第17話 洞窟の死闘
私は魔獣の洞穴の中で、追ってくる魔獣と対峙していた。
足に噛み付いていた魔獣を倒すと、遠くから新手の魔獣の声がする。
すると、突如私が倒した魔獣の死体が衝撃波によって爆発した。
「なっ……!?」
魔獣の血しぶきが私に飛ぶ。
魔獣の体はそのまま消滅した。当然裏から新手の魔獣が勢い良く私の方へやって来る。
まさか、この魔獣が魔法を放ったのか?
よく見たら魔獣の色がいつもの色と違うような……
案の定、魔獣が
ギュオオオオオ!!!
と大きく咆哮をあげると、魔獣は口を大きく開けて、衝撃波を放った。
魔獣の魔力によって生み出された強力な衝撃波である。形は丸いボール状で、この洞穴の大きさとほぼ同じぐらいだった。
「こ、これはヤバいんじゃ……避けられないです!」
まだ私より離れている魔獣からもの凄いスピードで、私の方へやって来ている。これは、避けている暇は無い、というか、この場所では避けられない!
私は無意識に両腕で、顔をガードしようとしていた。
私は衝撃波をもろに食らった。
「うぐっ……」
なんとも言えない悲鳴が私の口から小さく出る。
もの凄い痛みが私を襲うが、それ以上に私は大きな違和感を感じた。
「あ、あれ?腕が……」
私の両腕の肘から先が無くなっていた。ポックリと空間が開き、骨まで見えている私の上腕からは大量の血が流れていた。所持していたナイフが、ころころと私の前に転がっていく。だが、私はそれを拾う事すら出来なかった。私は一瞬自分がどういう状況に置かれているのか理解する事が出来なかった。ただ、現実は直ぐに私を襲う事になる。
激痛という名の現実が。
「うぐぅああああああああああああああ!!!」
悲痛な悲痛が洞穴中に響き渡る。
だが、その悲鳴を聞いてくれるのは凶悪な魔獣のみである。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
「あ、でも落ち着いたら、そんなに痛くない……こんなもんですか」
私は腕をまた失ってしまった。
あの時は、気絶した後だから分からなかったけど、今ははっきりと痛みを感じている。人間にとって大切な部分を失う事がこんなに痛いなんて……そこまでだけど。
そんな事より、私は一体どうすれば良い?こんな状態じゃナイフなんて持てない。レクがくれた”奥の手ナイフ”も使えなくなった。こんな状態で私はどうやって魔獣に勝てば……
逃げるしか……無い!
なあに、腕は失ったかもしれないけど、まだ私には足があるんだ。
足が地に着いている限りは、人間はどこまでも歩く事が出来る。
確かにさっき足を魔獣に噛まれて、腕も大量出血してるし、頭からも血が出てるけど大丈夫、私は丈夫だから。
私だって出来るはずだ。
私はとにかく走った。しゃがみながら尚且つ腕が無く、おまけに激痛も付いてきているこの状況で、これ程早く走れているのは奇跡である。
私は、後ろを振り向こうと……したが、辞めた。凄くすごく嫌な気配がするけど、魔獣の咆哮も聞こえるけどもう関係ない。
だって私はーーー
「うぐぅ!?ま、また足を……」
私の足に再び魔獣が噛み付いている。さっき衝撃波を放った魔獣であろう。
ヤツは偶然か否か、魔獣に噛まれた方の足に噛み付いていた。
ジリジリと私の足を引き裂こうとしてくる。足も大量に出血していた。このままでは腕だけで無く、大切な足を失うのも時間の問題だ。だが腕が無い以上、魔獣に対抗する手段が無い。仕方ない……!
私は魔獣に噛まれている足を魔獣ごと引き寄せると、噛み付いている魔獣と目を合わせる。噛み付いたまま、魔獣がこちらをギロリと睨んできた為、私も不敵な笑みを浮かべて睨み返した。
「私もここで死ぬ訳にはいかないんです……絶対に……」
私は噛み付いている魔獣に思いっきり頭突きをした。
魔獣が私の足から離れた所を、私は魔獣の体を蹴飛ばした。
魔獣が衝撃でぶっ飛んでいく。
「はぁ……はぁ……何かワンパターンな反撃方法になってしまいました……」
だけど腕も無いし、これしか手段が無い。魔獣が倒せたとも思えないけど……
私の足はかなり深くまで傷が出来てしまっている。少しでも傷つこうものなら、手だけでも無く、足も失ってしまう。そうなれば、この洞穴から脱出する術は完全に無くなってしまう。
だがら、足だけは……
***
「はぁ……はぁ……追ってきていない?みたいですね……」
私はしばらくの間、出来る限りの力を振り絞り、痛みに耐えながら、歩いていた。かなりの距離を歩いたが、あの魔獣は私を追ってくる事は無かった。
諦めてくれたのだろうか……?
いや、あの魔獣の王が自分達の住処に侵入した人間を、逃すはずが無い。
特に、魔獣の王は自身の姿をみられたくないはずだ。どこまでも私を追いかけるであろう。
それにしても、私はやられてばかりで、本当に情けない。魔獣達だって、ススという強力な相手に勝つ為に、成長しているのに、私は……
やがて眩い小さな光が見えてきた。
「で、出口ですか……」
ようやく、ようやくこの長い漆黒の闇から解放されるんだ。随分長い間、光を見ていなかったので、懐かしささえ、覚えてしまう。
光はどんどん強くなっていく。
両腕が無い、傷だらけの体を支えながら、私は光の方へ向かっていく。
まるで、光に導かれるように。
そして、私は光に到達した。
悪夢のような洞穴の出口である。
ようやく、ようやくーーー
「……」
洞穴の外には大量の魔獣が待ち構えていた。全く気配を感じとる事が出来なかった。もう私の体は限界か……
私はポツンと立ち尽くしてしまう。
何も出来ない、何も出来ない、何も出来ない、何も出来ない無能な私。
もうだめだ、終わりだ。
私はまた泣いていた。目から涙が出ていた。涙は血と交わり、赤く染まってゆく。
恐怖?後悔?怒り?もう分からない。
魔獣の王はこの洞穴がどこに繋がっているのか知っていたんだろうな。
見つかった時点で、私の運命は決定していた訳だ。
私は静かに目を閉じて、運命を受け入れる事にする。
涙を拭く事すら出来ない私の体に、一体何の価値がある?
何の価値も無い、ただここで魔獣の餌となる無価値な体。
こんな事、前も考えた気がするな。
あの時は走馬灯みたいに、ロホアナ達の姿がみえて……
あれ、見えて……
***
『ニミが死ぬとロホアナ様が悲しみますからネ』
ロホアナ……今も私達の為に……
『まあイイデス。でも……生きて帰ってきて下サイ』
スス……「三人の家」で洗濯でもしているのかな……
『仲良くだよ。私達は”家族”なんだから』
家族……
『誰かを助ける為に、自分の命を賭けるなんて事……ファーゼだけじゃ無い、普通の人間にできる事じゃ無いだろう?』
『ニミはそれをやってのけたんだ。それだけで随分変わったよ。いや、成長したというべきかな』
『ただいま、私の唯一の居場所』
ロホアナ……スス……
二人の顔と、二人の言葉が鮮明に浮かぶ
やっぱり私は……
回想終わり。
***
これ前も見たよな……
もしかしたら、これで助かるかも……
「あははははははははははは!!」
「……へ?」
男の笑い声がしたかと思ったら、私を取り囲んでいた魔獣達の頭上に強力な雷が落下する。
ギュオオオオオ!!!
魔獣達が苦しみながら、次々と亡骸に変わっていく。魔獣の亡骸からは、煙が上がっていた。
私はこの雷に見覚えがあった。
「これは……『光魔法』……?」
一瞬ススの姿が頭に思い浮かんだが、今この場所にススがいるはずがない。
一体誰が光魔法を……
「な、何ですか……あれは……」
見覚えのある顔をした男が空中に浮かんでいた。
「いや、浮かんでいたって……空飛んでるじゃないですか」
「おやおや、ボロボロじゃないか。プロのハンターなら、魔獣ぐらい簡単に狩れると思ったんだけどね」
「レク……さん」
私を空から見下ろしていたのは、イラルの村唯一の医者、レクだった。
「君は本当はハンターなんかじゃないだろ?もっと特別な能力をもっているはずだ」
特別な能力……
やはりレクは私の体を調べた時に、暗殺傭兵種族ファーゼについて気づいているのだろうか?
だが、簡単に認める訳にもいかない。
「あなたには関係ありません」
「否定はしない……か。私の考えは当たっていたようだね」
「……」
「まあ、いいや。今は追及するのはやめておこう。お互いの為にね」
「……なぜ貴方がここにいるんですか?」
「私の質問には答えないのに、私には回答しろ、と?」
「言わないなら良いですよ、別に」
「君にどんな事情があるかは知らないが、私にも色々あるんでね。それより、君はまた腕を無くしてしまったのかい?」
「無くしたというか、取られたんです」
「でもどうせ、にょきにょき生えてくるんだから、平気だよね?」
「にょきにょき」という表現は何かアレなので、やめてほしい。
「とりあえず質問に答えよう。なぜ、私がここにいるか?だよね?その質問への回答は『君が心配だったから』かな」
「私が、心配だったから……?」
「別に君に好意があったとかそういう意味じゃないんだよ」
レクが気色悪い笑みを浮かべながら、ニヤニヤしている。
「あなたから好意を持たれる覚えはありません」
「だからそうは思って無いって……君もあの巨大な魔獣を見たんだろ?」
「レクさん……知ってたんですか?」
「最近の迷いの森の異変には気がついていたんだ、村が魔獣に襲撃された辺りからかな。結界を破る程の魔獣の出現……迷いの森の魔獣は特殊とは聞いていたが、イラルの村の独立後以降は、ナグナ王国が迷いの森への立ち入りを禁じたから、あまり影響は無いと思っていたけど……ねぇ?」
レクが私の方をじろじろと見てくる。
私は何も答えれない。
「モーナから巨大な怪物の話を聞いた後に少し調査をしたんだ。この森には魔獣の住処があり、そこに魔獣の王がいるんじゃないかと推測してね。魔獣の王をモーナは見たんじゃ無いかと」
「魔獣の王……やっぱりアイツは……」
「君をそこまで痛めつける事が出来るなんて、余程の強さなんだろうね。何らかの理由で、この森の魔獣は『進化』を遂げている。変異種の魔獣が現れるようになった。魔術を扱える魔獣……とかね?」
レクも見ていたのか。
「普通の魔獣も『進化』する事が可能ならば、魔獣の王なら一体どうなるのか?驚異的な力を手に入れただろうね」
あの魔獣には翼があり、恐らく空を飛べる。魔獣を率いて、次々と王国を攻め落とす魔獣の王の姿を、私は想像してしまった。
「さっきのレクさんの魔法……あれは『光魔法』ですよね?」
「おや、知っていたんだね。光魔法って今はあまり使われていないマイナーな魔法だから知名度は低いと思ったけど……知り合いに『光の種族』でもいるのかな……」
「……レクさんは『光の種族』何ですか?」
「私は光魔法を操る事は出来るが、『光の種族』では無い。正確に言えば、『光の種族』から『光魔法』を教えてもらった、かな」
そういえばススも、スス程度の光魔法ならば、誰でも覚えれば使用出来ると言っていた。ただ、ススは本来の力は出していないと言っていたが。
「ただあれは『光魔法』の初歩技術だからね。強力な『光魔法』は『光の種族』にしか使用出来ないよ。流石にそこまでは教えて貰えなかった」
一体誰に教えて貰ったのだろう?
ロホアナから聞いた話によれば、光の種族が住んでいる村は、掟が厳しく、そう簡単に村の外に出る事は出来ないと言っていたけど。
ススは本当に異例な存在で、だからこそ、光の種族は、ススを追っているらしい。追っていると言っても、ススの場合は帰る場所を失ったと言った方が正しいか。行く場所も無い所をロホアナに救われたらしいし。ただ、ススが村を追われた理由はまた別にあるらしいが、流石にロホアナも詳しくは教えてくれなかった。
「私はあくまでイラルの村の医者という体ていで過ごしているからね。村長との契約もそうだ。扉ゲートなどの魔法も、私の数ある力のほんの僅かでしか無い。本来、私が表立って、魔獣と戦う事は禁止されているんだ。だから、君に任せたんだ」
魔獣と戦う事が禁止されている……?魔獣を一瞬で倒す事が出来る力を持っているのに何故?
レクが魔獣を討伐する方が、村人の被害も少なくて済むと思うけど。
「村長が常備軍を作った話は知っているだろう?」
私は頷く。
「私は止めたんだけどね。でも契約・・だから仕方ない。村長は本気でナグナ王国を攻め落とすつもりだよ」
「ナグナ王国を攻め落とす……?」
「迷いの森の魔獣だけでなく、ナグナ王国の兵にも勝る程の力を、村長は欲しているんだ。迷いの森の件を、村長は良い実験機会だと考えている。迷いの森の魔獣程度倒せなくては、ナグナ王国など攻め落とせない。君に渡したナイフもその一環だよ」
ガッツが持っていた剣も、村長の命を受けたレクが作って、彼に渡したのか。
「そういえば、あのナイフはどうしたんだい?」
「落としました」
「そんな子供みたいな事言われてもねぇ……まあ、魔獣の王がいる事も確認出来たし、いいよ。君は十分成果を残してくれた」
何だろうなぁ、この気持ちは。
「イラルの村はやっとの思いで独立したんですよね?どうしてまた血を流すような事をしようとしているんですか?」
「『復讐・・』だよ。長らくイラルのを支配し、苦しめてきたナグナ王国を村長は恨んでいる。独立した今、今度は自分がナグナ王国を支配しようと考えているんだ」
「そんな無茶な……」
「その無茶・・を可能にしたのが、この私さ」
「……一体何を企んでいるんですか?」
「うふふふ、直に分かるさ。それより、君のその怪我の方が私は心配なんだが。自己再生するとはいえ、私も医者として放置する訳にはいかないからね」
医者として……か。レクは私の事を、単なる実験材料、それこそ村長と同じで、おもちゃとしてしか、見ていない気がする。
「今回は特別だよ」
レクが手を伸ばし、扉ゲートを出現させる。
「村に戻ろうか、まだ君もやる事があるだろう?」
「……」
魔獣の王に、村長とレクの企み……
この村にはまだ何かがありそうだった。
私はレクが出した扉ゲートに入った。
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