第22話 魔獣の王様

 イラルの村を徘徊する怪物集団こと、常備軍。

 奇妙な呻き声を出す者もいれば、突如大音量で叫び出す者もいる。

 そんな彼らの先頭に立ち、集団を率いているのが、リーダーであるガッツだった。彼らは副作用で、自我こそ失っている者もいるが、皆の意思は同じだった。常備軍としてこのイラルの村を守りたい、それだけだった。それゆえに、常備軍のリーダーであるガッツの指示には無意識に従っているのかもしれない。


 静まりかえる村の中で、三匹の魔獣が怪物集団の前に立ち塞がる。

 三匹の魔獣の内、一匹の魔獣が唸りを上げて、怪物集団に向かって行く。

 怪物集団の先頭に立っていたガッツが、向かってくる魔獣の顔面に右の拳を叩き込み、一発で魔獣を粉砕する。

 他の二匹の魔獣はガッツの攻撃に一瞬怯むが、直ぐに意識を取り戻し、再び怪物集団を襲おうとするが……しかし、ガッツの裏にいた二人の怪物が魔獣の体を手刀でぶち抜き、魔獣の体を粉砕する。魔獣の体液で濡れた手をペロリと舐める。魔獣の体液が辺りに散乱する。


「……行くぞ」


 ガッツがそう言うと、後ろにいた他の仲間達も無言で彼について行く。

 その後ろでほくそ笑む二人の男。

 レクとフォルだった。


「見たか?フォル、あの強さを!迷いの森の魔獣を一撃で倒したぞ!」


「驚きました……レクさんの薬で、ここまでの効果があるとは……」


「ふはははは!!この力さえ有れば……ナグナ王国をも攻め落とせる!!やはり私の研究は正しかったんだ!」


 レクが興奮した様子で話す。


 フォルもある程度レクの事情を知っていたとはいえ、本気でナグナ王国を攻め落とせる程の力を、戦闘経験の素人集団が持てるとは思っていなかった。

 これならば……本当に……


 ガッツ率いる常備軍は襲ってくる魔獣達を次々倒しながら、魔獣の王を探し、村中を歩き回る。


「ヴォォォォォォォォガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


「!?」


 すると、突然ガッツの後方を歩いていた兵士の男が唸り声を上げて、先頭にいたガッツに襲いかかった。


「こ、これは一体……」


 男の拳をガッツはひらりと避けると、襲いかかってきた男に逆に拳をおみまいする。男が地面にばさりと倒れる。

 ガッツが倒れている男の頬をペチペチと叩く。

 他の兵士達も少なからず動揺しているように見えた。


「……レク、今のは?」


 ガッツが後方にいたレクに問う。


「やはりあの薬は普通の人間には負荷が大き過ぎたかな。与えられた力が大きすぎて爆発してしまったようだ。それにしても、ガッツ君。君は薬を投与した後も悠長に話しているようだけど……体調はどうだい?」


「……俺の体調は最高だよ。過去最高に力が溢れてる。俺の事はどうでも良い。それより、今倒れた奴は無事なのか?」


「無事と言われてもねぇ……負荷が掛かったダメージよりも、君が殴ったダメージの方が大きいと思うけどね」


「……」


「彼の体もかなり強化されている。死ぬ事は無いと思うよ」


「そうか、なら良かった」


 ガッツが安心した様子で話す。


「魔獣の王の位置は把握出来たかい?」


「何だろうな、この体になってから感覚が研ぎ澄まされてる気がする。魔獣の気配をしっかりと感じるんだ」


「感覚……ねぇ。それを信じるしか無いねぇ」


 やがて、ガッツ達は何度か魔獣の襲撃に遭いつつも、村はずれに到着した。

 この場所は、本来なら迷いの森へと続くのだが、結界によって行けなくなっていた。しかし、結界の力が弱まった今なら迷いの森へ行く事が出来る。

 だが、魔獣の気配は迷いの森からでは無く、この場所からはっきりと感じていた。


「なあ、レク」


「どうしたんだい?」


「魔獣の王は、空を飛べるって言ってたよな?」


「その通りだよ。翼が生えているからね」


「それはレクが直接確認したのか?」


「……私では無いが、それが一体どうしというんだい?」


「その魔獣は姿を消せるという可能性は無いのか?」


「姿を……消す?」


「魔獣の気配はするんだが、姿が見えない。魔獣の鳴き声は微かに聞こえるが、姿だけが見れないんだ」


 探しても探しても見つからない。

 確かに気配はするのに、肝心の姿が見つからない……か。

 レクはニミが言っていた事を思い出す。

 魔獣の王が飛行出来る能力がある事は言っていたが、姿を消せるとは言っていなかった。ただ、ニミが発見した魔獣の住処から、あれ程大きな魔獣が他の魔獣を率いて、村にやってきた場合、音もするし、流石にあの巨大で空中を飛行していたら、外を警備していた兵士でも発見出来るのではと思っていた。


「フォル、どう思う?」


「彼の考えに同意……ですかね。これだけ探しても手下の魔獣しか現れない以上、何らかの方法、それこそ彼の言う通り、意図的に姿を消している可能性が高いかと……」


「そうか……」


 確かに、姿をもし消せると仮定するのなら、非常に厄介な能力だ。

 いくら常備軍が最強の力を手に入れようと、ころころ姿を消されては、最強の能力を発揮出来ない。それはレクにとっては困る。


「フォルも魔獣の王の気配を感じているのかい?」


「嫌な気配はずっと感じています。物凄く驚異的な気配を。ただ、姿が明瞭に見えない。これが気持ち悪いですね」


 歴戦の傭兵でも確認出来ない……か。

 レクも内心はかなり焦っていた。

 迷いの森の魔獣は他の魔獣と異なった性質を持っている事はレクも知っていた。「何らかの理由」で魔獣達が進化を遂げ、イラルの村の結界を突破できるほどの力を手に入れた。

 魔獣の王となれば、どれ程の力を得たのか計り知れない。それが不安だった。

 レクは魔獣達が進化を遂げた「何らかの理由」の原因の一環にハンターを自称し、迷いの森で倒れていた少女、ニミが関わっていると推測した。

 以前、ガッツがニミを助けたという話を聞いて、レクは、ニミが一体なぜ迷いの森を彷徨いているのか、ずっと気になっていた。

 ニミの体を治療した際に見つけた暗殺傭兵種族ファーゼの紋章。これは、以前暗殺傭兵種族ファーゼに関わった人物で無いと、本人でさえ気づけない紋章であった。ニミの体にはその紋章がしっかりと刻まれていた。

 ニミを反応を見るに、ニミはやはり気づいていないのだろう。そして、決定的なのがあの「自己再生能力」だった。

 レクは以前、暗殺傭兵種族ファーゼと関わりを持っていた事があった。別に暗殺傭兵種族ファーゼに所属していたのでは、無く、契約で暗殺傭兵種族ファーゼと一定期間仕事をしていただけである。

 その際に、暗殺傭兵種族ファーゼについては、色々知った。本来ならこの種族の全容を知る機会など無かったのかもしれない、むしろ、暗殺傭兵種族ファーゼからすれば知らせたく無い情報だったのだろう。私が知っている事を暗殺傭兵種族ファーゼは恐らく気づいていないが。


「……」


 ともかく、暗殺傭兵種族ファーゼである彼女が、迷いの森で何かをした結果が、迷いの森の魔獣達の「進化」だと、レクは考えた。それが、無意識にやったのか、意図的にやった事なのかは、分からないが。


「!?レクさん魔獣の気配が!」


 フォルが驚いたように叫ぶ。


 それと同時にガッツも、


「レク!魔獣が移動したぞ!!」


「移動した……?」


「村の中心の方だ!急げ!!」


 まさか、魔獣の王の目的は……


 ***


「ふんぐー!!ふんぬー!!」


 私は拘束から抜け出そうと、体を必死で動かすのだが……


「はぁ……はぁ……抜けない……」


 がっちりと拘束されている手足を解放する事は出来なかった。

 これ以上やっても無駄か……


「……大人しくしているしか無いですか……」


 レク達はどこかに行ったのだろうか?

 さっきから、全然物音がしない。

 呻き声のようなものもしない。

 しんと静まり返っている。ただ一人取り残されたこの空間で、ポツンと拘束されて体を動かせない私。

 不安空間のこの状況が、私の不安な心を増幅させ、恐怖心も芽生えている。

 一体何が起こっているんだ……

 知りたくても知れない、やりたくても出来ない、私にはどうしようもない、これからどうなるかも分からない、何も出来ない……何も……


 私は色々な事に諦めを感じ、目を閉じる。見えるのは真っ暗闇の空間のみ。

 これがずっと続けば……


 そんな事を私が考えて、虚無感をひっしりと感じていると



 ズドォォォォォォォォォォォォン!!!!


「へ?」


 急に衝撃音がして、部屋が崩れたかと思ったら目の前にいたのは……


 ギュルルルルル!!!


「魔獣の王……!!」


 巨大な魔獣の王が、レクの診療所を押し潰し、私の目の前にいた。

 私の眼前に、巨大な牙を剥き出しにした、圧倒的覇者が、唸り声を上げている。


 何でここに魔獣の王様がいるのかとか、色々な事を考えようとは思ったのだけれど、私より圧倒的に強い強者を前にして私がポツリと思ったのが


 ーーーあ、死んだな。


 これだけだった。

 本当はもっと色々な事を考えないといけない場面に遭遇しているとは思ったが、圧倒的で巨大な絶望を前にして、人間が安定した思考を継続出来るのは、中々難しい事だ。

 私には尚更不可能だった。


「あ、あ……」


 声に出そうと必死になるのだが、自分が望んでいる言葉が口から出てこない。


「えっと……その……」


 ギュルルルルル!!!


「あ、あははは……」


 ようやく出てきた言葉は……


「あのぉ……何かすいませんでした」


 い、言えた!じゃ無い!!

 私は魔獣の王様に向かって一体何を言っているんだ?

 でも一応謝罪から入って、私は貴方様に抵抗しようとする意思はございませんよ、って主張する方が印象良くなるかも。


《お主は何を言っている?》


「ふぇ!?え、ま、魔獣の王様……?」


 《何を驚いている。折角人間に合わせて話しているというのに、一体何が不満なんだ?》


 色々とツッコミたい事はあるけれど、とりあえず真っ先に聞きたい事はこれだった。


「魔獣の王様は、何故人間の言葉を話せるのですか?」


 《ふむ、魔獣の王様と呼ばれるのは違和感がある。ヨゴツアバルと呼んでくれないだろうか》


 ヨゴツアバル……それが魔獣の王の名前なのか……


「よ、ヨゴツアバル様は人間の言葉を話せるのですか?」


 《その通りだ。我々迷いの森の魔獣は特殊な性質を持っているのだ。その性質はお主も理解しているであろう?》


「……強者による恐怖による進化……?」


 《自分達より強い者と対峙した時、我々は「進化」を遂げる。王国の兵士がやって来た時も、魔術師がやって来た時も、我々は生存本能から進化を遂げて来た》


「生存本能による進化……」


 《我は屈強な魔獣達を統べる魔獣の王だ。誰よりも強くあらねばならぬ。そうで無ければ、魔獣達統べる事など出来ぬ。その集大成が我の、この力だ》


「人間の言語を話せるようになったのですか……」


 《もう一つの力がこれだ》


「……あれ?」


 瞬きをした次の瞬間、ヨゴツアバルが私目の前から居なくなっていた。

 一体どこへ?

 私がきょろきょろとヨゴツアバルを探していると、


 唐突に激しい旋風が発生し、私を襲う。


「うわぁ、な、何ですか……これ!うわっぷ!!」


 旋風が私を含めた柱ごと直撃し、吹っ飛ばす。


「ぐはぁ!い、いてて……」


 吹っ飛ばされた衝撃で、私は背中を大きく打ち付ける。痛い。

 私は打たれた背中を右手でスリスリとさする。


「……て、あれ?」


 気付いたら、旋風のおかげか、私が縛り付けられていた柱が粉々に破壊されていた。

 私はようやく拘束から解放された事になる。一体何が……


「て、うわあ!??」


 《なぜそんなに驚く》


 私の目の前に再びヨゴツアバルが現れた。


「まさか、ヨゴツアバルさんが私を解放してくれたんですか?」


 《その通りだ。お前が拘束されていては、色々不都合なのでな》


「ヨゴツアバルさんはどこから旋風を発生させたんですか?」


 《これは我に備わったもう一つの力。我は我の意思で姿を消せるようになったのだ》


「姿を……消す……」


 《姿を消すと言っても、確かに我はそこに「存在」はしている。ただし、この巨大な体では活動する際に不都合な事が多い。「存在」はしているが、音も含めて我は完全に姿を消す事が出来るようになった》


 気配は感じる。しかし、肝心の姿を見つける事が出来ない、これが理由か。


 《本当は気配も完全に消せるようになりたいのだが、それには更に強い猛者と戦う必要があるのだ》


 ヨゴツアバルが私をギロリと見る。

 わ、私は勘弁して下さい。

 強い人なら、レクやフォルがいますから……でもこれ以上強くなるのは困るなぁ……


 《そう言えば、お主の名前を聞いてなかったな》


「私はニミと言います」


 《ニミ……か。良い名だ》


 魔獣の王様に褒められてしまった。


「あの、ヨゴツアバル様」


 《どうした、ニミよ》


「私は迷いの森で沢山の魔獣を殺しています。ヨゴツアバル様の大切な仲間を私は殺しています。それなのに、何故私を……」


 《お主に殺された魔獣達は、お主より弱かったから殺された。それだけのことなのだ》


「ですが、ヨゴツアバル様は……」


 《相手の強さも見極める事も出来ない種に生き残る術など皆無に等しい。その点、お主は我の力量をしっかりと把握出来ているようであるが》


「……ヨゴツアバル様は、何故この村へ?」


 《お主、我々の住処に侵入したであろう?》


 や、やっぱりバレていた……!!

 そりゃそうだ、目までばっちり合っていたもの。

 やはり私を殺す為に……


 《本来この村に関しては手下共に任せているが……まさか我々の住処まで侵入して来る命知らずの人間が居るとはな……しかも、お主はあの洞穴から生きて逃げ出している。我がそんな人間に興味が無い訳が無かろう》


 つまり、私は魔獣の王様に目をつけられてしまったのか。


 《丁度この村にお主がいると知ってな。姿を消してやって来たという訳だ》


「そ、そうだったのですか……」


 で、ご感想はどうだったのだろうか?


 《お主……中々に良いぞ。隠しきれぬ血の匂いをひしひしと感じる、実に面白い》


 物騒な事を言うなぁ。でも血に関しては沢山あったから、何とも言えない。


「それで……ヨゴツアバル様はこれから一体何を……?」


 《お主を解放したし、これ以上この村で何かするつもりは無い。我はお主がここで死ぬのを恐れていただけだ》


「ヨゴツアバル様は、結界の影響を受けないのですか?」


 《この村の結界は大した事無いが、迷いの森のもう一つの結界は中々手強い。我々迷いの森の魔獣達は光魔法には弱いからな。あそこまで強力な結界は中々無い》


 ヨゴツアバルがススの「光の結界」をべた褒めしている。そうか、私達がここに来る時も、私が魔獣の森で襲われた時も、主にススが魔獣達を倒していた。

 光魔法が魔獣の弱点ならば、光魔法の使い手であるススが、魔獣を倒すという行為自体が、もしかしたら、魔獣達を「進化」させる要因になったのかもしれない。

 というか、ヨゴツアバルは私に弱点を教えていいのか?それだけ余裕と言う事か。

 


 《お主はその結界の奥に木造の家に住んでいるのであろう?なら結界に干渉したりはせぬ。安心せよ》


「こ、個人情報バレバレですね……」


 《我々の調査能力を甘く見ない方が良い》


 恐るべし、ヨゴツアバル……!!

 ともかく、これで「三人の家」が魔獣の王によって、脅かされる事は無くなったのだが、ヨゴツアバル……魔獣の王に目を付けられたねは、厄介だなぁ。


 《さて、我は住処に帰るが……手下の魔獣共はまだこの村を襲うつもりらしい。気をつけよ》


 丁寧にヨゴツアバルが警告してくれる。ヨゴツアバルの命令で魔獣達が村から退いてくれると楽なんだけど。


 《我は個々の意思や個性の尊重、自立をモットーとしているからな》


 何という素晴らしいリーダー!!

 だから魔獣達が好き放題してるのか……


 《ではさらばだ、また会おう》


「……さよならです」


 瞬きをする間に、ヨゴツアバルは居なくなっていた。

 何だったんだ一体……


 私は久しぶりに動かす体を慣らしつつ、ガッツ達の元へ向かう事にした。



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