第19話 紅茶を求めて
「スス、いるかぁ?」
ロホアナは家の中でススを探すのだが、全く見つからない。
「おかしいな……買い物に行っちゃったのかなぁ」
徹夜で研究に没頭していたロホアナは、いつのまにか寝てしまい、ふと目を覚ますと、何となく喉が乾いてしまったので、紅茶でも飲もうかと思ったのだが、残念ながらコーヒーしか研究室には無かった。そのコーヒーも数日前に入れて、ちょびちょび気が向いた時に飲むコーヒーなので、既に冷え切っていたし、数日前だからと言う理由で、あまり飲みたくないのもあった。何よりあまりコーヒーが飲みたいという気分では無かった。 「三人の家」の経済的状況では、大変贅沢かもしれないが、とにかく紅茶が無性に飲みたかった。そんな時、たまにはあるんじゃないか?
ふらふらと重い足を上げて、階段を上がり、地上に出た時には疲れ果て、息が上がっていた。三人の家の以前の主も追われていた身なのかは知らないが、これだけ地上と地下の距離を置いているという事は、恐らく確実に身を隠す為なんだろうなと思っている。だが、運動不足のロホアナには階段を上り下りするのもキツかった。
迷いの森で走り回った時もそうだが、どうも運動不足らしい。
これだけ引きこもっていれば、そりゃそうなるわなと思っていても、多少は体を動かさないとヤバイかなと思った。
で、紅茶を飲みたいと思って、ロホアナはススを探していた。食料などの「三人の家」の中の物の管理は、しっかり者であるススに全て任せている。ロホアナ自身も器用というわけでは無かったのだが、じゃあススやニミはどうかと言えば、ニミに関しては結構色々な面で可愛らしいミスをする事も多く、不器用では無いが、器用でも無いといったところか。
ススに関しては彼女自身が完璧主義的な考えを持っている事もあり、かなり器用で何でも出来る万能少女と言った感じだった。流石「光の種族」だ。
紅茶のストックはまだあったはず。ススが買ってきて、どこかにしまったと言っていた気がする。紅茶の居場所を知っているススが居ない以上、ロホアナが紅茶の居場所を知る術は無い。
ススが帰って来るのを待つのもアレだったので、ロホアナは散歩がてら、「平和の森」で紅茶の茶葉を探してみる事にした。
ナグナ王国の知り合いの研究者に貰った「迷いの森」に関する調査報告が書かれた本を、ロホアナは見た。
そこには、迷いの森に関する様々な事が書かれている。ロホアナはページをペラペラとめくると、迷いの森に生えている食物の項目で、イラルの村の人々が迷いの森で採取していた食用の記述について見る。
……やはり、知り合いの研究者が言った通りだった。イラルの村の人々は、紅茶を飲むのだが、茶葉は迷いの森から採取して、飲んでいるらしい。
イラルの村に直接行く訳にはいかないので、ロホアナが茶葉を摘んで、ナグナ王国に持っていけば、紅茶を作って貰えるだろうか?
……まあ、運動不足解消も含めて散歩するぐらいなら良いだろう、と言った感じで、ロホアナは「迷いの森」の「平和の森」に来ていた。
ロホアナ自身、戦闘能力がない訳では無いが、ニミとススのような、化け物レベルの二人と比較すれば、圧倒的に劣っている。
先日の魔獣騒ぎに加えて、魔獣の動きや能力が不透明になっている現状、ロホアナが戦闘で勝るとも思えなかったので、「平和の森」を選択した。
「いい天気だなぁ」
陰湿な魔獣の森と違い、平和の森は暖かい太陽の光に照らされて、心地良かった。
運動不足の体を名一杯左右上下に動かすと、ロホアナは平和の森の中を歩いていく。研究に没頭し続け、頭ばかり使っていたので、体も鈍っている。
だが、次のナグナ王国での発表会で結果を残さないと、「三人の家」で三人が安心して暮らせる程度の生活費すら稼げなくなる。ロホアナが過労や病気で倒れた場合、「三人の家」での平和な生活が守れなくなる。ようやく手に入れた平穏な生活だ。ロホアナにとっても、ススとニミにとっても、これ以上の機会はもう訪れないだろう。幸い、マーイヤナ王国や暗殺傭兵種族ファーゼの手は、ナグナ王国までは回っていないらしく、ロホアナも研究に協力する程度なら、身分を隠しながら、研究会で報酬を受け取る事は可能だった。
「マーイヤナ王国……か」
ロホアナはふと、マーイヤナ王国で研究者として働いていた時の事を思い出していた。
あの時の同僚は今何をしているのだろうか?研究資料を奪ったロホアナを恨んでいるのだろうか?
……過去を振り返っていても仕方ないか。
ロホアナは手元にある本を読みながら、紅茶の茶葉を探す。
しばらく探しながら、歩いていたが、それらしき物は発見出来なかった。
「収穫……無しか」
よく考えたら、イラルの村の人々は「平和の森」では無く、「魔獣の森」から紅茶の茶葉を採取しているのかもしれない。迷いの森はロホアナ達が「平和の森」から魔獣を排除する以前にも、ナグナ王国側とイラルの村側と、環境が大きく異なっていた。三人の家を中心として、二分化されていた。
なので、生えている植物も「平和の森」と「魔獣の森」とでは、大きく異なっているのかもしれない。
それか、ナグナ王国がイラルの村を統治していたのは、もう前になるので、情報が古くなっているのか……
どちらにせよ、ロホアナはこれ以上迷いの森で紅茶の茶葉を探すのは不可能と考え、やめておく事にした。
魔獣の森に行って怪我をするのも嫌だったからだ。それならば、自分で買いに行くか、ススが帰って来るのを待ち、紅茶のストックの居場所を聞いた方が良いだろう。
ロホアナはそう考えてて、そのまま「三人の家」へと戻った。
「あ、スス」
「三人の家」の前には見慣れた可愛い兎耳の少女がいた。
「ロホアナ様、心配しましたヨ。ワタシに無断で勝手に行動しないでクタサイ。魔獣に襲われたカト……」
「いやぁ、すまんすまん。ちょっと運動がてら、散歩でもしようかと……」
「ただでさえ、あの一件以降、魔獣の様子がおかしいのデス。イラルの村に行ったニミも心配でスガ……せめて、ロホアナ様はワタシの目に届く所にいてクダサイ」
「子供じゃ無いんだから、私には自由に行動する権利があると思いまーす!」
「ロホアナ様にはそんな権利アリマセン、私の許可を取ってからにしてクダサイ」
ロホアナは抗議するが、ススに一刀両断されてしまう。まあ、仕方ないか。今はあまり良い状況じゃないし。
「それより、ススもニミの心配をするんだな?なんだかんだいって、仲良いじゃないか」
「……ニミも頑張ってますカラネ。認めるべき点は沢山アリマス。ですが、ニミは頑張り過ぎる所がアリマスカラ……大丈夫でショウカ……」
「頑張り過ぎる……か。確かにそうかもしれないな。自分一人で何とかしよう、一人で背負ってしまう所があるからな、ニミは」
「……魔獣の森から嫌な気配がシマス。あの魔獣の森の一件以降、ますます強くなってイマス……」
「嫌な気配……ねぇ」
***
「おお!こんな所にあったのか」
「すいません、ロホアナ様コーヒーばかり飲んでいたから……ストックの紅茶の場所を教えてませんデシタ」
ススから教えてもらい、ロホアナは紅茶の居場所をようやく発見する事が、出来た。
「直ぐにいれるので、少し待ってクダサイ」
「ああ、ありがとう」
ロホアナは席に座る。
しばらくすると、ススが温かい紅茶を持ってきてくれる。紅茶の香ばしい香りが、部屋中に広がってゆく。
「いやぁ、いい匂いだねぇ……」
ロホアナが紅茶を楽しんでいると、
「ロホアナ様」
ススが神妙な表情で話しかけてくる。
「どうした?スス」
「やはり、私も『イラルの村』に行った方が良いのでしょうカ?」
ロホアナがカップを置く。
「……イラルの村に関しては私もずっと気になっていたんだが……ニミが帰ってこない以上、何かがあったんだろうな」
「やっぱり……ロホアナ様も……」
「イラルの村についても詳しく調べたが、あの村もかなり複雑な歴史を辿っている。ナグナ王国から独立して以降の情報が無いから、詳しくは分からないが……」
「イラルの村の人達は、魔獣退治をしようとしているんデスヨネ?」
「村の結界が何らかの原因で破られ、魔獣が村に侵入した。恐らくは、私達が迷いの森に来て、魔獣を倒したのが原因だとは思うが……」
「あの森のあの嫌な気配は何なんでショウカ?」
「……私も分からない。ススが助けたイラルの村人、魔獣の進化と、結界の破壊、ススの嫌な気配……か」
ロホアナは「うーん」と考える。
「ススのそういう『勘』は良い意味でも、悪い意味でも、当たるかなぁ」
「ロホアナ様の行動も『勘』で予測出来マスヨ」
「何それ、怖い」
「夜中に足音がした時も、またロホアナ様が盗み食いをしてるんだなぁって、簡単に予測デキマス」
「それは勘じゃなくて、単なる予想じゃ……て、あれ?バレてた?何で知ってるの?」
「……やってたんデスネ」
「……まあ、その話は置いといて、イラルの村の件だが、スス、少し魔獣の森を調査してくれないか?」
「魔獣の森を……デスカ?」
「ああ、少し気になる事があってな。別に明日でもいいよ。今日は暗いし」
「ワカリマシタ。ロホアナ様、ニミは……」
「ニミなら大丈夫だよ。そう簡単にやられるヤツじゃない。ただ、イラルの村も気になる事があるからねぇ。果たして今、どうなっているのやら……」
「ロホアナ様は大丈夫デスカ?私がいない間、ちゃんと過ごせますか?」
「今日も出来たらから平気だよ。私は相変わらず引きこもってるからね。やっぱり私には外は向いてない」
「外は向いてないって……そのセリフは聞き逃せませんネ」
「……え?」
「ロホアナ様の健康の為にも、今度私とニミにも協力して貰って、トレーニングしまショウ!」
「…………え?」
嫌な予感しかしないんだが……
いかん、ススの目が輝いている。
「フフフ……楽しみデスネ」
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