第23話狸親父

 




 本日わたくしは一人で城へと向かっております。

 ディアは今現在一人でお留守番ですので少し寂しくもありますが今は話し相手もいますのでそれなりに楽しく道中を過ごしております。

 皇帝陛下よりとても仰々しい………ではなくて荘厳かつ実にきらびやかで悪目立ち………ではなくいい意味で、そういい意味で目立っておられる馬車と共に迎えの者が来られたのでこうして帝都に向かって馬車の旅をしているのですが、それももうすぐ終わりそうです。

 窓の外には白く輝く帝国一美しいとされる城が小さく遠くの方で見えてきましたのでこの旅も本日中には目的地へと到着するでしょう。


 そう思うと急に胃がキリキリとなってまいりました。


『そう心配しなくても大丈夫ようぅ。あなたの安全はダーリンからお願いされてるから何かあったときは全力で薙ぎ払ってあげるわぁ。守る対象が女性ってのがすこししゃくだけどぉ、貴女は私の命の恩人でもあるからねぇ』

「そっ、それも込みで心配なんですよエルザさん。何度も言いますけど過剰防衛はだめですからね。あと人を殺すのもです」

『過剰防衛は状況に応じてとしか言えないけどぉ、殺す事には私だって美学があるわよぉ。基本的には私利私欲に溺れた者しか殺さないわよぉ? だって欲が多ければ多いほど強ければ強いほど良い表情が見れるのよぉ?』


 エルザさんの言葉にわたくしは小さくため息を吐く。

 本当に大丈夫か別の意味で不安が増していくのであった。



 ◆



「シャルロッテ・ヨハンナ・ランゲージでございます。招集の命にてはせ参じました」

「うむ、長旅ご苦労であった。シャルロッテ・ヨハンナ・ランゲージ。表を上げよ」

「は、はいっ」

 

 左右には磨き上げられ白銀に輝く帝国近衛兵がわたくしの実家の面積よりも広いんじゃないかと思えるほどの広さの部屋、その端から端までずらりと並んでいる。


 部屋の真ん中には赤いじゅうたんが部屋の真ん中をまるで道のように敷かれ、それは部屋の奥、階段状になっておりその上には匠の技術がこれでもかと使われている事が分かる金と赤色で配色された椅子には御年70になる皇帝陛下が据わっており、その階段手間で絨毯は途切れている。

 そして今現在わたくしはその皇帝の前、絨毯の端に姿勢を正し方膝を立て神戸を垂れた状態で次の言葉を待っており、そしてほどなくして頭を上げる許可が出たのでそれにこたえる。



 拝啓お父様お母様、わたくしは今皇帝陛下の前で緊張により吐いてしまいそうです。

 もし吐いてしまった場合は恐らく死罪になると思われるので小さな頃良く登って遊んだあの大木の根元にわたくしの遺体を埋葬してください。

 あとディアには感謝の言葉を伝えて頂ければと思います。


「長旅の疲れも溜まっておろう」

「いえ、大丈夫でございます」

「そうかね。わしには顔色が優れていない様に見えるのだが、まあ良いであろう。しかしながら時として本人ですら自身の体調を見誤る場合もある。長旅をしてここまで来たのも事実であるため単刀直入に質問しよう」

「わたくしの体調を配慮された対応、感謝いたします」

「うむ。では問う。そなたは魔王とどのような関係であるか?今回はその者とここに来るように伝えていたはずなのだが、その者が見当たらないのだが」

「はい。連れてくるよりも実際に見て頂いた方が早いと思いまして誠に勝手ながらわたくしと、そしてこの魔族エルザと共に参りました」


 わたくしがエルザの事を言ううと両端の近衛兵だけではなく周りにいる貴族や大臣達から騒めきが広がる。


「騒々しい。………うむ、我が家臣たちが煩くしてすまなかった。してそのエルザという魔族はどこにおるのじゃ?」

「はい。この首に下げた瓶の中でございます」

『どうもぉー初めまして皇帝陛下さん』

「ほう、これは面妖な。エルザと言う魔族よ、よろしく頼む」

『はぁーい。何をよろしくなのか分からないけどとりあえずよろしくしとくわぁ』


「皇帝陛下に魔族如きが何という口の聞き方っ!!身の程を弁えろ!!」


 皇帝陛下の一声で騒々しかった周囲は静まり、エルザと会話を始めるのだがそれも長くは続くはずもなくエルザを罵倒する声が二人の会話を阻害し止める。

 声の出所へ目線を向けるとでっぷりとした男性が怒りからか肩で息をしながら怒りを隠す事もぜず尚もエルザへ唾を飛ばしながら罵倒を続けている。


「そもそも魔族如きが誰の許可を持って皇帝陛下へ発言しておられるのだっ!! 近衛兵も何をしておるっ!? ボケっと突っ立ってないでこの魔族を城へ入れたシャルロッテとかいう奴とこの無礼な魔族を捉えるのだっ!!」

「うるさいぞボルゾフっ!! エルザ殿は魔族であり我が国民では無い上にこの者の国と貿易をしている訳でも敵対しているわけでもないっ!! 我が帝国の庇護下に無い者まで奢り偉ぶりその権力のかさを無理強いする程我輩は落ちぶれてないわっ!!」

「すっ、すみません皇帝陛下っ!」


 そしてそのだらしのない身体を揺らしながら尚も罵倒し、遂には衛兵にわたくし達を近衛兵達を使い捕まえてようとするがそれを皇帝陛下の怒気が孕んだ言葉により止められ、納得いかないという表情をしつつも渋々と言った感じで口を閉じる。


「エルザ殿、そしてシャルロッテ殿、我が家臣による二度にわたる無礼、誠に申し訳ない」

『皇帝陛下、皇帝陛下』

「なんじゃ? エルザ殿」

『私、後ろめたい事とかやってはいけない事いわゆる悪事に手を染めている者を見分ける事が出来るんですのぉ。それもその悪事の種類や重さも分かるんですのぉ』

「ほう、それは面妖な………因みに今この場で悪事に手を染めている者はいるか我だけでも教えてくれぬか?」


 エルザの特殊な能力を聞き皇帝陛下の目の色が変わりほんの一瞬だけ獲物を狙う猛禽類の様な鋭さを帯びる。


『別に良いのですがぁ、流石にタダという訳にはいきませんわよぉ?』

「それも当然であろう。そうであるな、程度にもよるがその者が我が帝国の獅子心中の虫であるのならばそれ相応の事はお礼させて頂こう。そうだな………エルザ殿をこの帝国の在住権を与えるとか、どうですかな?」

『丁度御誂え向きの虫がいますわよぉ。皇帝陛下様、少し耳をお貸しくださいな』

「お、お待ち下さい皇帝陛下様っ!! この者は魔族で御座いますっ! まさか魔族の言葉を鵜呑みにするのでは御座いませんかっ!! それは危険、大変危険で御座いますええっ!! そこの魔族っ!! 他の者は騙せてもこの私を騙せると思うなよっ!! おいっ!! 近衛兵っ!! 早くこの魔族を捕らえよと先程から申しておるではないかっ!! 一体何をしておるっ!!」


 そして魔族の女性と人族の皇帝、二人の利害が一致したのか二人で話しが盛り上がって行く。

 そんな中先程叱責されたばかりの太った男性が顔を真っ青しながら皇帝陛下へ近づき唾を飛ばしながら「ブヒブヒ」と叫ぶ。


 そして魔族の女性と人族の皇帝陛下はその人の形をした豚をまるで獲物がかかったかの様な、背筋が凍る様な笑顔で見つめる。

 その表情に人の形をした豚は魔族と皇帝陛下のこのやり取りは獅子身中の虫をおびき寄せる為の撒き餌さであるとこの時気付くも最早遅すぎた。


「近衛兵よ、この豚を連れて行け」

「触るなっ!! この俺を誰だと思っているっ!! やめろっ!! やめろぉぉぉぉおおおっ!!」


 豚の叫びも虚しく近衛兵により引きずられる様に締め出され、バタンッという扉が閉まる音が玉座の間に響き渡る。


「さて、この豚はこの後たっぷりと調べさせて貰うとしてでは本題と行こう」


 そう言うと皇帝陛下は「んんっ!」と一度咳払いをしわたくしへと視線を向ける。

 その表情は先程までエルザと会話をしていた時に見せていた好々爺の様な表情ではなく一国を背負う人間の顔をしていた。


「シャルロッテ・ヨハンナ・ランゲージ」

「は、はいっ!!」

「魔族の王とやらをここに呼んではくれぬか?」

「わ、分かりました」


 そういうとわたくしはディアを召喚する。


 そこには皇帝陛下ですら見劣ってしまいそうな洗礼され、しかし威厳も備わっている黒を主として作られた衣服をまとい漆黒のツノ、同じく漆黒かつ力強さも伝わってくる翼、金色に輝く魔眼を持つありし日のディアの姿がそこにはあった。


「ふむ、貴様が皇帝陛下か?」


 ディアが一言喋るだけで恐怖が振り撒かれる。

 皆理解したのだ。

 この者には何をやっても勝てない。

 生物としての格が違う。

 この者により生かされているに過ぎない


 という事に。

 であるからして今でこそディアと分かっていれば恐る事は無いし寧ろ何故か胸の奥がキュンキュンしてしまうのだが、あの時わたくしが初対面で漏らした事は致し方ないだったと今この場に居る者達により証明されたであろう。

 流石に漏らしている者はいないのだが皇帝陛下がいるからこそ漏らさないだけでありもしこの場に皇帝陛下がいなければ皆のダムは決壊し大洪水であった事は間違いがない。


 あ、後ろに控えているメイドから「めっちゃカッコいいんですけど………」って声が聞こえて来ました。

 ディアの格好良さは外見は勿論だがその内面こそがイケメンであると知っているわたくしからすれば、外見の格好良さに見惚れている様ではまだまだとしか言いようがない。

 

「左様。我こそがこのグラリス帝国第八代皇帝ブルータス・ガイウス・マルクス・カエサルである」

「………ふむ、ふむ………っ」


 気のせいかディアの姿が必死に笑いを我慢している様に見える。

 小さな声で「カエサルなのかブルータスなのか、刺すのか刺されるのか、どっちだよっ」って聞こえて来た気がしたのだがきっと気のせいであろう。


「では俺も名乗るとしよう。我が名はディア・リガズ・インベイジョンである。一応この様な姿をしているのだが人族に敵対心など今のところ無いのでそこは宜しく頼む」

「うむ。そなたの名前は覚えたぞ。して、今は敵対心は無いとはどういう意味かな? 将来的には敵対する可能性もあると考えてもよろしいのかな?」

「そうですね、俺の大切な者に手を出さなければ敵対する事は無いと思うのだが、後はシャルロッテお嬢様次第と言った所だな」

「良かろう。ディア殿とシャルロッテ嬢、その身内交友関係には消して危害等加えないと誓おう。その代わりそなたも約束してくれぬか?この国の国民には手出ししないと」

「ふむ、まぁそちらからちょっかいを出さない限りは俺も極力善処しよう」


 そしてディアと皇帝殿下は笑顔で握手するのであった。






「もうっ! 善処しようってなんですか!? 善処って!?」

「ん? 言葉通りの意味だが?」

「そういう事を言ってるんじゃないんですっ!!」


 今現在ディアと皇帝陛下の顔見せも終わりお互い三十分ほど雑談し終え夜食も終え今日一日のスケジュールを終えた二人は与えられた、豪華すぎる上に広過ぎる寝室。

 わたくしはディアに詰問していた。

 もう今日一日中ディアが何か無礼な行いをしないかと気が気では無かったのである。

 特に皇帝殿下との最初の会話でディアが善処すると言った時なんかは本気で殺されるかと思ったものである。


「シャルロッテお嬢様、失礼ですがたぬきオヤジ、じゃなかった。皇帝陛下もなかなかのものだったぞ。あの回答には善処するって返し方がベストだと思ったから善処すると言ったのであって実際ベストだった」

「たっ、たぬきオヤジって……思っても口に出してはいけませんっ!! どこで誰が聞いているか分からないのですよっ!?」

「その場合は俺がお嬢様を全力で守ってやるさ」


 ズキューンっ!!


「………はっ!! ってそうじゃなくてですねっ! どこがベストかって聞いているのですわ

っ!?」


 あ、危なかったですわ。

 何故だか知りませんが一瞬魂が抜けたかの様な高揚感と共にディアに守って貰えるのならそれも良いかなーと思ってしまったわたくしが情けない。


「そうだな、あのたぬきじゃなくて皇帝陛下は『この国の国民』と言ったんだ。その意味がわかるか?」

「それはそのー、この国の皇帝陛下だからじゃないのですか?」

「そう、それで合ってる。で、この場合の『この国の国民』の言葉の意味は何だと思う?」

「最低でも国民は守りたかった……から?」

「まあそれもあるだろうが、この場合は戦争で味方として前線に出ろって意味だな。だから他国の国民は入れなかった」

「そ、そんな………あのクソたぬきオヤジめっ!! そう考えたらそうとも捉える事が出来ますわっ!!」


 ディアの説明でディアが善処すると言った意味が理解できた。

 あの時もしディアの主人であるわたくしに皇帝陛下が問いかけていたらと思うとゾッとするし、これが国のトップ同士の舌戦なのかと恐怖すら覚える。

 いくら口約束といえど少しでも回答を間違えば首に首輪を付けられかねない。

 もうあんな奴は皇帝陛下ではなくてクソたぬきオヤジで充分である。


「まあ、だからこそ皇帝陛下だろうし上が切れ者であり国民を思っているからこそこの帝国は他国に喰われる事も無く、また平和なんだろ?良い事じゃないか」

 

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