第15話気にならないわけがない

 それを言葉で表すと言うならば年相応に恋する乙女という言葉がしっくり来るであろう。


 当の本人はスカートを握りしめたままモジモジとし始めているのだから恋する乙女の頭に「うぶ」という言葉まで追加される。



「お、おぉ…久しぶりですね……えっと、」

「マルメティアですわ」

「あぁ、マルメティアさん」

「は、ハイッ!……いえ、きゅ、急に大きな声を上げてしまい申し訳ございませんわ」



 なんでしょう。


 このそこはかとなく甘酸っぱい雰囲気を感じてしまう空間は。


 この感じたことのない甘酸っぱい雰囲気にわたくしの勘が危険だと警告して来るのですが、何故危険なのか今一理解出来ない。


 しかし、理屈ではなく今の二人の雰囲気は危険だと本能が強く訴えかけて来る。



「ディアッ!お腹減った!」

「すみませんマルメティア様。お嬢様が空腹の様ですので少し失礼させて頂きます」

「なっ!?えっ!?シャルロッテが……ディア様の主人……」



 この時のマルメティアの反応を見たシャルロッテは理解した。


 他人からすればディアの前でモジモジしているところで気付けよと思う方もいるかもしれないのだが、兎に角シャルロッテは気付いたのである。


 マルメティアもディアが好きなのだと。


 この瞬間マルメティアの本能は今日一番の警告をして来るのだが、そんな事よりもこの三日間寝食を共に過ごし、初めて出来た友達……恐らく……多分……願わくば友達だと思っているマルメティアが自分と同じ殿方に好意を寄せているのである。


 この、数多存在する異性の中からである。


 それはなんだか嬉しい事く思ってしまう。



「ま、マルメティアも良ければ一緒にどうかしら。もちろんマルメティアが良ければだけれど……」



 だからだろう。


 気が付けば警告など初めから無かったかの如くごく自然にマルメティアを食事に誘っている自分がいた。



「も、もちろん頂きますわっ!!よくパパ……お父様から持つべきものは金ではなく友だと口すっぱく聞かされていたのですけれど今日それがやっと理解出来ましたわっ!!お父様の言う通り持つべきものは友達でしたわ!!」

「友達……そ、そうですよ!!友達ですよねっ!!」

「そ、それでどこで軽食を取るのですの?少し見渡してもテーブルや料理など見当たらないですわよ?」

「そ、それは…」

「それでしたら私が既にご用意させて頂いております」



 軽食に関してはただディアとマルメティアの間に醸し出されていた甘酸っぱい雰囲気をどうにかしなければという危機感から来る焦りのせいで何も考えず「お腹が空いた」と言ってしまっただけである。


 正直今わたくし達がいるこの場所が何処であるかなど少しも考えていなかった事にマルメティアの当然の疑問により思い出してしまう。


 しかしながらマルメティアを誘ってしまった手前今更ながらやっぱり無理でしたとは言いたくないと我儘を思ってしまう。


 なんだかんだでマルメティアの事である。


 今ここでわたくしが正直に話謝れば何のお咎めも無く許してくれると、この合宿で感じ取ったマルメティアの人となりから予測できるのだが、それを小さなプライドが一瞬の躊躇を生んでしまい口詰まってしまう。


 そんなわたくしの一挙手一投足から全てを理解したのかディアが既に準備万端であると執事然とした挙動で助けてくれる。


 そしてディアは何も無い空間からテーブルと食器、そして美味しそうな見たことも無い料理の数々を、まるで夢か幻術かの様に次々と出していく。



「お口に合えば良いのですが……」



 そう言ってディアが出してくれた料理もといデザートの数々は小さな四角形の形をした茶色い物、白いふわふわした物、フルーツらしき物が乗っている物、そのどれもがキラキラと輝きまるで宝石みたいである。


 しかし、それら見るからに高級そうなデザートの数々にわたくしは肝が冷える思いで見つめてしまう。



 こ、この一式と食べ物だけで一体幾らするのかしら?そしてそのお金はどうしたのかしら。



 つまるところ貧乏故の考えというのは百も承知ではあるのだが、ディアの主人は自分なのである。


 気にならない訳が無い。



「……ディ、ディア……これどうしたの?」

「こちらのテーブルや食器、食べ物は私の能力の一つ……そうですね、スキルや魔術で作られた物だと思って頂ければ良いかと」



 ディアはそう言うと「では頂きましょうか」と椅子を引きわたくしとマルメティアをエスコートする。



「ついでに良い機会ですので今ついでにお嬢様にお伝えしておきますね」



 そしてディアは先程のテーブルやデザートと同じ様に何も無い空間からメイドを二十人程を連れてきた。


 しかもその二十人全てがとんでも無く美しく、佇まいだけで彼女達がメイドの中でも高貴の者に仕える程のメイド達である事が見て取れる。



「はじめましてシャルロッテ様。私達はディア様専属のメイド、即ちディア様のご主人様であるシャルロッテ様のメイドでもあります。以後お見知り置きを」

「よ、よよよ、よろしくおねがい致しままままますわっ!」



 もうカミカミである。


 最近忘れがちではあったがディアは魔族の王族又は大貴族である事を今更ながら思い出した。


 もちろんだからと言ってディアが恐ろしい魔族じゃない事は理解している。


 だがしかしそれはそれこれはこれである。


 いざ目の前でディアがとんでもなく偉い人であるという証拠を突き付けられどうしようもなく緊張してしまうのは仕方ない事であろう。



「お、おっいしいぃぃぃぃいいいですわぁぁぁぁあああっ!!」



 そんなわたくしの緊張感など関係ないと言わんばかりにマルメティアが叫ぶ。


 なんでこのマルメティアはこうも緊張感無くバクバクと目の前の宝石達を食べれるのだろうか。


 これが貴族と貧乏貴族との差だとでも言うのか。


 こちとらメイド達という第三者から見られている状況で貴族としての恥ずかしくない立ち振る舞いが出来るのかどうかという段階でしどろもどろだというのにである。


 いや、一度冷静になろう。


 良く良く考えたらわたくしがディアのご主人様なのである。


 ディアのご主人様なのである。


 そう思えば思うほど寧ろ逆にプレッシャーが増していく。


 ディアのご主人様然とした恥ずかしくない作法をちゃんと出来ているかどうか、わたくしの一挙手一投足をディアのメイド達に見られ見定められると思えば思うほど雁字搦めに陥り動けなくなって行く。



「まったく、何固くなっているのですかお嬢様。そこまで緊張しなくとも誰もお嬢様を咎めやしませんよ。お嬢様はお嬢様らしく普段通り振る舞えば良いのです」

「そ、そうは言われても緊張するものは緊張するというものですわ。ましてやディアがとんでもなく偉い人であると疑いようの無い証拠を見せ付けられたこの状況にディアのご主人様であるわたくしがディアに見合うご主人様であると……むぐっ、なっ、何をするのですかディ…ア………お、おーいーしーいーですわぁぁぁああああっ!!」



 わたくしの今の気持ちをディアに縋る様に吐露している途中だというのにディアときたらわたくしの話を聞くどころか、目の前の宝石をわたくしの口の中へ突っ込んで来る。


 その行為に対し文句を言ってやろうとした瞬間である。


 わたくしの口の中に幸せが広がり思わずマルメティアの様にはしたなくも叫んでしまう。


 わたくしのその姿にディアは「味皇ですかね」と聞こえて来たのだが味皇が何なのか分からない。


 味皇が何なのか気にならないと言えばうそになってしまうのだが、寧ろ今はマルメティアにより次々と無くなって行く宝石達を、これ以上彼女に食べられてしまう前にまだ見ぬ幸せを味合わなければというわたくしの宿命の方が大切である。



「女の子二人で三日間、大変だったに違いないですからね。良く頑張りました」



 ディアのその声にわたくしもマルメティアも、いくら目の前の宝石に夢中であると言えどしっかりと聞いていた。


 その言葉はわたくし達の、この三日間何だかんだで強がっていたわたくし達の心に突き刺さりディアの前では泣かないと思っていたにも関わらず涙が溢れ出して来る。


 しかしながら宝石達を食べないという選択肢はない為わたくしもマルメティアもリスの様にはしたなくも頬を膨らませているのだが、それに関してはこの宝石達を出したディアが絶対的に悪い。


 その為わたくしの行儀が悪いのでは無く、こんな食べ物を出したディアが悪い。


 そう、ディアが悪いのでありわたくしは行儀が悪いわけではないのですわ。


 そうしてわたくしの幸せな時間は流れて行く。






「帝国の連中はあいも変わらず平和ボケしてやがる」

「別に良いんじゃないの?寧ろそっちの方がこちらとしては都合のいい事じゃなくて?」



 魔族軍にて七魔族の一人であるヴルディ・ウールは心底ガッカリした様に呟くも帝国が平和ボケしているのならばそれにこしたことは無いであろうと私は思う。


 そんな私の言葉にヴルディは深く長いため息を吐く。



「エルザ、お前って奴は本当に魔族かどうか本気で審問にかけたくなる事を言うよな?いいか?平和ボケしているって事はそれだけで強者が出る割合が低くなり、更にそれだけじゃなく強者の質も落ちやがる。これじゃ自分が強いと揺るがない奴の心を踏み砕く楽しみが少なくなっちまうじゃねぇかよ」

「何馬鹿な事を言っているのよ。何事にも簡単な方が良いじゃない」

「分かってねぇな。強い奴と戦っている時こそが至高の喜び、生きていると実感出来る瞬間じゃねぇか」

「貴方は魔族の事よりも強者と戦う方が大事だとでも言いたいの?」

「頭が悪い奴だなお前は。先程からそう言ってんじゃねぇーか」

「あーはい、そうですか。分かりました」



 貴方が馬鹿だという事は。


 ヴルディの奴は脳筋であるとは思ってはいたが新たに低知能であると心のメモ帳にメモをしながら溜息を一つ吐く。


 脳筋であり低知能という奴らは扱い易い利点はあるが融通が利かず更に勝手に突っ走るデメリットがある為、これから帝国を攻めようとする魔将の一人であるという事に頭を抱えそうになる。


 いくら緻密な作戦を練ろうとこういう馬鹿一人……一匹のせいで全てが御破算になってしまう可能性があるのだ。


 その事を考えるとメリットよりもデメリットの方が余りにも大き過ぎる。


 溜息の一つぐらい吐きたくなるというものである。



「何だ?その目は。殺されたいのか?エルザ」

「ハイハイごめんなさいね。謝るからその握り拳を下げなさいな」



 馬鹿の対処法は相手にしない、同じ土俵に上がらない、である。


 でないと損をするのは自分だけなのは言うまでもない。


 同じ土俵に上がる時は徹底的に潰す時だけである。



「チッ……分かれば良いんだよ分かれば。そんな事よりも、お前先程からずっと弱者と遊んでるみたいだが弱い奴を相手にして楽しいのか?」

「は?あんたの脳筋的低知能思考回路では理解出来ない事よ。弱者の全て、命すら自分の掌の上だという優越感。痛みを与えた時の甘美なる響き。希望を手放した時の美しい表情。そのどれもが美しいじゃない。まあ、子供以下の知能しかない貴方には理解出来ない事なのは確かね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る