第11話 村の光と影
「……あれ?」
重い目蓋を無理矢理開けて、私は目を覚ます。
私は気づくと見知らぬ場所にいた。
体を起こし、自分の状況を確認する。
うん……ベッドの上にいた。
見知らぬ部屋に、見知らぬベッド……か。
私は確か、魔獣の森でイラルの村に行く際中に、魔獣の大群に襲われて、疲れ果てて、走馬灯のようなものをみて、そのまま気を失ったような気がする。
私は自分の腕や体を確認する。
「包帯がしてある……だれが……」
誰かがあの場から助けてくれて、運んでくれて、治療もしてくれて、ベッドで寝かせてくれたのか。
「いや、そんな都合の良い話あります!?」
流石に赤の他人で、血に塗れて、魔獣の死体を枕にして寝ている、死にかけの少女を助けようなんて人いないだろう。しかも、魔獣の森で。
しかし、私は現に生きている訳で。
年若い少女を連れて行こうなんて、その辺の山賊やら盗賊ぐらいじゃないだろうか?
「まさか……」
私は無い胸をペタペタと触る。
別に胸がない事をコンプレックスにしている訳では無い。
胸が無い方が、動き易いし、傭兵時代なら、仕事もしやすかった。
私は見かけ上、髪を伸ばしているという訳でも無いし、胸も小さかったので、男に間違えられやすかった。
胸の大きい順だとやはり、
ロホアナ、スス、私
この順番だろうか?
うん……凄くどうでもいいな。
もしかして私の体目的かと思って、確かめてみたのだが、特に何かされた形跡は無かったので、体目的では無さそうだった。
私は周りを見渡してみる。
ベッドに、書斎に……誰かの家の誰かの部屋なのか?
しかし、こんなロホアナの小説で見たようなご都合主義な展開があるだろうか?
うーん……考えていても、仕方が無いし、今自分がどこにいるのかぐらいは調べないといけない。
私がベッドから降りようとすると、
「あ、目が覚めた!良かったぁ。私心配したんだよ!」
可愛らしい少女が扉から部屋に入ってきた。
年齢は私より少し下ぐらいだろうか。
顔に幼さが残っており、とても可愛い。
「迷いの森の『祭殿の広場』であなたが血塗れで倒れていたから私、びっくりしちゃった」
祭殿の広場……?
私が魔獣と戦ったあの広場のことか。
「えっと……あなたは?」
「あ、私はモーナ。果物屋の娘で……ここはイラルの村の私の家だよ」
「イラルの村……ですか?」
「そう、私とガッツで『祭殿の広場』に倒れていたあなたをイラルの村まで運んだんだよ。あなた酷い傷だったから、村唯一の医者のレクに治療して貰ったの」
「そうだったのですか……私をここまで……ありがとうございます」
「お礼ならガッツに言ってね。ガッツなら村長の家にいると思うから。あ、それとこの村の人は、極端にイラルの村以外の人を嫌っているから気をつけてね。じゃあ、私は用事があるから」
そう言うと、モーナという少女は部屋を出て行った。
うん、つまり私は再びガッツに助けらたという事か。
情けないというか、何というか。
助けられてばかりだな、私は。
とりあえず、外に出てみるか。
私は扉を開けて、部屋を出る。
部屋をでると廊下で、先には階段があった為、私は下に降りてみる事にする。
「おや、目が覚めたかい」
声の主を見ると、40歳ぐらいの子太いおばさんがいた。
「モーナとガッツが血塗れのアンタを村に連れてきた時は驚いたよ。そのまま死んじゃうかと思ったよ」
そんなに酷い状態だったのか……
ちょっとだけ見てみたいような気もした。
「すいません、助けて頂いて……ベッドまで貸してくれて……」
「お礼ならアタシじゃ無くてガッツにいいな。あの子は信じられないくらいお人好しでねぇ……勇敢なんだけどさ」
モーナと同じような事を言われてしまった。
「あの……ここは……果物屋……でしょうか?」
「見りゃわかるだろ?村唯一の果物屋さ」
よくみたら、店の中には果物やその他の食料品が置かれていた。
「一階は二階はモーナとガッツの部屋だよ」
モーナとガッツの部屋……
つまりモーナとガッツの二人は兄と妹で、このおばさんは二人の母親という事なのだろうか?
「あはははは、違うよ。まあ、母親代わりみたいなものかねぇ」
「母親代わり……つまりあの二人は……」
「そう、あの子達には両親がいないの。いないというより、いなくなったという方が正しいかしら」
いなくなった……?
「だから私が代わりに育てているの。いい子達よ……あの子達も苦労してきたから……せめて今ぐらいは……」
「……」
「あ、ごめんね。辛気臭い話しちゃって。そうそう、ガッツなら村長の家に行ったと思うよ。だけど、アンタ気をつけなよ」
「気をつける……ですか?」
「イラルの村の住民は極端に村人以外の人間を嫌っているんだよ。実をいうと、私も村の外から来た人間でね。他の村人からあまり良い顔はされてないしね」
ロホアナの言っていた『イラルの村には気を付けて』と言う言葉の意味がようやく分かった。
やはりナグナ王国が関係しているのだろうか?
「私の果物屋には毒が入っているとか、そう言ったデマを流された事もあったよ。モーナとガッツも他の村人から、嫌がらせを受けたりもしていた。だけどガッツは強くなった。他の村人に負けないぐらいの強さを手に入れて、村長を認めされるぐらいにまで成長したんだよ」
「私もガッツさんには二度助けられました」
「ともかく、あんたは特にこの村人からは良く思われないだろうから、十分気をつけるんだよ。とりあえずガッツが村長に説明をしに行ってるけど……しばらくはウチにいてもいいけど、傷が治ったら早く村を出て行った方が良い」
「ご心配、ありがとうございます」
「とにかく、気をつけなよ」
私はおばさんにおれを言うと、果物屋の扉を開けて、外に出る。
***
イラルの村は自然豊かで美しい村である。
以前はナグナ王国の領地であった為、王都からの物資で生活していたのだが、独立以降は村中に植樹をしたり、畑を作ったりして、自給自足を主としている。
その為、外部との交易を避け、イラルの村は完全は自治で成り立っていた。
そもそもなぜ、イラルの村はナグナ王国から独立する道を選んだのか?
ナグナ王国は数年前まで各国に戦争を仕掛け、領地を拡大していた。
戦争には大量の金が必要な為、ナグナ王国の領地であったイラルの村には重い税金が課せられた。
村人達は、過度な課税に苦しめられていた。
さらにナグナ王国は、イラルの村人に兵役を課し、イラルの村人までもが戦争に赴く事になった。
ナグナ王国は激しい戦争を繰り返していた為、イラルの村人も何人も亡くなったという。
ナグナ王国がある戦争に敗北すると、ナグナ王国は戦争を停止し、平和な国を目指す事を宣言する。
しかし、死んだイラルの村人は戻ってこない。
残されたイラルの人々は激怒し、ナグナ王国への反乱を企てた。
ナグナ王国は武力で鎮圧しようとするも、イラルの村人も武器を持ち、必死に抵抗する。
この戦いにも多くの血が流れた。
ナグナ王国は、イラルの村の鎮圧を諦め、イラルの村を正式に独立村と認めた。
以上がナグナ王国とイラルの村の歴史である。
これが、イラルの村の人々がナグナ王国を恨んでいる理由である。
独立後、何人かのナグナ王国の人々がイラルの村へ移住したらしいが、あまり良い目で見られる筈もなく……
***
私は村を歩きながら、村長の家を探す。
場所をさっきのおばさんに聞けば良かった。
村人と何回かすれ違うが、やはり敵意の視線を感じた。
畑仕事をしている村人、おしゃべりしている村人、遊んでいる子供達……しっかりと感じる。
誰もが私へ憎悪を向けていた。
それも仕方ないのかもしれない。
道を聞こうにも聞けなかったので、私は村の奥にある一番大きそうな家を目指す事にした。
村人とはあまり問題を起こしたくなかった。
それにしても、本当に自然に囲まれた美しい村である。
住民達の視線さえ、無ければだが。
やがて村で一番大きな家……というか、屋敷に到着する。
「ここ……ですかね」
私がいつ中に入ろうか悩んでいると、扉が開く。
中から一人の少年が出てきた。
「あ、あなたは……良かった。目が覚めたんですね!」
少年は、ガッツだった。
「えっと……ガッツさん……でしたよね?助けて頂きありがとうございます」
「そうです!そうです!とにかく中に入って下さい。村長に説明しないと」
「説明……?」
「あなたもこの村の人々が外部の人間を嫌っている事を知ってますよね?村長に認めて貰わないと、村人に何されるか分かりません」
先程のおばさんも言っていたが、そんなにイラルの村の人々は好戦的なのだろうか?
「ここだけの話なんですがね、村長に敵認定された村人は、村を出ていくか、死ぬかの二択しか無いんですよ」
死ぬ……?
「実際にそれで死んだ人もいますしね。おばさんも他の村人から、酷い虐めを受けてたし。まぁ、とにかく中へ!」
「分かりました……」
うーん。このイラルの村……思っていたより、かなり裏がありそうだ。
***
「ほう……ガッツ、君が助けたハンターがこの少女という訳か……」
髭を伸ばした白髪の婆さんが私の事を興味深そうにみてくる。
ガッツが案内してくれたのは、屋敷の中にある村長の部屋だった。
中はとても広く、威厳を感じさせる空間であった為、緊張感が増幅した。
「全く……あの女はまた厄介事を……だから外から来た人間は信用出来ない。どうせ疫病もあの女が……」
「村長、だから彼女を連れてきたのは僕です。おばさんに非はありません」
「……まあ、良い。ともかく村にいる分には、良いが、何か騒ぎを起こしたりするなよ。この村は外の人間に困らされているからな」
外の人間に困らされている……?
だが、とりあえず許可は貰えたようだ。
私とガッツは村長の屋敷から出る。
「何か凄い怖そうな人ですね。あの村長」
「この村にいる限りはあの村長だけは敵にまわさない方が、良いですよ。何するか分かりませんし」
「それより、村長が言ってた外の人間に困らされているとは……?」
「村長はイラルの村以外の人間を嫌っています。村に何か不都合な事が起きた時に、外から来た人間のせいだと決めつけ、村から追い出してきたんです。最近の迷いの森の魔獣騒ぎも、村長はおばさんのせいだと決めつけていまして……」
「この村にはおばさん以外に外から来た人間はいないんですか?」
「昔はナグナ王国の人と結婚して、村にやって来た人は何人かいましたが、今はおばさんだけです」
「なぜおばさんはこの村に残っているのですか?そんな迫害を受けているのなら、村を出た方が良いのでは……」
「おばさんは僕とモーナの為に、村に残ってくれているんです。いや、僕のわがままなのかもしれません。あの店は、僕の両親が経営していた果物屋なんです」
ガッツが話を続ける。
「僕の父親は、戦争で戦死しました。母親は元々病弱だったので、僕を産んでから直ぐに亡くなったんです。それから父親が一人で僕を育ててくれて……あの店は父親が唯一残してくれた店です。何としても守りたかった」
「……」
「戦争が終わって村が独立した時に、ナグナ王国からやって来たのが、おばさんだったんです。おばさんは僕と同じく両親がいなかったモーナを養ってくれました。以降は、あの店はおばさんが経営してくれているんです。だからおばさんはこの村を……」
正直何とガッツに声を掛ければ良いのか、私には分からなかった。
だけど、このイラルの村の問題は簡単には解決しそうになかった。
そもそも私がイラルの村に来た理由は、ガッツに「猛毒」について知らせる為である。
「ガッツさん。私がこの村に来たのはあなたに伝えたい事があるからです」
「そっか。まだ迷いの森で助けて貰ったお礼がまだでしたね。なら今すぐ家に……」
「ち、違います!そうじゃなくて……」
「?」
私は迷いの森の上位種の魔獣が「猛毒」を持っている可能性がある事をガッツに伝えた。
「ああ、それなら大丈夫ですよ。猛毒はレクがナグナ王国から持ってきた特別な『治療薬』をくれましたから」
「え!?その治療薬って……」
「すっごく痛かったですけどね。でもレクが『受けた傷の痛みだけ、薬も強いモノじゃないといけないんだ。強い薬とはつまり痛い薬だ』っていってましたから」
そのセリフはロホアナの……一体どういう事だ?
モーナが言っていたように、レクは確か医者だった気がする。
「あなたの治療をしたのも、レクなんですよ。非常に興味深いって言ってました」
興味深い……か。
私の身体が興味深い。
肉体的な意味か、性的な意味か。
「そのレクさん……に会わせて貰えませんか?」
「分かりました。案内しますよ」
確かめないといけない。
聞きたい事が山程ある。
私とガッツはレクの医療所に向かった。
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