第6話

 隣からテレビの音がかすかに漏れてきた。その雑音を消そうと、おもちゃのようなテレビをつけてみた。映像が映るだけの簡易な箱。音も悪い。薄い壁で仕切られたホテルの部屋に、下手に響き渡って不快極まりない。慌ててスイッチを切る。隣の宿泊者は、そんなことを思わないらしい。いつまでもかすかな不快音は続いていた。

 冷蔵庫の中には、何も入っていないことを初めて知った。ホテルを出れば、居酒屋もファミレスもコンビニも、すべての物が揃っている。冷蔵庫など必要ないのかもしれない。

 夫人が今まで宿泊していたホテルといえば、雑踏から遠く、車でしか行けないような森の中か、窓からオーシャンビューを眺めるような場所であることがほとんどであった。食事には必ずワインが付き、両手にナイフとフォーク、程よく時間が過ぎる。気分良く静かな部屋で眠りにつく。

 同じ地球で生きてきたのが不思議なほど世の中の一切を知らなかった。


 海外で購入した一流ブランドの小さなバッグを肩に掛け、部屋を出た。どこへ行こうとも決めていなかった。とりあえず、この空腹を満たそうとしただけであった。惨めである。

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サンダースの嘘 高田れとろ @retoroman

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