第2話

 間接照明にこだわった部屋は薄暗い。まるでモノクロ映画のぎこちない動きを見ているかのように、主人はバタリ、と椅子から崩れ落ちた。

 聞いたことのないような地を這ううめき声、主人の口のキャベツと、流れる血の臭いとが混じり、得体のしれない悪臭が鼻に侵入してきて、気持ちが悪くなった。

 夫人は、玄関にまとめてあった小さなショルダーバッグとスーツケースを前に、しばらく自身の足元を眺めた。レース素材でできた真っ白なスリッパに、真っ赤な点がいくつか付着していたのを見てると、慌ててその場でそれを脱ぎ捨てた。

 

 はち切れそうに鼓動する心臓が、これはフィクションではないと夫人の体に告げた。考えている時間はない。急いでスニーカーを履く。北側に配置された玄関は無駄に広く、いつもより増してひんやりとした空気に満ちていた。身震いがした。日常と変わらないその冷気にぞくっとしただけであった。

 全く実用的ではないバッグを肩に掛け、一泊用の小振りのスーツケースを手に玄関のノブをつかんだ。

 

「バイバイ、サンダース。」

 振り返った先の暗い視界に、焦点を合わせる事は出来なかった。どこを見るともなく黒い空間に声を掛け、夫人は外界へ出た。

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