第52話 いざっ、ナグナ王国へ!

 ***


 ナグナ王国は迷いの森と離れているとはいえ、それ程遠い距離にある訳では無い。三人の家を出て、迷いの森を半分に分けたうちの一つ、『平和の森 』に入り、迷いの森を抜ける。迷いの森を抜けると、次は長閑な一本道に出る。一本道はナグナ王国の関所へと続いており、迷いの森に魔獣が出るとの噂から、一本道を通る人は殆どいない。ナグナ王国も迷いの森への立ち入りを禁じているからだ。

 だから誰かに姿を見られる事は、恐らく無い……はずだが……。


 ***


「暑苦しい天気ですねぇ……異常気象ですよ全く……」


 私はポツリと呟く。平和の森を抜け、ナグナ王国関所への一本道を歩いてる最中だ。雲一つない真っ青な青空、快晴だ。私が先程までいた迷いの森の中は、太陽を受け付けず、木が遮断してしまっている為、非常に薄暗い。だが、そのおかげで暑すぎず寒すぎずの非常に心地よい環境になっている。イラルの村も、木々に囲まれているおかげが、三人の家と比較すると、とても涼しかった。夜出歩いた時は、少し寒かったけど。


「はて、こんなセリフをいつしか呟いたような……。どうでもいいですね!」


 なんて馬鹿な事を話している時だった。ふと私は前方を見る。


「ん?あれは何ですか?」


 前方の小道の端に、何かが置いてある。あれは、屋台だろうか?

 何故こんな小道に?何かを売っているのだろうか?人通りも全く無いのに?


「気になる……」


 私は興味のある物には熱心なタイプだ。一度気になってしまうと、見過ごす事など出来ない。

 私は屋台のある場所で足を止めた。


「ふむふむ、なるほど……全く分かりませんね」


 屋台は普通の屋台だった。屋台だと認識出来るのだから、当たり前なのだが。看板は無い。何も書かれていない。白色の屋台。ナグナ王国の市で見た屋台に似ている気がするけど、肝心の看板がこの白色の屋台には無い。看板は屋台が何を客に提供しているのか示すものだ。看板が無いなんて……


「看板が無い屋台を、看板と呼べますか!?否、呼べません!!」


 妖しい、妖し過ぎる!

 私は屋台の扉を見る。がっちりと閉められている。中に、人がいるのか?

 私はじーっと見続けて……


「ん?」


 ガラガラガラガラガラ。

 突然扉が開き、中から少女が現れる。


「ふぇ?」


「へ?」


 目と目が合いました。


「え、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「え??ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「いや、何であなたが驚くんですか!?」


 扉の中にいた少女は私よりも背が低い小柄な少女だった。金髪のツインテールに、白色の可愛らしいワンピースを着ている。頭にはシルクハットのような帽子をかぶっている。


「えっと……あなた誰?」


「それはこっちのセリフですよ!いきなり扉が開いて、うわぁぁぁぁぁってなって!」


「うんうんうん……ふむふむふむ……なるほど、フナ、分かった!」


 フナ?彼女はフナという名前なのか?それに、分かったって何を……


「とうっ!」


 少女が叫ぶと、屋台の屋根が外れて、少女がピョーンと上空に飛び出し、そのまま私の前に着地。


「……」


 私は唖然としてしまう。

 目の前で何が起きたのか理解出来なかった。


「どうして黙ってるの?ファーゼさん」


 少女は不思議そうにそう言った。


「はぁ……どいつもこいつもあいつもそいつも、みんな口を揃えて、ファーゼファーゼファーゼファーゼって……」


 私だって、なりたくてファーゼになった訳じゃないのに。私はずっと溜め込んでいたのだ。なんで、見ず知らずの相手に(こいつとかデッヒとか!)こんな事言われないといけない。

 もう限界だ、はっきり言ってやる!!


「私はファーゼだけど、ファーゼじゃないやい!!」


 やった、言ってやった!言ってやったぞ!!ああ、スカッとしたぁ!やったぜ!!


「”ファーゼだけどファーゼじゃない”?それって、結局ファーゼじゃないの?」


「確かにそうですが……っていうか誰なんですか貴方は!いきなり人の事をファーゼ呼びして!失礼です!」


「ファーゼ呼びって失礼な事かなぁ?フナはファーゼの事かっこいいなぁって思ってるよ!」


「そんな事どうでもいいです!あなたの事を聞いているんです!」


「あっそっか、えへへ。ごめんね!じゃあ、自己紹介するね!」


 なんともマイペースな少女だ。扱いづらい。私はこんなタイプが一番苦手な気がした。


「私はフナ!よろしくね!」


 フナはにこやかな笑顔で言う。


「よろしくされましても……フナ……さんの素性がわからない以上どうにも……」


「そっか。じゃあ、全部説明しちゃうね!」


 フナはフナ自身の素性について、語り始めた。


 ***


 デッヒは何者か?と問われれば、こう答えるのが正しい。


“ただの人間”だと。


 デッヒは知らぬ間に人々が彼を呼ぶときの名となっていた。


「名はない。好きに呼んでくれ」


 デッヒはいつもそう言っていたが、誰かがデッヒと彼を呼んだのがきっかけで、彼はデッヒと呼ばれるようになった。なので、ここでも、彼の事をデッヒと呼ぶ事にする。


 デッヒは農家の子供に生まれ、両親の仕事を手伝いながら、極々平凡な日々を送っていた。デッヒは、純粋で優しい少年だった。農場は王国から程遠い野山に囲まれた小さな物だったが、デッヒにとっては、大切な我が家だった。彼は両親に勉強を教えて貰いながら、すくすくと育った。気づけば、デッヒは15歳になっていた。しかし、この頃から、デッヒは退屈な生活にうんざりするようになった。理由としては、父親と一緒に沢山の人々や者が存在する王国に行ってしまったからでたる。王国の取引先の店に馬車で荷物を運ぶ手伝いをした。農場とは全く異なる光景に、デッヒは驚いた。よく考えれば、自分は両親の農場という小さな世界しか見てこなかった。世界は広い、世の中にはもっと沢山の驚きや発見があるはずだと彼は思った。両親には農場を継ぐように言われていたのだが、それではこの小さな世界で一生を過ごさなくてならないのだ。そんなの絶対嫌だ。両親と将来の事で揉めた次の日、デッヒは突然農場を抜け出し、失踪した。


 デッヒは、ありとあらゆる方法を使い、資金を集めて、世界中を回り、様々な事を知った。驚きや発見どころの話では無かった。環境問題、貧困問題、差別問題、労働問題……世界は問題に溢れている。人間の欲のため、思想の為に争いが発生し、沢山の人が傷つき、命を落とす。小さな農場という世界しか見てこなかった彼にとっては、衝撃的な光景だった。彼は世の中における問題を無くそうと考えた。問題とは何か?王国や人間同士の争いだ。無能な上層階級の人間が、人々を支配し、争いへ陥れようとしているのだ。

 何とかしなくては。その為には、自身の手がいつでも、世界中に届く必要がある。自分の意思や思想を、世界中に伝えれるようにする必要がある。


 その為には彼は、暗殺傭兵組織ファーゼを作った。今でこそファーゼといえば、暗殺組織と結ばれてはいるが、設立当初は違った。デッヒの意思を、ファーゼの構成員を通して、世界中に伝える為の組織だった。世の中を変えようとする彼の意思は多くの者を動かし、ファーゼの勢力は徐々に拡大していった。


 そんなある日の事だった。ファーゼの設立者、デッヒがファーゼを抜け出し、失踪する事件が発生する。以降、ファーゼは新たなリーダーを決める為、内乱状態となった。内乱によって、平和な世界を目指すはずだったはずのファーゼ内で争いが発生し、人が死ぬ。設立の思想は内乱によって、掻き消されたのだった。その結果、ある人物がファーゼのリーダーとなる。その人物の思想はデッヒと最終目的は一致していた。


“自身の意思や思想を世界中に伝えれるようにする。自身の手がいつでも世界中に届くようにする”


 だが、彼の場合はファーゼの躍進の為には、障害となる者を”死”によって排除するといい思想があった。

 ファーゼ内の自身に批判的な者を始末し、圧倒的戦闘力を持つ、戦闘集団を作り上げる。現在は、ファーゼとは、彼の作り上げた戦闘集団を指していた。専用の研究者を雇い、身寄りのない少年少女を集め、”調教”と”洗脳”と”肉体強化”を行い、最強の戦闘集団を作り上げた。彼らの戦果は彼の思った以上の者となり、莫大な利益をもたらした。彼の思想とは異なり、いつしか、ファーゼは、金の為なら、慈悲を一切見せず、どんな相手が対象でも、確実に葬る最恐の傭兵集団になっていった。


 では、ファーゼを出て行ったデッヒは今どうしているのか?

 ファーゼを抜けた後、彼は一人の少女と出会い、行動を共にする事になる。

 つまり、人々がデッヒと呼ぶ存在は、正確には、彼とその少女を示しているのだ。


 少女の名は、フナ。

 フナはデッヒが設立したファーゼの傭兵だった。


 デッヒとフナの出会いは、ニミとロホアナの出会いと似ていた。

 ファーゼはファーゼの設立者であるデッヒを暗殺しようと何度も考えていた。ある町の宿にデッヒが宿泊している事を突き止めたファーゼは、デッヒの暗殺をフナに命じ、フナは実際に遂行しようとする。

 が、フナはデッヒの暗殺に間一髪で失敗し、デッヒに拘束されてしまう。

 デッヒは知り合いの光の種族の人間に、光魔法を習っていた為、「光の輪」でフナを拘束する事が出来た。

 デッヒがどのようにしてファーゼによるフナの洗脳を解除したのかは、定かでは無いが、フナはデッヒの事を慕うようになり、デッヒは彼女と行動する事を決めたのだった。


 ***


「え?話がぶっ飛びすぎててよくわからないのですが、ファーゼを設立したのが、デッヒと呼ばれる人間で、実はデッヒは二人いて、その内の一人が貴方で、貴方は元ファーゼの人間で、ファーゼの洗脳を私のようにデッヒに解除してもらって、貴方はデッヒと一緒に行動するようになった……?って事ですか??もうよく分かんないです。頭がぁ……」


「ファーゼの”肉体強化”は知能も多少は増幅させるんだけど、貴方の場合は、変わらないみたいだね!もとの知能が低いからかな?」


「ほんっとに、失礼な人ですね!で、そんな元ファーゼでデッヒなあなたが、私に一体何のようですか?」


「フナと貴方は、元ファーゼという点では似てると思うんだけどなぁ……」


「似てません!やめてください!」


「あははは!貴方面白い!フナ、名前教えてほしいなーー」


「ニミです!もう一度質問しますが、私に一体何の用ですか?」


「へぇ!ニミちゃんっていうんだ!よろしくね、ニミちゃん!」


 こいつにちゃん付けで呼ばれると無性に腹が立つのは何故だろう?イラッとする。こいつの甲高い声のせい?憎たらしくも、可愛らしいこいつの笑顔のせい??


「それでフナがどうしてニミちゃんに会いに来たって?どうしてこんな屋台の中にいたって?」


「屋台の話は聞いてませんが」


「この屋台は、不思議な屋台でねっ!屋台についてる扉の中は、なんと!」


「屋台の方を答えるんですか……」


「じゃじゃーん!転送機能がついているのでーす!」


 イラルの村で見たレクのゲートみたいなものか。

 つまり、フナはこのゲートの転送先からここまで来たのか。


「ニミちゃんきっとこの道通ると思ってね!わざわざ屋台をここまでフナが運んできたんだよ!ゲートと違って移動したい場所まで、屋台を動かさないと駄目だからね!ちょっと不便!」


「なるほど……ならふつーにゲートを出した方が速くありません?」


「もー!そーゆー事は言わないでよ!言っとくけど、ゲートを使える人間ってもっのすごい魔力の持ち主なんだからね!」


「もの凄い魔力の持ち主……ですか」


 ニンマリ顔のレクが頭に思い浮かぶ。膨大な魔力……相当に厄介な奴だ。


「と・に・か・く!ニミちゃんは2日後、ダランゼラに来るようにって言われてるでしょ?」


「やっぱり知ってるんですね……」


「そりゃもちろん!フナはデッヒ様の……きゃっ!」


 突如フナが顔を赤らめて、顔を手で隠す。


「もー!言わせないでよ!ニミちゃんのバカ!」


 レクも相当に嫌いな奴だったが、このフナとかいう奴、レク以上に嫌いなタイプだ!


「フナはダランゼラまでの案内人!でも約束の日は、2日後だから、フナがニミちゃんのために、宿をとってあげたの!ありがとうは?」


「あ、ありがとうございます」


「うん!よろしい!じゃあ、行こ!」


 フナが私の手を握って、引っ張る。


「え?この屋台から行くんじゃ……」


「これは用済み!えいっ!」


 ボンッという軽い爆発音と共に、屋台が消滅した。


「ええっ……」


「さあさあ、行こ行こ!ごーっ!ね、ニミちゃん、ごっー!って言って!」


「ご、ごっー……」


「ごっーー!!」


 私はフナに手を取られながら歩く。

 このフナという少女と一緒にナグナ王国に行く事になった。

 聞きたい事も沢山あるが、それよりも不安がより一層増幅した。

 どうなる事やら……

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