第18話 野望と希望
「……」
目を開けて最初に映ったのは気色が悪いレクの笑顔だった。
私の方が先に扉ゲートに入ったのに、何でこいつが先にいるんだ?
それともほぼ同時だったのだろうか?
ここは……レクの診療所の一室……最初に扉ゲートを開いた場所だ。
戻ってこれたみたいだ。
しかし、今度はレクに助けられてしまうとは……正直、レクが来ていなかったら、確実に私は死んでいた。
この点は感謝しなくてはいけない。
「レクさん、助けて頂き、ありがとうございました。不本意ですが、レクさんが助けてくれなかったら魔獣の餌になっていました」
「おやおや、急に素直になったね。人間どんな事に対しても、素直になった方が、良いからね。特に自分に利益がある時には……それは私が身を持って体験しているからね」
「そういえば、ちゃんとした理由を聞いてませんでした。何故、私を助けたんですか?さっきは『私が心配だったから』と言っていましたが」
「私は君の実力を信じていたんだけど、万が一魔獣に負けて、死んじゃったら困るからね。君にはまだまだ利用価値がある。今回も魔獣の王の存在を見つけてくれたしね。つまり、君に死んで欲しくないから、君を助けたんだ」
「私の言う事を信じるんですか?私が嘘をついている可能性は?」
「断言出来るが、君は嘘をつく事は出来ない。私と村長の力が無ければ、絶対に君はこの村を出る事が出来ない。君は迷いの森の魔獣を駆除したいし、私も村長もそれを望んでいる」
「……随分と期待されてますね」
「とにかく、その怪我では今日はもう何も出来ないだろう。夜までこの部屋のベッドで寝ていると良い。半日も経てば、にょきにょき生えてくるんだろ?君の腕は」
にょきにょきという表現は本当にやめて欲しい。
「とりあえず簡単な医療処置はするが、君は回復能力が著しいみたいだからね。しばらく寝ていれば治ると思うよ」
そう言うと、レクは私に簡単な治療をしてくれた。迅速で的確な措置、なるべく私に負担がかからないよう配慮してくれている。腐っても医者である。私は、素直に感心した。
「私は用事があるからね。その姿で村をうろつかれても困るから、診療所から出ないでね」
包帯だらけの体で、私はベッドに身を任せる。
……痛いし、疲れた。
くっきりと無くなった両腕を見ながら、私はため息をつく。
私は普通の人間では無いのだろうか?
普通の人間……普通の人間は、腕を無くしたら、にょきにょき(不本意だが、この表現を使わせて頂く)再生してきたりしない。この再生能力は私も知らなかった事なのだが、やはり暗殺傭兵種族ファーゼの「肉体強化」が影響しているのだろうか?
……私は一体何を……
駄目だ、もう力が出ない、限界だ。
私は静かに目を閉じ、眠りについたーーー
***
イラルの村で一番大きな家、いや、家というより、屋敷といった方が正しいだろう。一番大きな屋敷にはイラルの村長が住んでいた。
イラルの村は昔から、村長の家系が村を統べており、イラルの村の支配権は全て村長にあった。イラルの村の歴史を見れば、ナグナ王国と戦ったり、ナグナ王国の一員として戦ったり、ナグナ王国から独立する為戦ったり……と、それぞれの判断は、当時の村長が判断を下し、イラルの村を導いていた。中々平和的とは言えない、血生臭い歴史を展開してきたイラルの村であるが、ナグナ王国からの独立以降は(魔獣騒ぎや、イラルの村以外の住民への迫害などを除けば)比較的平和な生活を取り戻していた。
イラルの村が独立を目指したきっかけは、現在の村長・・・・・がナグナ王国を毛嫌いしていたからである。
村長はイラルの村を非常に愛し、誇りに思っていた為、イラルの村の純粋な住民のみが暮らせる社会を作ろうとしていた。それには、ナグナ王国の存在がどうしても邪魔だった。現在の村長の一つ前の村長が死去して以降は、現在の村長が村を支配していくのだが、彼は村人にイラルの村としての誇りを訴え、ナグナ王国に対抗するよう呼びかけた。その結果、ナグナ王国からの独立を勝ち取る事が出来たのだ。
だが、ナグナ王国のせいでイラルの村は長らく苦しめられ、沢山の人が亡くなった。村長はそれが許せなかった。必ず復讐をしてやると誓った。村長はナグナ王国と戦争をする為の準備を進めた。村唯一の医者でナグナ王国に詳しいレクに、何とか現状の兵力でナグナ王国に勝てないかと相談した。
レクはとある方法を提案した。
村長の屋敷の中でも、かなり広い部屋に当たる一室、ここは村長が普段過ごしている部屋だった。
その部屋に、椅子に座った村長と、壁にもたれているレクの二人がいた。
「魔獣の件はどうなっている?」
村長がレクに問う。
「順調ですよ。あの娘が迷いの森の魔獣の王の存在を突き止めました。準備が整い次第、いつでも実行出来ます」
「 そうかそうか……フフフ……楽しみだ」
「彼らは村を守る為に戦います。ようやく彼らの真価が発揮されます」
「とうとう始まるのか……」
村長が不敵な笑みを浮かべる。
「例の家以外の住民には既に伝えてあります。死にたく無ければ、家から出るな、と。例の家を迫害してきた成果がようやく現れました」
「我らの希望は光となるか、闇となるか……誇り高き我が村の行く末がようやく決まるのだな」
「……」
***
私はベッドの上で目覚める。
窓を見ると、既に日は落ちかかっていた。
……長い間寝てしまったようだ。
レクは……いないか。
両腕は……
「は、生えてる……」
綺麗な白い肌の腕がそこにはあった。
服の布は消失してしまったが、半日程で本当に腕が元通りになっていた。凄いなぁ……
これって、一体どんな感じで再生したのだろうか?ちょっと見てみたい気もするが、気持ち悪そうなのでやめておく事にした。そもそも、もう二度と腕を失うような事はしたくない。
体は相変わらずあちこちが痛いが、もう慣れた。魔獣に負けて、怪我を負わされた後に、また魔獣に負けて怪我を負わされて、しかも腕まで奪われて、魔獣の本拠地に乗り込んだら、またまた魔獣に負けて、腕を失って……怪我ばかりして全然傷が癒えていない。私はもっと体を大切にしないと。
さて、レクもいないようだし、私も帰るかな。レクがいなければ扉ゲートを出して貰えない。扉ゲートを出して貰えないという事は、迷いの森に行く事が出来ないという事だ。魔獣の王も見たし、腕も吹き飛ばれたし、もう今日は十分だろう。
私はレクの診療所を出て、おばさんの家に向かった。
「……」
何かがおかしい。おばさんの家に帰る途中で、変な違和感を私は感じた。これはレクの診療所に初めて入った時の違和感に似ていた。
人が全然見当たらず、やけにひっそりとしている。嫌な雰囲気だ。
村長の家からレクの診療所に行くまでの間にも、相変わらず嫌な顔をして睨みつけてくる村人が沢山いた。
昨日、レクの診療所からおばさんの家に帰った時にも何人かの村人とすれ違った。
だけれど、今日は明らかにおかしい。
ひっそりと静まり返り、まるで嵐が来る前兆のようだった。
結局誰とも会う事無く、私はおばさんの家に到達した。
「あら、ニミちゃん。おかえり……て、どうしたの!?その怪我……」
扉を開けると、おばさんが迎えてくれるが、真っ先に私の体を心配してくれる。優しい。
「前よりも怪我が酷くなってる……まさか村長に何かされたんじゃ……」
当たっているような気もするが、正直に言うわけにもいかない。
「いえいえ、これは私の自業自得です。私はハンターですから、魔獣の森で魔獣を探していたら、またまたやられてしまった、それだけです」
「ニミちゃん……迷いの森で倒れたばかりだろ?もっと体を大事にしないと……」
「はい……気をつけます」
「まあ、お説教は短めにして……とりあえず夜ご飯にしようかね。お腹、空いてるだろ?」
「……ありがとうございます」
「すぐに出来るからね、席に座って待ってて」
おばさんはそう言うと、調理場の方へ戻った。
テーブルには既にモーナがいた。
私がテーブルに近づくと、モーナが気まずそうに目を逸らす。
「ガッツが……心配なの」
「……え?」
「……ニミちゃんには関係ないこと」
モーナが何か呟いた気がするが、小さな声だったので、聞き取る事が出来なかった。
そういえば、私はガッツの姿が見当たらない事に気づく。
ガッツは私が村長の部屋を去った後に、常備軍の話し合いがあるから、村長の屋敷に残っていたはずだが、まだ村長の屋敷にいるのだろうか?
私がそんな心配をしていると….
「ただいまー」
ガッツが帰ってきた。
何やら疲れているようで、顔もどこと無く暗い気がした。
「おやおや、随分と遅かったじゃないか。一体何があったんだい?」
おばさんがガッツに聞く。
「村の今後について話し合ってたんだ。うん……俺はこの村を……おばさんやモーナを守る為に戦うよ」
「戦うって……ガッツ、また村長に何か言われたんだろ?あんまり危険な事はやめておくれよ……アタシだって……心配だよ……」
「おばさんだって分かってるだろ?この村を支配しているのは村長だ。村長の言う事は絶対で、誰も逆らえない。けど、村長の懐に入る事が出来れば、もしかしたらチャンスがあるかも知れない。それまでの辛抱なんだ」
機会……?一体何の機会だろう……
「……ガッツがアタシ達の為に頑張ってくれてる事は分かってるよ。でも今の状態じゃ、村長の操り人形じゃないか。村長は私達を村から逃す気なんて無い。ガッツが危険な目に遭うだけだけじゃないか」
「それでも……三・人・で・村・を・出・れ・る・僅かな可能性があるなら……俺はやるよ。その為なら、なんだって……」
「ガッツ……」
そうか、三人は村を出ようとしているのか……だからガッツは村長の命を受けて、危険な迷いの森に……
「……村長に何を言われたの?ガッツ」
俯いたままで、顔を下に向けていたモーナが口を開いた。
「……何をって……どうしたんだよ、モーナ」
「どうしたは私のセリフだよ!ガッツ無理してるでしょ!私は分かるよ、誰よりもガッツの事を思っているから……」
「モーナ……」
「何か良くない事をやろうとしてるんでしょ?村長に言われて……」
「……良くない事じゃないんだ、この村の為だし、何より、おばさんとモーナの為に……」
「私達の為に、ガッツは何をやらされるの?命に関わる事なんでしょう?」
ガッツはしばらく間を置いて答える。
「……モーナ、この前巨大な魔獣を見たって言ってたよな?」
「え、うん。そうだけど……」
「あの魔獣が村を襲おうとしてるんだ」
「村を……?」
「レクさんによれば、あれは魔獣の王で、大量の魔獣を率いて、村を襲撃する準備をしているらしい……」
「魔獣の王が……!?」
「俺は……俺達常備軍は、魔獣の王と戦わないといけない。村を守る為に」
モーナもおばさんも大変驚いている。
私を使って、魔獣の王の存在を確認した後に、やはりレクは村長の屋敷に行ったのか。私は結局利用されただけだった。
レクから聞いた話が本当なら、村長は魔獣退治だけで無く、ナグナ王国を攻め落とす事も視野に入れているらしい。ガッツ達にその事を詳しく話しているかは、定かでは無いが、村長が、本気で戦争をしようとしている以上、ガッツ達はそれに従わざるおえない。
ナグナ王国と戦争をするのだ、この村もガッツ達も無事では済まされないだろう。だが、レクはこう言っていた。
***
「その無茶を可能にしたのが、この私さ」
回想終わり。
***
レクの言う無茶とは、村長の野望の事だろう。長らくイラルの村はナグナ王国に支配されてきた。イラルの村の住民は、ナグナ王国が村を侵略しようとした際も、必死に抵抗したが、負けている。いくら何でも、訓練されたナグナの兵士にただの村人が挑むのは無謀としか言えない。
しかし、レクは何らかの考えがあり、それを実現しようとしている。私には予想がつかないが、レクなら出来る、何となくそんな気がした。
魔獣を操れる医者……彼はロホアナのような研究者の一面もあるのかも知れない。レクの家系はもともとナグナ王国から来たらしいし。
「……この話はまた後にしようか。ほら、モーナも。ごめんね、ニミちゃん。辛気臭い話しちゃって……」
「いえ、私は全然……」
「おばさん……」
ガッツが何か言いたそうな目でおばさんを見ている。
「とりあえず、夜ご飯を食べようかね。ガッツも席について、ほら!」
「分かった……」
という訳で、おばさんが料理を調理場から運んできて、テーブルに置く。
私達は夜ご飯を食べ始めた。
……空気が重い。
おばさんも、モーナも、ガッツもお互いがあまり目を合わせず、話もせずに、食事をしていた。
仕方ないか、本当に重要な事なんだし。しかし、おばさんはともかく、モーナとガッツはなぜ村を出たいのだろうか?この店は両親が残した店と聞いたけど……何か別の理由があるのかも知れない。
しばらくすると、
ガッツが食べ終わり、二階に上がっていく。
私も丁度食べ終わったので、
「おばさん、ありがとうございました。美味しかったです」
「嬉しいねぇ。ニミちゃんみたいな可愛い娘にお礼を言ってもらえるなんてねぇ」
おばさんが嬉しそうに言うが、隣のモーナから嫌な視線を、感じたので、私も自分の部屋に戻る事にした。
***
「ふう……」
私はベッドで横になる。
自分の腕がある事を一応再確認しておく。にしても、痛かったなぁ……洞穴の天井に頭をぶつけたし、魔獣に足を噛まれたし、腕も取られたりで酷い目に遭った。出来ればあんな体験はしたくないけど……
魔獣の王がいる以上、何とかしないといけない。一体どうやってヤツに勝てば良いんだ……全然考えが思い浮かばない。やはり、レクに相談するしか……利用されるだけかも知れないけど、それ以外に手段が思い浮かばない。
一体どうすれば……
すると、下の階からおばさんの声が聞こえた。
「ニミちゃん、お風呂沸いたから入っちゃって!」
「分かりました」
私は一階に入って、お風呂場に行き、衣服を脱いで、お湯の中に入る。今日はモーナはいなかった。
「ふう……気持ちいい……」
私の疲れが、体の汚れと一緒に洗い流されていくようだった。ずっと入っていたいぐらいだ。
だが、明日の為にも、早めに出て備えなければいけない。
私はお風呂を出て、体を抜くと、自分の部屋に戻り、再びベッドで横になる。
準備をするとか言っても、余程疲れが溜まっていたのか、私はそのまま寝てしまった。
長い一日にようやく幕が下りる。
……はずだった。
***
「ギャアアアアア!!!」
「!?」
私は大きな悲鳴で目を覚める。
重い目蓋を開けて、必死に状況を確認する為に、意識を取り戻す。
一体何が……
「ニミちゃん、大変だよ!!」
おばさんが私の部屋へ飛び込んでくる。
「一体何があったんですか……?」
「村に大量の魔獣が侵入したんだ……見張りのヤツが襲われたらしくて、今ガッツが様子を見に行ってるんだよ……」
「ガッツさんが……どうして……」
「アタシも止めたんだけど、放って置けないって……」
「ガッツさんらしいですね……でも今の悲鳴はただ事では無さそうです。モーナさんは?」
「部屋を確認したら、ぐっすり寝ていたよ」
「良かった……おばさんとモーナさんは家の中から出ないで下さい。私はガッツさんを探しに行きます」
「分かった。くれぐれも気をつけてね」
「ご心配ありがとうございます」
私は愛用のナイフを持つ。レクから貰ったナイフはあの洞穴に置いてきてしまったが、私のナイフは無事だった。
私はおばさんの家を出て、様子を確認する。
ギュオオオオオオ!!
「……魔獣の咆哮……あっちの方からですね……」
私以外に外に出ている村人はいないようだった。
夜のイラルの村の外は、想像以上に冷え込んでおり、肌寒かった。
「急がないと……」
嫌な予感がした。
私は急いで、魔獣の咆哮がした方へ向かった。
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