第53話 びんぼーさん

「相変わらず人が多いですね、ナグナ王国は」


 ナグナ王国に到着した私は、道中で出会ったフナという(変な)少女と一緒に、行動していた。

 ナグナ王国は沢山の人で溢れ、賑わっていた。どこをみても、店、店、店、人、人、人!


「人が多いとこ、嫌いなの?ニミちゃん」


「嫌いと言えば嫌いですが……私は騒々しい場所よりも、のんびりゆったりした場所の方が好きですね」


「さすが、隠密行動を得意とするファーゼさん!」


「……ファーゼとは関係ないですよ。何でもかんでもファーゼと結びつけるのはやめて下さい」


「ごめんね!許してニミちゃん!」


 フナが可愛らしく言う。

 ごめんね、と言われても……。


「別に謝ってくれるなら、いいんですけど……」


「やっさしいなぁ!ニミちゃん

 !大好き!」


 ほんっとに、苦手なタイプだ、全く……。



「そうだ、ニミちゃんってお金持ってる?ナグナ王国は物価がそこらの国と比べて、高いからねぇ!びんぼーさんだと、払えないんだよ!」


「お金……ですか。多少はあると思います……多分」


 ロホアナとススから生活費は貰っているものの、具体的な宿の金額を私は知らない。お金に関しては、完全にロホアナとススに任せていたので、全然分からない。


「でも大丈夫!宿の代金は、フナが払ってあげるから!びんぼーさんなニミちゃんでも安心だよ!」


「別にお金が無いわけじゃないです!びんぼーさんでも無いです!」


「さっきも言ったけど、ナグナ王国は裕福な国なの!国民もほかの国と比べたら、随分豊かな生活を送れているし、物も質が高い分、高価なの!だから、ニミちゃん気を付けてね!今回はフナが払ってあげるから!」


 フナは笑顔でそう言う。

 力説されてしまった。圧倒されてしまった。何も言えない。


「ニミちゃん、お腹空いてない?フナが奢ってあげる!」


「大丈夫です。お腹空いてませんから」


「そんなお腹ペコペコりんなニミちゃんには、フナのとっておきっ!のお店を紹介するね!」


「本当に人の話を聞きませんね……」


「こっち、こっち!さ!さ!行こ行こ!」


 私はフナに腕を引っ張られながら、フナによろよろとついていく。

 私達は人通りの多い大通りから離れて、路地裏へと入る。

 先程まで賑わっていた大通りと違い、路地裏は不気味な程ひっそりと静まり返っていた。薄気味悪く、先程までとは、明らかに空気が違った。薄暗いのもあるだろうが、それは違う気がする。所々に人はいるものの、何やら妙に敵意を剥き出しているというか、こちらを睨んでいるというか……

 若い少女二人がきゃぴきゃぴしながら通るような場所では無いだろう。

 早いとこ抜けたいのだが、フナは平然と歩いている。


「あの、フナさん?」


「んーー?どうしたの?ニミちゃん!フナに何か用?」


「ここ、明らかに雰囲気が違うんですけど……大丈夫なんですかね?」


「へーきだって!こっちこっち!いこいこ!」


「一体どこに行こうとしてるんですか?」


「美味しい料理が食べられる場所だよ!お腹すいてるニミちゃんの為に!」


「だから、お腹は空いてないですって……」


「もう少しなんだけど……あ、着いた!ここだよ!」


 フナが指差す先は、若干古びた小さな建物だった。


「ここは、何ですか?」


「デッヒ様の知り合いのおじさんが経営している料理屋さんだよ!」


「ダランゼラ……では無くて?」


「違う。違う!ダランゼラは酒場。ここはフツーの料理屋さんだよ!表通りから少し離れた場所にあるから、ちょっと見つけづらいんだけど、すっごく美味しいんだから!穴場ってやつ!」


 美味しい店なのかもしれないが、こんな場所までわざわざ来たくはないな……見た目も古びて汚らしいし、この店が視界に入ったとしても、「よし、中に入ろう!」とはならない気がする。


「見た目だけで物事を判断しちゃだめだよ!ニミちゃん!入ろ入ろ!」


 私はフナに連れられ、店の中へと入った。


 ***


 料理屋ハティーワートは、ナグナ王国の裏路地にある小さな料理屋である。

 治安も雰囲気も良くないナグナ王国裏路地の中で、この店に入ろうとする者は少ない。ハティーワートは看板も広告も出していないので、その存在すら知らない人も多い。ハティーワートは主人である男が一人で経営していた。ナグナ王国騎士団長ヴィロスは、ハティーワートの主人と顔馴染みである事から、仕事終わりや休憩の際に、クレニアと一緒にハティーワートによく立ち寄っていた。顔が知れているヴィロスとクレニアは何をしていても目立ってしまうので、人が少ないハティーワートは心を休める唯一の場所だった。ヴィロスと同じようなマニアックな客がいるらしく、何とか経営する事は出来ているようだ。


 ハティーワートの店内には、ヴィロスと隣に座っているクレニア。奥で調理場を掃除している主人の三人がいた。


「情報屋デッヒ……か」


 ヴィロスは小さく呟く。



「王国の情報網は全部その胡散臭いおっさんから仕入れてるってホント?誇り高き国なんて言ってた私がバカみたい。そんなバカに仕えてるなんて」


 ヴィロスの隣に座っているナグナ王国副騎士団長のクレニアが、不満そうに言う。


「上がバカなのは同意するが、一応はそのバカどもに支えてる身だ、敬意を表する事は忘れるなよ、クレニア」


「分かってるわよ。誇り高きナグナ王国騎士団、愛すべきナグナ王国に忠誠を、ね」


「このデッヒという男……各地を渡り歩き、様々な情報を仕入れて、取引しているようだが……ナグナ王国のような王国だけで無く、他種族の集落や、犯罪組織とまで関わっているらしいな」


「えーー?犯罪者ってこと?そんなやつと取引してたの?」


「まあ、そういう事になるな。他国との外交に関しても、ヤツから情報を仕入れて、やっていたそうだ。犯罪者といえども、ヤツの情報によって、ナグナ王国が発展する事が出来たという見方も出来るだろ?」


「それは分かるけど……私達が忠誠を誓う国王様じゃなくて、第三者が王国を裏から操ってるのが気に入らないのよねーー」


「俺も気に入らないが、王国にとってそれがベストなら仕方ない。王国の発展の為、なにより国民が平和に安心して、幸せに暮らせる為にヤツの力が必要ならば、な」


「それで、私達はどうすればいいの?」


「副大臣がデッヒと連絡をとってくれた。今現在ヤツはナグナ王国のどこかにいるらしい」


「どこかって?場所は分からないの?」


「明日、ある場所で俺はヤツと会う。そう約束した」


「え?デッヒと直接会うって事?ヴィロスが?」


「何か問題か?」


「いや、別に問題って訳じゃ無いけど……例のマーイヤナの調査はどうするの?」


「その件に関して、デッヒに聞いてみようと思う」


「え?デッヒに?」


「ああ。ヤツが本当の情報を持っているかどうか、調べる必要がある。マーイヤナの件のついでだ」


「なるほど!国を裏から操る犯罪者がどんなヤツか知ると同時に、マーイヤナの件も調べると!さっすが、ヴィロス頭いいわねぇ!」


「上手くいけば、いいがな……」


「じゃあ、私はのんびりお昼寝でも……」


 その時だった。

 店の扉が開く音が聞こえた。

 ヴィロスは珍しいな、ハティーワートに客が来るなんて、と思った。しかもまだ食事時では無い。あまり顔を見られるのもアレだったので、コジュスはそろそろ店を出ようとクレニアに言った。


 特に意識する事も無く、軽い気持ちでヴィロスは入っていた客の方を見た。


 入ってきたのは二人の少女。


「ほら、ニミちゃん!ハティーワートだよ!凄いでしょ!?」


「凄いといわれても……普通のお店じゃ無いんですか?」


「違う違う!おーい!ハティーワートさーん!フナだよーー!今日は友達も連れてきたよーー!」


「と、友達!?何を言っているんですか!?」


「あれ?違った?」


 二人の少女が何やら喋っている。裏路地は治安が良くない。無垢な少女が遊びに来るような場所では無いだろう。

 騎士団長として、声を掛けるべきか迷ったが、少女はハティーワートの事を知っているようだし……


「……ん?」


 ヴィロスはふと違和感を感じた。

 違和感と断定するよりも、違和感のようなモヤモヤした”何か”という方が正しいのかもしれない。

 一体何なんだ、この気持ちは……


「クレニア……」


「んーー?どしたの?ヴィロス。変な顔して?お腹痛いの?」


 クレニアは相変わらず呑気だった。

 つまり、ヴィロスだけがその”何か”を感じているようだ。


 二人の少女。特に変わっているようには見えないが……


 この”何か”をヴィロスは知っている気がした。遠い昔、いや近い過去かもしれない。ただ、その”何か”をヴィロスは知っていた。一生忘れる事の出来ない”何か”を、コヴィロス感じていた。


「……出るぞ、クレニア」


「え?」


 そう言うと、ヴィロスは黙って立ち上がり、扉の方へと足を進める。

 お金は既に払ってある。ハティーワートは注文時にお金を支払うようになっていた。治安が悪い裏路地だからだろうか。


 ヴィロスは二人の少女の横を通り過ぎる。

 クレニアも慌てて、後に続く。


 ヴィロスは少女とは目も遭わせない。

 黙って通り過ぎていく。


 だが、その時感じた”何か”は確かにヴィロスの身体に焼き付いていたのだった。





 ヴィロスが”何か”の正体に気付くのは、もう少し後の話だ。





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