第12話 唯一の医者

***


 イラルの村の起源はかなり古いと言われているが、正確な時期は分からない。

 村に残っている古い歴史書によれば、戦争で家を焼かれた人々が、居住地を求めて、たどり着いた自然に囲まれた、この地で暮らし始めたのが最初だと言われている。

 その戦争が一体いつの時代なのかは定かでは無いが、戦争で沢山の物を失った彼らは、争いの無い永遠の平和を願い、「イラルの村」を作り上げた。

 元々彼らは外部からの侵略者を恐れ、自給自足の生活を送っていたのだが、ある問題があった。

 そう、迷いの森の魔獣達である。

 迷いの森には資源が豊富にあった為、村人達は迷いの森に足を踏み入れて行くのだが、多くは魔獣の餌となっていた。

 魔獣はそれだけでは飽き足らず、イラルの村を直接襲うようになっていた。

 一生懸命作った作物を荒らされ、困り果てた村人達の前に、突如現れた救世主がいた。

 彼がナグナ王国随一の魔術師だった。

 イラルの村は外部の人との接触を避けていた他、迷いの森にも立ち入っていなかった為、ナグナ王国の存在に気づかなかった。

 その魔術師は迷いの森で、散歩をしていたら、たまたまイラルの村を見つけたという。

 そもそも魔獣だらけの迷いの森を散歩するのがおかしいと初めは彼を、怪しんでいた村人達だったが、彼が魔術を使い、村に結界を張った。

 すると、魔獣達は村に入ってこなくなったのだ。

 大変驚いた村人達だったが、次第に喜び合い、魔術師を村全体で大歓迎する事になった。

 酒や食べ物を存分に振る舞って貰った魔術師は、惜しみつつも、村人に別れを告げ、イラルの村を去っていった。

 その際村人は魔術師にこの閉ざされた楽園、「イラルの村」の存在を外部の人に漏らさないで欲しいと、魔術師にお願いし、魔術士もこれを承諾する。

 しかし、魔術師は手柄欲しさにこの村の存在を、ナグナ王国の当時の国王に報告してしまう。

 領地拡大を目論んでいたナグナ王国は、直ちに兵をイラルの村へ向かわせる。

 ここで、何故か迷いの森からイラルの村に辿り着けないなどの神秘的な現象が起きれば、良かったのだが、現実はそう甘く無い。

 そんな事は起こらなかった。

 途中、魔獣達の妨害を受けるも、兵はイラルの村へ到着。

 イラルの村の住民は武器を持ち、抵抗するも、ナグナ王国の最新鋭の武器に勝てず、あっという間に村はナグナ王国に占領されてしまった。

 以降、イラルの村は長いナグナ王国の占領下に置かれる事になる。

 ナグナ王国が大規模な戦争を停止して、村が解放されたのは、ほんの数年前の事であった。


 イラルの村には長年医者がおらず、半分迷信のようなおまじないで、病気を治そうとしていた。

 ナグナ王国占領後は、ナグナ王国から優秀な医者が一人送られてきた。

 それが、現在の村唯一の医者、レクの曾祖父に当たる人物らしい。

 以降、レクの家系がイラルの村の医者として活動しており、レクに関しては村長も何も言っていないらしい。


 ***


 私とガッツは村長の屋敷から離れ、村唯一の医者、レクの医療所に来ていた。

 先程の屋敷と比べれば、かなり小さい施設である。


「村にはここしか医療施設がありませんからね。レクが村の命綱といっても過言ではないですよ」


 村の命綱……ねぇ。


 するとガッツが医療所の玄関で中へ呼びかける。


「おーい!レク!!お客様が来たぞ!!いないのか?」


 すると……


「おや、ガッツじゃ無いか。どうかしたのかい?」


 優しそうな見た目をした男が、医療所から出てくる。

 私は人は見かけでは判断出来ないと考えている。

 それは、良い意味もあれば、悪い意味でもだ。心の中ではどんな事を考えているか分からない。


「うん……?君は私が治療した子じゃ無いか?」


「何だよ、レク、もう忘れっちまったのか?迷いの森で倒れていたハンターさんだよ。何か気になるとか気持ち悪い事言ってたじゃん」


 ガッツは普段はこんな口調なのか。いや、それより気になるって何が?


「ああ、そうだ。忘れていたよ。ごめんね。私は人の顔を覚える事が苦手でね。女性なら覚えれるんだけど、モーナちゃんとか。ガッツ君ぐらい特徴的なら良いんだけど」


「特徴的……それって喜んで良いのか?」


 良いんじゃないだろうか。

 よく分からないけど。


「それより君は……名前を聞いてなかったね」


「そう言えば僕も聞いてなかった!いや、聞いてませんでした」


「無理して敬語使わなくて良いですよ。ガッツさん」


 キャラ被るし。


「私はニミです。よろしくお願いします」


「私はこのイラルの村で医者をやってるレクだ。よろしくね」


「じゃあ僕も……僕は、イラルの村で剣士兼果物屋で働いてるガッツ!よろしく!」


 その方がガッツらしいし、何よりキャラが被らなくて済む。


「じゃあ……君も私に聞きたい事が多そうだし、中でゆっくり話そうか。それと……ガッツ君、君は退席して貰えるかな?」


「えっ、ああ、まぁ。良いけど」


「ニミ君もその方が良いよね?」


 私は頷く。

 猛毒の話とかはガッツは知らない方が良いだろう。


「ニミ君、中へどうぞ」


 私はレクに連れられて、レクの診療所に入る。


 ***


「お客さんは居ないんですか?」


 レクの診療所の中には誰もいなかった。


「確かにイラルの村は人は多いが、大規模という訳でも無い。高齢者は多いけどね。私としてはお客さんは居ない方が嬉しいんだけどね」


 私はレクについていき、辺りを見回しながら、歩く。

 普通の診療所だ。

 典型的な診療所ならば、ロホアナ達との旅の中で、何度か見た事がある為、違和感など勿論感じなかった。

 しかし、何故だろう。この診療所。

 何かがおかしい気がした。


「ここが診療室だ。中にどうぞ」


 私はレクが示した部屋に入る。

 部屋の中には椅子が3つ、治療用のベッドなどがあった。

「どうぞ」とレクが言うので、私は入ってきた扉とは反対側の椅子に座る事にした。


「どうしたの?そんなに変な顔して」


「え……?」


 不意に表情についてレクに指摘され、私は驚いてしまう。

 意識していたつもりは無いのだが、顔に出てしまっただろうか?


「何か変な事でもあったかな?」


「いえ、何でもないです……」


「そう。まぁ、いいや。とにかく君の事について少し知りたい。君がここに運び込まれた時は、本当に酷かったんだからね。私が治療しなければ、間違いなく死んでいた」


「すいません……感謝しています。お金は払いますので……」


「この医療所は村長から資金を提供して貰っているんだ。つまり公共施設だから、医療は無料。君は村長に認めて貰ったのだから、お代は良いよ」


 何と便利な制度だろう。

 嫌な村長とは思っていたが、こう言った社会福祉制度はしっかりと対策す、充実させている為、村人は外へ出ないのだろうな。

 一応村人の為を思っての事だろうし。


「それより……君の事について教えてくれるかな?何故あんな状態で倒れていたのか……」


 あんまり詳しく話すと、「三人の家」の存在が露見してしまう可能性がある。慎重に話さねば。

 私は次のような話をレクに話した。


 ***


 私はナグナ王国で、獲物を狩り、毛皮などを売り捌くハンターとして活動している。

 ナグナ王国で迷いの森で魔獣が大量に生息している事を、仲間のハンターから聞いた。

 ナグナ王国が迷いの森へ立ち入りを禁じている事は知っていたが、迷いの森にナグナ王国の兵士が警備をしている訳では無かったので、容易く迷いの森へ入る事は出来た。

 しかし、そこからが問題だった。

 迷いの森の魔獣達は、他の魔獣達と比べ、桁違いに強かった他、リーダー格と思われる魔獣も出現した。

 私は必死に対抗するも、圧倒的力に敵わず、恐怖で逃亡しようとした。

 ナグナ王国側は魔獣達がいた為、反対側、つまり「迷いの森」のさらに奥へと私は進んでしまった。

 冷静な判断が出来なかった私は、魔獣に追われながら、必死に走った。

 森の奥へ奥へ奥へ。

 だが、例の広場ーーー「祭殿の広場」に追い詰められた私は死を覚悟する。しかし、ただやられるのも、ハンターとしての最後の誇りを捨てなかった私は、魔獣を迎え撃った。

 もう逃げない、全員殺す!

 そう決意し、私は「祭殿の広場」を血で染めていったーーー




 おしまい。


 ***


「『祭殿の広場』は昔は祈祷で利用していたらしいんだけど、魔獣が現れてからは、村の中へ移したんだ。ほら、ここに来る最中に無かったかい?」


 そういえば、何か大きな広場みたいなのがあって、あの時の「魔獣の森」の広場に似ているなぁとは思ったけど。

 そうか、移転してたのか。


「なるほど、君の状況は理解出来た。ハンターは危険な仕事だからね、怪我も死も承知の行動だろう。ナグナ王国の王令を無視し、『迷いの森』に入るぐらいだからね、はっきり言って自業自得とも言えるね」


 返す言葉も無い。すいませんでした。ご迷惑お掛けしました。


「私に謝られても仕方ないな。これは仕事だからね。村の内外に関わらず、困っている人を助ける、それが医者さ」


 凄くカッコいい。

 見かけで判断とか言っていたが、この人は信用出来そうだ。


「それで、君も聞きたい事があるんだろ?」


 そうだった。

 私はまず、ガッツの「治療薬」について聞いた。


「あの薬は、以前ナグナ王国に行った時に貰ったものだよ。『最高峰の学者さんが作り上げた、最強の薬だ』ってね。最近はあまりナグナ王国に行ってなかったから知らなかったけど、そんな凄い学者さんがいたとはねぇ」


 恐らくロホアナの事だろうな。


「私も気になってその薬の成分を調べたりしたけれど、私には到底理解出来ない物だったよ。けれど、迷いの森の魔獣に最近、変異種が現れて、そいつは毒を持っているという話を聞いてね。そこで怪我をしたガッツに使ったんだ」


 そういう事だったのか。


「村の結界を突破する程の魔獣だからね。私も一度戦ったが、かなり強かった」


「レクさんって、魔術も使えるんですか?」


「まあ、一応ね。そこまで強くはないけど……」


 凄いなぁ。

 私は別の質問をする。


「『受けた傷の痛みだけ、薬も強いモノじゃないといけないんだ。強い薬とはつまり痛い薬だ』の事か。これもナグナ王国に行った時聞いたんだ。『治療薬』は正直かなり痛いらしくてね、受けた痛みと同等の痛みを感じるらしい。そこで例の最高峰の学者さんが、そのセリフを口癖のように言ってたらしいよ」


 うーん。ロホアナらしいと言えば、ロホアナらしい。


「それじゃあ、治療のお礼と言っては何だけど、少し私の質問にも答えてくれないかな?」


「私に質問……?良いですけど……」


 嫌な予感がした。

 ガッツが言っていた「非常に興味深い」のセリフ。

 それと、やはり拭い切れないこの医療所の「違和感」だ。

 言葉では説明出来ないが、暗殺傭兵種族ファーゼの「肉体強化」によって、五感はかなり優れていた。

 だが、五感とは少し違う、これは私の経験上の直感だ。

 一体この「違和感」の正体は……


「君は恐らくガッツと同じ魔獣に襲われた。ガッツはそこまで大きな怪我では無かったから、回復はかなり早く、今も元気に村を警備している事だろう」


 これは……!


「だが、君はいつ死んでもおかしくない、ギリギリ人間と認識出来るが、性別が分からないぐらいの大怪我を負っていた。腕も足も肉や骨が剥き出しになっている部分もあったし、顔もかなり酷い状態だった」


「……」


「だがそれが問題じゃない。ガッツとモーナが君を見つけた時、君・に・は・右・足・の・半・分・と・左・腕・が・無・か・っ・た・ん・だ・。恐らくキミが気を失っている最中に、魔獣に引きちぎられたのだと私は考えた」


「……」


「モーナとガッツに、君にこの事を伝えないで欲しいと私はお願いした。君の正体が村の存亡を分けるかもしれないからね」


「……」


「だが、今君には右足はしっかり生えているし、左腕もあるよね?君は自覚してないのかもしれないけど」


「……」


「私はずっと君を見ていた。危機的状況だったからね。すると、どうなったと思う?」


「……」


「君の右足と左腕が再生し始めたんだ。あの時の興奮を私は忘れられないよぉ……!あははははは!!私は顔を近づけて、君の治療の事さえ忘れて、ずっと観察していたんだぁ、楽しかったなぁ……」


 違和感の正体が少し見えてきた気がした。

 このレクという医者と、この診療所……。

 こいつは一体……

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