第9話 出発の前に

***


 ロホアナがもう一つ懸念している事があった。

 魔獣達は、独自の進化を遂げる力を持っている。

 自分達にとっての外敵が更なる脅威となった場合、魔獣達も脅威に対抗する為、更なる進化を遂げる。

 つまり、ススが魔獣を倒す度に、それを見ていた他の魔獣はススを脅威と認識する。

 脅威と認識した魔獣達は生存本能により、更に進化を遂げ、いずれはススの力を超える程の個体が出てくる可能性もある。

 もしそうなれば、イラルの村の人々を虐殺する可能性もあるし、「三人の家」の「光の結界」を打ち破る魔獣が現れるかもしれない。

「迷いの森」の魔獣達は賢かった。

 自分達が生き抜く為に、しっかりと学習する。

 そこが厄介であった。

 最悪の場合、ロホアナ達だけでは手に負えない程成長する可能性もある。

 魔獣達の「進化の可能性」の芽にロホアナ達は水を与え続けてしまったのかもしれない。

 それならば、ロホアナ達が責任を持って対処しなくていけなかった。


 ***


 夜は明け、少しずつ太陽が顔を見せ始める。

 迷いの森は、魔獣がいる事を除けば、とても自然豊かな美しい森である為、とても心地よい場所ではある。

 魔獣がいる事を除けば……だが。

「平和の森」の方からは小鳥の囀りが聞こえて来る。

 こちらの方は、魔獣を追い払ったおかげで、再び野生動物が住む環境になったらしい。

 一方「魔獣の森」からはいつものように、魔獣の呻き声が聞こえてくる。

 魔獣達は魔獣同士でも殺し合い、自らを強化しているようである。

 何て野蛮で恐ろしいのだろう。

 平和には解決出来そうも無い。



「……朝…ですか」


 私は目を覚ますと、体を起こし、腕を大きく伸ばす。


「….痛い」


 まだ完全には怪我は治っていないようで(当たり前だけど)傷口は相変わらずヒリヒリと痛かった。

 しかし、ロホアナの「治療薬」のおかげでかなり痛みは軽減されているだろうし、上位種の魔獣の「猛毒」の効果も無いので、ロホアナに感謝感謝である。


 結局お風呂に入れなかった。

 私はくんかくんかと脇の匂いを嗅いでみる。

 ……臭くは無いよね?大丈夫だよね?

 元々の脇の匂いがどんなものなのか、私は知らなかったので、臭いのか臭く無いのか判別がつかなかった。

 ……まあ、大丈夫でしょう!一日ぐらい。

 痛いのは嫌なので、お風呂はやめておきましょう。


 にしても、ロホアナは不思議だ。

 ロホアナの研究室を見た限り、お風呂らしきものは見当たらなかったのだが、ロホアナの髪の毛はさらさらでとても美しかった。

 羨ましい。

 そう言えば、ススは何度か見ているが、ロホアナがお風呂に入っているのを私は見た事が無かった。

 私が寝ている間に入っているのかもしれないが、あんなに艶が良い髪の毛を維持しているのだから、何かあるはずだ。

 何かそう言う「薬」を作っているとか?

 ナグナ王国で仕立て屋さんに髪を整えて貰っているとか?

 うーん。分からない。

 今度詳しく調べてみるか。


 私が部屋を出ると、香ばしい焦げの匂いがする。

 朝早くからススが調理場で朝食をつくっていた。

 本当ススは万能だなぁ。

 私も何か手伝える事は無いだろうか?

 ススにそう伝えると。


「暗殺傭兵種族ファーゼ……いや、フラグ回収のプロ……いや、不器用さん……いや、ニミに頼む仕事はアリマセンヨ。どうせ皿をまた割って、手間を増やすのが目に見えてイマス」


「わざわざ何回も言い直す必要ありますかね?でも否定はしないでおきます。私はやる時にはやる女なので…」


「ヤラカス時にはトコトンやらかすデハ?」


 その通りです。


「もうすぐ出来上がるので、お皿を運んでクダサイ。それぐらいならできるデショ?」


「もちろんです!」


 それぐらいならもちろん出来るとも!

 私は昨日の夕食の準備の時のように、今度は朝食の用意をする。

 お皿をテーブルの上に並べて、料理がいつでも盛れるようにする。

 しばらくすると、ススが朝食を持ってきてくれる。

 私達は二人で朝食を食べる。


「ススは『魔獣』の事、ロホアナ様から聞きましたか?」


「魔獣の事トハ……?抽象的過ぎて何を答えれば良いのか、わからないデス」


「私達が『上位種の魔獣』を生んでしまったかもしれないという事です」


「ああ、それですカ。ワタシも聞きましたヨ。ワタシの『光魔法』に怖気づいて魔獣達が進化した話デショ?心配する事はアリマセンヨ。ロホアナ様が対策を考案している最中デス」


「でも……早くしないとガッツが……」


「ガッツ…それは誰デスカ?」


 そうだ、この問題は私自身が解決すると決めたのだ。

 これ以上、二人に迷惑をかける訳にはいかなかった。


「いえ、何でもないです」


「……そう言えば、今日は『イラルの村』に行くんですヨネ?ワタシは『三人の家ここ』でロホアナ様を守らないとイケマセン。一人で大丈夫デスカ?」


 子の心配をする親みたいである。

 しかし、あのススが私の身を心配してくれるなんて……


「ニミが死ぬとロホアナ様が悲しみますからネ。デスガ、本当に大丈夫デスカ?」


「安心して下さい!私も子供じゃないんです。しっかりやって来ますよ!」


「……でも魔獣に負けたし、お皿も割ったじゃないデスカ」


「ちょ…お皿を割った事は関係ないのでは!?」


「まあイイデス。でも……生きて帰ってきて下サイ」


「任せて下さいよ!」


 私はとびっきりの笑顔で自信満々に言う。


 ススと別れた私は、部屋に戻り、イラルの村に向かう準備をする。

 傭兵時代から愛用しているナイフに、動き易いこの服に……

 私は何となく必要かな?って思った物を鞄に詰め込む。

 日帰りで済むような案件では無いと思いつつも、またもや何となく油断していた自分がいた。

 魔獣の森の事件から何も学習していない。私の欠点はやはりここにあると思う。

 油断禁物。自分の腕に過剰な自身を抱き、油断し、失敗し、後悔する。

 これ程情け無く、惨め事は無いだろう。

 後悔した所で、失敗で得た代償が無くなる訳でも無いのに。

 けれども私は油断していた。

 これから起こる事も知らずにーーー


 私は「三人の家」を出て、外に出る。


「爽やかな朝日の日光に包まれて、非常に快適な気分です。平和の森からは鳥の囀りが聞こえ、まるで私の無事を祈っているかのよう……」


 私がよく分からないポエムを呟きながら、感傷に浸っていると、ススが扉を開けて、三人の家から出てくる。


「魔獣の森からハ、蠕く凶悪で兇暴な魔獣達の咆哮が聞こえ、これから先の暗雲を示唆しているかのヨウデスネ」


 ススが私の素晴らしいポエムに茶々を入れてくる。


「無駄に当たっているのが気になりますね。魔獣の森、いやイラルの村の方に黒い雲が……何処となく不穏な空気ですね」


 魔獣の森と平和の森。

 その中間地点に位置するこの「三人の家」の前で、私はそれぞれを見比べると、やはり魔獣の森の方に暗雲が立ち込めているように見えた。

 これは一体……嵐の前の静けさというやつだろうか?


「このような環境を魔獣は好みマス。気をつけて下サイ。それともう一つ伝言デス」


「……?何ですか?」


「ロホアナ様からの伝言です。『イラルの村には気を付けて』だそうデス。隙を見せるなと言う事でしょうカネ?」


 隙を見せるな……

 そう言えば、昨日の夜もロホアナが同じような事を最後に言っていたような。

 ナグナ王国の管理下にあったイラルの村は、数年前に独立したとか。

 それが意味する事とは一体……?


「分かりました。気をつけます」


「気をつけて下さいネ。何かあれば、『三人の家』の結界の中へ。この中なら、ワタシの『光の結界』もありますし、ワタシめやロホアナ様もいますから」


「スス……ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」


 私はススに別れの挨拶をすると、「三人の家」を抜け、魔獣の森へと入った。



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