第7話 皿洗いと愛と
「うーん。このお肉はもう少し焼いた方が風味が出て良かったデスネ。ワタシもまだまだデス」
「そうですか?私はとても美味しかったですが」
「あなたは料理の知識が無いから分からないデショウ。どの料理も美味しいとしかいえないようじゃ、まだまだデスネ」
「そうですかね?私はススさんのつくる料理は純粋に全て美味しいと思ったのですが」
「ウ。フン……そ、ソウデスカ…そのようは味覚も大切だとは思いマスヨ。ある意味羨ましいデス。ソッカ…美味しいデスカ……それはそれで嬉しいデスネ」
ススが若干恥ずかしそうに言う。
何かおかしいなと思い違和感をかんじていたのだが、その正体はやはりススが優しすぎる事だった。
そもそも私とススがこんな風に夕食で会話をしている事自体が異様な事であったので、そこにまず違和感を感じていた。
仮に私とススが会話をしたとしても、いつもならば「暗殺傭兵種族ファーゼ」だとか何とか言いながら罵倒して来たはずなのに、今日はやけに大人しい。
私が味の感想を言っても無視するか、罵倒するかのどちらかなのに。今日は私の料理に対する感想を素直に享受していた。
おかしいなぁ。
「スス、何か良い事あったんですか?」
「エッ!?イヤそんなコトないデスヨ。ワタシはいつも通りデス。それよりワタシを『毒舌暗黒光明猫』と呼ぶのは辞めたんデスカ?」
毒舌暗黒光明猫……覚えていたのか。
それとも、余程傷付いたから、根に持っていたのか。
「ススが私の事を『ニミ』って名前で呼んでくれましたからね。私もいつまでも蔑称で呼ぶ訳にもいきませんし」
「……少しだけ気が変わっただけデス。ワタシはまだニミの事を認めたわけじゃありません」
「それで良いですよ。私は私なりの考えで、ロホアナ様に付いて行っているし、あくまで『洗脳』を受けたとはいえ、ススの言う通り『ファーゼ』は『ファーゼ』ですからね。私が何かやらかしたら容赦なくぶち殺しちゃって下さい」
それが私の本望である。
ススなら私からロホアナを守ってくれるだろう。
「ワタシにまた『家族』を殺せと?」
ススが小さくそう呟いたような気がするが、私の耳には届かなかった。
「ワタシも今日は疲れました。片付けが終わったら、ワタシも寝マスヨ」
ススが今日一番活躍してくれた。
ススが居なければ、私達は早々に魔獣の餌になっていただろう。
光魔法を何度も使っていたし、相当身体的負担も大きかったと思う。
「スス、今日はゆっくり休んで下さい。後片付けは私がやりますよ」
「皿洗いデキマスカ?」
「もちろん出来ますとも!」
「ニミがやるとお皿を割らないか心配デス」
「大丈夫ですよ、いくら不器用な私でもそんな事はしませんって」
「自分で不器用って言ってるじゃないデスカ……」
「だから大丈夫ですって!絶対割りません!」
「それフラグ立ててマスヨネ……?割る気満々デスヨネ?ゼッタイ割りますヨネ?」
「もう!ススは心配症ですね……こう言う時は私にバーンと任せておけば良いのに」
「ううん……めっちゃ心配デスガ、ファーゼの力を信じまショウ。ワタシは先に休んでイマス」
暗殺傭兵種族ファーゼの力を一体どう信じて、片付けに生かせば良いのか。まあ、いいや。
最後まで不安そうな心配症のススに向かって、私は自信満々に言う。
「私にお任せあれ!」
***
パリーン!
清々しい程はっきりとした鮮明なお皿が地面に叩きつけられ、衝撃で破壊され、破片が散乱する音が部屋中に響き渡る。
「やってしまいました……」
絶対大丈夫と信じていた私が馬鹿だった。
やはり私は不器用だったようだ。
ニミは……特に反応が無い。気づいていないのかな。それとも外にいるのかな。
さて、私は皿洗いの最中に一枚のお皿を割ってしまった。
特に高級なお皿という訳では無いが、ただでさえ「お荷物」となっている私が、ロホアナが血反吐を吐きながら稼いで購入したお皿を割ってしまったのだ。
また「三人の家」での生活に直接的な損害を与えてしまったのである。
これは弁償とかそう言う類の問題では無い。
私自身の存在の問題なのだ。
私の頭の中で、先程のススとの会話がフラッシュバックされる。
***
「皿洗いデキマスカ?」
「もちろん出来ますとも!」
「ニミがやるとお皿を割らないか心配デス」
「大丈夫ですよ、いくら不器用な私でもそんな事はしませんって」
回想終わり。
***
大丈夫ですよ、いくら不器用な私でもそんな事はしませんって。
そんな事はしませんって。
そんな事はしませんって。
そんな事はしませんって……
「してんじゃねーか!!!」
私は乱暴な口調でつい叫んでしまう。
いかんいかん、冷静になれ。
冷静さを失い、自己の感情を制御出来ず、横暴になる事程愚かな事は無い。
それこそ取り返しがつかない事態になってしまう。
あんまり騒げば、ロホアナやススが来きてしまう可能性がある。
幸い、まだ二人には見つかってはようだし……上手くいけば……
「はっ!?」
私は自分の考えていた事に驚き、思わず声を上げてしまう。
私は自分のした失敗、過ちを二人に黙っていよう、隠蔽しようとしたのか?
……情けない。
***
「三人の家」にはいくつかのルールがある。
忘れてはいけない事だが、私達は三人とも、追われる身である。
私達がお互いを理解し、信頼し、助け合い、お互い秘密なく、お互い疑う事無く過ごす事が、この「三人の家」での生活の最低限の基礎である。
ロホアナは私達が「三人の家」に来る前にもルールをいくつか決めていたが、それは草案であり、明確な規則も拘束力も無く、あくまでお互いの信頼の上で成り立っていたものだ。
だから私はルールを破り、ロホアナ達をいつでも裏切る事が出来たのである。
それをしなかった私はロホアナの「調教」を受けた後というのもあるが。
それについてはまた後にするとして。
***
問題ば私が二人に「隠し事」をして、真実を隠蔽しようとした事が問題なのである。
私はまだ二人を騙そうという心が残っていたのは。
これは暗殺傭兵種族ファーゼのせいとかの話では無く、私の人間としての本質という事だろう。
私の人間としての根底にある本性はいくらロホアナの「調教」でも矯正する事が出来なかったかもしれない。
ぐちぐちと考えていても仕方ない。
とりあえず私は残りの皿洗いを済ませ(もちろん割らなかった)ススに頼まれていた仕事も全て済ませ、安心してこの問題に取り掛かれる状態にする。
「やはり正直に言うしかないですかね……」
ススにあれ程言われてまさか実行してしまうとは。
大丈夫、大丈夫と見栄を張った結果がこれである。
ススに何言われるか分からない。
私は、そんな中でも、信頼関係が崩れてしまうのを恐れていた。
ススに言ったら……せっかくの信頼関係が……?
「……言いますか」
結局言う事にした。
いつまでもくじくじしているのは私の性に合っていないし。
で、ススの部屋。
「すいません。お皿割っちゃいました」
「ハァ…………?」
ススは呆れて物も言えないと言った感じで、あんぐりしていた。
当然の反応である。
「ワタシがあれ程言ったのに割るトハ……フラグ回収早すぎデスヨ……フラグ回収のプロデスカ、アナタハ……」
「本当にすいません……」
「謝ったって、割れたお皿は帰って来まセンヨ」
ごもっともです。
「ハァ……とにかくロホアナ様が夜中にこっそり台所で盗み食いをして、床に散乱している皿の破片を踏んづけて、ケガをしないヨウニ、今すぐ掃除をしてクダサイ。お説教はそれからデス」
夜中に盗み食い……?
「掃除で残した破片でロホアナ様に怪我を負わせようモノなら、あなたを再度敵と再認識シマスからネ」
「はい、今すぐ掃除してきます!」
私はススの元から豪速球で台所に向かうと、事故現場の掃除を片隅にも残さず、行った。
これで台所の安全度は99%パーセントになった。
一安心である。
「あ、お説教を受けに行かないと……」
私は再びススの部屋に向かう。
「お説教を受けにきました」
「お説教を受ける人間が話す第一声がそれデスカ……全くニミは本当に駄目な人間デスヨ……私からすればただのお荷物なんデスゲドネ……」
「………」
「だけど、ロホアナ様はニミを頼りにしていマス。ニミの事を愛してくれてイタス。それを忘れないで下サイ。正直羨ましいデスヨ、ニミ」
「私を愛している……?」
私には「愛」というモノがよく分からなかった。
「愛」は男女の恋愛を指すモノかと思っていたが、違うのだろうか?
「『愛』にも色々な種類があるのデスヨ。お子ちゃまのニミには分からないデショウガ」
「ほう……ならススは大人だから『愛』について理解出来ると……?」
「ト、当然デス!私は『愛』についてみっちり教えて貰いましたからネ!」
私はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ
る。
今度私もススからみっちりと教えて貰うとしますか。
「愛」についてね。
「何デスか!その気色悪い笑みは!皿を割ったクセに生意気デス!」
「それを言われるとぐうの音も出ませんが……ですが、『皿洗い』と『愛』は別物です!」
「そりゃそうデスヨ。何言っているンデスカ……」
「ならば私は『愛』についてススからしっかり教わるべきですよね!?」
「『愛』デスカ……わかりました。今度しっかり教えマスヨ。約束シマス」
思ったより素直に受け入れてくれた。
約束までしてくれるとは一体「愛」とは何なんだろうか?
少し興味が湧いてきた。
「の、前に……大事な事をワスレテイマス」
「え……?」
「お説教のお時間デス」
「愛」の前にススからみっちりお説教を受けてしまった。
「三人の家」の夜が過ぎていく……
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