第24話 慌てて気づいて呪われて

 暗殺傭兵種族ファーゼに所属している者には、その証拠として体に必ず「ファーゼの紋章」が刻まれている。

 これは自らが暗殺傭兵種族ファーゼだという事を、味方同士で確認する為に、使用されているものだ。

 フォルが、暗殺傭兵種族ファーゼを始末した際に、遺体を確認すると、男女年齢問わず、遺体には必ずこの「ファーゼの紋章」があったという。

 そんな大切な紋章の存在をどうして私は知らなかったのだろうか?


 知らなかったというよりは、忘れていいたという方が正しいのかもしれない。前提として、私は暗殺傭兵種族ファーゼとして活動していた頃の記憶があまりない。これは、ロホアナが私を「調教」したのが原因と思われる。具体的にロホアナが私の身体に何をしたのかは、分からないけれども、そのおかげで、私は暗殺傭兵種族ファーゼから解放される事が出来た。

 そもそも暗殺傭兵種族ファーゼの時の私に記憶を認識出来る程の理性が存在していたのかは分からないけど。

「ファーゼの紋章」は消せない。

 私が暗殺傭兵種族ファーゼの呪縛から解放される日は永遠に来ないのだろう。

 私は一生……この烙印を……


 ***


「頸にまさか『ファーゼの紋章』があるとは……てか、レクさん私の頸をじろじろ見たんですか?気持ち悪いです」


「べ、別に見たくて見たわけではない!治療していたらたまたま見えただけだ!やましい気持ちなど無い!」


「やましい気持ちって自分で言ってるじゃ無いですか、レクさん随分感情的になりましたね。さっきまで、あんな偉そうな態度とってたのに」


「……別に感情的になどなっていない!ちょっとショックを受けていただけだ」


 レクはそう言うが


「レクさん。これ以上、反論しない方が良いですよ。感情的になればなる程、冷静な判断が出来なくなりますから」


 フォルが冷静にレクを咎める。


「はぁ……確かにそうだな。私ももう疲れた。そろそろ寝たい。だが、診療所がこの有様では、私には寝る場所も無い。どうすれば……」


「レクさん達って普段どこで寝てたんです?」


「地下室に寝室がある。そこで寝ていた」


「あんな雰囲気の場所でよく眠れますね……」


「君は最初に診療所に入った時から、診療所の秘密に気づいていたのか?」


「何となくは……」


「そうか……やはり君は……」


 レクがそう言いかけた時、ガッツが診療所跡へ帰ってきた。


「魔獣はいなかった。他の仲間も皆家に帰した。薬の効果も解けたようだしな」


「そうですか……良かった……」


「だが、魔獣の脅威は拭い切れない。いつまた奴らがやって来るか分からない」


「それ何ですが、全部レクさんが責任を持って対処してくれるみたいですよ」


「な、何を言っているんだ君は……」


 レクがとぼけるが、私は更に追及する。


「レクさんは魔獣に対してとっておきの魔法が使えます。その魔法で村に結界を張れば、万事解決です」


 私は自身満々に言うのだが、レクは納得出来ないようだ。


「私の『光魔法』はあくまで『光の種族』の者に教えてもらったものだよ。私自身に『光魔法』の素質があるかと言われたら、そうではない。そこまで強力な力は使えないんだよ」


「でも使えるには使えるんですよね?村の周りに結界を張るぐらい、レクさん程の魔力の持ち主なら、可能なのでは?」


「まぁ……そりゃそうなんだけど」


 お。レクを煽てれば、案外やってくれるのでは?

 私はどんどん煽てる。


「レクさんは世界一の研究者です。初めに会った時は、あまり良い印象は無かったのですが、思想は違えど、村の為に、あれ程の薬を開発した腕は、天才としか言いようがありません。素直に感服します」


「……」


 私は続けて煽てる。


「私が魔獣の洞穴の外で、大量の魔獣に襲われた際も、レクさんは一撃で、大量の雷を魔獣達の頭上に打ち落とし、私を助けてくれました。私の知り合いに『光魔法』の使い手がいますが、彼女に引けを取らない程素晴らしい『光魔法』でした。そんなレクさんなら、きっとこの村を救える筈です!」


 私は拳を握りしめて、レクを説得する!


「さあさあさあさあさあ!!今すぐレクの『光魔法』を使って、村を救うのです?さあさあさあさあさあ!!」


「ちょ、ちょっと近い近い顔が近い……。そんなに私凄いのかな?」


「ほう、レクさんが『お世辞』と『押し』に弱いと見抜いたか……流石、暗殺傭兵種族ファーゼといったところか……」


「ちょっと!そこ!余計な事言わないで下さい!あと少しで落とせそうなんですから!」


「いやいや、君もポロっと本音が出てるよ!」


 ススやフォルといい、私がする事に対して、何でもかんでも暗殺傭兵種族ファーゼと結びつけるのはやめて欲しい。


「はぁ……全く……とりあえず結界は張るが……」


 レクが両手を大きく挙げて、何やらブツブツと唱えると、レクの掌から、光の線が出現し、線は空へと一直線に進んだ。線は離散し、村全体を覆うようにドーム状に展開する。


「おお!これが結界ですか!凄い!」


 ススが「三人の家」の周りに結界を張った時は、私はその場にいなかったので(勿論ススの見せたくないという思惑はあったと思うけど)結界がどのように張られているのか知らなかった。


 光はしばらくすると、ゆっくりと消失してしまう。


「ああ……消えちゃった……今までのはお世辞で言ってましたが、今のは心から凄いなーと思いました」


「やっぱり今までのはお世辞だったんだね……一応成功したから、君の言葉を信じれば、魔獣問題は解決したかもしれない。だが、村に結界を張ったからといって、この村に平和が訪れる訳では無いよね?」


「た、確かに……」


「結局私の実験は成功した。診療所はバラバラだけど……泣。村長の目的も果たされた。魔獣問題は一応解決した。私の薬の効果は確認され、ガッツ君達常備軍にも十分使える事が分かった。なら、次に村長がやる事は何だと思う?」


 ガッツは下を向き、何かを考えていて、フォルは私の様子を伺っている。


「薬の効果時間を長くする為の薬の改良、さらなる実験。そして最終的にはナグナ王国との全面戦争……ですか?中々面白い局面じゃ無いですか」


「今現段階では、ナグナ王国に勝つ可能性は微力にも届かない。ナグナ王国には優秀な騎士団があるからね。私がもし研究を続ければ、いずれナグナ王国の騎士団にも勝てるほどの力を、ガッツ君達に与える事が出来るかもしれない。そうすれば、きっとナグナ王国も……」


「攻め落とせるかもしれない……ですか。ガッツさんはどう思ってるんですか?」


 私はガッツに聞く。すると、ガッツが答える。


「俺は村を守りたい、それだけだ」


「でも、ガッツさん。あなたは以前、こう言ってました。モーナさん達と村を……」



 ***


「おばさんだって分かってるだろ?この村を支配しているのは村長だ。村長の言う事は絶対で、誰も逆らえない。けど、村長の懐に入る事が出来れば、もしかしたらチャンスがあるかも知れない。それまでの辛抱なんだ」


 機会……?一体何の機会だろう……


「……ガッツがアタシ達の為に頑張ってくれてる事は分かってるよ。でも今の状態じゃ、村長の操り人形じゃないか。村長は私達を村から逃す気なんて無い。ガッツが危険な目に遭うだけだけじゃないか」


「それでも……三・人・で・村・を・出・れ・る・僅かな可能性があるなら……俺はやるよ。その為なら、なんだって……」


「ガッツ……」


 そうか、三人は村を出ようとしているのか……だからガッツは村長の命を受けて、危険な迷いの森に……


 回想終わり。


 ***



「ニミ、俺は圧倒的な力を手に入れてこう思ったんだ。何て気持ちが良いんだろうって」


「ガッツさん……?」


「レク、正直に話すと、俺はおばさんとモーナを連れて、ずっと前から村を出ようと企んでいたんだ」


 唐突にガッツがレクに打ち明ける。


「え?ガッツさん……何を……」


「ニミは黙っていてくれ」


 私の制止を逆にガッツに制止されてしまう。


「ほう……」


 レクが興味深そうにガッツの話を聞く。


「村長が常備軍結成を呼びかけた時、俺は真っ先に手を挙げた。村を守るという大義名分に惹かれたからだ。そうしたら、村長は俺を常備軍のリーダーにしてくれた。よし、と俺は思ったんだ」


 ガッツが続ける。


「村長が指導する常備軍のリーダーになれば、必然的に村長と接触する機会は増える。俺は村長の隙を得て、何とかおばさんとモーナだけても、イラルの村の外に逃せないか考えていた」


「……」


「おばさんはずっと他の住民から嫌がらせを受けていたし、こんな村早く抜け出したかった」


「なら、どうして….」


「俺は本当はこの村が好きなんだよ。村長の頭がおかしかろうが、頭のおかしい医者がいようが、村全体で陰湿ないじめをしていようが、この村で生まれて、この村でずっと育って来たんだ。この村、『イラルの村』に俺は誇りを持っている」


 誇り……


「薬を投与されて、俺は圧倒的な力を手に入れた。その時、俺は過去最高に気持ち良かったんだ。おばさんやモーナと話している時でも無い、美味しいご飯を食べている時でも、剣の修行をしている時でも感じなかった、最高の快感を感じた」


 最高の快感?

 レクの薬は無理矢理人間の能力を引き出すモノだ。他の兵士を見た時、自我を保っているのはガッツだけで、皆苦しそうだった。薬の効果が解けた時に、あれ程喜んでいたのに。

 待てよ、自我を保っているのはガッツだけ….?何故ガッツだけが、自我を保つ事が出来ていたんだ?


「俺の本当の姿はこれなんじゃ無いかってぐらい気分が良かったんだ。あの姿、あの力が無いと、おかしくなりそうなぐらいに!確かに村に誇りは持っている。だが、モーナ?おばさん?そんなの関係ない!魔獣の内蔵を素手で貫いた時、ほのかに温かった。気持ち良かった。その後魔獣の血を舐めた。甘かった。美味しかった!忘れられない、忘れられないあの感触が!」


 ガッツは興奮した様子で話す。


「ガッツさん、大丈夫ですか?何が……様子がおかしいですよ……」


「様子がおかしい?おかしいのはニミの方だ!村の外から何が目的で来たのか知らないが、外から来た人間に何が分かるんだ!」


「私は……ただ……」


 村を出たいと言っていたのは間違いなのか?それとも、私の解釈違いか?

 このまま村にいれば、村長に利用されるがまま、戦争に巻き込まれる事になり、おばさんとモーナにも危険が迫る可能性がある。だから、村長に近づいたのでは無いのか?


 私はガッツにレクの考えをどう思うか、ガッツに聞いただけだ。

 一体なぜ……


 もしかしたら、私はこの村の事を知らなすぎたのかもしれない。ガッツがこれだけ感情的になるという事は…… か


「……俺は帰る。すまないな、ニミ。今日はおばさんの家には来ないでくれ」


 ガッツはそう呟くと、その場を去っていった。


「あーあ、振られちゃったね」


「ふ、振られたって……」


 レクが馬鹿にしたように言う。


「マズかったのは彼の感情の起爆点だった、果物屋の婆さん、特にモーナの話を出した事かな」


「どういう事ですか?」


「薬の効果が解けてさほど時間が経っていない状態だからね。あの状態の時の感情と解放された時の感情の齟齬に耐えられなかったんじゃないかな?」


「ガッツさんも悩んでいるんですね。自分がどうすべきか」


「少なくとも、村長は気づいていたみたいだけどね」


「え?」


「村から虐めを受けている果物屋の婆さん。そんな彼女を慕うガッツ君。彼が村を守る常備軍のリーダーになりたいと申し出た。不自然だと疑うのが当然じゃないかな?」


「うーん。そうですかねぇ……別にガッツさんも村を守るという意思は同じだと思うんですが」


「以前私が『この村は呪われている』と話したのを覚えているかい?」


「呪われている……そう言えば……」


 あれは診療所に入ってレクと話した時である。


 ***


 またまた回想。



「悪い事は言わないから早くこの村から出ていった方が良いよ。この村は呪われているからね」


「呪われている……?」


「ナグナ王国はこの村を占領するのに、相当苦労したそうだよ。ただのちっぽけな村なのに、おかしな話だと思わないかい?」


「でも、ナグナ王国の兵力に全然イラルの村は対抗出来なかったって……」


「どこで聞いたのかは知らないけど、歴史書が必ずしも真実を書いているとは限らないんだよ。結局は書いた人の解釈次第では、齟齬が発生する可能性も十分にあるからね」


「一体何が言いたいんですか?」


 回想終わり。


 ***


 ナグナ王国がイラルの村の占領に苦戦した理由……?

 村への愛村心が強くて、当時の人が頑張っていただけじゃないのか?


「長らく、イラルの村はナグナ王国に統治されていた。独立したのは、今の村長のおかげ。その屈辱的な歴史の復讐として、村長は常備軍を結成して、ナグナ王国転覆を目論んでいる。ここまでは良いね?」


「はい」


「その一環として村長は私にある依頼をしたんだ」


「依頼….…?」


「この村は永遠に解放される事の無い呪いを抱えている。その呪いを知っているのは、住んでいる老人ぐらいかな。だから、村長は老人達に口封じをしたんだ」


 呪い……口封じ……次々に物騒な言葉ワードが出てくるが、一体何なんだ……?


「村の若い人は、その呪いの存在すら知らない。ガッツ君も、モーナちゃんもね。果物屋の婆さんも」


「……レクさん、その辺にした方が。大丈夫ですか?」


 レクの話をフォルが遮る。

 私に知られてはマズイ事なのか?

 村の人間でない、外部の人間の私に。


「大丈夫だよ。この際だ、彼女には話した方が良い」


「……」


「この村の『呪い』について、ね」




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