第20話無双

 そう言うと魔族の女性はつまらなそうに自分の爪を手入れし始める。

 その態度はまるで私を、いやこの国の人間を相手にしても爪の手入れをするくらいの余裕があると言っているかのようである。


「何で………何でこんな事をするんですかっ!?」


 そんな緊張感のかけらも見られない魔族の女性を見て思わずわたくしは叫んでしまう。

 今この瞬間にも命が奪われている人達がいるかもしれないのだ。

 だと言うのに奪う側にそんな態度をされれば、人間の命などより爪の手入れの方が大事だと言われているようで叫ばずにはいられなかった。


「何あんたいきなり、うるさいわねぇ」


 しかし魔族の女性はわたくしが何故ここまで感情的になるのか理解していないようでわたくしがいきなり叫んだ事を咎める。


「何でこんな事をするんですかって、そりゃぁ楽しいからに決まっているじゃない。人間ほど傲慢でわがままで自分勝手で醜くて強欲で残酷な生き物はいないから、特にそういったものが強い個体を探し出してじわじわと殺していくのよ。それらの感情が強ければ強いほど良い表情になるから辞められないのよ。こないだ殺した貴族なんか特に傑作だったわよっ。「俺にこんな事をすればどうなるか分かっているのかっ!!」ってこの私に怒鳴り散らして来たのよっ!?そんな彼が自分の立場に気づいた時、助からないと気づいた時、そして死ぬ時の表情は本当に良かったんだからぁ。彼が自分の立場が分かるまで爪の隙間に何度も針を刺しては回復魔術をかけてあげるのよ。そう、何度も何度も何度も何度も」

「………うっ!!うぇっ!!」


 そしてその後恍惚とその時の拷問内容を嬉々として、まるで自慢するかのように語り出すその姿を見てわたくしはその光景を想像してしまい思わず吐いてしまう。

 その姿を見た魔族の女性は「貴女にはそんな事はしないわよ、失礼ね。私にだってポリシーとプライドがあるわよ。ただただ拷問すれば良いなんて美しくもない」と的外れな事を言ってくる。


 殺された貴族は魔族の女性が言う事が本当ならば殺されても致し方ない存在なのかもしてない。

 だからといって嬲り殺して良い理由にはなり得ない。

 この国には法律があり、それそれによって裁かれるべきなのであるし、殺された貴族の方を含めて命は彼女の遊び道具などでは決して無いのである。


「貴女の話を聞き、良く分かりましたしお陰で貴女を倒す決心がつきました」


 この魔族の女性と出会い、話し合いで解決できるかもしれないと思っていたわたくしは考えを改める。


「ほう、でかい口叩くじゃない。そこまで言ううのならば私を楽しませてみなさいなっ!!」

「くっ【反射】!!」


 わたくしが自ら決心を口にする事で自らを鼓舞すると、件の魔族の女性はすぐさまわたくしの事を敵とみなし無詠唱で炎の魔術を放ってくる。

 まさか何の躊躇いもなく即死の魔術を放ってくるとは思わず、わたしは無様にも転がりながら文字魔術で【反射】と書き、その魔術を発動する。

 そして自らに対してこれは練習ではない、殺し合いであると言い聞かせ先ほどまでの平和ボケした思考を追いやる。


「へぇ、まさか私が見たこともない魔術を使うなんて………楽しくなりそうで安心したわぁ。ねぇ、その魔術は誰に教わったのか教えてくれないかしら?」


 そんな、今戦うという事だけで精いっぱいのわたくしと違い目の前の魔族はまるで珍しい動物を見たかの様な視線をわたくしに向け、先ほどの文字魔術をどうやって、そして誰から教わったのか聞いてくる。

 それはまるでわたくし等には絶対に負けないという自信の表れでもあるだろう。

 その事に気付いたわたくしは唯々唇を噛みしめ、悔しさを耐える。

 ここで怒りに身を任して行動するのは悪手であると共に、目の前の魔族が思っている事は間違いなく正しい事ぐらいわたくしは理解しているつもりである。

 それほどまでに経験という差は大きく、そしてこういう戦いにおいて重要な事の一つであるのだから。


「これを教えてくれたのはあなたと違ってとても心優しい魔王様から教わりました。今その魔王様はあなたの仲間である男性の魔族と戦っております。おそらく男性の魔族はほどなくして魔王様によって無力化されるでしょう」

「ふーん、嘘をついている感じじゃないわねぇ。私たちの魔王様以外に魔王がいるという事かしら………でもそんな話ここ数百年聞いた事など一度も無いですし………興味深いわね」


 嘘入っていない、しかし真実でないもない。

 ディアは間違いなく魔王様であると思われるのだが、このような者達の王であるはずがない。

 現に目の前の女性魔族はわたくしの言葉に首を傾げ困惑している様に伺える。

 それは即ちディア以外に魔王が存在しておりこの者達はそのディアではない魔王の命令によってここに訪れこの様な悲劇をばら撒いているのであろう。


 しかしわたくしもこの時間を何もせず相手が思考から帰ってくる間ただ待っているという程お人好しでもなければ、戦いにおいてこれ程の隙を棒に振る程実力が備わっている訳ではない。

 当然魔族が熟考している間わたくしは【身体強化】【自動回復】【俊敏上昇】【威力上昇】【回避向上】【魔力上昇】と次々にわたくし自身を強化する文字魔術を重ね掛けしていく。


「セット………【エレキ】!!」


 そしてわたくしは目の前で無防備に突っ立っている魔族へ向け愛銃を向けるとそのトリガーを引き雷を付与した弾丸を放つ。


「ちょっいきなり何するのよっ!!」

「ここは戦場です。集中力を欠いた者から死んでいく、そういった場所である事をお忘れではありませんか?」

「それもそうねっ!!本来は貴女の様な澄んだ目をする者はいたぶるのは好きではないのだけれど、今回は特別に貴女をいたぶりながら貴女のいう魔王様が何者なのか聞こうかしらねっ!!」


 しかしわたくしの放った銃弾は魔族の女性に軽く避けられてしまい、さらには彼女にやる気を出させてしまったみたいである。

 だからと言って簡単に負けるつもりなど初めから毛頭ない上にむしろ勝ってみせると次なる一手を打つべく行動に移す。


「何なのよもうっ、ちょこまかちょこまかとっ!!いきなり素早くなったのもその貴女が使っている魔術のお陰なんでしょう!?絶対捕まえて吐かせてやるわぁっ!!」


「く………っ!!」

「貴女、能力は高いから始めは驚いたし警戒もしたのだけれどぉ、こういった殺し合いの経験が無いでしょう?さらに言えば騙し合いの経験も無さそうねぇ。攻撃や行動が素直過ぎて折角の強力な魔術もこれじゃあ当たらないわよぉ?宝の持ち腐れなんじゃなくて?」


 強い。

 強すぎる。

 目の前の魔族の女性は無詠唱で、しかもそのどれもが強力な魔術を撃ってくる。

 いくら自分自身に身体強化しているとは言え無詠唱で次々と様々な属性の魔術を撃たれれば流石に避けるのが精一杯である。

 これでは詠唱中に聞こえるスペルからどの属性の魔術か判断して対抗色魔術にて圧倒するという戦法が取れない。

 魔族の女性の言う通り彼女とわたくしでは圧倒的に経験が足らな過ぎる。

 経験という物が戦闘においてこれ程までに重要であると頭では分かってはいたつもりではあったが実際に体験して嫌という程思い知らされる。

 それでもわたくしは後ろに見える街並み、そこに住む人々の事を思えば逃げるという選択肢は思い浮かばない。

 何故ならわたくしはディアから頂いた、守ることが出来る力を持っているのだから。


 そしてわたくしは自身に【無双】という文字魔術を付与させ、身体が動きたいように動ける様無心となる。

 するとわたくしは想像もつかないスピードで文字魔術を使い限界までわたくし自身に付与できる文字魔術を重ね掛けしていく。


「な、何なのよ……それ………っ!?」


 そのわたくしの姿を見た魔族の女性はまるで化け物を目の前にしたかの様な表情をしていた。


 ちなみにディアがこの姿をもし見ていたのなら【終末の天使・ラグエル】装備と叫びそのテンションは爆上がりしていたであろう。


「何なのよそれ何なのよそれ何なのよそれっ!!」


 シャルロッテがただ右腕を無造作に動かしただけで魔族の女性はとてつもない恐怖を感じ取り、様々な魔術を様々な属性でシャルロッテに向けて撃ち放つ。

 しかしそのどれもがまるで目障りな羽虫をはたき落とすかの動作でもって次々と無効化されていく。

 そして魔族の女性は逃げ回りながら何十、何百と魔術を放つがシャルロッテにより無効化されどこに逃げようともどこまでも追いかけて来る、その光景のより膨れ上がった恐怖により遂には戦意を喪失するのであった。


「甘いかもしれませんが殺さずに何とか封印する事に成功しましたわ………ぐぅぅっ!」


 何故か最後抵抗しなくなった魔族の女性を文字魔術【封印】により文字通り手に握られた小瓶の中へと封印する事に成功したのだが、文字魔【無双】のより酷使した身体は悲鳴を上げており全身が痛む。


「は、早くディアの所に行かないと………」


 身体中は少し動くだけでも未だ悲鳴を上げ、一歩も動けそうに無いし立っているだけでも正直なところキツイ。

 

 しかしそんな事は関係ないとディアがまだいるであろう闘技場へと一歩、また一歩と歩み始める。


「………貴女、痛みに耐えながら頑張って歩いているところこんな事を言うのも何だけどぉ………その背中の大層な翼は飾りなのかしらぁ?」

「………あ、貴女に言われるまでも無く知ってましたわ。あえて今は歩きたかった気分だっただけでそれ以外も以下もありませんわ。ですが、貴女がそこまで言うのであれば翼を使い飛んで行ってあげますわ。本当、魔族にすら優しいわたくしは女神か何かですわね」


 ええ、消して彼女に言われたか翼を使い飛んで行く訳ではないのである。

 当然まだわたくしの背中に翼が生えている事も知っておりましたし、それに本当に歩きたい気分だったのです。

 消して彼女に指摘されたから気づいたとかではないですからそこは勘違いをしていただくと困りますので注意していただきたい。

 そしてわたくしは背中に生えた立派な翼を駆使して上昇しディアがいる場所まで空を駆ける。


「あと、わたくしはシャルロッテという名前があるのです。貴女と呼ぶのは辞めていただきませんか?」

「あら奇遇ね。私もエルザって名前があるんだけど?」


 エルザと名乗る魔族が入った瓶に付いている紐を首に下げ、互い自分の名前を言い合ったりとそんな緊張感のカケラも無い会話をしながらディアがいるはずの闘技場へと到着する。


「へぇ、あんたの相棒は結構やるみたいね。あのヴルディをここまで追い詰めていたなんてね。人化する余裕が無く彼本来の姿である魔族でいるなんて。でも残念ね。あの姿になり本来の力を発揮できるヴルディを倒せる者なんて片手で足りるくらいしかいないわよ?」

「そ、そんな………ディアっ!?」


 エルザが何か誇らしげに語っているみたいであるが最早わたくしの耳にはエルザ何を言っているのか理解する事が出来ない。

 何故ならわたくしの視界には闘技場の壁に吹き飛ばされ激突した満身創痍のディアの姿が見えたからである。







 このヴルディとか言う魔族は戦いに慣れている。

 その事を感じ取るのにそう時間はかからなかった。

何故なら俺のスキルや魔術を正しい回避方法で回避し、しかも俺の視界外へと逃げる様に移動しているのである。

 この動きだけでも中級プレイヤーより少し上レベルの強さである事はまず間違いないだろう。

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