第14話 もう一つの家族

「あら、モーナに……ニミちゃん。お帰りなさい」


 私とモーナが「家」に帰ると、おばさんが優しい笑顔で迎えてくれる。


「たっだいまーー!」


「私の名前、知っていたんですか?」


「さっき帰ってきたガッツから聞いたよ。私の事は気軽におばさんと呼んでおくれよ?アタシもニミちゃんって呼んで良いかな?だめかな?」


「い、いえ!全然大丈夫です!何とでも呼んでください」


「あははは、そう固くならないで良いんだよ。アタシ達は『家族』なんだからさ」


「家族……?」


「そうそう、家族なんだから、遠慮する事なんて無いんだよ」


 ***


『仲良くだよ。私達は”家族”なんだから』


 ***


 ロホアナの言葉を思い出してしまった。家族か。

 私にはろくに家族と呼べる人はいなかった。

 両親の顔さえ私には分からない。

 そもそも私にはなぜ私が暗殺傭兵種族ファーゼに入ったのかすら、覚えていなかった。

 だけど、ロホアナは私の事を家族と呼んでくれたし、おばさんもそうだった。

 私には二つの家族が出来たのだ。


「ただいまー。あ、ニミさん、どうもです」


 私とロホアナが来てからしばらくして、ガッツが帰ってきた。


「おかえり!ガッツ」


「いやぁ、また村長に呼ばれちゃってさぁ……」


「また、何かあるのかい?」


「村の中の若い人達を集めて、常備軍を作ろうってなってさ。それで、僕がその常備軍のリーダーをやる事になったんだ」


「常備軍って……村長は戦争でもする気なんですか?」


 私が聞く。


「別にそんなつもりは無いと思うけどなぁ。今は魔獣対策の方が先って言っていたから」


 今は魔獣対策が先……か。

 魔獣の問題が解決した後、村長は何をするつもりだろうか?


「ガッツ……ニミちゃんの時もそうだったけど、あんまり無理しないでおくれよ……」


「無理なんてしないよ。それよりおばさんの方が心配だよ。村長にまた何かされたんだろ?村長に言っといたからさ」


「ありがとう。こんな辛気臭い話は辞めて、夜ご飯にしようかね」


 おばさんが笑いながら言う。


「わー!今日の夜ご飯は何かな何かな」


 モーナが嬉しそうに言う。


 そんな三人の姿を見て、私にも家族がいたら、こんな感じなのかなと考えた。おばさんも、ガッツも、モーナも楽しそうにしているし、幸せそうだった。そんなほっこりと温かい空間に、私のような人間が入って良いのだろうか?


「ほら、ニミちゃんもさ!しばらくは村にいるんだろ?だったらウチを頼るといいさ」


「ど、どうしてそれを?」


「この村の情報伝達力は凄いからねぇ。でもアタシは除外されちゃうけどね」


 私の中で、レクの姿が思い浮かぶ。

 全てヤツの掌の上か。


「ニミちゃんみたいな可愛い娘だったら、いつまでも居ていいんだよ」


 ……どういう反応をすれば良いのだろうか?


「とにかく、夕食の準備しないとね!」


「あ、モーナも手伝うよ!」


「ありがとうね、本当助かるよ。ガッツ、ニミちゃんに部屋に案内してあげて」


「分かった。じゃあ、ニミさん、行こう!」


「分かりました……」


 ***


 ガッツ達が暮らす果物屋は案外と広く、部屋も沢山あった。

 ナグナ王国統治時代は、ナグナ王国からの客もいた為、果物屋兼宿屋みたいな感じだったらしい。

 しかし、イラルの村が独立して以降は、村人は自分達の家をそれぞれ所持していた為、宿を利用する客はいなくなった。

 なので、この果物屋には沢山の空き部屋があるという。


 ***


「ニミさんはさっき寝ていた部屋で良いかな?」


「こんな良い部屋を使って良いんですか?」


「良いよ良いよ。どうせ誰も使わないんだし。あんまり掃除してなかったから、レクの治療中に急いで掃除してたから」


 この村は自然に恵まれ、とても素晴らしい環境にある。

 独立したとはいえ、観光事業でも始めれば、今以上の利益は獲得出来そうだが、あの村長とレクがいる限りは不可能だろう。


「ガッツさんとモーナさんはどこで寝ているんですか?」


 仲が良さそうだから、一緒に寝ているのかと予想したのだが……


「いやいやいやいやいやいや!そんな事できる訳が無い!!無理無理無理無理!!」


 全否定されてしまった。


「だってモーナももうお年頃だよ!?色々考えてる時期だよ!?ぼ、僕だって色々あって色々なっちゃう時期だし……」


「でもガッツさんとモーナさん仲が良いじゃ無いですか。なら別に一緒のベッドで体を寄せ合って寝ても良いのでは?」


「な、な、な、な、な、何て事を!ぼ、ぼ、僕にはそんな事出来ません!勘弁してください!!」


 中々ガッツが面白い反応をするので、ついからかってしまった。

 そうか、男の子ってこういう反応するのかぁ。

 私は普段から、私と同じ同じぐらいの年齢の男子と話す機会が全く無かった。

 また、この話かよと思う人もいるかもしれないけど、暗殺傭兵部族ファーゼ時代の話である。

 暗殺傭兵部族ファーゼには私のような女だけで無く、勿論男もいた。

 しかし、暗殺傭兵部族ファーゼ内で、男女が関わりを持つとか、交わりを持つとかはしなかった。

 なので、私もあまり人生において、「男」という存在と直に関わる事が無かったので、ロホアナと出会って以降の旅で、男と関わる機会は時々あったのだが、その時はとても驚いた。

 特に「三人の家」での生活が始まって以降は、ロホアナとスス以外と会う機会は無くなってしまった。


「はぁはぁはぁ……何か一人で勝手に興奮してごめん……」


「あはは、良いですよ。年頃の男の子らしくて、ガッツさん可愛かったです」


「と、年頃って……」


「でもガッツさん、モーナさんの事が好きなんですよね?」


「いや、別に好きっていうか……まあでも一緒に暮らしているから……」


「好きじゃ無いんですか?」


「好きだよ!!世界で一番愛してるよ!!モーナを傷つける奴は、僕が八つ裂きにしてぶち殺してやるぐらい!!」


 おお!主人公みたいなセリフ、かっこいい。

 ガッツとモーナはぴったりそうである。

 ガッツは見た目もかっこいいし、強いし、私も惚れてしまいそうである。

 その後も私はガッツと色々な事を話した。

 普段の二人の生活とか、モーナの魅力とか、モーナの好きな物とか、モーナの癖とか、モーナの来ている服とか、モーナのあれこれみたいな、主にモーナに関する事をガッツが熱弁していた。私も聞いていて、本日にガッツがモーナの事を好きという事が、改めて分かったので、良かった。

 ただちょっとマニアックな事もガッツは饒舌に話していたので、大丈夫か?と思う部分はあったのけど。

 だけど私の同じぐらいの年齢の


 そんな取るに足らない会話を私達がしていると……


「ニミちゃん、ガッツ!夜ご飯出来たよ〜!!」


 モーナの可愛らしい声が聞こえてくる。


「行こうぜ!ニミさん!」


「ニミで良いですよ。ガッツさんの口調でさん付けされると、なんかむず痒くなります」


「でもニミさんは敬語でいつも喋ってるよね?」


「私はもう癖でこういう口調なんです。ずっと前から」


「……分かった。行こうぜ!ニミ!」


「はい!」


 私達は、部屋から出て、廊下を進み、階段を降りて、おばさん達のもとへ向かった。


「良い匂い……」


 何の料理かは分からないが、とても美味しそうな香りが私の鼻の中へ入っていった。

 何だか私は懐かしい気分になる。

 ロホアナとススと一緒に身を隠しながら、街を転々としていた時だろうか。

 夜のひっそりとした街路を三人で歩いていたのだが、近くの灯りのついた家から、美味しそうな料理の香りがしたのを覚えている。

 私達とは対照的に、平和幸せそうな日常の声が耳に入る度に、心底羨ましいなと思っていた。


 どうして、私達はこんな生活をしているのだろう?


 どうして、私達はこんな追われる日々を過ごしているのだろう?


 どうして、私達は常に恐怖や不安を抱えながら、人から隠れながらひっそりと生きなくてはいけないのだろう?もっと堂々と他の人と同じように、歩きたかった。


 どうして、私達は、「普通の生活」を送る事が出来ないのだろう?


 今でこそ、「三人の家」で一応は私の望み続けていた「普通の生活」と「平和な生活」を送る事が出来ているのだが、私達は追われる身だった。

 いつ追手が「三人の家」を発見し、紆余曲折あり、ようやく手に入れた束の間「平和な生活」を壊されるか分からない。

 私達に平穏など訪れないのかもしれない。どれだけ、楽しく、幸せに生活していても、不穏な影は私達のすぐ下に存在しているのだから。


 私達が下に降りると、テーブルに沢山の料理が並べられていた。

 どれもとても美味しそうであった。

 椅子が四つ置いてあり、奥の二つの椅子には、既におばさんとモーナが座っていた。

 私は反対側の椅子に座り、私の隣の椅子にガッツが座った。


 みんな揃った所で、夜ご飯を食べ始める。


「ほらほら、ニミちゃんも遠慮せずにどんどん食べておくれよ!一緒懸命作ったからさ!」


「は、はい。ありがとうございます」


 普段とは別の人物、別の場所で食事をするので、少し緊張し、遠慮していた。

 全く別の家族に紛れて、食事をするみたいな状況である。


「どう?味は?」


「とても美味しいです」


「でしょ?イラルの村の特産品を使っているからね。地産地消。私達が食べる物、必要なものは全て私達が作る。それがイラルの村の基本理念だよ」


 外部に頼らずとも、生きて行けるような、理想郷をイラルの村の住民は既に作り上げているのか。

 私はあまり良くレクの事を思ってはいないのだが、イラルの村の内部事情についてはあまり深入りする気は無かった。イラルの村の住民が現状に満足し、幸せで豊かな生活が送れるのならば、それが一番良いだろう。

 ただ、あくまで私が一番守りたいのは「三人の家」である。

 ロホアナに忠誠を誓い、ススも帰りを待っている。イラルの村での魔獣問題を解決して、イラルの村の住民が迷いの森へ入らなくて済むようにしなくてはいけない。

 また、イラルの村から「三人の家」に戻る為には、レクと村長の力を借りなくてはいけない。

 やる事は沢山ある、行動しなくては。


 けれども今は……

 おばさんが作ってくれた夜ご飯を食べながら、私の「もう一つの家族」との団欒を楽しむとしよう。


 ***


「お風呂沸いたよ!水が勿体無いから、モーナと一緒にニミちゃんも入っちゃって」


「分かりました」


 おばさんの果物屋兼自宅には、お風呂もあった。

「三人の家」のお風呂と比べれば、かはり立派な物であった。


 私は服を脱いで、湯気が上がっている温かいお風呂に入る。


「ニミちゃん、傷は大丈夫?」


 既にお風呂に入っているモーナが心配そうに聞いてくる。

 お風呂場にあった鏡を使って、私の体を見てみると、やはり酷い傷だらけであった。だけれども、お風呂に入れない程ではない。

 昨日は結局入れなかったし、今日は汚らしい魔獣とのアレもあったし、さっぱりしたかった。


「失礼しまーす……ふぅ……」


 私もお風呂の中へゆっくりと体をいれる。

 ああ、気持ちいい……やっぱりお風呂良いなぁ。傷は若干痛むけど、気にする程のレベルでは無い。

 丁度良い湯加減である。最高。


「ニミちゃんって肌がスベスベだね……良いなぁ」


「モーナさんは私より若いんだからもっとスベスベじゃ無いですか。綺麗ですよ。私なんか全然です」


 昨日はお風呂入らなかったし。

 不潔だなぁとは自分でも思う。


「あのね、ニミちゃん……ちょっと話したい事があるんだけど、良いかな?」


「うん?どうかしましたか?」


 先程と変わり、モーナが神妙な面持ちで聞いてくる。


「『昔の祭殿の広場』でガッツと一緒に、倒れているニミちゃんを見つけた時、ニミちゃん……右足の半分と、左腕が無かったの……でも……」


 モーナは私の右足と左腕を交互に見る。


「今ニミちゃんには右足も左腕もあるよね?」


「……そうですね。あります」


「それってつまりこの一日で治ったって事だよね?どうして?普通の人間ならあり得ないよね?」


「……」


「ニミちゃんって……人間だよね?」


「私は人間です。でも普通の人間とは少し、いやかなり違うとは思います。でも……」


「……」


「私はこの村や、ガッツさん、私の『家族』に危害を加える事は絶対にしません。……絶対に」


「……ごめんね、ニミちゃん」


「良いんですよ。それが当然の反応ですから」


 モーナを私を疑っているのだろう。

 村やガッツを襲う為に村に来たのだと。外部の人間だからそれは仕方ない。

 ガッツはお人好しだ。私の事を詮索する事無く、村長に許可を貰おうとしたし、そもそも素性の知らないハンターをいくら私が「迷いの森」で助けたからって、これほど独立した村に招こうなんて考えがおかしいのである。


 だけど、ガッツには感謝している。

 この村に来れたのは、不幸中の幸いである。何より、レクと出会えたのが大きかった。彼は「三人の家」やロホアナにとって脅威になりゆる。


 何とかしなくてはいけなかった。

 村人は私をよく思ってはいないが、そんなの関係ない。


 私は私の居場所を守る為に私のやるべき事をやるだけだ。


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