第23話 何でもできる傭兵さん

まさか、魔獣の狙いは、自分達の住処に侵入した「ニミ」だった……?

 レクはそう推測した。

 それならば魔獣の王が行く先は一つ。


 で、案の定。


「わ、私の診療所が……」


 見事にバラバラになっておりました。

 それはもう儚い人生が如く。バラバラに。


 勿論、ヨゴツアバルは姿を消しながら、魔獣の巣へと帰っていったので、レグたちにその姿を見せる事は無かった。


 で、そこにポツンといたのは


「おや、これはこれはガッツさんに、レクさんにその他色々さん」


 見覚えのある少女、ニミだった。

 拘束したはずのニミが平然とこちらにやって来るので、レクもフォルも唖然としていた。

 特にレクに限っては誰よりもショックを受けていた。

 大切な大切な診療所がバラバラになっていた。曽祖父の時から代々受け継いできた診療所だ。驚くのは当然だろう。

 ただ一人冷静なのが、ガッツだった。


「ニミ、ここで一体何があったんだ?」


「何ってサディストとクソ医者に騙されて、ずっと監禁されてました。ねぇ?レクさんにフォルさん?」


 フォルがぷいと目を逸らし、レクが怒る。


「さ、サディストとは失礼な!」


 レクが珍しく焦っている。余程診療所が破壊されたのが応えたのだろう。


「それより、ニミ。俺のこの姿をみて、何とも思わないのか?何で俺だと分かったんだ?」


「よく見たら怖い顔してますね、ガッツさん。他のみんなも。あ、これがフォルさんが話してた『薬』ってヤツですか。なるほどなるほど。なんか変身したみたいですね。うーん、なんか皆体調悪そうですね、大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫だ。それよりニミ、監禁されてたってどういう事だ?」


「うーん、話せば長くなるんですけど、レクさん。話しても大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


 即答したのは、レクーーーではなく、フォルだった。


「どうしてフォルが答えるんだ!」


 レクが泣きそうな顔で言う。


「今後の為にも、フォルさんの為にも、今は彼女と話した方が良いでしょう」


「それはそうだが……うぅ……」


「レクさんもそんな顔になるんですね、意外です」


「この診療所は曽祖父の時代から受け継がれてきた大切な場所だったんだ……それが……こんな無残な姿に……」


「そんな大切な診療所を自分の欲望の為に、人体実験に使っていたんですか、最低ですね」


「くそう!!くそう!!」


 レクが悲しんでいる中、ニミが横槍を入れる。


「あの診療所に初めて入った時から何か違和感があったんですよね……」


「流石、暗殺傭兵種族ファーゼ、素晴らしい洞察力です」


 フォルがパチパチと手を叩きながら、ニミを褒める。


「えへへ、ありがとうございます」


 私が笑顔で喜んでいると、ガッツが


「ニミ、そろそろ本題に入ってくれ」


「おっと、すいません。じゃあ話して行きますね」


 ニミは診療所で起こった事などを、ガッツ達に話した。


 ***


「……なるほど、魔獣の王は村を襲うつもりは無く、ただ単に自身の住処に侵入したニミを一目見たかっただけ。それでレクの診療所をぶっ壊して、ニミを助けた。魔獣の襲撃は、何らかの原因でら迷いの森の魔獣達の特質である『進化』を遂げた手下の魔獣達が、結界を突破して、村を襲撃した、なるほどな」


「まあ、そういう事ですね。魔獣は今も村に?」


「あらかた倒したから、大丈夫だとは思うけど……フォル、気配は感じる?」


 ガッツがフォルに聞く。


「いいや、今の所は感じない。村外れの道中までで、随分倒したからな」


「そうか、ありがとう。フォル」


「とにかく、一応は魔獣の王の脅威は去った訳だな」


「ですが、この村の結界が破られた以上、新たな結界を張る必要があります。以前のものより、より強力なものを。そうしないと、また魔獣に襲撃されてしまいます」


「うーん。強力な結界かぁ……フォル、何か良い案無いかな?」


「なぜ私に聞くんだ」


「だって、レクは一気消沈しちゃってるし……」


「私はあくまでレクさんに雇われている身だ。この村の平和などに協力するつもりは無い。よって、策などない」


 フォルが堂々と言う。


「じゃあ、仕方ないなぁ……俺達は村をもう一回、回ってくるよ。まだいるかもしれないしな」


 よくよくみたら、ガッツたちの姿は元に戻っていた。効果が切れたのだろうか?私がそれを指摘すると、皆、驚き、喜んでいた。


「やはりこれぐらいの時間が限界か……私もまだまだだね……」


 今の消えそうな、蚊の鳴くような声でレクが呟く。やはり知っていたのか。

 ガッツ達が診療所を去っていく。

 私とガッツとフォルが残される。


「うーん……」


 私は何か良い案が無いか考える。

 この村の結界を張ったのは二人の魔術師らしいが、二人の実力はどうだったのだろうか?

 そう言えば、ヨゴツアバルは「三人の家」の周りに貼ってあるススの「光の結界」は手強いと言っていた。

 それに、迷いの森の魔獣達は「光魔法」が弱点とも言っていた。

 迷いの森の魔獣がススを恐れ、「三男の家」の結界に近づかなかったのも、今思えば、これが理由かもしれない。


 光魔法が弱点……イラルの村の結界……

 魔術師……

 は!光魔法が使える人が、いるじゃ無いか!


「レクさん!」


「は?な、何かね?」


 すっかり落ち込んでいるレクに私は声を掛ける。


「魔獣の弱点は『光魔法』何です!レクさんが『光の結界』を村の周りに張れば、魔獣は侵入して来れません!」


「光魔法が弱点?それは魔獣の王から聞いたのかい?」


「はい、ヨゴツアバル様が言ってました」


「ヨゴツアバル……それが魔獣の王の名前なのかい?」


「はい、ヨゴツアバル様がそう呼んで欲しいって」


「君はなぜ魔獣の王を様付けで呼ぶんだい?」


「レクさんはヨゴツアバル様の姿を間近で直接見ていないから、分からないと思いますが、凄いですよ!ヨゴツアバル様。ヨゴツアバルの姿をみたら、様付け以外では呼べませんよ」


「……そうか。それは興味あるね」


 レクがニヤニヤしている。少しは元に戻っただろうか?


「ただ研究するにも診療所が破壊されてしまったからねぇ……はぁ……」


 レクが大きく溜息をつく。

 あれは診療所というより、実験場みたいなものだろう。

 にしても、レクも案外ネガティブ思考なのか。あれだけイキってたのが嘘みたいだった。


「私はレクさんとは長い付き合いだが、村人には見せないだけで、普段から極度の心配性で、超ネガティブ思考だぞ」


 フォルがそう言うが、そもそもこのフォルという男は何者なんだ?

 傭兵とは聞いていたけど、レクとの関係が分からない。私が初めて診療所に入った時には、フォルの姿は見当たらなかった。地下室にいたのだろうか?


「私の事はあまり知らない方が良い。後悔する事になる」


 こ、怖っ!

 聞かないでおこう……

 触らぬ神に祟りなしだ。


「私はフリーの傭兵をしている。昔はある傭兵組織に所属していたが、今は腕だけで信用して貰えるようになった。だから、フリーになった」


「結局話すんですね……」


「仕事は何でもやる。暗殺、要人の護衛、肩揉み、料理、偵察、強盗、何でもだ」


「何か変なの混じってません!?何でも屋みたいですよ!?」


「最近だとある王国の要人を暗殺したし、ある王国の要人を護衛したり、ある王国の重要秘密書類を盗み出したり、ある王国に住んでいるおばさんの肩を揉んだり、古き友人の怪しい研究を手伝ったりした」


「ああ、あなたもそんな感じのキャラで行くんですね。分かりました」


「レクとは幼なじみみたいな関係だ。昔からよく一緒に過ごしていた」


 顔を隠しているので、良く分からないが、この覆面何でも屋とレクは同じ年齢なのか?

 レクは30代後半ぐらいのややおっさんだが、この何でも屋は声質や雰囲気がおっさんって感じがしなかった。


「レクは研究者、私は何でも屋……では無く、『何でも出来る傭兵さん』として生きていく事になった」


 何でも出来る傭兵さん……

 凄いパワーワードが出てきたけど、そもそも何でフォルは傭兵になったんだ?


「レクは頭が良かった。頭脳派タイプ。私は体を動かすのが好きだった。街のチンピラをぶちのめしたり、貧民街でモノを盗んだり、皿洗いを手伝ったりな」


 皿洗いに関しては、トラウマがあるので何も言わないでおこう。

 レクは頭脳派タイプで頭が良かったけど、悪い方向へ振り切ったタイプで、フォルは元々やんちゃだった子が、取り返しのつかない方に行っちゃった感じか、なるほどなるほど。


「今回の件も、レクに頼まれて協力していた。すまないな、暗殺傭兵種族ファーゼよ」


「その呼び方で呼ぶのはやめて下さい」


 しまった、この返答では私が暗殺傭兵種族ファーゼだと認めたようなモノでは無いか。

 だけど、レクとフォルにはもう誤魔化しようが無いか。私は殆ど諦めていた。


「私は何度か暗殺傭兵種族ファーゼと対峙した事があるが、奴らは死を恐れず、人を殺す為だけに存在しているような驚異的な連中だったな。無論、全員葬ったが」


「死を恐れず……ですか」


「君はどうなんだ?暗殺傭兵種族ファーゼ何だろう?君は」


「分かりませんよ、私にも。私の言動、行動、その全てが本当に私の意思で行われているのか……それはいつも考えてます」


「そうやって考えれるだけ、君は幸せだよ。彼らにはそんな事が欠片も無かった。生きているという事さえ、疑問に思うほどに。どうやって君のような異端な存在ファーゼが生まれたのかは、気になるがな」


 ロホアナ。

 私を変えてくれた、いや今の私自身を作り上げてくれた存在。


 私は少し気になる事があった。

 私が迷いの森の「旧:祭殿の広場」で魔獣に襲われて倒れた際に、私は片方の腕と足を失っていた。

 そんな状態の私を、ガッツとモーナが見つけて、レクの診療所まで運んでくれた。

 レクは私の治療をするのだが、その時に私の腕、足が再生している事に気づいた。そこで、私を暗殺傭兵種族ファーゼだと疑った。私はそう考えていたのだが、今考えてみれば、再生能力だけで暗殺傭兵種族ファーゼと断定出来るのはおかしい。もしかしたら、他に決定的な「何か」が私にはあるのでは無いか?私はそう考えた。


 私はレクとフォルに聞いた。


「あなた達が私を暗殺傭兵種族ファーゼだと見抜いた本当の理由は何ですか?」


 それが私にとっても、これからの未来にとっても大切な事だった。

 だから、私はーーー


「……レクさん。話しても?」


「私は彼女が知らなかった方が驚きなんだがね。記憶が欠落しているのかな?」


 ぎくり。


「暗殺傭兵種族ファーゼに所属している者には、必ず『ファーゼの紋章』が体に刻まれている」


「ファーゼの紋章?」


「レクさんは君を治療した時に、脰うなじに『ファーゼの紋章』がしっかり刻まれているのを発見した。そこで確証を得たんだ。君が暗殺傭兵種族ファーゼだと」


「…………」


 これは……一体……



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