第26話 二人の決意
翌朝。
私は清々しい気分で目覚める。
うん、よく眠る事が出来た。
これ程良い気分で眠れたのは久しぶりのような気がする。
なのにあまり体調が良くないと感じるのは何故だろうか?
イラルの村に来る前も、イラルの村に来た後も、魔獣に何度も襲われた。痛かった。でも頑張って生き延びた。
私は今生きている。色々あったけど、ぐっすり一応眠れたのだから、よしとしよう。
私は無理矢理自分を納得させると、ふかふかベッドから起き上がり、両手で、二回自分の頬をパシパシと叩いた。
うん……痛い……けど、生きている実感がようやく湧いた。生きている!私は生きている!どんな試練だって、乗り越える事ができる。
何でも出来る!大きな自信が私の中で、噴火するマグマのように、燃え上がる勢いでメラメラと浮かび上がってくる。
「……行きますか」
私は支度をして、部屋を出る。
部屋を出ると、いつものように香ばしい匂いが鼻の中に入ってくる。
おばさんのつくった朝食の匂いだろう。ススも毎日のように美味しい朝食を作ってくれる。私も時々(ススに教えてもらった)料理を作るけど、おばさんのように香ばしい匂いでは無く、焦げ臭い匂いがして、がっかりするとススに言われた事がある。
こんなに素晴らしい匂いをどうやっておばさんは作り出しているのだろう。匂いだけで無く、肝心の味も素晴らしいのだから、非の打ち所がない。
恐るべし、おばさん。
「おや、ニミちゃん来たね。もう少しで朝ご飯出来るからね、待ってておくれよ」
下に降りると、おばさんが安定の笑顔で迎えてくれる。
テーブルを見ると、いつものようにモーナがちょこんと下を向いて座っている。その様子を見ておばさんがやれやれといった表情をする。
私がガッツに好意を持っているか……そんな感情抱いた事すら無いと思っていたけど、私は案外単純なので、別の意味で言えば、間違ってはいないのかもしれない。モーナが私の事をどう思っているかは、お風呂場での出来事を思い返せば分かる。
私はいつものようにモーナの横に黙って座る。
「ニミちゃんはいつ消えるの?」
モーナがこちらを見ずに聞いてくる。
いきなりこれかよ……とは思ったけど、気にしない事にする。
「安心して下さい。今日中には村から去る予定ですから」
「そう……なら良かった。ようやくモーナの平穏な日常が取り戻されるのね」
「…………」
「今日の夜、ガッツに何があったか知ってる?」
「……!」
おばさんはモーナが寝ていたと話していた。どうして今日の夜の出来事をモーナが知っているのだろう?
「モーナさん、起きていたんですか?」
「モーナとガッツは隣の部屋なの。昔は一緒に同じ部屋で寝ていたけど、ガッツが今ぐらいの年齢になってからは、恥ずかしがっちゃって。ふふっ、男の子って不思議だよね」
まあ、男の子……ガッツにも色々あるのだろう。それは、ガッツとモーナ二人の問題なので、私が干渉する必要は無いと思った。ガッツは恋沙汰には弱そうだし、あの反応を見る限りは。
「それで今は別々の部屋で寝てたの。でも隣の部屋だよ。隣の部屋だけどね、ガッツが今何やってるか大体分かるんだ。昨日だって、あ、部屋出たって分かったの」
「そ、それは……ちょっと怖いですね……」
「でもね、モーナはガッツやニミちゃんみたいに強く無いから。昨日はニミちゃんが助けに行くのが分かったからね。モーナにはガッツを守れる力が無い。ニミちゃんが羨ましいよ。戦える力あるんだから」
「……私にはそんな力ありませんよ。いつもいつも失敗ばかりで、何かを守るなんて大それた事出来ません。小さな家族さえ、守れないんですから」
「何かを守ろうとする力があるだけ、ニミちゃんは凄いと思うよ。モーナも魔法の勉強をして、ガッツと一緒に戦えるぐらいの力が欲しい」
「モーナさん、ガッツさん、おばさんが平和に安心してくらせる村になる事が一番だと私は思いますよ」
「……それは理想論を言ってるだけだよ。この村は、だって……」
モーナが悔しそうに、諦めたかのように言う。
だけど、私は……
「あの村長がいるから、ですか?」
「うん、そうだよ。ずっとそうだったんだから。村長は村を救った英雄。イラルの村がイラルの村であり続ける為には、村長が必要不可欠なんだから」
「……村長が戦えとガッツさん達に命令して、平和な日常が壊されても?村長の命令に従う為ならば、ガッツさんとの日常が失われても良いと言うんですか?」
「そんな訳無いじゃない!!」
モーナが突然声を張り上げて言う。
今までで一番感情的になっていた。
これが、モーナの本心なんだろう。
村長には逆らえない、でもガッツとずっと平和に暮らしていたい。
やはり、何とかしてガッツとモーナとおばさんの三人で村を出る方が一番良いと思うけど……
「ニミちゃん……モーナはどうすれば良いの?ガッツも、この村も大切。でも、おばさんも大好きだし、ガッツに戦争に行って欲しくもない。ガッツ、ずっと様子がおかしかったから、モーナ心配で……」
「…………」
私は何も答える事が出来なかった。
あの化け物姿の事を、ガッツは悩んでいるとは思うけど、あれが本来の姿、本来の力だと知れば、ますますガッツ自身の事で悩むようになる。
一体どうすれば良いのか私にも分からなかった。
「おはよ、ニミ、モーナ。あれ?どうかしたのか?」
当事者のご登場である。
髪の毛はボサボサで、服装もだらしない。いつものような好青年には見えない。勿論人間の姿をしている。
「いえ、全然大丈夫です。何もありませんよ」
モーナは何も答えない。
ガッツとも目を合わせようとしない。
「……そっか。なら良いけど……」
ガッツがいつもの席に座る。
私、モーナ、ガッツの三人が無言で朝食を待っている。気まずい……
しばらくすると、いつものようにおばさんが朝食を持ってくる。
食べた事も見た事も無い料理だけど、とても美味しかった。
「ニミちゃん、美味しい?」
「はい!とても美味しいです。これ何て料理何ですか?見た事ないです」
「これはイラルの村の伝統料理だよ。昔から受け継がれてきたイラルの村だけの料理。村の外の人が食べてくれるなんて、ご先祖様も喜んでくれているだろうね」
おばさんはイラルの村の外から来たと聞いたけど、この料理は誰かに教えて貰ったのだろうか?
「この料理はガッツに教えて貰ったんだよ。モーナだって作り方は知ってる。村の人間なら皆作れる料理なんだよ」
「へぇ……そんな村民的料理なんですね……凄い」
私は直ぐに料理を食べ終えてしまう。
「美味しかったです。ありがとうございました」
「いいよいいよ。アタシもニミちゃんに食べて貰えて嬉しかったよ。食べてくれてありがとね」
おばさんが満開の笑顔でお礼を言ってくれる。本当に良い人だ。まるで天使みたいだった。
私はテーブルを離れて、部屋に戻り、村を去る準備をする。
この村には思ったより長く居てしまった。あの村長の考えが変わらない以上、またこの村に来る事になりそうだ。
ふかふかベッドとも今日でお別れか。
「………えいっ!」
私は最後にと思いっきり ふかふかベッドに顔から飛び込んで、ベッドの上でごろごろする。
ああ!なんて気持ち良いんだろう!幸せ!!
ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ
「ニミちゃん、渡したい物があるんだけど……何してるの?」
「はっ……!私は一体何を……!?」
「モーナが聞きたいよ。確かにふかふかベッドだけど一年前にベッドごろごろは流石に卒業したもん」
モーナが突然扉を開けて部屋の中に入ってくる。モーナは私の事をゴミを見るような目で見ている。悲しい。
「モーナさんもやっていたんですね……それも結構最近まで……この布団気持ち良いですもんね」
「当たり前でしょ!おばさんやモーナが毎日手入れしてるから。お客様は全く来ないけど」
村にもっと観光客が来るようになれば、おばさんの店も繁盛するのだろうか。
「それより、これこれ!これを渡したかったの」
モーナが私の元へ駆け寄り、何かを見せてくる。
「これは……飾り物ですか?」
モーナが渡してくれたのは、木造の小さな飾り物だった。大きさは、ポケットに入るぐらいのサイズで何かの生物のような形をしている。飾り物には何やら見た事も無い文字が刻まれている。これは一体……?
「ガッツと村の外を調査していた時に、『昔の祭殿の広場』の所に落ちていたの」
「それって、私が倒れていた……」
「そうだよ!ニミちゃんが倒れていた所の近くに落ちていたの。本当はレクに渡そうと思ったけど、モーナはあの人あんまり好きじゃないから。本当はニミちゃんのかなって思って」
「これ……何か見覚えがあるんですよね……一体どこで見たんでしょうか……?とりあえず貰っておきます。モーナさん、ありがとうございます」
「じゃあ、モーナは用事があるから!じゃあね!」
別れの挨拶をすると、モーナは部屋から去っていった。
嫌われたかと思っていたけど、優しい面もあるじゃないか。
私はそう思った。
「さて、行きますか!」
私は荷物を持ち、下の階に降りる。
***
「本当にありがとうございました。食事だけでなく、寝る場所まで用意して貰えて……本当に感謝しています」
「何度もお礼を言わなくていいよ!ガッツも助けて貰ったしね!また機会があれば、いつでも来てね!」
おばさんの隣にはガッツもいる。二人とも見送ってくれるようだ。
「ニミ……色々巻き込んでごめんな。迷いの森で偶然出会って、本当はもっとお礼を沢山したかったんだけど……変な事ばかりしちゃったよな」
「そんな事無いですよ。ガッツさんは私を迷いの森で助けてくれましたし。ガッツさんが居なければ、私は死んでいました。ガッツさんはガッツさんなりに、この村を良くしようと思っているのは知っています。どんな事情があるにせよ……」
私は最後に言いたい事を言った。
言わないと後悔すると思ったからだ。
爽やかで、冷たい風が私達を包み込む。この心地よい風もイラルの村の美しい環境が生み出したものだろう。
この素晴らしいイラルの村を私だって守りたかった。ガッツの想いを聞いたら尚更だ。だから私は……!
「おばさんを、モーナさんを、この村を守って下さい。絶対に」
「ああ、わかってる」
ガッツが力強くうなずき、答えた。
その眼にはしっかりとした決意を感じる事が出来た。
この村が、どんな運命を辿るとしてもーーー
私は別れの挨拶を済ませて、二人と分かれた。私はレクのもとに向かう事にした。
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