異 妄 汰 ル !
ts/n
プロローグ
冷えた風とちらほら舞う雪が
倒れた無数の屍達に降り積もっていく。
血で赤く染まった雪結晶がその色だけを
残し、ゆっくりと静かに溶けはじめる。
つい先程まで繰り広げられていた死闘を
その場の光景が全て物語っており、
残った物は冷えた風に揺れる両勢の旗と
血が混ざり合い白を汚し、もはや地獄と化した
雪原、そして無数に横たわる生命の抜け殻だった。
先程まで鳴り響いていた怒号が今も
身体の神経を怯えさせているのがわかる。
瓦礫の下だろうか、大きな怪我はないようだが
まるで身動きがとれない。
「私、確か爆発に巻き込まれて、、」
辛うじて差している陽の光は希望ではなく
残酷な現実を照らしているようで、
混乱から少しだけの冷静と記憶を取り戻すのと
同時に、その現実が恐怖に変わりじんわりと彼女を襲う。
どれだけの時が過ぎたかもわからないまま
鼓膜をひしめく人の叫び声と爆発音は
意識を取り戻すと止んでいた。
依然として身動きをとることが出来ない彼女の正体は、皮肉にもこの惨劇を生み出した国の王女だ。
彼女はこの世界に一国の王女として生まれ
皆に愛を注がれながら純粋無垢という言葉の通り
真っ直ぐに育った。そして将来の為、悪を疑うことも無くこの国の将来を想い勉学に励んできた彼女にとってこの悲劇はあまりにも心苦しいものだった。
この戦争の発端は、一部の臣達による謀反だ。
そして王家を失墜させることを目論んだ臣達の
真の目的は彼女の中に眠る女神の力だった。
遥か昔からこの世界の人々は
女神の加護を受けてきた。
類まれなる才能と清き心を持つ者だけが
女神と接触する事が可能とされており、
選ばれた人物はヴェスタルと呼ばれている。
ヴェスタルは100年に1度だけ現れる
奇跡の存在であり、加護の力を以て人々を癒し、
穢れた欲望を浄化する平和の象徴のようなものだ。
よって臣達は国民達に悪しき国王を投獄し
改革を起こすと偽りの宣言をし、王家を失墜させることでまだヴェスタルとしての最大の力を発揮することが出来ない彼女を自分達の思うままに利用しようと目論んでいた。
王家に変わらぬ誠意を持つ者達は言うまでもなく
これを阻止すべく、彼女とこの国を命懸けで守る為立ち上がった。
それ以降は語るまでも無く、傍からみれば
滑稽と嘲笑する者もどこかに居るかもしれない。
それほどまでに簡易で残酷な元同志達の殺し合いだった。
考えるにつれ、噛んだ唇に血が滲み出るほど
彼女の悔しさは積もり積もっていく。
「死にたくない、、死ねない、、
まだこんな所で死ぬ訳には、、」
自分のために犠牲になった多くの命がある。
毛頭考えたくはない現実だったが、事実。
もう取り戻せない命を無駄にする訳にはいかない。
その想いがどれだけ過ぎたか分からない時間の中で後悔と絶望を感じ、打ちひしがれていても尚、
ヴェスタルとしての自覚をもつ引き金となった。
そんな彼女の気持ちと重なるかのように
先程まで音沙汰のなかった瓦礫の外から
数人の足音と声がした。
「まったく貴様らは何を考えている。この戦争の目的は他のどれでもない、あの女の力だ。女が死ねば我らの計画は白紙も同然だと言った筈だが?」
「はっ!も、申し訳ありません!しかし、、まさかあの王女が子供を庇う為にこちらのイマージによる爆発に巻き込まれてしまうとは、、」
独特な低い声色から誰であるかは容易に推測できたが、同時に味方では無いことも彼女は察した。
(どうにか、、ここからでないと、、)
冷や汗が額をゆっくりとつたう。
思考することを焦燥に阻まれ、まとまらない。
外からは依然として憤怒の漂う会話と
彼女を捜索する音が共に聞こえてくる。
(集中するのよ、、見つかる前に、今ここで、
力を使わなきゃ、、)
徐々に近づいてくる音と、邪悪な気配が
身体の震えを思い出させる。
この世界で人間が使う物、
それはイマージという魔法である。
根源は想像の力であり、
量は違えど全ての人間に絶えず
流れる魔力を使役して発動する。
ヴェスタルの加護の力は
その想像の規模、威力、技術
全ての能力値を上昇させるというもの。
ヴェスタルに選ばれた彼女の
類まれなる才能は、幼い頃から
人並み外れた魔力であり、今まで
ヴェスタルとしての自覚が持てなかった
彼女は遂にその魔力を使うことを決心したのだ。
黄金色の光が、握りしめた拳から
徐々に彼女全体を纏っていく。
(とにかく、何処か遠くへ。
遠くを想像するのよ、、)
言い聞かせるように彼女は想像した。
周りの瓦礫は少しずつ揺れ始め、
灯りなど皆無であったこの狭い空間の
照度はみるみるうちに上がっていく。
「な、なんだ?!この光はまさか、、!!」
「あの女だ!あの女がヴェスタルの力を?!」
ざわつく元家臣達に幾許かの怒号が飛び交う。
彼女は動じること無く、最後の言葉を口にした。
「女神ウェスタ どうか私に加護の力を」
放たれたその言葉と同時に揺れは激しさを増し、
光に包み込まれた彼女は一瞬にして消えた。
目を瞑っていたせいか、視界が濁って
はっきりと景色が視えない。
それでも鳥の鳴く声、そして先程までとは
まるで逆の心地好い暖かさに、花のような
香りが彼女の五感に直接訴えかけているようだった。
ようやく慣れてきた目を少し擦りながら
辺りを見渡す。
「そんな、、何処なのここは、、」
目の前に広がったものは
彼女の想像など容易に凌駕するものだった。
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