第20話 診療所の秘密

「はぁ、はぁ……」


 魔獣の咆哮は、確かにこの辺りからしたのだけれど……

 その場所は、「現:祭殿の広場」だった。中心に祭殿があるこの広場の方から聞こえたが……


 私が辺りを見渡していると……


 ギュオオオオオ!!!


 再び、魔獣の咆哮が聞こえた。

 かなり近い。

 私は声のした方へ直ぐ様向かう。


 祭殿の裏側へ私は回るが、そこには二匹の魔獣がいた。


「ガッツさん!」


 魔獣に囲まれるように、倒れている男と、彼を守るように剣を構えるガッツの二人がいた。


「くそ、魔獣どもめ!」


「ガッツさん!!」


「ニミ……!?」


「とりゃああ!!」


 私が大声を出すと、魔獣達が私の存在に気付き、こちらへ向かってくる。

 私は、愛用のナイフで二匹のナイフを貫き、倒す。


「はぁ……はぁ……ガッツさん!大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫だ、ゾリパーが……」


 ガッツが抱えているゾリパーという男は、魔獣に襲われたのか、血塗れで、酷い状態だった。

 上位種の魔獣ではないから、毒の心配は無さそうだが、かなり危険な状態だ。


「……この村の医療施設はレクさんの診療所だけですか?」


「……ああ、医療事務に関しては、全てレクが管理している。村人の健康状態とかも」


「祭殿の広場」からレクの診療所までは結構な距離がある。運ぶのもゾリパーに負担がかかるし、魔獣も心配だ。


「ゾリパーは村の常備軍の戦友だ。こんな所で死なす訳にはいかない」


「常備軍……ですか」


 村長の野望が実現する事になれば、ガッツの仲間にも危険が及ぶ事になる。

 その点が引っかかった。


「そうだ、ニミ。ここにくる前に、巨大な魔獣の影を見た。もしかしたらアレは……」


 魔獣の王……まさか私を追って、この村まで……


「おーい!ガッツ、大丈夫か!?」


 二人の常備軍の仲間らしき男がこちらにやって来る。


「ニミ、悪いが魔獣を追ってくれないか?俺はこいつらと、ゾリパーをレクの所まで運ぶ」


「おい、ガッツ……ゾリパーが……大丈夫なのか?」


「凄い悲鳴が来てみれば……」


「村に魔獣が侵入した。村長とレクが言っていた魔獣の王の可能性がある。仲間達を集めて、直ぐにレクの診療所へ向かわせるんだ。村人達を絶対に家の外に出すな!」


「了解だ、ガッツ!」


「スィフは、俺と一緒にゾリパーを運ぶぞ!」


「おう!任せておけ!」


 同じ村を守るという目的で集められた男達だ。団結力や決意は固く、結束力も強いのだろう。迅速な対応だ。

 そして、何よりガッツの人望の厚さに私は驚いた。それはこれまでののガッツの行いの結果で、緊急事態の際にもそれを発揮出来るのは凄いと思った。

 私にはこんな事出来るだろうか?


「ニミは他に魔獣がいないかもう少し探してくれないか?あの二匹だけとは思えない、魔獣の影も気になるし」


「分かりました!任せて下さい!」


 私のせいという可能性もある以上、放っておく訳にもいかないだろう。


 私はガッツ達と別れて、「祭殿の広場」付近を探索する。


 特に魔獣らしき姿は見当たらないが、やはり嫌な気配は消えない。

 一体何が起こっているんだ……?


 ギュオオオオオ!!!


 魔獣の声!向こうの方か!

 私は急いで、声のした方へ走る。


「はぁ……はぁ……」


 一体どこに、どこにいるんだ!?


 あたりを見渡しても、魔獣の姿は見つからない。

 おかしい!確かに声がしたのに……

 姿を消している……?

 まさかそんな能力が魔獣に備わっているのか?

 だが、アレ程巨大な姿をしている魔獣の王だ、目立たない筈が無い。


 おかしいなぁ……

 私の姿は見えているのに、相手の姿が見えていない?いや、まさかそんなはずは……

 だって、私の姿は見えているのに、相手の姿が見えないなんて….これってやっぱり姿を消している……?

 じゃあやっぱり……




「っ!?」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 体が感じる「ぞわっ」とした寒気。

 何かの気配を背中に感じた。

 後ろに誰か……いる?

 振り返ろうとするのだが……それは出来なかった。

 何故なら……


「うぅ……」


 私の身体中に衝撃が走った。

 雷で打たれたような痛みが私を襲う。

 だが、それは魔獣に襲われた時のような、はっきりとした痛みでは無く、不意に意識が吹っ飛ぶような柔かな感覚だった。

 身体中の力が抜けていく。

 足にも腕にも力が入らず、目蓋もどんどん重くなっていく。

 だ、駄目だ……力が……

 もはや立っているほどの力も湧かず、ふらふらと倒れそうになる体を必死で耐える。


「うぐっ!?」


 再び身体中に衝撃が走る。

 今度ははっきりりとした痛みを感じる。後方を確認する事が出来ないので、誰かは把握出来ないが、人の気配がした。

 だが、私にはそれを確かめる力は無かった。意識が遠のいていくのを感じる。力が失われていく中で、私はその場にゆっくりと倒れる。その最中に、所持していたナイフが、カラカラと転がるのを見ながら、私の意識は闇の中へ落ちていった……


 ***


「流石、暗殺傭兵部族ファーゼというべきかな。普通の人間なら、一発で倒れてくれるんだが……」


 髪の毛をポリポリ掻きながら、白衣を着た男が、気を失い、倒れているニミを見つめる。


「すまないね、今君に魔獣と接触させる訳には行かないんだ」


 男の後ろからもう一人の男が現れる。男は全身を黒い装束を纏っており、顔も隠している為、顔は確認出来ない。


「レクさん、常備軍が診療所に向かっています。負傷した仲間を治療する為だと思われます」


 黒装束の男が言う。


「有事の際は、診療所うちに来るように言っておいて正解だったな。予定では夜が明けてからの筈だったが……少し早かったな。まあ、良いか、多少の誤差の範囲だ」


「予定通り計画は?」


「実行する。魔獣が侵入した以上、実行せざるおえないからな。村人は出てこれない、派手にやるぞ」


「了解です」


「さて、まずは診療所我が家へ戻らないとな」


 レクが手をかざし、扉ゲートを開く。


「この扉ゲートは診療所へ繋がっている。常備軍が来る前には戻れるだろう」


 レクがそういうと、レクと黒装束の男は、扉ゲートの中へと消えていった。

 辺りには静寂だけが残された。


 ***


「うがぁっ!?」


 猛烈な痛みで私は目を覚ます。


「い、痛い!痛い!」


 私は状況が理解できないまま、痛みを回避しようと、体を動かすのだが……


「あれ?」


 私は自身が拘束されている事に気づく。柱のようなモノに、両手両足を縛られた状態で磔にされている。

 だが、この痛みは一体何なんだ……?


 右手の方をよく見たら、縛られた上に、手の甲に釘のようなものを打ち付けられているのに気づく。釘が手の甲を貫通し、出血してしまっている。


 血がポタポタと水滴となり、地面に落ちていく。

 左手も同様に釘が打ちつけられていた。これは……一体……拘束するだけならともかく、釘を打ち付ける必要はあるのか?目的は何だ?


「やはり『肉体強化』の影響で痛みが軽減されているか。だが、それは戦闘では『痛み』に気づくのが遅れるデメリットもあるな」


「……!?」


 き、気づかなかった。私のすぐ隣に男がいた。そうだ、私は痛みで目を覚ましたのだから、痛みを与えた奴が近くにいるに決まっていた。

 男は全身黒装束で顔も覆っている為、顔は確認する事が出来ない。誰なんだ……?というか、ここはどこだ?私は何故拘束されているんだ?

 現在の状況に対して、疑問が尽きない。


「いや、『痛み』を感じないのは脅威ではあるか。『痛み』を恐れずに向かってくる相手は侮れないな。うん?」


 私はガッツと別れた後に、魔獣の王を探していた筈……一体なぜこんなこに……

 そうだ、途中で何かクラクラして、そのまま倒れたんだ……誰かに何かをされたような感じがして……


「って!あなたは誰ですか!?」


「今更か……『痛み』だけでなく反応まで鈍くなってしまったのか?」


「……あなた、私の事……知ってるんですか?」


「わざわざ自らの事を質問するという事は、素性を知られては不味いのか?」


 今この男から聞いてはならない単語を聞いてしまった気がするんだけど……

 え、今この人「肉体強化」と言わなかったか?何でそんな単語知ってるんだ?こんな黒装束の顔も分からないような男など信用出来るはずがない。

 何も言わない方が良いな。でも手が縛られて、なおかつナイフでグサグサされているので、口を塞ぐ事も出来ない。こういう時って、普通は口も拘束すると思うのだが、こいつはやらないのか……


「……お前の事はレクさんから色々聞いている。色々な……」


 含みを持たせる言い方だな……

 やはりレクの仕業か……


 私は動かせる限りの力で、辺りを見渡す。ここは一体どこだ?

 窓などは無く、ずいぶん寂れた場所だ。奥には扉があり、うっすらと階段が見える。まさか、地下室?


「ここはどこだと聞きたそうだな」


「なぜ私の声を読めるんですか?気持ち悪い」


「ふふっ、やはりレクさんの言った通りだ。面白い」


「面白いって……」


 この男も考えが読めない。この悪巧みを企む子供のような無邪気な笑み……

 やはり、レクに似ている。


「ここはレクさんの診療所の地下室だ。正確には、地下室の一室だ」


「地下室の一室……」


「ここは『調教部屋』精神に異常がある患者や反抗する患者を収める場所だ」


「……どうりで血生臭いと思いました」


「やはり嗅覚が発達しているか。君にバレないように昨日異常懸命掃除したんだが……」


「掃除した……って事はここは血だらけだったって事ですか?」


「……レクさんから許可は貰っているから別に話してもいいだろう」


 黒装束の男が咳払いをする。


「ちょっと話を聞いて貰えないだろうか?」


「……聞きたい事は山程ありますよ」


「君の聞きたい事も多分に含んでいる。こちらが話したい事と君が聞きたい事は一致している訳だ。ならば、私が話した方が効率的だろ?」


「……」


「勿論、過不足があれば、その後で質問して貰っても構わない」


「……私を、殺すつもりですか?」


「何故そう思う?」


「貴方達がやろうとしている事は、ナグナ王国を巻き込む極秘事項の筈です。それを外部の人間と接触出来る私に話すのはおかしい。私を殺すつもりならば、この拘束状態も納得出来ます」


「先ずは私の話を聞いてから判断すると良い。君はレクさんと村長の力が無ければ、どのみちこの村から出られないはずだが?」


「……話して下さい」


「ちょっとと言ったが、少し長くなるかもしれない」


「構いませんよ。でも釘は外して下さい。痛いです」


「それはすまない、これに関しては私の趣味だ。どんな反応をするのか興味があった」


 段々と狂気じみた事を言うな、この男は。普通じゃない。


「いだぁぁ!?」


 釘を外した時の痛みで私は悶絶しそうになる。


「外せと言ったのは君だ。ほら、もう一本だ」


「うっぐぅ!?…はぁ……はぁ……」


「お疲れ様。では、話を始めるか」


 すると、男が思い出したかのように言う。


「そうだ、名前を言っていなかった。私はフォルだ。よろしく」


 名前なんて……聞かされても……


 ***


 フォルの話はこうだった。

 イラルの村の支配者である村長は、前々から軍備を整え、ナグナ王国を攻め落とす事を考えていた。これはかつてイラルの村を支配していたナグナ王国への復讐を意味していた。

 その為に村長はガッツを中心とする常備軍を設立した。名目上は、イラルの村に危機が迫った際の防衛が目的だが、村長の意図は異なっていた。

 例え、常備軍がナグナ王国へ戦いを挑んでも、兵力的にも敵う筈もない。

 だが、それを実現しようとしているのが、レクだった。レクは知り合いのプロの傭兵であるフォルと共に、常備軍の強化を開始する。

 一体どうするのかと言えば、簡単に言えば身体能力を劇的に向上させる薬を投与する事だった。

 イラルの村には墓が無い。病気などで寝たきりとなっている村人などは皆、レクの診療所に入院していたし、亡くなった村人の死体は全てレクの元へ集まっていた。

 まず、寝たきりとなっている村人はレクの人体実験に使用された。

 表立って人体実験をする事はできない為、レクは村長に頼み、病人を調達するよう依頼する。イラルの村には元々レクの診療所しか医療施設が存在しないので、村人はレクに頼る他無かった。なので、信用とか評判などを気にする必要は無かった。ニミがいた調教部屋は、精神に異常がある患者を調教する役目もあるが、大半は実験として薬を投与する実験場として、使用していた。何度も何度も繰り返し実験をするが、対象は薬の副作用、負荷に耐えきれず、そのまま死ぬか、暴走するかの二択ばかりだった。暴走した対象の鎮圧も、フォルを呼んだ理由の一つであった。繰り返しの実験の中で、ようやく効果を確認出来る結果を出す事が出来た。

 もう一つ、村人の死体を集める理由としては、レクの研究も一つの要員だが、薬の生成の為には、人間の様々な体液が必要だった。健康のための薬の投与と称して、村人から採取する手もあるのだが、あまり目立ちたくは無かった。なので、これも村長に頼み、死んだ人間の死体は全てレクの元へ来るようにした。おかげで、地下室は腐敗臭が凄いが、地上の連中には気づかれないであろう。


 ***


 そうか……私が感じた診療所の「違和感」はもしかしたら、地下室で行われていた実験が影響しているのかもしれない。


「さて、ここまではいいな?」


 全く話の内容は良く無いが、一応話の内容は理解出来た。

 だが、まだ全容が分からない。


「では、次に今日我々がやろうとしている事を話そう」


 一体何をするつもりなんだ……

 私は息を呑んで、話の続きを聞く。




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