第48話 何が知りたい?
***
デッヒ。
それは彼の本当の名ではない。
本人も知らぬ内に、彼の事を皆デッヒと呼ぶようになったからである。
彼の本当の名は誰も知らないし、知ろうともしない。
皆が興味があるのは、彼の持っている情報の情報源である。
彼はこの世の全てを知っているのではないかと思うほど、何でも知っていた。誰も知らない筈の情報も知っていた。
強大な王国、犯罪集団、秘密組織、彼らが喉から手がでる程欲しい情報を彼は持っていた。
なので、彼を捕らえ、拷問しようとする者もいた。が、彼はその思惑をも見抜き、誰も彼を捕らえる事は出来なかった。
あまりの万能振りに、彼は天界からやって来た神の使いなんじゃないかと思う者もいた。
彼に依頼する方法は一つ。
願う事だ。
強く、強く願う。
すると、彼はフワッと現れる。
彼は質問する。
「何が知りたい?」と。
***
私はゆっくりと男に近づいて行く。
ゆっくりと、息を殺しながら、ゆっくり、ゆっくり……
私が近づいても、男は全く動かない。
ぴくりとも動かない。微動だにしない。本当に死んでいるかのように見えた。
「あの……」
私は小さな声で話しかける。
「……」
私の声が小さ過ぎるのか、それとも単に無視されているのか、ならばもっと大きな声で話しかけるしかない。
「あの!すいません!」
私は先程よりも声力を高めて言う。
すると……
「ナグナ王国」
「っ!?」
男が今発した言葉を理解するのに数秒かかった。
今、何て……?
「2日後、ナグナ王国のダランゼラという酒場に来い。店主にデッヒと名乗れば、通してくれる筈だ」
「私が、ナグナ王国に……?」
「その通り。だが、一人で来る必要がある。その為には、ナグナ王国に来る口実を作らないといけない」
「ま、待って下さい!アナタは何者何ですか!どうして、私が……」
「ファーゼ」
「なっ……!?」
「この名に聞き覚えがあるだろう….…?」
無意識だった。私は男が言葉を終える前に、イラルの村から去る時に、レクから貰ったナイフを手にしていた。
反射的にだ。この状況でファーゼの言葉を発する人物は、消さなくてはいけない。私は本能でそう認識した。
私はナイフを構えて、男へ振りかざす。本気で殺すつもりだった。
いや、威嚇する目的もあったかもしれない。何にせよ、目の前の相手に自身の素性が知られているだけで、三人の家にとって、私にとって脅威だった。
が、そのナイフは相手には届かなかった。
「なっ……!?」
ナイフを持ち、振りかざす私の腕をがっしりと男の右腕が掴んでいる。
「うぐっ……!?」
私は必死に腕を動かすが、男から逃れる事が出来ない。ぴくりとも動かない。す、凄い力だ……!!
「抵抗するな」
「く……うっ!?」
痛い、痛すぎる。腕から全身へと痛みが広がって行く。
「よく聞け」
男はこちらを向く事無く、話す。
せめて……顔を……!
「まだファーゼはお前たちの居場所を把握出来ていない……が」
「スス……助け……てっ!」
私はこんな時にまでススに頼るのか?
「既に別の魔の手は近づいている。お前がどう動くかで、状況は大きく変わる」
何とか、何とかしないと!
「もし、2日後。ダランゼラまでお前が来なかった場合……」
私一人で!
「ファーゼはお前たちの居場所を知る事になる」
「え……」
「デッヒによってだ。ファーゼの力をお前は一番理解しているだろう」
「何であなたがファーゼを……!」
「自分の過ちがお前の大切な仲間をも魔に落とす事になる。理解しているな?」
「あなたは、一体誰なんですか!!」
「私も知らない。だが、皆私の事を世界一の情報屋、デッヒと呼ぶ」
「デッヒ……」
「ダランゼラで待っている。2日後だ。良く考えるんだな。お前の選択で、未来は変わる。ここで起きた事は他言するなよ」
「ううっ……ああっ!!」
急に痛みから解放された私は、投げ出されて、体勢を崩し、倒れてしまう。
「痛い……あれ!アイツは……!」
男は既に居なくなっていた。
この一瞬で消えたのか?そんな馬鹿な……!
「そうだ。……ススは……!」
ギュオオオオオ!!
「魔獣……!?」
しかも、声がしたのは、私とススがデッヒを見ていた方だった。
まさか、ススは……!
私は急いで、ススの元へ向かった。
***
ギュオオオオオ!!!
「ハァハァ……やはり上位種の魔獣デスカ……!厄介な!」
ススがニミを制止した後の話だ。
突如、魔獣達がススを襲撃して来た。
ニミの方へ行かせてはマズいと、ススは、その場を離れ、迷いの森の一本道の方へと走る。
幸い、魔獣の攻撃を避ける事に成功し、一度も噛まれてはいないが、上位種の魔獣が見たところ、三体もいた。
しかも、今戦った感覚で言えば、以前よりも素早くなっているように感じる。
ただ、闇雲に攻めるのでは無く、こちらの動きを注視しながら、隙をついて攻めているように感じた。
ロホアナの言う通り、イラルの村から帰ってきたニミと一緒に迷いの森で戦った時から、また彼らは進化したのだろうか。
つまり、今回も……
本当に厄介だ。いずれススの結界を破る程強くなるかもしれない。
これ以上迷いの森に干渉するのは、避けた方が良いかもしれない。
だが、まずは……!
「邪魔デス!」
ギュオオオオオ!!!
一匹、また一匹と圧倒的な力で魔獣を掃討するスス。
そして最後の一体に……
「スス!私にお任せを!」
「ニミっ!?」
「とりゃあああああああ!!」
グサっ。
ギュオオオオオ!!!
現れたニミがナイフで魔獣を刺す。
が………!!
ギュオオオオオ!!!
「あれ?死んでない?」
「ニミ!危ないデス!」
怒り狂った魔獣が再びニミの方を向く。
「ひゃあああっ。これはヤバイ……」
「ぐちぐち言ってないで逃げル!」
ススがいつもの「光の刃」を出現させて、魔獣にぶちこむ。
ギュオオオオオ!!
当然魔獣は死ぬ。
「はあ……死ぬかと思いました……このやりとり一体何回目ですかね……」
「ニミが油断するのが悪いのデス。それで、あの男の正体は分かりましたカ?」
「えっと……」
他言するなと脅されている。
何とか誤魔化さないと……
「どうやらナグナ王国から来た魔獣ハンターのようです。金目的で、迷いの森に入ったようですが、見ての通りススのせいで魔獣が強くなってますからね!だからあそこで休憩してたみたいです」
「私のせいとは失礼ナ!不可抗力デスヨ!」
「ああっ、すいません。で、その後は見逃してくれと言ったので、じゃあどーぞと。お互いにナグナ王国の方に反してる訳ですからね……見なかった事にしようと。一応私もハンターって事にしておきました」
「まあ、良いでショウ。ぶちのめして取っ捕まえてナグナ王国に引き渡せば多少の金にはなったかもしれまセンガ……」
「いや!相変わらず考えが怖すぎますよ!私たちまで捕まりますよ!」
「その男が、本当にただのハンターなら、の話デスガネ……」
「……嫌だなぁ。疑ってるんですか?」
「ハイ」
「即答ですか!相変わらず私には信用が無いですね」
「当たり前デス。確かにニミの好きな部分はありますガ、ニミがロホアナ様にした事は私は忘れまセン」
「……分かってますよ」
「本当は紅茶を見つけたかったのデスガ、今日はもう帰りましょうカ
「……」
私たちは、紅茶探索を諦め、三人の家に戻る事にした。
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