第6話 三人の家の夜
「痛いです……ヒリヒリします……痛すぎます」
「暗殺傭兵種族ファーゼ何だから少しはガマンしたらドウデスカ?暗殺傭兵種族ファーゼが聞いて呆れマス。暗殺傭兵種族ファーゼなら少しは我慢しなサイ」
ファーゼファーゼとうるさい毒舌暗黒光明猫だ。
こっちが苦しんでいるというのに。
しっかし痛い薬だなぁ。
傷が深いのもあるのだが、魔獣に噛まれた時と同じぐらいの痛みを受けていては、治療しているのかすら分からない。
「『良薬は口に苦し』とよく言うだろ?それと同じ理論だよ」
ロホアナがニヤニヤしながらやってくる。
「ニミの傷は相当酷いモノだからねぇ。受けた傷の痛みだけ、薬も強いモノじゃないといけないんだ。強い薬とはつまり『痛い薬』だ」
よく分からない理論だが、ロホアナが言うからにはそうなのだろうか?
「という事デス。理解しましたカ?ファーゼサン」
「私はニミです。毒舌暗黒光明猫ススは本当にしつこいですね、いい加減そのネタも飽きましたよ」
「だったらその『毒舌暗黒光明猫』って呼び方をやめたらドウデスカ?あと敵ファーゼに名前で呼ばれる筋合いはアリマセン」
私もいい加減腹が立ってきた。
ここまで言われて黙っている訳にも行かない。
「毒舌暗黒光明猫ススにファーゼと呼ばれる筋合いも有りませんけどね」
「まあまあ、二人とも仲良く仲良く」
「ロホアナ様!何度も言いますが、コイツはファーゼデス!ロホアナ様を殺そうとしたんデスヨ?」
「あの時はそうだったかもしれん。だが、今は事情が違うだろう?」
「……でも、それはロホアナ様がコイツに……」
「スス、お前だって出会った時は私に敵意を向けていたじゃないか」
「……」
ロホアナがススと出会った時の事を話すと、ススは途端に口を閉じてしまう。
私はロホアナとススが出会った時の事や、一緒に行動する経緯はあまり知らないが、ススの様子を見ている限り、あまり良い出会いでは無さそうであった。
けれども、ススのロホアナに対する忠誠心は本物だと私は思った。
ススは、本当の、本当にロホアナを慕っていた。
だから、私に対して敵意を向けるのであろう。
暗殺傭兵種族ファーゼである私を、ロホアナを殺そうとした私を。
私には実際に、ロホアナへの忠誠心があるかといえば、正直分からない。
私はロホアナに「調教」を受けている。
間違いなく、ロホアナの「調教」を受ける前の私は、ロホアナへの忠誠心どころか、ロホアナへ殺意しか向けていなかったであろう。
今の私はどうか?と問われれば、「分からない」としか言いようがない。
別に今現在私は、ロホアナやススを殺したいとかそういうのは、思ってはいないのだが……いや、ススは少しあるかも。
ともかく、今現在は特にロホアナに対して敵意など無い。
ススと同じく、私も「唯一の居場所」をくれたロホアナには感謝しているし、私もロホアナが好きだった。
だが、時々考えてしまう。
私がいま二人に向けている「感情」も所詮は、ロホアナの「調教」によって、無理矢理作られた虚偽の感情に過ぎないのでは無いかと。
そんな事は無いと自身を持って言えない自分が情けなかった。
私は私であり、私自身の行動の行先は私が決めていくのだから。
私を信じるしか無かった。
「この薬は、私とナグナ王国の名研究者が共同開発した『治療薬』だ。効果は抜群のはず……城の騎士達も愛用していて、一部の騎士達は、この『痛み』がクセになって、心地よいと感じている者もいるらしいぞ」
それはただのドMなんじゃ。
「まあ、ともかく今日は疲れただろう。傷は直ぐに癒えるから、ご飯入って、お風呂入って寝るんだ」
この状態でお風呂に入った時の痛みを私はついつい想像してしまう。
危ない危ない。
「では、ワタシが料理を作ってキマース」
ススがぴょんぴょんと調理場に向かう。
「私は地下室でもう少し研究をするよ」
「ロホアナ様、今日はもう休んだ方が良いのでは……?かなりお疲れの様ですし……」
ロホアナは最近はずっと研究に没頭しているようで、睡眠もあまりとっていない中での今日の騒動である。
私以上に相当疲れているはずなのだ。
「いや、大丈夫だ。もう少しで良いところまで行けるから……数日後にナグナ王国で合同研究会があるんだ。そこで良い結果を出せないと、生活費が稼げない」
「……」
生活費……やはりそうか。
「研究の質も結果もある程度の水準を超えないと……やはりお金は貰えないよ。皆必死だからな。向こう側が求めるハードルも大きくなっている。私も頑張らないと」
三人分の生活費をロホアナの研究で稼いでいるのだ。
ロホアナへの負担は大きくなる一方だ。
私も何か出来れば良いけど。
その一つが「魔獣の森」の魔獣狩りだったが、私一人では、それも厳しいかもしれない。
「それに……『迷いの森』とえっと……『小さな村』は何と言うんだっけ?」
「『イラルの村』です」
「そう、迷いの森とイラルの村についてもう少し調べようと思ってな。イラルの村の住民が、迷いの森に入ろうとしている以上、こちらも何らかの対策をしなくてはな」
「イラルの村なら、私が調査に行きましょうか?私なら村の住民の一人に顔を知られているので、次いでに村について調べれるはずです」
「そうか、本来はあまりイラルの村の住民と干渉するのは得策では無いが、仕方ない。頼むよ、ニミ」
「お任せ下さい!」
「だが傷がしっかり癒えてからにするんだ。イラルの村の連中も、今日の上位種の魔獣の事を知っただろうから、直ぐには来ないだろしな」
さて、とロホアナ。
「私は食事は後で良い。また引きこもり生活に戻るからススと仲良く二人で食べろよ」
「仲良く……ですか」
ロホアナが研究に忙しい時には、私とススは一緒に食事を取っている。
お互いに会話する事は殆ど無いけど。
「仲良くだよ。私達は”家族”なんだから」
「家族……?」
「あれ、違ったかな?まあいいや、じゃあ後は頼んだぞ」
「わかりました……」
ロホアナは地下室へと降りていった。
台所では、ススが鼻歌を歌いながら、楽しそうに料理をしている。
香ばしい何かの料理の匂いが鼻の中へ入ってくる。
私は何をしようか……
とりあえず、ススを手伝ってみるかな。
「スス、私に何か出来る事はありませんか?」
私は台所で調理をしているススに声を掛ける。
「毒でも盛るつもりデスカ?ファーゼさん」
一番最初にいう言葉がこれかよ。
「だから私はファーゼじゃなくてニミです。これはロホアナ様から貰った私の真の名前です。それに毒って……私がそんな事をすると思いますか?」
「オモイマス。あなたは暗殺傭兵種族ファーゼデス。何をするかワカリマセン」
そんなはっきりとな。
まあ、敵認定されてるし、どれだけ私が説明しても、分かり合えるとは思えないので、何も言わないけど。
しかし、ススのこの暗殺傭兵種族ファーゼの嫌い様は気になるな。
過去にやはり何かあったのかもしれない。
「デスガ……ニミ、その名前はロホアナ様から頂いたモノト。なら、私が別の名で呼ぶ訳にもイキマセンカ……」
ススは、魔獣の森の時もそうだったが、時々私の事をニミと名前で呼んでくれる。それはやはりロホアナから受け取った名前ということもあり、仕方なく呼んでいる面もあるだろう。
「おお、なら私の事をニミと呼んでくれるのですか!」
「そんな嬉しそうに言われてモ……まあ、仕方ないデスネ。ニミ、皿を二人分並べてクダサイ。ロホアナ様のは私が後で地下室に持ってイキマス」
「分かりました!」
私は二人分の皿を受け取ると、テーブルへ運ぶ。
台所では、ススが小さくこう呟いた。
「全く……子供みたいに単純デスヨ……」
***
ここでちょっとした余談だが、スス、私、ロホアナの中で一番年齢が高いのは誰か?と問われれば、見た目的にも言動的にもオーラ的にも、やはりロホアナと答えるのが普通だろう。
これは後にロホアナとススから聞いた事だが、年齢が高い順に並べるのならば、答えはこうだ。
スス、ロホアナ、私
この順である。
意外だっただろうか?
良く考えれば当然なのかも知れないが、ススは「光の種族」であり、人間では無い。
対して、私とロホアナはどこにでも居る普通の人間ヒューマンである。
正確に言えば、私は暗殺傭兵種族ファーゼの「肉体強化」受けている為、普通の人間か?と問われれば、語弊があるかもしれないが、一応人間ヒューマンという種族に属している点では、ロホアナと同じである。
種族によっては見た目も違えば能力も違うし、勿論思想も異なっている。
この世界でやはり力を持っているのは人間ヒューマンだとは思うが。
そして当然「寿命」も違う。
私やロホアナが死ぬ年齢を仮に50とするならば、ススはその数倍の年齢を生きる事が出来る。
私の年齢を16とし、ロホアナの年齢を25とする(これは便宜上設定した仮の年齢であって、清純な乙女の年齢を教える訳にはいかない、ごめんね)。
私が生まれた時を0歳とするならば、ススは25−16で、ロホアナの年齢は9歳である。
その時にススは既に数倍もの年齢を生きている事になる。
なので、見た目的に判断すれば、ロホアナが一番年齢が高そうに見えるのだが、実は種族的な面から見れば、一番年齢が高いのはススなのである。
後は、同じ人間ヒューマンという種族である私とロホアナを比べるのならば、先程の便宜上設定した年齢を使用すれば、私が16で、ロホアナが25ならば、私の方が年下。
そこで、もう一度年齢順に並べれば、
スス、ロホアナ、私
このような順番になるのである。
***
私は、ススに言われた通りに、テーブルに私とススの二人分のお皿を並べる。
後はフォークとナイフも。
「いい匂いですねぇ」
何の料理かはわからないが、とても良い匂いだ。
匂いだけでも満足出来そうなぐらいだ。
しかし、ススは本当に何でも出来るなぁ。
戦闘も強いし、知識もあるし、手先が器用で、料理まで出来る。
本当に万能な猫である。
何だか毒舌暗黒光明猫と呼ぶのはかなり失礼な気がしてきた。
ずばり、原点に帰って「万能光明猫」はどうだろうか?
私はあまり手先が器用という訳でも無い。
いつもロホアナの足枷になっているのではないかと考えていた。
ススは私の事をそう思っているのかも知れないが、今日の魔獣の森での出来事を考えれば、それも仕方ない。
なぜロホアナは私を連れて行く事にしたのだろう?
自身を殺そうとした人間を連れて行くなんて、普通では考えられないだろう。
一体なぜ……
聞くに聞けない疑問の一つである。
「ニミ、出来ましたよ」
台所からニミが素晴らしい料理を持ってきてくれる。
「今日はナグナ王国で安く野菜や肉を手に入れる事が出来ましたからネ。存分に食べると良いですヨ」
私とススは、夜ご飯を食べ始めた。
やはり、ススの料理は本当に美味しい。
涙が出そうなぐらい感動的な美味さだった。
夜の迷いの森で三人の家の明かりが静かに輝いていた。
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