第4話 我が家への帰路

「ロホアナ様、スス……」


 私はずっと望んでいた懐かしき二人の姿を眼光に焼き付ける。

 少し前に会ったばかりなのに、随分と時間が経ってしまったような錯覚を覚えてしまう。


「暗殺傭兵種族ファーゼの癖に涙を流すんデスカ?慈悲を一瞬も見せないと聞いていましたが…アレ?話が違いますネェ?」


「あなたのその毒舌っぷりを聞いて安心しましたよ、スス」


「おや、私の言葉で安心するとは……相変わらず変わってマスネ、ニミさん」


 暗殺傭兵種族ファーゼか。

 慈悲を一切見せず、どんな相手が対象でも、確実に葬る事を売り文句にしていたファーゼだが、私のロホアナ暗殺失敗によって、その売り文句は崩れてしまった。

 ファーゼは私の事を相当恨んでいるんだろうなぁ。


「それより、ニミ。その怪我は一体どうしたんだ?一体何があったんだ?」


 ロホアナが真剣な表情で聞いてくる。


「うーん…話すと長くなってしまうのですが……」


「ロホアナ様、とりあえず、『三人の家』まで戻りまショウ。ここはまだ『魔獣の森』の区域内デス、いつ魔獣に襲われてもおかしくありません」


「そうだな、ニミ、動けるか?」


「ええ、大丈夫です。動けます」


「よし、スス。先陣を切って、前方を警戒してくれ。私はニミを守りながら、後方を警戒する」


「ワカリマシタ」


 ススはロホアナの命を受けて、ぴょんぴょんと私達から離れて、前方へ移動する。



 私達は走りながら、「三人の家」を目指す。


「ロホアナ様、魔獣の気配します。警戒を」


 前方にいるススが、呼びかける。


「了解。ニミ、安心しろ。私が守る」


「こんな頼りになるロホアナ様初めてです」


「それは喜んで良いのか、今まで頼りにされてなかった事を悲しむべきなのか……」


「両方じゃ無いですかね?」


「うーん……腑に落ちないがまあいいや。それより『迷いの森』、いや『魔獣の森』で一体何が起こったのか、教えてくれ、ニミ」


「えっとですね……」


 私はロホアナに「魔獣の森」で魔獣狩りをしていたら、魔獣が見当たらなかった事、悲鳴を聞き、向かった先には「イラルの村」のガッツと言う男が倒れていて、そこには「上位種の魔獣」がいて、私は上位種の魔獣に怪我を負わされ、ガッツに助けて貰い、イラルの村が魔獣の大群の襲撃を受けた事、村の結界が破られた原因を探りに、イラルの村の人々が、「迷いの森」の調査をしようとしていて、ガッツと別れて、「三人の家」に戻る最中に、再び上位種の魔獣に襲撃された所を、ロホアナとススの二人に助けられた事を、話した。


「なるほど……ナグナ王国の連中も、『小さな村』の連中もいない迷いの森ならば、安全かと思ったが……そうか、結界を破る程の魔獣が現れたか……」


「三人の家にはススの結界が張ってある筈ですが、大丈夫でしょうか?」


「安心しろ、ススの結界はそんじょそころらの魔術師とは違う桁違いの魔力が込めてある。ススは『光の種族』で、『光魔法』を操れる。三人の家の周りには『光の結界』が張ってある」


「光の結界……?」


「言っただろう?ススの光魔法の力で作った光の結界は恐らくイラルの村の結界より強力だ、安心しろ」


「そうですか……ススは確かに強いとは思っていましたが、そんな凄い人だったんですね。見直しました。タダの『毒舌暗黒猫』かと思っていました」


「『毒舌暗黒猫』って……ニミも、ススに負けず劣らず口が悪いな……」


「いやぁ、流石に『毒舌暗黒猫スス』には負けますよ。しかし、『光の種族』とな、なら暗黒では失礼ですね。『毒舌光明猫』に改名しましょうか」


「グレードアップした……のか?」


 私とロホアナがそんな会話をしていると……


 ギュオオオオオ!!


「……来たか」


「来ましたね……」


 魔獣の甲高い叫び声が聞こえてくる。

 ススの言った通りであった。

 そう遠く無い距離である。


「前か……後ろか……」


 ギュオオオオオ!!!


 随分近くなって来た。


「どうやら魔獣の群れみたいですね。複数の魔獣の足音がします」


「凄いな……そんな聴力もあるのか」


「『毒舌光明猫ススには敵わないですが、暗殺傭兵種族フィーネに居た時に、『肉体強化』を受けましたからね、普通の人間よりは能力は優れているはずです」


「魔獣が群を成しているという事は、ニミが言っていた『上位種の魔獣』もいるという事か……」


「『上位種の魔獣』は魔獣の中でもリーダー的存在ですからね。魔獣を率いているみたいです」


「まあ、私はともかく、ススがいるから大丈夫だろう、ニミは私の後ろに隠れていろ、私もススには敵わないが、ある程度は戦える。今はゆっくり休め」


 休めと言われても、ススとロホアナが魔獣達と戦っている最中に、そんな事できるはずが無い。

 体調は最悪だが、やるしか無い。

 私は、ナイフを取り出す。

 やはり、激痛が走るものの、先程よりかは、マシになって来た。大丈夫、私も戦える。


「大丈夫か……ニミ?」


「大丈夫です。私も戦います」


「そうか、私をしっかり守ってくれよ!」


 おや、先程と言っている事が矛盾しているような……


 ギュオオオオオ!!!


「魔獣の悲鳴!?」


 私とロホアナは前方にいるススの方を見る。

 すると、ススは既に魔獣との戦闘を開始していた。

 どうやら魔獣の群れは私達では無く、前方を走っていたススを標的に選択したようである。

 ある意味、良かったというか。

 万全の体調で無い私と、ロホアナならスス一人の方が圧倒的な戦闘力を持っている。

 ススは先程のように、『光の刃』を無数に出現させ、ススの周りを囲んでいる魔獣を光の刃で貫いていく。

 殆どの魔獣は光の刃で息絶えたのだが、やはり一匹だけ生き残っている魔獣がいる

 やはり上位種の魔獣の様だ。


 上位種の魔獣は、大きな唸り声をあげ、ススを威嚇する。

 ススはこれに動じる事無く、『光の槍』を出現させると、ススに向かっていく上位種の魔獣を、光の槍で突き刺した。


 ギュオオオオオ!?!?


 上位種の魔獣が大きな悲鳴をあげる。

 光の槍に突き刺さり、身動きが取れなくなった上位種の魔獣は、自由を掴み取ろうと、もがくのだが、願い叶わず。

 ススは再び光の刃を出現させ、それらを全て光の槍に捕われた上位種の魔獣の体にぶち込んだ。

 無数の光の刃を浴びた上位種の魔獣は、そのまま動かなくなった。


「す、凄いですね……毒舌光明猫スス……」


「実力は本物だろ?何たって、光の種族だからなぁ」


「その光の種族って一体何ですか?」


「この世界には莫大な魔力を持つ種族がいくつか存在するんだ。彼らを世間一般では『魔族』と呼んでいる。光の種族は莫大な魔力を有する者達の一つという訳だ」


「なるほど……凄いですね……」


 その後私達は、何度か魔獣の襲撃を受けながらも、その殆どはススが引き受けてくれた為、難なく「魔獣の森」を抜ける事が出来た。


「ロホアナ様、『魔獣の森』の区域を抜けました。魔獣の気配も消失、まもなく、『三人の家』に到着しマス。もう安全デスヨ」


 前方にいたススが安全を知らせてくれる。

 ようやく、魔獣の森を抜ける事が出来たようだ。

 一先ず一安心か……


「スス、先に『三人の家』に行って、ニミの治療の準備をしてくれ。いくら『肉体強化』を受けているとはいえ、相手は『上位種の魔獣』だ。何か後遺症でも残っているかもしれない」


「ワタシは暗殺傭兵種族ファーゼが大嫌いで、暗殺傭兵種族ファーゼだったニミも嫌いデスが、ワタシが忠誠を誓ったロホアナ様の命である事と、『三人の家』に何か魔獣の病原菌を持ち込まれるのも嫌なので、ニミの為に治療の準備をシマス」


 そう言うと、ススはスピードを早めて、三人の家の方へ消えていった。


「本当に相変わらず口が上手い『毒舌光明猫スス』ですね。全く」


「あれでもニミの事を思って言っていると思うんだがな」


「ロホアナ様は人が良すぎですよ。ススが私をどう思ってるかなんて……」


 ロホアナには話していないが、ロホアナとススに出会ったばかりの頃、ススが私にある事を打ち明けた事があった。

 ススは暗殺傭兵部族ファーゼの事を知っていた。

 ファーゼの事を強く嫌っていた。

 そりゃ、暗殺が目的の組織に良い印象を持つはずも無く、全くその通りなのだが。

 私がファーゼ所属の傭兵である事が分かると、直ぐに私を殺そうとした。

 結果的にロホアナが私を信じてくれた為、私は生きれたのだが、今現在ススが私に向けている疑念は、あの頃から全く変わっていないと私は思っていた。

 ススは今も私を疑っている。

 ファーゼに所属していた過去がある以上、現在もファーゼの命令、即ち、ロホアナを殺す事を諦めていない、ロホアナを私が殺そうとしている可能性がある事を、ススは忘れていなかった。

 それに関しては、正直分からない。

 私の中でファーゼがどのような存在かも、ファーゼの意識がまだあるのかも、私がこれからどうすべきかも、私には何もわからなかった。


「ニミ、お前さっき『イラルの村の住民を助ける為に、魔獣の傷を負った』そう言ってたよな?」


「え?はい。ガッツという男を助けようとしたのですが、あっさり上位種の魔獣に負けてしまいました。彼がいなかったら私死んでましたよ」


「ニミが魔獣の森で、その男を助けなかったら、その男などうなっていた?」


「え…?そりゃ、魔獣が相手ですからね……恐らく死んでいたんじゃ…」


「つまり、ニミが助けに行ったおかけで、その男は助かったんだ」


「……」


「誰かを助ける為に、自分の命を賭けるなんて事……ファーゼだけじゃ無い、普通の人間にできる事じゃ無いだろう?」


「……誰かを助ける…」


「ニミはそれをやってのけたんだ。それだけで随分変わったよ。いや、成長したというべきかな」


「…成長……ですか」


 実際の所、私自身も分からなかった。

 なぜ、私がガッツを助けようと思ったのか。

 きっとそれはーーー



「ニミ、見えたぞ!私達の家、『三人の家』だ!」


 前方に森を切り開いた広場がみえてきた。

 広場の中心には、木造の小さな家が見えてくる。


 私達の「三人の家」にようやく帰る事ができた。


 ただいま、私の唯一の居場所。











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