第1話 妄想、垣根を越え出逢う秋



紅葉がその色彩を一層放つ一本道に

一人の少年が足を進める。

前方に見えている学舎からはまだ少し距離を

残したまま、青春と憂鬱の

混ざり合う鐘の音が鳴り響いた。


「あ、間に合わなかった」


マイペースな言葉と共に決してその足を

速めることはなく、少年は学舎へと向かう。

その後、教師から怒鳴られたという事実は

語るまでも無い。


彼の名前は要 千秋。

一年前、養親の母と父を共に亡くしてからは

身寄りの無い高校三年生として残った家に

独りで暮らしている。


暗い過去と孤独を背負ってはいるが

彼の心が曇り、塞ぎ込むことは無かった。


四時限目の数学を終え、昼休みを迎えた生徒らは

各々が消費した集中力と海馬を癒すべく移動を始める。


既に半分以上の生徒が居なくなっている教室内に

対し、依然として教本類を片付けようとしない

千秋に痺れを切らした友人が声をかけた。


「何やってんだよ千秋、食堂行かねーのか?」


千秋からの反応は無い。

机上に開かれたノートには一文字も書かれておらず

まっさらで、気付くどころか目と口を開けて

阿呆面を晒している。


「ああ駄目だこりゃ。こいつまた妄想の世界に入ってやがる、、」


中学時代から千秋を知る人物であれば誰もが

持ち得ているであろう知識が一つだけ存在する。


それは妄想だ。正真正銘、単なる性癖である。

彼が塞ぎ込むことの無かった理由もここにあった。


基本的に妄想中の彼にはこちらから

どんなアクションを起こしても、

彼なりにある程度の満足感を覚えなければ

戻ってくることは無い。

よって、友人は千秋を誘う事を早々に諦め

教室を出ていった。


________________


暗雲立ち込める空を舞う飛竜が

憤怒を纏った紅い焔を吐きつける。

鍛え抜かれた両足をどっしりと地に着け、

研ぎ澄まされた一本の剣を構えた一人の男が

雄叫びをあげながら見上げた先の飛竜へと駆けてゆく。


空中に勢いよく飛び上がった男は聖光を帯びた剣を

飛竜の首元に目掛け、一気に振りかざす。

対峙は一瞬にして結末を迎えた。

男が地面に着地してから間も無く、

切り離された飛竜の首と胴体もまた地面へと堕ちた。


「ふう、これで村の危機は救えたはずだ」


男は被っていた頑丈な兜と籠手こてを外し、

額に腕を当て汗を吹きながらそう呟いた。


________________


突然始まった王道ファンタジーの一幕だが

そう、まさしくこれが要千秋の『妄想』なのだ。


話は妄想の世界に回帰するが、

先ほど飛竜を見事討ち取った男の元に老人が駆け寄った。


「貴方様のお陰で私達の村が救われました。

本当に、本当に感謝しております」


「救世主様だあ!ありがとう!ありがとう、、!」


老人の背後では、大勢の村人がその後に続くように

男に向け、感謝の言葉を投げかける。


この時点で容易に予想できる妄想の内容ではあるが、

ここで彼にも予定していなかった一つの問題が生じた。


称賛を浴びせる村人達と讃え、崇められる男、

そして地面に横たわる飛竜の亡骸だけが現在千秋の妄想している物語の登場人物だった筈だったが、不自然な

一つの光がその情景をぼやかすように突然現れたのだ。


(何だ?あんな光、俺は妄想してな...)


千秋の意識はそこで本来あるべき教室へと戻った。


「何なんだよあの光、、 」


外との接触に普段全く気づくことの無い自分が

単なる光によって妄想を邪魔されたのかと思えば

その考えは千秋を苛んで落ち着かない。

しかしその懸念はある意味すぐに解決されることになる。


「あ、あの、、」


昼休みの最中さなか、残る者はそうそう居ない筈の

教室内で明らかに千秋のものでは無い声が響いた。

その声は怯えたようで、か細い。


当然誰も居ないと思っていた千秋は

肩をびくつかせつつ、その声に反応した。


「何でしょうか、、?」


「ここは、その、、どこですか?」


眩しい程に、否、若干の光を纏いつつ純白の服に

まるで紅葉をかたどったかのような茶色い髪を

垂らし床に座っている美少女は千秋にそう言った。


唐突に現れ、また唐突なその質問に

千秋は理解し難い感情を覚えたが、近々行われる

この学校の学祭でコスプレでもやるのかと

少々無理のある解釈をしつつ言葉を返した。


「ここは三年二組の教室だけど、君は転校生なのかな?」


「さんねんくみ、、きょーしつ、、てん、こーせい、、

ごめんなさい。会話はできる筈なのに聞いたことない言葉が混ざってるみたい、、ここはグリーゼじゃないの?」


立ち上がって未だ着席したままの千秋に少し近寄り、

再度質問する。その声色からは困惑と怯えが混じるも

邪念など感じられない真っ直ぐさが伝わってくる。


「いや、え、ちょっと待って、、本気で言ってるのか?」


「ええ、、この場所は私が知ってるグリーゼの

景色や言葉とは違うものばかりだもの、、」


「まじかよ、、いいか?ここは地球って星の

日本って場所だ。本当にわからないか?」


設定に凝ったコスプレイヤーなのかという

考えが一瞬頭に過ぎるも、あまりに真に迫る

その真っ直ぐさと美貌に惹かれた千秋は

一度深呼吸を挟むと、そう問いかけた。


「ちきゅう、にほん、、どうやら私は元いた場所とは別の

世界に来てしまったのかもしれないわ、、私がさっきまで居たのはグリーゼという星に存在するイメリスという王国なの」


「全く聞いたことない星と国名出てきちゃったよ、、

てことは君は異世界召喚でこの世界に来たのか?」


(おいおい、簡単に異世界召喚なんて言ってしまったけど

普段妄想に明け暮れてる俺ならわかってる筈だ、、

この現実世界にそんなファンタジーな展開が起きる訳無い!あ、それともあれか?俺はまだ妄想の中に居て、それに気づいてないとかいうオチなのか?!)


千秋はそう言い聞かせるように、また疑いの念を

持ち直すかのように思考しながら、先ほどの

深呼吸など意味を成さずに混乱していた。

そんな千秋の心情などつゆ知らず、彼女は

追い打ちをかけるように続ける。


「実は私、、王国の王女なの」


「ふぁ、、、?」


それはもはや千秋の質問に対する返答では無く、

予想などもっぱら不可能なこの会話でも更に頭ひとつ

飛び抜けた内容だった。


「あ、あの、、ごめんなさい。

さっきから事情を知らない貴方に突然こんなこと

話しても迷惑なだけよね、、」


動揺を隠し切れてはいないものの千秋は会話を続ける。


「迷惑とかそんなこと思ってないから!

王女である君が何故この世界に来たのか、その理由を教えてくれ。何かこうなった事情があるんだろ?」


千秋の気前の良さげな言葉を聞くなり

彼女は自分が狙われている事実、

そしてグリーゼという世界における、ある程度の

知識を話し始めた。


言うまでもなく、千秋はただ口を開けたまま

終始呆気にとられていた。


「ちょっと休憩挟んでもいいかな?

そろそろ俺の脳がパンクしそうだ、、」


「大丈夫ですか、、?」


そう言って覗き込んでくる美少女の顔に、

頬を赤らめながら机に突っ伏した千秋は

まるで顔面に強がりの文字を書いてみせているかの

ようで、慌ただしい。


「だ、大丈夫だから!それより、そんなにやばい状況なら

この世界に君のヴェスタル?て力で飛んでこれたのは不幸中の幸いだったんじゃないか?」


「そうだと良いのだけど、まさか他の世界に

飛んでしまうなんて思いもしてなかったから

混乱してるわ、、」


それもそうだな、と呟きながら

動揺の誤魔化しに伸びをした所で教室の外から生徒の声が近づいていることに気づく。


「てか、この子を見られたらなんて言えばいいんだ?!」


突然焦り始める千秋に対し、何が起こっているのか

理解できない彼女は口を開け動揺している。


「私が見つかったら不味いことでもあるの?」


とぼけたように言う彼女に

千秋は若干強めの言葉を返す。


「あるさ!君が異世界人なんて信じてくれる

人は早々いないんだから!と、とりあえずこの中に入ってて!」


「え?!ちょ、ちょっと!」


咄嗟に判断したとはいえ、掃除用具の入った

ロッカーの中に美少女を押し込んでしまう事に

少しの罪悪感を持ちながらも、千秋は有無を言わさず扉を閉めた。


(やべえ、、とりあえず隠したとしても

あの娘をこれからどうすればいいんだ?

異世界への帰り方があるならまだしも、何も

分かってないような雰囲気だったぞ、、?)


「よお千秋、お前まだ妄想してたのか?」


扉が開く音と共に、先ほど妄想中の千秋に

愛想を尽かし食堂に向かっていた友人は教室に

入ってくるなりそう言った。


(くそ、考えてても拉致があかない、、)


「なんだよ!お前まだ妄想してんのか!

腹減らねえのか?!なんだよ!」


状況は違ったが、友人の声はまたしても

千秋に届くことは無く泣きそうな声で席へと戻っていった。


昼休みの後、教室にはいつも通りに流れていく

時間といつも通りに過ごす生徒達、

そしていつも通りでは無い一人の男が居た。


千秋は掃除の時間、当然掃除用具を取りに来る

生徒からロッカーを身をていして守っていた。普段そんなことをする人間では無いことを

教室中の誰よりも千秋は分かっていたが、

彼はその身を休めること無く守った。


そして、その後の策など見つかるはずも無いまま

ようやく下校時間を迎える。


「もう誰も来ないはずだから出てきていいよ」


精神的にも、何故か体力的にも疲労している千秋は

椅子に座りながら言った。


古びた鉄の擦れる音と共に彼女はロッカーから

出てくるなり、千秋に向かい頭を下げた。


「私のために色々頑張ってくれてありがとう」


彼女から見れば、いや、傍から見ても千秋の

掃除時間での行動や言動は明らかに変人たるものだっただろう。

しかし、そんな千秋に頭を下げ礼を言った

目の前の王女に、千秋の涙腺は緩んだ。


「本物の魔法を見た訳じゃないし、君とは

名前も知らない出会ったばかりの関係だけど、

君が王女だってことは何故か素直に信じることが出来た。何ができるって訳でも無いけど、君の助けになりたいと思ってる。そんで、忘れてたけど俺の名前は要千秋!よろしくな!」


「本当に、、?この世界に来て初めて出会ったのが

あなたで良かった。私の名前はアリシア。イメリス王国の王女アリシア。よろしく」


微笑みながらそう返すアリシアの髪は

窓から指す夕陽によってより一層色を放ち

秋を思わせる紅葉のように綺麗だった。


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異 妄 汰 ル ! ts/n @kirito727

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