第16話 洞窟の奥で
「おやおや、ようやく来たようだね」
レクがおもちゃを見つけた子供のように嬉しそうな表情で言う。
私はレクに遊ばれる奇抜な玩具か。
「迷いの森に行きたいんだろ?魔獣退治の為に」
「あなたも村長も全部お見通しですか。果たしてどちらが教え込んでいるのやら」
「別に教え込んでなどいないさ。村長は人を見る目があるからね」
人を見る目……ね。
「村長からナイフ、貰ったんだろ?」
「あなたのナイフ何て使いませんよ。何が起こるか分かったもんじゃない」
「そう意地になるのは辞めた方が良いよ。見栄と意地、先にあるのは自身が損して後悔する絶望の未来だけだ。君の場合はその『損』は『死』を意味する事になる。つまり、つまらない意地の為に、死を代償にするわけだ。余りにも大き過ぎる代償だと私は思うけどなぁ」
「頭の片隅に入れておきます」
「片隅じゃないて堂々と入れた方が良いと思うよ。死んだら後悔も出来ないからね」
レクが信用出来ないとはいえ、感情的になっては二の舞を演じるだけだ。
冷静に、レクの意見は聞くべきだと私の頭は判断した。
「そのナイフは私が魔獣の体液を使って作った、特別なナイフでね。きみの持っているナイフよりは魔獣に対して効果がある。ガッツ君にも渡してあるんだ。君も見ただろう?」
迷いの森でガッツと出会った時に、ガッツは剣を持っていた。
そうか、だから魔獣を倒せたのか。
「ガッツ君も強いとはいえ、まだまだだからね。あの剣を扱えるのは難しいかな。だけど君なら扱えるだろう?プロのハンターらしいからね」
思っていないだろうなぁ。
「それと、扉ゲートを開くのは良いけど、残念ながら迷いの森から出る事は出来ないからね。信用してない訳じゃ無いけど、一応結界を張らせてもらうよ」
信用してないから結界を張るのだろうに。
「じゃあ、準備は良いかな?」
「いつでも出来てます」
レクが手を伸ばして、何やらブツブツと唱える。すると、レクの前に扉ゲートが出現した。扉ゲートは転送魔法のようなもので、瞬時に別の場所に移動出来るワープみたいなものである。
「この扉ゲートは迷いの森の『旧:祭殿の広場』に繋がっている。イラルの村に戻りたい時は、『旧:祭殿の広場』に戻ってくるといい」
私は扉ゲートの前に立つ。
またあの上位種の魔獣と対峙する可能性もある。気を引き締めていかなくては。
決意を固めると、私は扉ゲートの中に入った。
***
「……着きましたか」
目を開けると、そこは見慣れた光景だった。周りを見渡せば、木々に囲まれており、自然豊かな場所である。
中央の大きな岩、かつてはここにイラルの村の住民が建てた祭殿があったらしいが、戦争の影響か、現在は無くなってしまったらしい。
とにかく、イラルの村を出て、再びこの迷いの森、魔獣の森に帰ってくる事が出来たようである。
前回は、ここで酷い目にあった。
大量の魔獣に襲われ、必死に対抗し、ようやく上位種の魔獣と対峙出来るかと思ったが、ヤツはその場から離れてしまった。
さて、まずはどうしようか?
到着と同時に大量の魔獣に襲われる展開もあるかと思ったが、特に何も無い。
来た道を逆に戻るのでは無く、上位種の魔獣が去っていった道を探してみるか。道といっても、草叢をかき分けていかないといけない。迷いの森は一本の道があり、これはかつてナグナ王国がイラルの村へ進行する際に開拓した道らしい。しかし、現在は「旧:祭殿の広場」に繋がるのみで、イラルの村へ直接行く事は出来ない。
その道を通り、「旧:祭殿の広場」に辿り着いたのだから、魔獣達は私の行先が最終的に「旧:祭殿の広場」だと理解していた。だから私を「旧:祭殿の広場」まで誘い出す為に、様子を伺い、手を出してこなかったのだと、今考えれば理解出来そうだった。
草木が体に当たり、少し痛いが、魔獣にガブガブされた時の痛みに比べれば、大した事無い。
私はどんどん奥に進んでいく。
この森の魔獣達は迷いの森の草木に含まれている魔力を供給源にしている。
いっその事、迷いの森を焼き払えば、この魔獣達も死ぬかなと考えたが、私達の居場所即ち、「三人の家」がなくなる他、居場所を追われた魔獣達が、イラルの村やナグナ王国を襲う可能性もあったので、現実的な考えでは無いと思った。
ロホアナとススに会いたいなぁ。
少し会っていないだけで、随分長い間会っていないような、錯覚を覚えてしまう。手に届く距離にあるのに、何かが邪魔をして届かないみたいな。
ガッツとモーナ、おばさんの三人の関係のように、私が心から信頼し、しっかり話せるのはロホアナとススしかいなかった。ススだって、よく喧嘩はするが、心から言い合える存在はススしかいなかった。もちろんロホアナも、私にとっては唯一の存在だ。
私は改めて二人に頼ってばかりいたと思う。ロホアナとススは本当に強い。強いにも色々な意味があって、戦闘力だとか、頭脳力とかもあるが、人間的な力が強いと私は思った。
私にはとうてい真似出来ない事だ。
経験の差というのだろうか、私にはあまり過去の記憶が無いが、二人は過去の経験を踏まえて、今を懸命に生きている。過去から目を逸らさず、受け入れて生きている。ススの話はロホアナから少し聞いたので、ある程度理解出来るが、そう言えば、ロホアナについてはあまり知らなかった。人の過去に踏み入るのは良く無い事だとは思っているが、やはり気になる部分はあった。私達三人はそれぞれ追われる身分にある。ススの種族もかなり厄介な存在だし、私の暗殺傭兵種族ファーゼだってそうだ。彼らは決して私達を許さないだろう。ロホアナはそんな私達を導いてくれた。そんなロホアナが何故王国を裏切るような事をしたのだろうか?ロホアナ程の天才研究者なら成功していただろうに。
考えていても仕方ない、今は魔獣の方が大事だ。
私はひたすら歩き続けた。
正規の道から離れたのならば、真っ先に魔獣が襲ってくるかと思ったが、そうでも無かった。魔獣が襲ってくる気配は無く、いつものように遠くから魔獣の咆哮は聞こえてくるものの、私の付近にはいないように見えた。
しばらくすると、開けた場所が見えて来た。
「こ、これは……」
私は足を早めて、早くそれを確認しようとする。
そこにあったのは洞穴だった。
ポッカリと空いたその穴は、私の身長の約半分程の大きさで、魔獣一匹分の大きさに相当していた。
これは……やはり……
私は辺りを見渡す。魔獣達がやってくる気配は無い。
私も頭を下げて、しゃがめば、どうにか中には入れそうだが、仮に中を進んでいくとして、中がどうなっているかが分からない。
大量の魔獣に襲われる可能性もあり、この状態では戦うのも難しいだろう。
私はガッツが言っていた魔獣の王の話を思い出す。
もしかして、この洞穴の奥は……
あの上位種の魔獣ですら、あの強さだ。その王となれば……
怖気付いていても仕方ない。
勇気を出して進まなければ、いつまで経っても問題は解決しない。
私はレクがくれた魔獣に効くというナイフを取り出し、見る。
「これもあるし……行きますか」
レクが言っている事が本当かは分からないが、今は信用するしか無かった。
私は洞窟の中へ入る。
中は非常に暗く、洞窟の先は暗闇のみで、何も見えなかった。
明かりを灯すものを持って来ていない為、中を照らす事が出来ない。
私はゆっくりと進んで行く。
「はぁ……はぁ……」
しゃがみながら進むのは結構疲れた。
膝に結構くる、痛い。
「いたっ!」
少し楽な体勢になろうとしたら、頭を洞窟の天井にぶつけてしまった。
痛い……
私は頭をさすりながら、天井をみる。
思ったよりも幅が狭い。気をつけないと……
後ろを振り向いても、永遠と続く闇のみで、先程まで見えていた微かな光が完全に見えなくなっていた。
つまり、かなりの距離を進んだという事だろう。魔獣にも一度も遭遇していないし(遭遇したら一瞬で細切れにされてしまいそうだけど)魔獣の鳴き声が聞こえるわけでもない。本当にここは魔獣の住処なのだろうか?少し疑わしくなって来たが、今は手がかりがない。とにかく進んでみるか。
私はぐんぐん中へ進んでいく。
***
……疲れた。
一体いつになったら、何か変化が訪れるんだ。もうかなりの距離を進んだ気がするんだけど……変化が訪れる……っておかしいか。せめて魔獣が出てくるとか……何か明かりが欲しかった。
自分の姿が見えない程、真っ暗な暗闇
の中に長い間身を置いていたため、怖くなって来た。自分が今どれぐらいの距離にいるのか、そもそもどこにいるのか、誰かが襲って来ないかとか……いや、襲って来ては欲しくないけど。
怖いなぁ。こんな感情は久しぶりだった。真っ暗で何も存在しない世界で私一人が取り残されてしまった……そんな気分になった。
そんな不安な心は唐突に打ち破られた。
ギュオオオオオ!!!
「!?」
私は思わず口を隠してしまう。
な、何が……
この叫び声は魔獣の声であった。一体どこから……
「……光」
僅かに光が見えた。
私は歩くスピードを早める。
期待と不安を胸に魔獣の声を浴びながら、歩いて、歩いて、歩いた。
段々と光が強くなっていく。
比例的に、魔獣の声もどんどん大きくなっていく。
やっぱりこれは……
私は息を飲む。
しばらく進むと、光の先が見えて来た。出口がある訳では無く、この洞穴の大きさの4分の1程の穴から光が溢れていた。
この穴の大きさでは、迷いの森の魔獣が、洞穴を使用するのは不可能だろう。この洞穴は魔獣が作ったものでは無いのか?それとも、そもそも私の「この洞穴が魔獣のもの」という考え自体が間違っているとか?この洞穴は魔獣とは無関係で、天然のヤツとか。
ならこの魔獣の声の正体は一体何なんだろうか?
答えを確かめるには、この穴を確認するしか無い。
恐る恐る穴を覗いてみる。
すると、そこにあったのは……
「……あぁ……」
私はそれを見て発した第一声が「……あぁ……」という情けない声だった。
本当は声なんて出したら、駄目なことは頭では理解していた。でも体が言う事を聞かなかった。
ギュオオオオオ!!!
穴の先は巨大な空間になっていた。
その空間の岩壁にポツンと開いたのが私が通って来た洞穴のようだ。
それ以外にも壁には無数の穴が空いているため、その内の一つでしか無いのかもしれない。
そんな巨大な空間にいたのは、大量の魔獣達だった。数えきれない程の数である。そして私が何より目に入ったのが、普通の魔獣の何十倍、いや、私の身長の何十倍もの大きさの超巨大な魔獣だった。私が驚いたのは、勿論そのその魔獣の屈強で極大な体だが、それだけでは無い。
超巨大魔獣には翼が生えていた。以前ロホアナの本で見たことがある、「ドラゴン」のような姿をしていた。傍から見れば、「あれは『ドラゴン』ですよ」と言われれば、「へぇ、あれが『ドラゴン』なんだ、すげぇ」となるだろう。
***
「そうだ、ニミ!モーナが巨大な魔獣を見たって言ってた。もしかしたら、それが魔獣の王かも」
回想終わり。
***
私は考えてしまった。おそらくこいつがガッツが言っていた、モーナの見た巨大な魔獣だろう。魔獣達を統べる魔獣の王。そんな奴が迷いの森に潜んでいたとは……
モーナは森の中でこの魔獣の影をみたという。つまり、こいつはこの洞窟から出ているという事だ。
この場所じゃ飽き足らず、イラルの村を征服しようとしているのか、それとも私達が与えた「魔獣の進化」に影響されたのかは分からない。
だが、こいつを放置しておけば、大変な事になる。私だけで、あの大量の魔樹と、この魔獣の王と戦うか?今戦って私に勝算はあるのか?ロホアナやススなら……いや、この問題は二人に頼る訳にはいかない。私がなんとかしないと。でもどうする?
解決策を考えるも、思い浮かばない。
どうすれば……
ギュオオオオオ!!!!
嫌な予感がした。
私は目を瞑っていた。魔獣の声は好きじゃないというか、単純に怖かったので、反射的に目を瞑ってしまっていたのだ。これはもう仕方ない。
で、私は再び目を開けるのだけど……
私の”目”には巨大な”眼”が映っていた。
……あ、死んだ。
「ぎゃああああああああああ!!!?」
ギュオオオオオ!!!
限界だった。
溜め込んでいた、恐怖、不安、迷い、様々な感情が魔獣の王に炸裂してしまった。
けれども、そんな事で魔獣の王が怯むまでも無く、私の小さな叫びは魔獣の王の巨大な咆哮に掻き消されてしまう。
き、気づかれた、ど、どうしよう。
ギュオオオオオ!!!
魔獣の王が更に巨大な咆哮をあげる。
に、逃げないと!今すぐ、ここから!!
私は体を翻し、元来た方へ一目散に走った。走ったといっても、しゃがんだままの状態の為、早く走る事は出来ない。私は考える事はやめた。もはや恐怖心も掻き消された。いや、恐怖心だけが私の体を支配し、無理矢理動かしていた。体の痛みも感じる暇すら無かった。頭を何度も天井にぶつけ、額からは血がダラダラと流れていた。口も血の味を感じる、切っちゃったかな。でも、そんなの関係ない。
今ただ、逃げて、逃げて、逃げ続けないと。ただ、それだけだ。
「がっ!?」
私の足に激痛が走った。
私は思わず、衝撃で転んでしまう。
「げっほっ、げっほっ、うぅ……」
顔を地面で強く打ち、土を飲み込んだせいか、土の味がして気持ち悪い。
一体何が……
足を見ると、一匹の魔獣が私の足に噛み付いていた。
「くそ、まさか追ってくるとは!」
魔獣の王はあれ程大きいのだ。
簡単に動き回る事は事はできない。魔獣達の住処を破壊してしまう可能性がある。だが、侵入者は逃す訳には行かない。だから、手下に私を追わせたという事か。この洞穴の大きさなら魔獣一匹なら安易に通れる。しかし、横幅はそこまで広く無いので、集団で襲う事は出来ない。見たところ、上位種の魔獣でも無さそうだし、これなら….
私はレクから貰ったナイフを取り出し、私の足をガブガブしている悪い子にナイフを突き刺す。
ギュオオオオオ!?
魔獣は悲鳴を上げ、私の足から離れて、倒れると、そのまま動かなくなった。
「やりましたか……」
ギュオオオオオ!!
しかし、行き着く暇も無く、新たな追ってがやって来る。
どうすれば……!
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