第15話 疑心と本心

モーナは私を最初から疑っていたのだろう。

 モーナとガッツは相思相愛の関係である。

 ガッツはともかく、モーナは明らかに村以外の人間を恐れていた。

 ガッツの正義感から私という異常な存在を村に入れてしまったのを、嫌悪しているのだろうが、ガッツは私の事を認めてしまっている為、私の事を直接的に追い出す事は出来なかったのであろう。


 そして、お風呂。

 私とモーナ、二人だけの機会をモーナは得る事ができた。


「ニミちゃん、私の質問に答えてくれないかな?」


 質問……?


「いつまでいるの?」


「え?」


「いつまでこの村にいるのって聞いてるの」


 モーナの口調が変わった。

 こちらから意図的に目を逸らし、下を向きながら、それでもなお、私に聞こえるぐらいの高圧的な口調で話す。


「質問に答えて」


「まだ、決まってないですけど……」


「決まって無いのなら私が決めてあげる。明日出て行って」


「そんな急に言われても……」


「ニミちゃは私とガッツに偶然助けられて、この村に来ただけ。あの陰惨な状態から、足も腕も再生して、どうしてここまで回復出来たのかは私には分からない。だけど、ニミちゃんがこの村に留まる理由は無いよね?」


「……何が良いたいんですか?」


「私のガッツをどうするつもりなの?」


「……?」


「ガッツは……私の最愛の人、絶対に他の人には渡さない」


「別に取ろうなんてしてません。モーナさんが言う通り、私はこの村には無関係の人間ですから」


「だったら明日出て行って。ニミちゃんはナグナ王国から来たんでしょ?この村を侵略しに来たんでしょ?ガッツを殺しに来たんでしょ?」


「私はそんなつもりは……」


「……だったら私の言う事を聞いて。明日、直ぐに村から出て行って。ニミちゃんもこの村の仕組みを知っているでしょ?レクと村長には私が話をつけるから」


「……私にはまだこの村でやらないといけない事があります。残念ながら、出て行く事はまだ出来ません」


「やっぱり!!ガッツを狙っているんでしょ!?村を侵略しようとしているんでしょ!?私の予想通りだった!!」


 モーナが声を荒げて言う。


「約束します。あなた達や村人達に危害を加えるような事は絶対にしません」


「何で、何で……!!」


「モーナさんがガッツさんを守りたいと思うように、私にも守りたいものがあるんです。その為にはまだこの村から出る訳にはいきません」


「……そんなの信じられない」


「信じなくて良いです。モーナさんにとって私は邪魔でしかない存在。モーナの目に映らない所で、なるべく目立たぬよう活動しますから」


「……何をするつもりなの?」


 モーナの問いに私はこう答えた。


「『家族』を守るのです。私の唯一の家族を」


 私はお風呂から先に出る事にした。

 背中にはモーナの憎悪の視線を感じたが、私は振り向かなかった。

 モーナがどんな表情をしていたのかは定かでは無いが、相当恨んでいるのは間違いない。それは当然だった。


 ***



 周りを自然に囲まれているせいか、イラルの村の夜は非常に肌寒かった。

 私は元々から薄着であったので、尚更であった。

 おばさんが暖かいから着るようにと、一枚の長袖の服を貰った。

 パジャマというヤツであろう。

 私はそれを着ると、部屋に戻る事にした。


 部屋にあるベッドに私は倒れる。


「はぁ……」


 一気に緊張感が解ける。

 とても心地が良い布団だ。客用に用意されていただけあって、夜は気持ちよく寝れそうだったし、安眠効果も増幅しそうだった。

 私は布団に顔をうずめて、目を閉じる。昨日も同じような事を言った気がするが、今日は本当に色々な事があって疲れた。

 魔獣に襲われたし、腕や足ももげたし、変な医者にも会った。

 そしてこの村についても知れた。

 思ったよりもそう単純では無く、難解な問題のようだ。


「寝ますか……」


 私はそのまま静かに眠りについた。


 ***


「ニミちゃん、朝ごはんだよ」


「……朝ごはん……?」


 目が覚めると、目の前におばさんが立っていた。


「体調はどう?けがは」


「全然平気ですよ!元気満々です!」


「そうかい、良かった良かった」


 おばさんが笑顔で笑う。


「朝ご飯が出来たから、出掛ける前に食べていきな」


「どうして、私が出掛けると?」


「……ニミちゃんの目を見ていれば分かるよ。何か複雑な事情があるんだろ?」


「……」


「大変な状況かも知れないけど、せめてご飯ぐらいは食べていきな。アタシ達は『家族』何だからね」


「ありがとうございます」


 家族……

 ガッツとおばさんはなぜ私の事を家族と呼ぶのだろう?

 私はこの村からすれば敵とも言える存在であり、得体の知れない人間である。足と腕が無い血塗れの少女。

 だけどガッツと、本意では無いかも知れないが、モーナも私を助けてくれた。後一応レクも。

 おばさんも外部の人間であり、共感してくれる部分があるのか、それとも一夜でも同じ家の下で暮らせば、それは家族という事になるのか。

 ロホアナも私の事を家族と言ってくれた。

 ……よく分からない。

 どこかロホアナとおばさんは似ているような気がした。

 年齢も容姿も全然違うけれど、どこか二人には共通点があって、似ていると思った。


 私は一階に降りて、昨日夕食を食べた席に座る。

 既に、モーナが着席していた。


「……おはよ」


 モーナがむすっとした顔で挨拶してくる。


「おはようございます、モーナさん」


 意外だった。

 あれ以降は、口すら聞いてくれないと思っていたのだが。


「ガッツは?」


 おばさんがモーナに聞く。


「まだ寝てる」


 モーナがおばさんに眼を向けずに答える。


「全く……やっぱりまだまだ子供だね……」


 おばさんがガッツを起こすために、二階に向かう。

 ガッツの部屋は私の部屋と同じ二階にある。

 おばさんとモーナの部屋も二階にある。

 一階が果物屋、奥が自宅みたいな構造になっている。


 おばさんがその最中に私に耳打ちしてくる。


「……モーナずっと朝からあんな調子何だよ。何かお風呂場で何かあったのかい?」


「お風呂場」と断定して、言う限りは、私が原因だと、おばさんも思っているのだろう。

 ガッツとモーナが本当にお互いに仲が良い事をおばさんは知っている。

 いつも”良い子”のモーナが、あんな不機嫌な表情をしているのは、異質な存在である私が原因だと、第一に疑うのは、当然の事である。


 私が首を横に振ると、おばさんは「そうかい……」と小さく呟くと、そのまま二階に上がっていった。

 私とモーナと再び二人だけになる。


「……ガッツにはあまり近づかないでね」


「……分かっています。約束しましたから」


「私が本当に信じているのは私を助けてくれたガッツとおばさんだけ。私の日常にニミちゃんはいらないよ」


「……」


 私達はそれ以上会話をしなかった。

 お互いが何を言っても分かり合えない、無意味は会話だと理解しているからだ。


「お、朝ご飯出来てる!美味しそう!」


 二階から降りてきたガッツが言う。


「もう、遅いよガッツ!」


「モーナが起こしてくれるって言うかな……」


「ガッツの可愛い寝顔見たら、起こすに起こせれなかったの!」


「そうか、ごめんな」


 ありがた迷惑というヤツだろうか。

 それにしても仲が良い二人だ。親がいないという共通の境遇である為、より一層お互いを理解し、分かり合う事が出来るのだろう。

 正直羨ましかった。

 私も本当に心から分かり合える人が欲しかった。

 ロホアナやススはどうしても、私の過去が影響し、完全に分かり合える事が出来ない。そもそも私にはそんな事は一生不可能なのかもしれなかった。


「ほらほら、席について。じゃあ、食べようか」


 おばさんがそういうと、私達は食事を始めた。

 おばさんの料理はとても美味しかった。

 私はご飯を食べながら、ふと考えた。

 もし、私が普通の人間で、この「家族」と一緒に暮らしていたらどうなっていたのだろうか、と。

 ガッツもおばさんもとても人だし、モーナもガッツを思ってのあの行動だから、普段はガッツとおばさん思いの良い女の子なのだろう。

 今の現状だと、この三人の幸せな生活にどう考えても私は不要だった。モーナの態度がそれを現していた。

 モーナがもし私の事を理解し、信頼してくれたら……

 でもガッツがいるから、私が入ったらライバルとして恨まれちゃうかな?それとも私もガッツに恋しちゃって、三角関係に発展するかも……!?

 何てアホな事を考えてしまう私。


 食べ終わった後は、おばさんとモーナが片付けをして、私とガッツは用事があるからと家を出る事にした。


 ガッツはどうやら迷いの森の魔獣の件について、また村長から呼ばれているらしい。

 ガッツから聞いた話によれば、複数の村人で、常備軍を結成し、本格的な魔獣討伐作戦を計画しているらしい。

 今日も村長主催の作戦会議があるらしく、ガッツはそれに参加する為に村長の屋敷まで行くそうだ。

 真実ならば、常備軍が迷いの森へ出発する前に、迷いの森の問題を解決しないといけない。

 ただ、ガッツは迷いの森の魔獣の怖さを身をもって実感しているだろうから、そう早くは行かないだろう。


 私はまずはガッツと一緒に村長の家に行く事にした。

 村長とレクは恐らく裏で繋がっている。

 村長は「この村にいる間は騒ぎを起こすな」とは言っていたが、「この村から出て行け」と言っていた。

 つまり、私がこの村で問題を起こすのは困るが、いる分には構わない。そういう事だろう。

 レクは私の力を恐らく見抜いている。

 レクと村長の力が必要な以上、私が段戸でイラルの村から出る事は出来ない。

 まずは村長と会わねば。


 そんな事を考えながら歩いていると、「祭殿の広場」付近の道中でふと私はある事に気づく。


「この村ってご老人が多そうなのに、お墓が見当たらないですね」


 本当にささいな事だった。別にたいした意味があった訳じゃない。ただ単に気になってガッツに聞いたのだが……


「お墓……ああ、死んだ人を埋めるってやつか。外の人間は使っているみたいだけど、この村には必要ないよ」


 ガッツが平然と言う。

 必要ない……?宗教的な関係かな?なんて思って私は深くは考えなかった。


 しばらくすると、村長の屋敷へと到着する。

 私達は村長の部屋に向かう。


 ***


 村長の部屋には当たり前だが、村長がいた。

 常備軍の会議にはまだ早かったらしく、他には誰もいなかった。


「おや、ガッツと……ハンターのお嬢ちゃんじゃないか。ふふふ……その様子だと、この村について色々知ったそうだな」


 村長が気色悪い笑みを浮かべながら、しわだらけの唇を動かして笑う。

 ……この様子だとレクから色々聞いたっぽいな。


「魔獣の森の問題に関しては私一人で解決します。イラルの村の人々が動く必要も、傷つく必要もありません」


「ええ!?な、何言ってるんだ!?ニミ!」


 ガッツが驚いているが、今は良い。


「うふふふ……迷いの森の問題を解決して、私の機嫌を取ろうという作戦かな?」


 見抜かれているか……

 この話し方といい、この村長とレクは様々な面で、非常に似ていた。


「良いよ良いよ。迷いの森の問題あるはこの村にとって非常に重大な問題だからな。本当は『常備軍』を使って迷いの森を皮切りに、ナグナ王国でも攻め落としてやろうと考えたんだが、お嬢ちゃんがやってくれるなら、それもまた一興だ。なるべく死者は出したくないし、この村の損害になる」


 この村長……やはり……


「お言葉、ありがとうございます」


「約束しよう、『迷いの森』の問題が解決したら、レクに頼んで、お嬢ちゃんを村から解放する。ただし、その後の問題に関しては私どもが対応させて貰うよ」


 この言葉……非常に危険な言葉なのだが、愚かな私は気づかなかった。

 目先の課題ばかりに眼を向けていては、後の大きな困難に対応出来ない。

 私は魔獣問題で村人を迷いの森に入れない事ばかり考えていたので、この後常備軍がナグナ王国侵略の為に、迷いの森に入る可能性も十分にあるのに。


「そうだ、ガッツ。お嬢ちゃんにアレを渡しなさい」


「あ、はい!分かりました」


 ガッツが村長の部屋の隅にあった箱から何かを取り出す。


「レクからのプレゼントだよ。魔獣を殺せる特別なナイフらしい」


 私はガッツからそのナイフを受け取る。見た目は、ナイフのグリップの部分に何かの紋章が刻まれている事以外は、私の愛用ナイフと変わらなかった。

 レクからのプレゼント……私じゃ上位種の魔獣に勝てないと知っての事か。


「そうだ、ニミ!モーナが巨大な魔獣を見たって言ってた。もしかしたら、それが魔獣の王かも」


「魔獣の王……」


 ススの「光魔法」で倒された際に、「上位種の魔獣」よりもさらに力をつけた強力な魔獣が誕生した可能性もある。

 気をつけないと……


 ***


 村長との会話の後、私はガッツと別れて、レクの元に向かう。

 迷いの森に行くためには、レクの扉ゲートが必要だからだ。

 となると、そのまま「三人の家」に帰れる可能性もあるが、私がそんな事出来ないのはレクも理解しているだろう。魔獣の森でロホアナとススには迷惑をかけた。これ以上足を引っ張る訳にはいかない。

 私が何とかしないと。

 私一人で。


 この時間になれば、村人達も起き出し、仕事を始めていた。

 相変わらず、視線は厳しかったが、何とかレクの医療所に辿り着く事ができた。

 私は意を決し、レクの医療所の扉を開けた。


 長い一日の始まりである。





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