第44話 バカって言った方がバカ


 朝早くにイラルの村を出て、三人の家に到着したのは、お昼前。イラルの村から三人の家までは、魔獣の森を経由する必要があるので、結構時間がかかるのだ。


「とりあえず、お昼ご飯にしちゃいまショウカ。ロホアナ様が珍しく地上に出ていますシ」


「その言い方だと普段地中に済んでいるモグラみたいだな」


 ススはお昼ご飯をつくりに、厨房へと向かう。


「さて、じゃあニミちゃん。お姉さんと色々お話しようかぁ」


 ロホアナが怪しげな目つきで見つめてくる。


「な、何ですか。急に……」


「ここでニミ君に質問ですっ!」


「は、はい!」


「もしも私がニミとススのお母さんで、ススがニミのお姉さんなら、どうかな?」


「ロホアナ様がお母さんで、ススが私のお姉さん……」


 唐突に質問されるので、私は答えることが出来ない。

 よく分からない質問には質問で返すのが一番だと考えた私は、逆にロホアナに質問をかえして、その間に質問に対する回答を考える事にした。


「どうしてそんな質問を?」


「うーん。だって、私って結構良い年だよね?」


「まあ、確かに……」


「ずっと研究者として毎日毎日研究ばかりして来たからね……まあ、それは今もそうなんだけど……」


「……」


「だから、その……ありがちだけど、恋愛とかを全く経験してこなかったからさ……だから、もし私が母親という立場だったらって、そう思ったんだ」


 思えば、私自身も母親だとか父親だとか、両親に関する記憶が全く無い。


「ススには、両親がちゃんといるんですよね?」


「うーん。多分両親はいるにはいるんだけど、理由があって、両親じゃなくて、別の親しい人に育てて貰っていたみたいだね」


「なるほど。ロホアナ様も両親はいたんですよね?」


「勿論。私の周りの人間はみんな研究者だったからね。何よりも、研究第一だったから、優しくして貰った記憶はあんまり無いなぁ」


 そこでロホアナは


「って!違う違う!質問したのは私だよ。それで、どう思う?その……もしも私が母親だったら」


「ロホアナ様が母親……」


 私は答える。


「ロホアナ様には感謝しています。私という人間は、ロホアナ様によって、生み出されたようなものですから。だから、私はロホアナ様やススを本当の家族のように思っています」


「家族……」


「私は嬉しいです。幸せです。こうやって安心して話せる人がいるだけで、私は本当に幸せです。今回の件でも、誰かの為に行動出来て、私は本当に良かったです。私の家族の為に。私の唯一の家族を守る為に戦えたのならば」


 これが私の想いだ。イラルの村でモーナに言った時と同じ。


「……ふふっ。あはははっ!!」


「…へっ?」


 ロホアナが急に笑い出すので、私は驚いてしまう。


「そうか……家族かぁ。そうだよなぁ……」


「そ、そんなに笑う事ですか!?ロホアナ様だって、この前私達は家族だって言ってたじゃないですか!」


「私だって一緒だよ。でも自分で言うのと、言われるのじゃ、照れちゃうじゃん」


 ロホアナの子供のような言い訳を、無邪気な笑顔で言われると、私も何も言えなくなってしまう。

 それが私がロホアナの好きな理由だ。

 可愛い。


「ごめんね。変な質問して。じゃあ、お昼ご飯を食べながら真面目な話をしようか」


 ***


 ススがつくってくれた料理をテーブルに並べると、私達は久しぶりに三人で、料理を食べる。


「じゃあ、まずはイラルの村の事からだ。イラルの村の歴史を調べると、複雑みたいだね。あの村は」


「はい。あの村の村長は、ナグナ王国を征服する為に、常備軍を設立しています」


「普通に考えたら、あれ程大きなナグナ王国の騎士団に敵うはずもないけど……それを可能にしているのが……」


「はい。村の医者レクの作った『くすり』です」


「それは、暗殺傭兵組織ファーゼがニミに行った『肉体強化』と同じ原理だろうね」


「私も原理はよく分からないですが、彼は私の正体、暗殺傭兵組織ファーゼの存在も知っているみたいでした」


「彼が暗殺傭兵組織ファーゼと関わっていた可能性もあるね。その効力がどれ程かは不明だけど、本気でナグナ王国を攻め落とすのなら、大量の血は流れるだろうね」


「彼にはフォルという傭兵もいました」


「護衛の為だろうが、厄介な事には変わりない」


「光魔法も使えました。ニミと同じように、光の種族なら教わったようですが……」


「光魔法を教える事で、生計を立てている者もいるんだろうね。だが、イラルの村がナグナ王国に侵攻した時、勿論三人の家の生活は危ぶまれるし、私の取引相手に何かあったら、私達にも影響がある。戦いは止めないと」


「ですが、一体どうするば……」


「村長を説得するのはこちらにも相応のリスクがある。ならば、ナグナ王国側について、仲介の方法を探すしか無いね」


「ナグナ王国の味方をするって事ですか?」


「私達にメリットがあるのは、そちらだ。私はナグナ王国とは繋がりがあるから、何とか出来るかもしれないしね。それに、どうやら『あちら』も反応しているみたいだし」


 あちら……?

 どちら?


「それと、もう一つ。その迷いの森の魔獣の件だが……」


「ああ、ヨゴツアバル様の事ですね!」


「名前まで分かってるのかい……その、魔獣の王様は一体何がしたいのかな?」


「ヨゴツアバル様は、村には全く興味が無いのですが、私の事が気になっているみたいです。『三人の家』の存在も知っていました。ススの光の結界の事も。ヨゴツアバル様は『また会おう』と言ってたので、きっと来ると思います」


「困ったなぁ。その魔獣の王様は、ススの光の結界を破れる可能性があるってことか。ただ、こちらに敵意が無いのならば、危険性は無いとは思いたいけどね」


「私に興味があるだけで、ロホアナ様やススには手を出さないとは思いますが……正直分かりません」


「まあ、いいや。気にしても仕方ないしね。とりあえず、今はススのつくってくれた料理を食べよう!」


 あくまでも前向きなロホアナは本当に凄い。私は心配で仕方ないのに。

 まあ、確かに今何か出来るわけでも無いし、今はススの料理を食べる事にした。


「そうだ!イラルの村で親切にしてくれたおばさんから、これ、貰ったんです!」


 私はおばさんから貰ったおまんじゅうを二人に見せる。


「これは……何デスカ?おもち?」


 どうやら魔獣と戦った時の衝撃で丸かったおまんじゅうは潰れてしまっていた。中身が少し出てしまっている。

 残念なおまんじゅうになってしまった。


「イラルの村伝統のおまんじゅうです!中にはよく分からないものが入ってますが、甘くてちょっぴり辛くて、しょっぱくて、でも苦くて、美味しいですよ」


「何ですかその半端な味ハ……よく分からないものをロホアナ様に食べさせるつもりデスカ?」


「大丈夫ですよ。確証はありませんが、私は生きてますし」


「暗殺傭兵種族ファーゼの人間に言われても説得力アリマセン。確証無いじゃないデスカ!アア!ロホアナ様もう食べてるシ!」


 ロホアナは美味しそうに潰れた残念なおまんじゅうをモグモグと頬張っている。


「うん。中身はよく分からないけど、甘くてちょっぴり辛くてしょっぱくて、でも苦くて、とにかく、美味しい!」


「だから何デスカ!そのよく分からない味は!」


「うーん。実際よく分からない味だかは、よく分からないけど、美味しいみたいな?」


「意味が分かりまセン!」


「あ、ススまた私の事をファーゼ呼ばわりしましたね!私の事を信頼してくれていると思ったのに!」


「ロホアナ様に変なものを食わせるニミはやっぱり信頼デキマセン!」


「でも、私の事迎えに来てくれたじゃ無いですか!私の事を信頼しているって!」


「それはそれ!これはこれデス!」


「意味わからないです!」


「ニミのばかデス!」


「な、ススの方がバカです!馬鹿って言った方がバカです!」


「バカって今言いましたネ!ススがバカデス!」


「ニミも今言いました!ニミがバカです!」


 わーわーわー!

 ギャーギャーギャー!


 私達が子供のようや言い争いをしている中、ロホアナはムシャムシャとおまんじゅうを食べている。


「ああっ!ロホアナ様。そんな得体の知れないモノヲ!」


「得体の知れないとは失礼な!おばさんのお手製ですよ!」


「誰デスカ!おばさんっテ!」


 わーわーわー!

 ギャーギャーギャー!



 ***



 私達のいつもの日常、光景が三人の家に存在していた。

 こんな日常を、私達は守りたい。

 ススもニミもロホアナもそれは共通認識だった。

 だから、私達はーーー

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