第17話ジャブを撃ちたい気分



 どうなるかと思っていた合宿も蓋を開ければマルメティアとペアを組み何とか合格を果たしたあの日から一週間、わたくしの学園生活において変わった事がある。


 それはわたくしへの嫌がらせがパタッと止まった事である。


 これに関しては恐らく魔法実演実習で魔銃を使用し、その威力を知らしめると同時にその魔銃はわたくしにしか扱う事が出来ないと言う事。


 今回の合宿で貴族の中で三組しかクリアした組みはおらず、その中にわたくし達が入っている事。


 殆どの貴族は中間地点に至る前にリタイアしており、また合宿の厳しさを身をもって体験しているからこそ合宿をクリアした事の凄さを理解出来、だからこそクリアできなかった自分との差を理解してしまうのであろう。



「シャルロッテ、きょ、今日の放課後もあなたの……その、あのですわ……えっと、その、あっ、あなたの部屋へ遊びに行っても良いですか?」

「良いですよ。特に来られて困る事も無ければ別段用事もありませんからね」

「そ、それでは本日もお邪魔させて頂きますわっ!!ですがべ、別にディアに会いに行く口実とかでは無いですわほっ!?そこはくれぐれも勘違いしないでくださいまし」

「分かってますわよ」



 そしてその最大の理由の一つにマルメティアとわたくしがあの合宿以降常に一緒に行動しており仲が良い事が一目で分かる程の仲になっている事であろう。


 以上の事からここ最近は以前んと考えられない程この学園生活は過ごしやすくなった事は紛れも無い事実である。


 勿論以前よりも敵意や憎悪、見下す様な感情を宿した視線は強くなったと感じ取れるのだが物理的に私へ何かされないというだけでもまったくと言っていいほどマシなのは確かである。



「しかし、今日はいつにも増してピリピリしてますね……」



 肌を指す様な緊張感が漂っていると言った方が良いのか、兎に角いつもにも増して息苦しいのは間違いない。


わたくしを睨んでくる方達の視線の様な太い針を指す感じとはまた違う、細い針を刺す様な雰囲気である。


 その違和感をマルメティアに問うてみたのだが、それを聞いたマルメティアが「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな表情をわたくしに向けて来た。



「何を言ってますのっ!?空気がピリピリするのも当たり前ですわよ!!今日が何の日か分かってないのは恐らくこの学園ではあなただけですわよっ!!」

「え?え?な、何なんですのっ!何かあるのですか?」

「今日からは学園内での序列を決める試合が始まるのですわよっ!!本当に知らなかったんですの!?」

「そ、そんな事言われてもわたくしは今までこういった行事とかけ離れた生活をしてたから仕方ないと思いますわ」



 マルメティアが今日から学園内序列選考試合である事を教えてくれ、この学園にはその様な行事もある事を思い出した。


 正直な話今の今まで思い出せなかったくらいこの学園内序列選考試合とは無縁の生活を過ごしてきたのだが思い出した事により一気に緊張感が高まって来る。


 今までは一回戦敗退であったし、誰が相手であろうと勝てる見込みが無い為意識していなかったのだが、ディアが作ってくれた魔銃と文字魔法を扱える事が出来るようになった今は最早別の話である。


 むしろここで一回戦負けなどしようものなら折角魔銃の扱いと文字魔法を親身になって教えてもらっているディアに申し訳なくてとてもじゃないが顔向けできない。


 そんな事を思ってしまうとわたくしの背中にとてつもないプレッシャーとしてのしかかってくる。



「ちょっと、大丈夫ですの?シャルロッテ」

「いや、現実を直視してしまい少し目眩がしただけですわ……」





「両者、前へっ!」



 あれから突然天変地異でも起きて延期にならないかなぁと願いを込め始めて3時間弱ほど、勿論天変地異など起こる事もなく雲ひとつない青空の下闘技場の中心へとわたくしは震える足で歩き出す。


 わたくしと対戦相手、恐らく制服の色から一個上であろう男性の方が中央へと来ると審判の方が丁寧に試合での反則などを説明していく。



「よ、よろしくお願いします」

「よろしく」



 全ての説明が終わり挨拶をするもの緊張で声がどもってしまい羞恥で顔を赤くする。

それに比べて対戦相手は緊張感なども感じられず、爽やかな笑みと共に挨拶をしてくる。


 確かに最近わたくしの話題が学園内で少しだけ噂になってきている様なのだがそれもここ最近の話であり年下、それも女性に負けるとは想像すらしておらず勝って当たり前と言った感じである。

「両者始めっ!!」


「火球!」



 審判の掛け声と共に対戦相手は炎の低級魔術である火球をわたくしへ撃ってくる。


 その火球をわたくしは不器用ながらも何とかといった感じで転がりながら避けると自分自身に銃口を向けて「能力上昇」の銃弾を撃ち込む。

 その瞬間対戦相手や審判、まばらにいる観戦者達が驚愕の声が聞こえてくる。



「ファイア!」



 しかしわたくしは周囲の変化に気付ける余裕も無く、何故対戦相手は急に動きを止めたのかわからないのだが千載一遇のチャンスである事は間違いないと一気に攻めに転じる。



「そこまでっ!!」



 その対戦相手は隙を突かれた形となり回避する事も出来ないままわたくしの攻撃を直撃。

ついでにのびた対戦相手と試合の終わりを告げる審判の声が響くのであった。





「おめでとうございますお嬢様、それにマルメティア様もおめでとうございます」

「あ、ありがとうディア」

「当然ですわっ!!」



 何故対戦相手が無防備になったのか結局分からなかったのだが何とか一勝を得ることができ、ほんの少しの自身を得て寮へと帰宅。


 それと同時にディアから祝福の言葉を貰い嬉しさのあまり笑顔を隠し切れない。


 別に隠すつもりは無いのだけれどもそれはそれで簡単な女だとも思われたくも無いというささやかな女心というものである。


 隣を見ると胸を張り高笑いをしだすマルメティアが見えるのだがその嬉しさ爆破といった感じの反応にこちらまでその嬉しさが伝染してしまいそうである。


 それはマルメティアも同じらしくお互いに手と手を取り合いキャッキャウフフと嬉しさを分かち合う。



「お二人とも本当に頑張りましたね。晩御飯が食べれなくなってはいけませんので少なめですが私からささやかながらお祝いと致しましてケーキをご用意させて頂きます」

「「ケーキッ!!」」

「チョコレートケーキです」

「チョコレートッ!!」」



 そしてディアが取り出すは正に黒い宝石を使用したケーキである。


 しかし、そのチョコレートケーキの大きさは横幅五センチと見るからに小さい。


「お二人が優勝すれば好きなだけ食べれますよ」



 そんな私達の気持ちを察したディアが優勝すれば好きなだけ食べれると口にする。



「そ、そうですわね。まだ一勝ですわ」

「まだまだ始まったばかりですものね。俄然やる気が出ると言うものです」



 しかしながらこのチョコレートという甘味は実に良いものであると言えよう。


 ほのかに苦く、それで甘い。


 そして苦くて甘いのに癖になる程美味しいのだ。


 実に不思議である。


 私が知っている苦い食材の中から甘味を混ぜたとしても美味しくなるどころか不味くなるであろう事が簡単に想像出来る。


 苦味と甘味、その真逆の味を神のレシピにより出来上がった奇跡の食べ物、それがチョコレートである。


 一口口に入れればわたくしの体温で溶け出し幸せをもたらしてくれる至極の一品なのは揺るぎない確定事項だ。



「苦くて甘くて美味しいですわぁ……」

「苦くて甘い物がそんなに珍しいのですか?シャルロッテお嬢様」

「むしろ今までそんな食べ物がこの世に存在する何て知らなかったくらい珍しい物だと思いますわ」

「わたくしマルメティアも主に漢方など苦い物を甘味を入れてマシにするくらいしか思い浮かばないですわね。そもそもそれも苦い物を甘味で誤魔化して苦味を誤魔化すだけで美味しいかと言われると美味しいものではないですわね」

「そんなにか……国が違えばとは言うが星も違うしな……ではシャルロッテお嬢様、マルメティアお嬢様、次の試合に勝ちましたらチョコレート以外で苦くて甘くて美味しい物を用意致しましょう。なのでお二人とも頑張ってくださいね」

「「………まだチョコレート以外にも苦くて甘くて美味しい物があるんですのっ!?」



 そんなわたくし達の話を聞くとディアは何かを閃いたのか悪戯を思い付いた様な表情でわたくし達に提案してくる。


 それと同時にチョコレート以外にも苦くて甘くて美味しい物がまだこの世にあると知って稲妻の様な衝撃がわたくしを頭の上から直撃する様な感覚にみまわれる。


 それは隣のマルメティアも同じだったらしく二人ゆっくりと目線を合わせた後弾かれた様にディアへと詰め寄り二人してその詳細を聞き出そうとする。



「そうですね、今言っても良いのですがお楽しみは次回まで取っておきましょう。お二人の勝利、期待してますよ」



 これはもう勝つ以外の選択肢はない。



 それから小一時間程三人で談笑するのだがシャルロッテは一つ気になる事がある。


 それはマルメティアのポジションが心なしかディアに近いという事である。


 これに関してはわたくしの単なる勘違いという線も無い訳ではないのだが、あのマルメティアが身内以外。


 それも異性である男性へこれほどまでに近づくのかと言われればその答えはノーであるとここ最近マルメティアと過ごして断言できる。


 その事でわたくしは以前マルメティアがくねくねと気持ちの悪い動きをしながら話してくれた思い人の事を思い出す。


 なぜ今までその可能性について考えなかったのかとのんきにディアに合わせてしまっているこの状況を作ってしまった過去の自分に一度問い詰めてやりたいぐらいである。



「マルメティアさんマルメティアさん」

「なんですの?シャルロッテ。今更かしこまった呼び方して」

「いえちょっと気になる事がございましてですね」

「なんですのよ一体。もったいぶらずにズバッと言いなさいな」

「分かりました。ズバッと言いますわ。マルメティアの好きなお方はディアですの?先程から妙にディアに近い気がするのですけど」



 そしてマルメティアがディアの事が好きだと確信はしているのだがとりあえずけん制の意味も込めてシャルロッテはマルメティアに対してジャブを打つ。


 それに、マルメティアの口から聞きたいという思いも無いと言えば嘘になる。


 その軽く出したジャブはマルメティアにクリーンヒットしたのか「あわあわ」と慌てふためき顔を真っ赤にしているではないか。


 ジャブでこのダメージである。


 マルメティアがディアの事を異性として好意を寄せている事はもはや疑う事なき真実であると確信して良いだろう。


 後は本人からその事について聞き出すだけである。



「そ、そそそ、そんなわけ無いですわよ?」



 そしてマルメティアから出た言葉は弱々しくうろたえまくっている事が、それがたとえ尋問のプロでなくとも、それこそまだ小さな子供であろうとすぐに理解できるである程のうろたえぶりである。



「声………上ずってますよ?」

「たっ、たまたまですわっ!」




 もうこれでもかというくらい顔を真っ赤に染め上げ、マルメティアの頭上からは白い湯気が立ち込め始める。


 その慌てふためくマルメティアの姿は普段凛とした姿からは想像もできない姿でありそのギャップがより一層マルメティアが可愛く見えてしまう。



「そうですの。信じますわ」



 その姿を見たくてまだジャブを打ちたい衝動に駆られるもその気持ちをぐっとこらえてこの話はここで打ち止めである。


 マルメティアがここまで動揺してしもだえる姿を見れただけでも大収穫であろう。


 であるならばこれ以上は無意味ないたぶりになってしまう為自重するべきである。

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