第3話 別れて、走って走って…

「いやいや、お礼を言うのは僕の方です、ありがとございます」


 本来なら、私が男を助けに行った筈なのに、逆に助けられてしまうとは……情けない。



「それより、あなたは……その、この森で何をしていたんですか?見ての通り魔獣だらけの危険な森ですよ、ここ」


「いやいや、それはこちらのセリフですよ!迷いの森に入った僕も馬鹿ですが、こんな森でまさか助けが来るとは……しかも女の子が……」


「……確かに。私が迷いの森にいるのもおかしい話ですね」


 よく考えれば、そうであった。

 迷いの森は、ナグナ王国の連中も立ち入らない危険な森である。

 そもそもこの森に人間がいる事が自殺行為みないなものである。

 でも、それはこの男にも言えるのであって……


「僕はこの先のイラルの村に住んでいるガッツという者です」


 そうか、私達が「小さな村」と読んでいた村は、「イラルの村」と言う村だったのか。

にしてもこのガッツという男。

よく見たら、私とそう変わらない年齢ではないか。

まだ顔に若干の幼さはあるが、先程の剣捌きは大人顔負けだった。



ガッツという男改め、少年は話を続ける。


「最近村が魔獣の大群に襲撃されましてね……村には腕の強い者もいるので、大きな被害を出す事も無く、撃退する事が出来たんですが、村には魔獣から村を守る為の、『結界』がある筈なんです」


「結界が破られたと言う事ですか?」


「はい、以前から村は迷いの森からやって来る魔獣の襲撃に悩まされていたのですが、ある日村にひょっこり現れた魔術師の方が結界を張って下さったおかげで、魔獣は村に来れなくなった筈なんです」


「しかし、数日前に複数の魔獣が群れで村に侵入しましてね……中でも先程僕が倒した『リーダー格の魔獣』に苦戦しまして……」


 おそらく「上位種の魔獣」が結界を破ったのだろう。

 結界を破る程の力を持つ上位種の魔獣……恐ろしい。


「それで、魔獣が現れるようになった原因を探りに僕が迷いの森を探索していたんです」


「一人で……ですか?」


「はい……僕自身自分で言うのもアレなんですが、村の中ではかなり強い方だったので、『僕が魔獣について迷いの森で調査してくるよ!』なんて皆の前で宣言しちゃって……でその結果があの様ですよ」


 ガッツは少し気まずそうに話している。

 結界を破る魔獣……

 イラルの村に結界を張った魔術師の実力がどれ程のモノかは分からないが、ススが三人の家に張った結界は大丈夫だろうか?

 何にせよ、この「上位種の魔獣」が魔獣の森に現れた事、そしてイラルの村の住民が迷いの森を調査している事、この二つはロホアナに伝えた方がいいな。


「それで……あなたは?」


「ふぇ?」


「あなたはこの森で一体何を?」


 そっか。不意に聞かれてしまったので、変な声が出てしまった。

 男はイラルの村の魔獣問題の調査という理由があるから良いのだが、そもそも迷いの森に人が立ち入る事はナグナ王国が禁じており、そこに私がいる事自体がおかしいのである。

 ならば、どう言い訳するか……

 私が考えた答えは……


「実は私ナグナ王国で『ハンター』をやっているんですよ」


「ハンター…?魔物を狩る事を専門にする方々の事ですよね?」


「そうです。この迷いの森には魔獣が沢山いましてね……ハンター界隈では結構話題の場所なんですよ。魔獣は高く売れますからね。本当はダメなんですが、こっそり迷いの森に入って、魔獣狩りをしていたんです。逆に狩られそうになってしまいましたが」


「そうですか……あなたのその格好。やはりハンターだと思いましたよ。そうか魔獣狩りを」


 結構無理矢理だったが、何とか誤魔化せたようである。


「本当なら禁止されているので駄目なのかもしれませんが、魔獣を駆除してくれるのであれば、我々からすれば有難いですよ」


 ガッツは何とか納得してくれたようである。


「それより、お怪我は大丈夫ですか?かなり出血していますが……良かったら村で治療しましょうか?ここからならすぐなので」


 魔獣の森の奥まで来たとは思っていたが、イラルの村の近くまで来ていたらしい。

 だけど、「小さな村」改め、「イラルの村」の住民と接触する事は、「三人の家」を守る為にも、ロホアナから禁止されている。


「いえ、これぐらいの怪我なら日常茶飯事なので大丈夫です。私はプロハンターですから、治療薬も持ち合わせていますし」


「そうですか……ぜひ村でお礼をしようと思ったのですが……残念です。そうだ、あなたのお名前は?」


「名乗るほどの名前ではありませんよ」


「お礼をする為にもぜひお名前を!」


 うーん、仕方ない。

 考えるのも面倒だし、恐らく会う事も無いから本名でいっか。

 といっても「ニミ」という私の名前もロホアナから付けてもらった名前であって、私の本当の名前では無いのだけれでも。


「『ニミ』です」


「ニミさんですか!今度会ったら是非お礼をさせて下さい!イラルの村でお待ちしています」


「お気遣いありがとうございます。機会があれば是非…いてて…」


 我慢していたが、魔獣によって、両腕を怪我しているのだ。

 傭兵時代の『肉体強化』によって、血は既に止まっているが、怪我が消える訳では無い。

 急にまた強い痛みが戻ってきた。

 涙が出そうになる程の激痛を堪える。


「本当に大丈夫ですか……?」


「大丈夫です、本当に大丈夫ですから…」


「そうですか……それじゃあ、僕はイラルの村に戻ります。ではまた」


 ガッツはそう言うと、イラルの村の方へ去っていった。


「そうだ、ナイフ!すっかり忘れていました」


 私はナイフが落ちている木に向かい、痛みに耐えながらナイフを持ち上げて、腰のナイフ入れにしまう。

 このナイフ入れもナイフと同様、傭兵時代から愛用しているものである。


「私も帰らないと……しかし、『三人の家』まで耐えれますかね?」


 私は両腕をだらりとだらしなくぶら下げながら、よたよたと元の道を歩んで行く。

 魔獣の森のかなり深くまで来てしまっている。

 例の上位種の魔獣と出逢わなければ良いのだけれども。

 

 幸い、しばらくの間は魔獣とは遭遇しなかった。

 だが、魔獣が少ない根本的原因が分からない。

 先程ガッツが襲われていた時にも、ガッツを襲っていたのは上位種の魔獣を含んだ数匹である。

 魔獣の森に本来存在する筈の魔獣の数に比べれば、全然大した事がない数である。

 しかし、やはり魔獣の気配を全く感じない。

 私は、ガッツの話を思い出す。

 ガッツの話によれば、イラルの村が魔獣達に襲われた際には、『大群の魔獣』と話していた。

 つまり、ガッツが襲われた時の魔獣の数より多い魔獣の数が、イラルの村を襲撃したという。

 魔獣達は一体何処で何をしているのだろうか?


 私はそんな事を考えながら、歩んでいると不意に、


 ギュオオオオオ!!!


「っ!?」


 魔獣の叫び声が聞こえた。

 距離からすれば、現在地からそう遠くない位置だ。

 走って逃げるしかないか?

 腕に多少負荷はかかるかもしれないけど。

 しかし、あの上位種の魔獣だったらどうする?

 私のこの足で逃げ切れるか?

 対抗手段が無い私が、魔獣に勝つ事など出来るか?

 やはり、ガッツの提案に乗って、イラルの村へ行って治療して貰うべきだったのかもしれない。

 そうすれば……

 いや、後悔していても仕方がない。

 とにかく私は走った。

 走って、走って、走りまくった。

 持てる力全てを振り絞り、走る。

 生きる為に、生き抜く為に。

 生きて、またあの「三人の家」に辿り着くために。

 私はあの二人、ロホアナとススがあまり好きという訳では無かった。

 ロホアナに至っては本来なら暗殺すべき対象であって、ススが私に対して疑いの目を向け、信頼していない事にも気づいていたが、私にとっては三人の家しかもう居場所が無かった。


「会いたい……」


 私は小さくそう呟く。

 ロホアナ……スス……

 二人の顔が鮮明に浮かんでくる。

 今は二人に無性に会いたかった。

 会いたい、会いたい。会いたい!!


 生きないと。二人に会う為に、私は生きる!!


 ギュオオオオオ!!!


「来ましたか……」


 魔獣の声がどんどん近くなっている。

 あと数秒もすれば、私の眼前に現れるだろう。

 あの凶悪な瞳を私は忘れない。

 人を食い殺す事しか出来ないあの瞳。

 それに私は対抗しなくてはいけない。

 私は決意をしっかり固める。

 私はその場で足を止める。

 どうせ逃げきれない、ならここで迎え撃つ!

 私は、痛みに耐えながら、右手でナイフを取り出し、構える。


「はぁ…はぁ…相手になりますよ!クソ魔獣!!」


 ギュオオオオオ!!!


 来た!

 見えた!

 私の瞳の中にしっかりと魔獣の姿が映る。


「なっ…!?」


 一匹じゃなかった。想定外だった。

 終わった……いや、終わらない!

 このナイフであの獰猛な体に一発ぶち込んでやる!


「うおおおおおお!!」


 がむしゃらだった。

 必死だった。

 魔獣の攻撃を受け、体のあちこちを噛まれながらも、必死にナイフで奴らの体を引き裂いていく。

 ここで死んでも構わらない。

 いや、恐らく死ぬだろう。

 けれども悔いはない。

 私は二人に会う為に必死に戦った。

 それで良い。


 ギュオオオオオ!!


「上位種……こいつは…」


 私はナイフを振りかざし、上位種の屈強な体へ打ち込む。


 ギュオオオオオ!!


 やったか!?


「ぐっふぁっ!?」


 私の体は、魔獣によって空中に突き上げらる。

 私の体が宙にぶらんぶらんと浮く。

 それでも尚、魔獣は明確に私を食い殺そうと狙っている。


 ギュオオオオオ!!


 別の場所から魔獣の声が聞こえて来る。

 応援を呼ばれたか?

 それとも、獲物に引き寄せられたか。


 何にしても限界だ。

 終わりだ。

 まだこちらの魔獣も残っている。

 私にはもう対抗する手段など無い。


 私は目を瞑り、運命を受け入れようとする。


 ギュオオオオオ!?


「っ!?」


 今の魔獣の鳴き声……!

 先程の獲物を欲す声では無い……!

「悲鳴」だった。


 自身の生命を削られた悲痛の声。

 それが「悲鳴」だった。

 一体何が?


 私は目をしっかりと開け、魔獣達の様子を確認する。

 すると、私を襲った魔獣が倒れているのが見えた。


 ーーーこれは……!!


 すると、別の魔獣の体を何処からとも無く、放たれた「光の刃」が貫いた。


 ギュオオオオオ!!


 魔獣が再び悲痛な悲鳴を上げる。

 この光の刃は。


 無数に放たれた光の刃は次々と魔獣達の体を貫き、息の根を止めていく。


「無様な姿ですネ、ニミ」


 その独特の訛り、話し方をするのは一人しかいない。



「スス……」


 ケモ耳が特徴の少女はやれやれといった感じで、無表情でこちらを見つめている。

 先程の光の刃は、ススの放った「光魔法」だった。


「はぁ、はぁ、ちょっと早すぎるよスス……私は引きこもって運動不足って何度も……って?あれ!?ニミ!?魔獣?というか、その怪我、大丈夫か!?」


「大丈夫な訳ないでショウ、ロホアナ様、少し落ち着いてください」


 ススの後からよたよたと息切れしながらやって来たのは、ロホアナだった。


「ロホアナ様……」


「何をないているのデスカ?ニミ」


「えっ…?」


 私の目から大量の涙が流れているのに私は気づいた。

 涙は顔を伝い、地面を水で染めていく。


 ようやく、会えた。


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