第8話 迷いの森の真実

ススの長いお説教を終えた私はようやく就寝する事にする。

「三人の家」はそこまで大きい家では無いのだが、ロホアナは地下室で普段眠っているので、犬猿の中である私とススの為にも、それぞれの部屋が用意されていた。

 部屋は広くは無いが、寝るスペースもあり、生活する分には十分である。

 しかしこの「三人の家」都合が良すぎる程設備が整っており、私達にはぴったりなのだが、私はどこか不信感を拭えなかった。

 ロホアナやススは「日頃の行いが良いから」なんて言っていたが、ロホアナはともかく、日頃毒舌ばかり吐いているススの行状……すなわち、「日頃の行い」が良いとはとても思え無いのだが。

 まあ、今はこの家しか過ごす場所が無いので、気にしていても仕方ないと割り切ってはいるけど。


「そうだ、お風呂に入らないと」


「三人の家」には何とお風呂も完備されているのである。

 お風呂といっても、大きな桶にお湯を溜めたようなものだが、十分使用出来る。

 しかし治療薬を塗って貰ったばかりだし、傷は多分染みそうだしで、色んな意味で「痛い」思いをしそうだったので、やめておいた方が良いだろうか。

 でもあの獰猛で野蛮な野獣と戦い、私の神聖な体に野獣の匂いが付着してしまった可能性もあるので、やはり軽く、それも染みない程度に体を水で洗っておきたい。


「ススに聞いてみますか……」


 というわけで再びススの部屋。


「うわ、またキマシタカ…」


 第一反応がこれですか。


「また人を病原菌みたいに……」


「そうだ、さっき地下室に料理を運んだ際に、ロホアナ様から言っていたのデスガ、『魔獣の森』の『上位種の魔獣』は噛んだ相手を確実に殺す為の『猛毒』を噛み付いた相手の体内に同時に入れているそうデス」


 それは初耳だった。


「ニミが飲んだ『治療薬』は『上位種の魔獣』の『猛毒』を打ち消す事が出来るとロホアナ様は言っていましたガ、万が一体調が悪くなったら直ぐに言って欲しいと言ってマシタ。前にも言った気がシマスガ、病原菌と言う考え方はあながち間違ってはいないというコトデスネ」


「そうだったんですが……猛毒が……」


 ん?という事は……


「?ドウカシマシタカ?痛みがあるのデスカ?」


 ススが不安そうな顔をしている私を見たながら言う。


 私は少し気になる事があった。

 私が「魔獣の森」で出会ったガッツという男。

 私が最初に悲鳴を聞いて駆けつけ、彼を見つけた際、彼も「上位種の魔獣」に襲われ、私ほど酷くは無いが、怪我をしていた。

 最初の悲鳴も、恐らく魔獣に襲われ、噛まれたからだと思う。

 もし、私と同じように「上位種の魔獣」の攻撃を受け、体に怪我を負ったのならば、彼も「上位種の魔獣」の「猛毒」を体内に入れられたはずである。


「ニミ、ちなみにその『猛毒』はどのような症状なのデスカ?」


「ワタシはそこまでは聞いていまセン。気になるなら、ロホアナに直接聞けば良いでショウ」


「……私が地下室に入って良いんですか?」


 ススは敵である私が、ロホアナの居場所である地下室に入る事を嫌がっており、「入るな」といつも言われていた。

 なので、私が地下室に入ったのは、この「三人の家」に始めて来た時であり、それ以来は一度も入っていない。

 地下室に関しては、全てロホアナとススが整備していた為、私は地下室の様子を全然知らなかった。


「アナタの顔を見ればワカリマス。ロホアナ様の力が必要ナラいけば良いでショウ」


「ニミ……ありがとうございます」


 何故ススが許してくれたかは分からないが、私を信用してくれているのが、とても嬉しい反面、責任を感じる面もあった。


 私はススの部屋から出ると、地下室へ向かう為の「仕掛け」を作動させた。

 実はこの「仕掛け」最初に見つけたのは、私であった。

 本当に偶然だった。

 初見の人には恐らく分からないだろう。

「仕掛け」を作動させると、地下室への階段が出現した。

 この「仕掛け」に関しても、「三人の家のルール」で「仕掛け」を作動させた人物が責任を持って閉開を管理する事が義務付けられていた。


 私は階段を降り、地下室へ向かう。

 階段は明かりがない為、手探りでゆっくりと降りていく。


「明かりになるモノを持ってこれば良かったですね……」


 今更後悔しても遅い。

 少しずつ進んで、目を眇めてみると、やがて小さな光が見えてきた。

 改めて見ると、案外地下室までは距離がある事が分かる。


 そして地下室に到着。

 地下室の前には扉がある。

 私は扉を軽くノックして、ロホアナに知らせる。


「ニミです、今入ってもよろしいでしょうか?」


「ニミか、いいよ」


 ロホアナは軽い口調で入室を許可してくれる。

 私は地下室の中に入る。


 地下室の中は若干薄暗いが、ロホアナの顔は認識出来た。

 地下室兼ロホアナの研究室は、そこまで広くは無かった。

 研究室の中は、研究資料が無造作に置かれ、中には散乱しているものもある。

 どれも貴重なものだと考えた私は、その場をなるべく離れないようにする。

 ベッドらしき物もなく、睡眠は仮眠程度と聞いたので、研究机でそのまま寝ているのだろうか。

 机の上にはコーヒーが置いてあった。

 湯気は出ておらず、既に冷めているように見える。

 研究室は独特の匂いがして、匂いがロホアナの聖域での緊張感をより一層増幅させているような気がした。

 暑くもなく、寒くもない、時間の経過を忘れてしまいそうな空間。

 朝なのか、昼なのか、夜なのか、雨なのか、晴れなのか、それすら分からないこの不安空間で、ロホアナは研究に没頭しているのを考えると、非常に感服してしまう。

 ロホアナは何処かの王国から研究資料を盗み出して、追われていると聞いた。

 何故盗む必要があったのかなんて野暮な事は聞かないし、今さら聞く必要も無いのだが、それ程のリスクを抱えてまで、ロホアナは何を研究したかったのかは興味があった。

 ロホアナはその研究をする為の適当な場所をずっと探し求め、ようやく見つけたのが、この「三人の家」の地下室だ。

 この無造作に置かれた研究資料の中にも、元凶となった持ち出した資料も含まれているのだろう。


「それで……どうしたんだ?」


「ちょっと魔獣の『猛毒』について聞きたい事があって……」


 私はロホアナに魔獣の『猛毒』の具体的な症状について尋ねた。


「ふむ……私もあの森の魔獣について調べ直していたんだが……まず症状から言うと、『猛毒』を体の中に入れた時点で、適切な処置を何もせず、放置しておけば、高熱などの症状が出て、数日以内には死ぬだろうな」


「死ぬ……?そんなに酷い毒なんですか?」


「その通りだ。だが安心しろ、あの『治療薬』は魔獣の毒を打ち消すから」


「その治療薬……まだ残っていますか?」


「治療薬はナグナ王国から取り寄せた貴重品だ。中々手に入るものでは無いよ」


「そうですか……」


 もし、ガッツが毒におかされていたら……


「そうだ、ニミ。ニミに話したい事があったんだ。ちょっと長くなるが聞いてくれるか?」


「はい、何でしょうか?」


「『魔獣』についての話だ。ナグナ王国は何度も『迷いの森』を調査し、魔獣の生態系についても研究が続けられていた。しかしどの資料を調べても、噛んだ際に『猛毒』を体内に入れる魔獣など一切書かれていなかったんだ」



 ロホアナは話を続ける。


「更に詳しく調べた。『迷いの森』には凶暴な魔獣が出るからナグナ王国の人々も、イラルの村の人々も魔獣を恐れ、立ち入らなくなったと以前話したよな?」


 それについては私も知っている。

 特にナグナ王国は「迷いの森」への立ち入りの禁止を王国側が直接国民に伝えたとか。


「そう、ナグナ王国は『迷いの森』への立ち入りを禁止する王令を出している。王令が出されたのは私達が、最初にナグナ王国に来た日の数日前らしい」


 私達が来た日から数日前……?

 そんなに最近だったのか。


「王令出された理由は、『迷いの森』にあるハンターが金銭目的で魔獣を狩る為に立ち入り、『普通の魔獣』に殺されたからだ。あの森の魔獣は上位種で無くても、凶暴だからな」


「普通の魔獣……ですか」


「そう、『普通』の魔獣だ。普通の魔獣ならイラルの村の結界を破る事は出来ない。結界を張った魔術師は、どうやらかなり有名な奴らしいしな」


 普通の魔獣なら村の結界を破れない。

 つまり、イラルの村の結界を破り、村人を襲ったのは……


「そう、もちろん『上位種の魔獣』だ。それで、イラルの村が『上位種の魔獣』に襲われたのは、私達が『迷いの森』に来てからの話らしい」


「私達が来てから……?」


 嫌な予感がする。


「そう、私達はあの日『迷いの森』に入った。そこで大量の魔獣に襲われた。だが、ニミの『光魔法』で魔獣を撃退し、『平和の森』から魔獣達を追い払ったのを覚えているよな?」


「はい。ニミの圧倒的な戦闘力で魔獣達は恐れてましたけど……」


「それが原因なんだ」


「え?原因……ですか?」


「そう、魔獣の森に本来いなかったはずの『上位種の魔獣』を生み出した原因は恐らく私達だよ」


「私達が…?」


「スス程の魔術の使い手は恐らくナグナ王国にもいないだろう。ススの『光魔法』での圧倒的な力は魔獣達にトラウマを与えた。だが同時に別のモノも与えた。自分達もこのままでは駆逐されてしまう、強くならねば。適応せねば。生き残らねば。そんな考えも与えてしまった。つまり『進化』だよ」


「ススの能力に恐怖を覚えた魔獣達が生存本能で、独自の進化を遂げたという事ですか!?」


「その通り。その『進化』が具現的に現れたのが『上位種の魔獣』だよ」


 そうだったのか……

 ススの光魔法に対抗する為に生まれたのがあの魔獣。

 どうりで強いはずだ。

 あれ、でもススは軽々倒してたような……


「そう、だが進化を遂げてもススには届かなかった。魔獣の森から魔獣が消えたと言っていたが、奴らは私達の事を調べているんだ。ずっと見ていた。それにススは気づいていた」


「私が襲われなかったのは、私の様子を伺っていたという事ですか?」


「そう。数日前から魔獣達が急激な成長、進化を遂げたんだ。私達が来てから結構経つが、ニミの魔獣狩りもやはり影響を与えたのかもしれないね。襲ってこないのなら」


 つまり……イラルの村が襲われたのは私・達・の・せ・い・……

 私達が迷いの森に来たから、上位種の魔獣が生まれて、イラルの村が襲われた。

 ガッツも……私達がいなければ。


「まあ、以上が話したかった事だよ。なぁに、イラルの村の問題は私に任せなさい!またナグナ王国へ行って詳しい調査をしてくるからさ」


 それじゃ遅すぎる!

 ガッツは……ガッツは…!

 だが、これ以上ロホアナに迷惑をかける訳にはいかないし、ススに頼るわけにもいかない。


 私が何とかしないと。


「明日、イラルの村に行くんだろ?」


「はい。そのつもりです」


「イラルの村は昔はナグナ王国の一部だったらしいが、数年前に独立したらしい。何が起こるかわからない。しっかり準備して行くんだよ」


「分かりました!」


 私は地下室から出ると、階段を上がり、自分の部屋に戻る。

 ススはもう寝ているのだろうか?


 今日は本当に大変な一日だったが、痛かったけど、色々知れたし、やるべき事も分かった。

 傷は痛むが、全然問題ない!

 私は動けるから!


 自分を鼓舞し、明日への決意を固めると、私は眠りにつく事にした。





 あ、お風呂の事ススに聞くの忘れた。



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