第21話 村を守るものたち

レクと村長、そして協力者であるフォルの案はこうだった。

 レクがイラルの村に張った結果を解除し、魔獣達が村に来れるようにする。

 元々魔獣達は「進化」を遂げて、強力な力を手に入れ、成長していたので、一部の魔獣は、結界を越える事が出来たのだが、レクが結界を解除すれば、全ての魔獣がイラルの村に来れるようになる。

 本来なら、レクが結界を解除してから、数時間後に魔獣が襲撃する予定だったのだが、レク達の予想よりも魔獣は強化されており、早めの襲撃となってしまった。

 その為、常備軍の兵士の中に負傷者が出てしまい、計算が狂った。常備軍は村の警護が目的である為、定期的に村に何か異常が無いか、巡回している。

 夜間も常備軍の中で、日時で分担を決めて、交代で村の中を警備している。

 魔獣が出現した今日の警備担当が運悪くも、ゾリパーだった。

 レクとフォルはゾリパーの件に関してはそこまで問題視していない。

 幸いにも、ガッツが主導となり、ゾリパーをレクの診療所に運ぼうとしているし、他のメンバーも予定通りレクの診療所へ集まろうとしている。

 計画に支障は無い。そう思っていた。しかし一つだけ弊害があった。

 それはーーー


 ***



「君だ」


「わ、私……ですか?」


「ガッツには夜中に家を出るよう伝えてある。他の村人にも家から出ないように命令してあるから、安心して魔獣退治が出来ると思ったが……」


 フェルが私の方を見る。


「君だけが不安分子だった。君に魔獣退治を妨害されては、我々の計画が破綻する可能性がある。それこそ、襲われている常備軍を助けるなどされてはな」


「……そもそもあなた達は私を利用する為に、この村に私を留めているんですよね?それならば、これぐらい想定内では?私がこの村で何をしようと勝手です」


「……君はさっき『私を殺すつもりですか?』と言ったな?」


「言いましたけど……」


「何度も言うが、レクさんと村長の力が無いとこの村からは絶対に出れない、その点は理解しているな?」


 理解していなければ、とっくにレクなどぶん殴っている。


「君の命を奪うつもりは無い。だが我々の計画の障害となるならば、我々も動かなければならない」


「その結果がこの拘束ですか?」


「その通りだ。レクさんは君には十分な価値があると言っていた。何より君の『自己再生能力』は素晴らしいと」


「どうぜ人体実験ですよね?分かってますよ。どんなエグい事やっても、腕や足がにょきにょき再生するんだから、私の体はサディストには魅力的でしょうね」


「よく理解しているじゃないか」


 フェルが躊躇いもなく肯定する。そりゃそうか。こいつらには慈悲なんてものは無い。


「君の扱いには私に一任されている。しばらくの間は、ここでじっとしていて貰おう」


「しばらくの間……ですか」


「どうも君は『迷いの森』の魔獣を掃討したいそうだが……我々も魔獣を掃討しようとしている。利害が一致する筈だ」


 私はガッツとモーナ、そしておばさんの姿が頭に浮かんだ。モーナとおばさんはこんな事望んでいるだろうか?

 だが、村に住んでいる以上、あの村長に従う他無い。


「以上で私の話は終わりだが……他に何かあるか?」


「身体能力を劇的に向上させる薬……それを常備軍の皆に投与するんですよね?今から」


「そうだが、何か?」


「常備軍の皆に危険は無いんですか?副作用とか……」


「いいか?これも一つの実験なんだ」


「実験……」


「失敗を恐れず挑戦する事が更なる進化となる。薬は完全といっても完璧という訳では無い。今回の魔獣討伐でうまく利用出来なければ意味が無い」


「完璧で無い薬など完全とは言えません。その進化の為に、ガッツさん達が犠牲になっても構わないと言うんですか?」


「構わない。目的を達成する為には多少の犠牲は必要だ。勿論犠牲は少ないに越した事は無いが」


 ……そこまで言われてはどうしようも無い。私とこいつらは根本的な考え方が違うのだろう。


「君の過去に焦点を当てれば、我々と君もそう変わらないと思うが。君の『肉体強化』も然りだ」


「……私の何を知っているって言うんですか?」


 すると、階段の上の方から、


「フォル君、来てくれないか?」


「分かりました。直ぐに向かいます」


 レクか……ガッツ達が診療所に到着したのだろうか?


「ふふふ……ではニミ君、また会おうか」


 フォルはそう言うと、この部屋から出て行った。バタンと、扉が閉まる。


 部屋に静寂が戻り、私一人がポツンと取り残されてしまう。

 フォルが釘を取ってくれたので、多少は負担が軽減されたが、自由に体を動かす事は出来ない。

 ……何も、出来ないのか。只々ガッツ達が実験に利用されるのを待つしか……そもそもフォル達は私を解放するつもりなど無かったのかもしれない。

 私を実験に利用する為に、拘束して……

 私は騙されていたのか……


 ***


「はぁ……はぁ……レクさん!レクさん!」


 ガッツがレクの診療所へ慌ただしく飛び込んでくる。


「おやおや、ガッツ君。どうしたんだい?」


「魔獣が現れて……!!ゾリパーが襲われたんだ……」


「これは酷い怪我だね、直ぐに治療しないと……フォル、彼を奥へ」


「分かりました」


 フォルが大怪我をしているゾリパーを奥へ連れて行く。


「それより魔獣が侵入したというのは確実な事なのかい?」


「ゾリパーのあの怪我を見ただろ?レクが言ってた魔獣の王みたいな影も見えた!このままじゃ村が……!!」


「大丈夫、こちらにはきちんと策があるからね。まずは常備軍がみんな集まってからだ」


「そんな悠長で大丈夫なのか?」


「……これは村の為にも重要な事なんだよ。分かってくれるね?」


「……ああ、わかった」


 ガッツはレクの問いに頷く。



 しばらくすると、常備軍の面々が集まって来た。


「村人達はみんな家の中にいます、魔獣も家を壊したりはしないと思いますが……」


「イラルの村の人達は基本的に夜間に出歩いたりはしないからね、良かった」


「それでレク……策ってのは……」


「これだよ」


 フォルが奥から戻ってきた。

 手には一つの木製の箱があった。


「箱……一体何が入っているんだ?」


「ふふふ、先ずは彼を見て貰おうか」


「彼……?」



「ゾリパー、出てくるんだ」


 フォルがそう言うと、一人の男が奥の部屋から出てくる。


「ヴゥヴヴゥヴ……!」


「え、お前……ゾリパーなのか?」


 その男、ゾリパーの姿はとてもでは無いが、人間とは思えないものだった。

 腕や足がパンパンに膨れ上がり、着ていた服は、耐えきれなかったのか、破れている。筋肉……というか、体そのものが膨れ上がっているという方が正しいだろうか。皮膚も膨れ上がり、濃い血管が見えている。まるでオークのような見た目であった。

 ゾリパーは元々体が弱く、華奢な体だった。だが、村への愛着心が強く、村を守る為ならば、命も惜しく無い程の屈強な覚悟も所持していた。

 ガッツはゾリパーの顔を見る。

 恐ろしい形相をして、こちらを睨みつけている。自我があるとはとても思えなかった。


「おい、ガッツ!一体どういう事だよ!?」


「どういう事とは?」


「こ、これが魔獣対策の方法か?こんなのが……」


「こんなのとは何だ、弱い君達ではあの魔獣に勝てる訳が無いだろ?だから私はこの『薬』を作り上げたというのに」


「魔獣を倒す為にゾリパーを怪物にしたのか?信じられない……」


「怪物とは失礼だな。この美しい体を見たまえ、正に戦士だ。どれ程の力なのか見たいだろ?自我に関しては問題無い。反逆する事があれば、フォルが対処する」


 ガッツは驚きの余り、レクに何も言えなかった。

 すると、他の兵士達が怪物と化したゾリパーをみて、恐れをなしたのか口々に言う。


「あ、あんな風になりたくねぇよ!」


「ぞ、ゾリパーが……怪物に……」


「た、助けてくれよぉ、死にたく無い!」


 兵士達がレクから離れていく。


「……別に死ぬ訳じゃ無いんだけどなぁ……」


 レクが呆れたように言う。

 ガッツは少し気になる点があった。現に魔獣に村は襲われている訳であって、放っておけば村人に被害が出る可能性もある。

 村を守る為には自分の力では足りない事も理解していた。ならば、ガッツ自身が魔獣を倒せるほどの力を手に入れるしか……

 ゾリパーも村を守りたい、この大切な伝統あるイラルの村を守りたい、その意志は同じはずだ。


「レク、俺にそれを打ってくれ」


「れ、レク……お前……」


 常備軍の仲間のスィフが驚いたように言う。


「スィフ、俺はどんな手を使っても村を守りたい。あの魔獣に勝つにはこれしか無いんだ。どのみちここで縮こまっていたって、何も変わらない。他の皆も理解してくれないか?」


 ガッツの主張に他の兵士も静まりかえり、何も言う事が出来ない。


「ふふふ、決まったようだね。フォル、順番に打ってやってくれ」


「まずは俺からだ」


 ガッツは、服の袖をめくり、右腕をフォルに差し出す。


「良い覚悟だ。お前は傭兵向きだぞ」


「傭兵は自己の利益しか考えないから嫌いだ。俺は村を守りたい、ただそれだけだ」


「……そうか、では行くぞ」


 フォルは注射針を取り出し、ガッツの右腕に注射する。

 軽いピリッとした痛みがガッツを襲う。打った直後は注射針の痛みのみで、変化は感じられなかったらのだが、その直後……


「ウォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」


 急激に力が込み上げてくる!!

 力が体の外に出てしまいそうなぐらい、溢れてくる!!

 血が滾る!!身体中の血液が急激な速さで巡回する!!

 どんどんどんどん体温が上昇していくのをはっきりと感じる!!

 体だけで無く、感情も昂っていく!!一体何なんだこの気分は!!爽快感は!!今なら何でも出来そうだ!!

 出来そうじゃない!!何でも出来る!!!


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」


 物凄い叫び声がレクの診療所、いや村中に響き渡る。

 この叫びは、悲鳴?怒号?それは定かでは無いが、そんなガッツの様子をレクが嬉しそうに見ていた。



 ガッツは正義感が強く、自分自身としっかり向き合う事が出来ている為、薬を投与した後でも、自己を制御出来、他の兵士をまとめ上げる事が出来る。

 レクはそう考えていた。


 他の兵士達が耳を塞ぎながら、恐る恐るガッツの様子を見守っている。


「はぁ……はぁ……凄い、何なんだこれは……」


 ガッツもゾリパーと同じような怪物の姿になる。ただ一点、ゾリパーと異なる点は、自我を保っている事だろう。

 フォルが薬を投与した際に、ゾリパーは急激な体の変化による負荷に耐えられず(勿論魔獣に傷を負わされた点もあるのだが)自我を完全に忘れ、言葉を話す事さえ出来なかった。だが、ガッツは違う。

 はっかりと自身の変化に対する驚きを口に出す事が出来ている。


「素晴らしい!流石ガッツ君だ!!」


「はぁ……はぁ……嬉しそうだな、レク」


 ガッツの声は、先程までと異なり、低い声になっていた。


「私の事も認識出来るか……素晴らしい!!今、どんな気分だ?なあ、どんな気分だ?」


 レクが興奮した様子でガッツに尋ねる。しかし、ガッツは


「今は村を守る方が優先だ。他の奴らにも投与してくれ」


「ああ、分かっているさ。あはははは!!こんな興奮を味わえるとはなぁ……あはははは!!」


 ガッツの姿を見た他の兵士は怯えた様子でガッツを見ている。


「みんな、頼む。村を守る為なんだ」


 ***


「び、びっくりした……一体何ですか……今の声は……」


 手足を拘束されている為、私は耳を塞ぐ事さえ出来なかった。

 しかし、今の声は一体何だ……?

 レクが言っていた「薬」の投与が始まったのだろうか?

 だとしたら、今のは常備軍の誰かの悲鳴……?


「ヴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


「なっ……!?また悲鳴が……」


「ギュェェェェェェェェェェェェェ!!」


「ギョホェォェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!???」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」


 悲鳴が続いている。やはり私の予想は正しかった。実験が始まったとしか思えない……何て事を……

 様子を確認したいが、私には出来ない。何とか、拘束を解く方法は……無いだろうか………?


 ***


「うふふふふ、フォル、見ろ、この最強の集団を!人間の持てる限りの能力を最大限まで引き出すこの力!!ナグナ王国の馬鹿どもには理解出来ないこの能力!!天才研究者である私が作り上げた悲願の姿だ!素晴らしい!!」


「こ、これは……思ったよりインパクトがありますね……」


 嬉しそうなレクとは対照的に、フォルは若干困惑気味だった。

 この中で一番自我を保っている者は、やはりガッツだった。

 他の兵士は怪物化への恐怖からか、一部自我を保てていない者もいれば、言葉が話せない、全く動けない者もいたりと、千差万別であった。


「みんな、行くぞ!」


 ヴォォォォォォォォ!!!


 しかし、ガッツが一度命令すれば、皆素直にガッツの言う事を聞いた。やはり、常備軍としての自覚が残っているのだろうか?

 非常に興味深いが、レクが気になっていたのは彼らの戦闘能力だった。

 ようやく、拝見する事が出来そうだった。


「さあ、楽しい楽しい夜の『魔獣狩り』が始まるよ……今宵の月は、私の悲願の野望と成功を照らしているようだ……」




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