のヒーロー戦隊もいるし」


「は? 誰、今言ったヤツ。オマエか?」と怒気を含んだ声で言ったリアルレッドは、不良がガンをつける勢いで「あ? あ?」と顔の角度を変えながら、トゥルーレッドの顔面へとさらに顔を近づけていった。


 トゥルーレッドが無言でいると、リアルレッドは別のキレポイントを思い出したらしく、唐突に「あ、そうだ。さっきレッドって言ったヤツ、手ぇ挙げろ」と命じた。


 薄ぼんやりとした星明かりのもと、おずおずと六本の手が挙がる。


「ちょっと何人挙げてっかよく見えねぇから、さっきの口上と同じ順番で名前言ってけ」


「ディー……トゥルーレッド」


「ローズレッド。知ってるでしょ?」


「I'm American Red!」


「トマトレッドよ」


「シグナルレッドじゃ」


「ワインレッドです」


 全員が名乗り終えると、リアルレッドは何度もうなずきながら「オマエらだけでも六人もいんだろ? な? 俺入れたら七人だよ」と両手を腰に当て、「なんだこれ? 歴代レッド大集合か? あ⁉︎ 多すぎんだろがッ!」と怒りに顔を歪ませた。


「でも、みんな違うレッドだし。それに暗くて見えないんだから別によくね?」とトゥルーレッドが先ほどと同じ言葉を繰り返した。


「オマエは黙っ……じゃあ、わかった! 本当に全員違う色か調べっから、誰かスマホよこせ」


 リアルレッドの高圧的な態度におののきつつも、ワインレッドが「あのぅ、スマホをどうするんです?」とおどおどと訊ねた。


「ライトだよ。色調べるって言っただろうが」


「はぁ。あなたは持っていないので?」


「持ってるに決まってんだろ」


「では、なにゆえ他の方のスマホを?」


「ライト使ったらバッテリー食うだろうが! イチイチうるせぇヤツだな。もうオマエのでいいからよこせ!」


「え、あの、ちょっ」


 無理やりロックを解除させ、嫌がるワインレッドからスマホを奪い取ったリアルレッドは「口上言った順に、そこへなら」と途中で言葉を止めると、「そういや、後半おかしな連中混じってたよな?」といぶかるような声を上げた。


「おかしな連中って」とトゥルーレッドが鼻で笑い、「言ったらさ、全身タイツ着てだよ? こんな夜中に外を出歩いてる、俺ら全員おかしな連中なわけで」と身も蓋もないことを口にした。


「おい、レッド以外のヤツも全員並べ!」


 都合の悪いことは聞こえないとばかりに、リアルレッドはトゥルーレッドを無視して大声を張り上げた。


 横一列に並んだメンバーの顔と衣装を、左から右へと歩きながら順番にライトで照らしてゆく。すでに見知っているトゥルーレッドとローズレッドを一瞥いちべつして通過し、三人目のアメリカンレッドの前でリアルレッドは足を止めた。


「オマエ、この衣装……パクリだろ?」


「What?(なんて?)」


「『ワッ?』じゃねぇよ。スパイダーマンのパクリだろって言ってんの」


「Umm...I don't speak Japanese...so, I don't understand...(いや〜……日本語知らないんで……だからちょっと意味わかんないっつうか……)」


「なに日本語わかんねぇフリして誤魔化してんだよ。オマエ本当は日本語わかってんだろ? 順番に名前言えって命令した時も名乗ってたし、今もこうして並んでんじゃん」


「いや、自分マジで日本語わか」


「喋ってんじゃねぇかよッ! それが日本語だよッ!」


 怒鳴られたアメリカンレッドは背筋を伸ばして姿勢を正した。


「なんで嘘ついたわけ? メンドクセェとか思ったのか? あ?」


「別に……そういうわけじゃ……」とアメリカンレッドが消え入りそうな声で答える。


「聞こえねぇよ! オマエ、口上でスパイダーマンがどうのこうの言ってたよな?」


「あれは……その、Spidermanに見えるけど違うよっていう……」


「だからスパイダーマンだろって! 胸にクモのエンブレムあるし、上半身に網目模様入ってるし、まんまじゃん。てかオマエ、スパイダーレッドとか言って半分ぐらい青じゃねぇかッ! なんだそりゃ!」


「あの……Spider redじゃなくて、American redです……自分、America人なんで、だから国を象徴する赤と青の二色がいいかなって」


「日本語ペラペラだなぁ、おい! わかんねぇとか言ってたクセによぉ、なぁ! てか訊いてねぇから! ツートンカラーにした理由とか」


「でも、さっき、なんだそりゃって」


「知らねぇよ! このパクリ野郎ッ!」


 萎縮したアメリカンレッドが「なんか、すいません……」と小声で呟くと、リアルレッドは満足したらしく、最後に彼をひと睨みしてから隣にいるトマトレッドの前へと移動した。


 丸々と太ったトマトレッドの体型に顔をしかめたものの、名前どおりトマトのような赤色をしているのと、先ほど知った真実によって打ちのめされている彼女に同情したのか、リアルレッドは何も言わずに続いてシグナルレッドへとライトを向けた。


まぶしッ!」


 大袈裟に顔を背けたシグナルレッドは「眩しくて堪らん! 明かりをどけてくれんか」としわがれた声で懇願した。


「ちょっとくらい我慢しろよ爺さん。色を確認するだけなんだからよ」


「それなら早く済ませてくれんか。レーシック手術を受けてからというもの、夜に明かりを見ると眩しくて眩しくて」


「なにハイカラなモンに手ぇ出してんだよ。てか、それ手術失敗だろ。そんな状態なのにわざわざ夜に来る必要あんのか? そもそもアンタ戦力になんのかよ」


「戦力になるかどうかはわからんが、わしも色々と大変でな。ゴビンドラも養ってやらにゃならんし、少しでも生活の足しになることをせんと……赤信号なんじゃよ、家計も健康も。シグナルレッドなだけにな」とニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「いや知らねぇし。なに上手いこと言ったみてぇなツラしてんだ。さっきの口上でも言ってただろ、それ。てかゴビンドラってどこの外人だよ」


「飼ってるポメラニアンじゃ」


「どんなネーミングセンスだよ。あとこれ趣味の活動だから給料とか出ねぇぞ」


「えッ⁉︎」


 急激に生気を失ってガックリと項垂うなだれたシグナルレッドを尻目に、次に控えていたワインレッドへとライトを向けるなり、リアルレッドは「オマエふざけてんのか、コラッ!」と怒りを爆発させた。


「え? え? 僕なにかしました?」


「『なにかしました?』じゃねぇだろ! オマエの色、明らかにレッドと違うじゃねぇかッ!」


「それはそうですよ。だってワインレッドですし」


「テメェなに開き直ってんだ、あぁ⁉︎」


「開き直ったわけでは……というか、全員違う色であることを調べているのなら、むしろ僕の場合は皆さんと違っているわけですし、められこそすれ怒られるのは理屈に合っていないのでは」


「うるせぇッ! 理屈に合ってねぇのはテメェだろうがッ! 赤でもねぇのにレッド名乗ってんじゃねぇッ! 紛らわしんだよッ!」


「いや、だから僕はワインレ」


 まだワインレッドが喋っているにも関わらず、隣の若い男性の前へと進んだリアルレッドは「オマエ、もう一回名乗ってみ」とどこか楽しげな調子で言いながら、思い詰めた表情で俯く彼の顔を下からライトで照らし出した。


「カ、カンガルー……ポー……です」


「あぁッ⁉︎ なんだって⁉︎」


「えっと……カンガ、カンガルー……ポー?」


「なんじゃあそりゃあッ⁉︎ なんで疑問形なんだよ、あぁッ⁉︎ テメェの名前だろうがッ!」


 鬼のような形相で迫るリアルレッドに恐れをなし、カンガルーポーが「ひぃッ!」と短い悲鳴を上げて身をすくめた。


「カンガルーポーってなんだって訊いてんだよ。ポーってなんだ、ポーって、あぁッ⁉︎」


「あの、ちょっといいですか? Pawは動物の足って意味で、だからKangaroo pawはKangarooの足って意味です」とアメリカンレッドが口を挟んだ。


「一部だけメチャメチャ発音良くて入ってこねぇわッ! あとなんだよ、その『パァ〜』とかいう気の抜けた言い方はよぉ!」


「それがPawの正確な発音で、日本人の発音だとPoeで、作家のEdgar Allan PoeのPoeに」


「発音の正確さなんて訊いてねぇよ!」と一喝したリアルレッドは、列の左端あたりへライトを向け「おい、トゥルー! オマエちょっと来い」と声をかけると、カンガルーポーに向き直り「千歩譲って名前はいいとしてもよぉ」と呟きながら、彼の身体に沿ってライトの明かりを何度も上下に苛立たしげに往復させた。

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