第14話初めて感じました

その光景に信じれられないという表情と魔王ルックスやここでの数々の軌跡にこれもまた現実ではないのかという表情、二つの相反する表情が合わさった表情を彼女達はみな器用に表現していた。


 片腕だった者、片目だった者、指が無かった者、両足が無かった者、耳が無かった者、両目が無かった者、病気により湿疹が目立っていた物、また欠損や病にかかっていなくともそのやせ細った身体が健康そのものな肉体へと一瞬にして変わり、それと共に彼女たちの失った物を取り戻してゆく。


 それを確かめるために彼女たちは自分の身体を、仲間の身体を割れ物を扱うかの如く、まるで触ると夢が覚めてしまうのではないかという様に慎重に、しかしそれでいて真実であることを確かめる様に念入りに触って確かめていく。


 そしてこの軌跡が徐々に夢ではなく現実であると理解していくにつれ彼女たちの表情は晴れやかになっていき、最後には全員感情を抑えきれず大人も子供も関係なく声を上げて泣き出し始める。


 そしてある程度落ち着き始めた頃、件のまとめ役の様な女性が目を真っ赤に腫らした顔を恥ずかしさで隠しながら俺の前へおずおずと出て来る。


 しかしその足取りは数時間前と違い力強さがあった。



「ご主人様、私たちはご主人様の奴隷であることを今ここで誓います」

「「誓います」」



 それは彼女たちの心からの宣言であり、そして決意でもある。


 相応しいご主人様であること、そして自分が奴隷である事を認める誓い、それは彼女達に与えられた最後の自由であり、矛であり盾でもある「購入したものを主人であることを認めない」という彼女達のご主人様を見定めするという武器でもある。


 そして彼女たちの首には奴隷である証、魔法により決して壊れることも切れることも無い黒い革制の首輪がいつの間にかまかれていた。


「そんなかしこまらなくても良いが、それはおいおい言っていくとしてまずはご飯にしようか。俺の所のご飯はこの国の一番偉い者が食べる食事より美味いぞ。なんだって俺の世界の食べ物だからな。存分に期待するがいい」

「「は、はいっ!!」」



 そんな彼女たちの行動にディアは一瞬たじろぎ反応に困ってしまうがここで彼女たちの、今のところ「出来るご主人様像、すごいご主人様像」を崩したくなかった為とっさに食事へと話をすり替える事に成功し何とか胸を撫でおろす。


 そしてそんな彼女達を、気付かれないように視線を向ける。

 確かに皆美人ではないし可愛いとも言い難い。

 しかし、化粧映えしそうな顔立ちをしていることに気づきこれは化けるなと失礼な事を考えていた。



「さあ、食事にしよう」



 彼女達を引き連れ食堂へと案内をする。


 そこには四人用のテーブルが十脚あり、すべて二列奇麗に並べられ純白のテーブルクロスを敷かれている。


 その席に彼女たちは座るでもなくおずおずと佇むだけで一向に座ろうとしないためディアが座るように催促し、おっかなびっくりといった感じで思い思いの席へ座り始める。



「では食事にしよう」



 彼女たちが全員座り終えた所を確認してからディアはアイコンを開くと自分を含めた食事をタップし、人数分の食事を一瞬にして作り出す。


 その食事を前にして彼女達は「わぁ」と声を上げ、目を輝かせながらも早く食べたいという衝動を必死に抑えているのが見て取れる。



「今日の食事は脂っこい物などは避けるべきではないかとは思ったものの今の君たちは俺の魔術で回復しているだろうという事と、初めての食事という事でオーソドックスではあるが煮込みハンバーグとパン、そしてコンソメスープにしてみた。デザートも後で出すつもりだから楽しみにしとけよ? では、いただきます」



 ディアの許可を得た彼女達は待ってましたとばかりに一気に食事にありつき始める。


 中には、ディアの前でそんなはしたない事は出来ないと食欲よりも恥じらいが勝っていた者も何人かは居たのだが、その者達は初めこそ上品に食べていたのだが三口目には早く食べたいもっと食べたいという欲求に見事に負けてしまい最終的には全員食欲に負けてディアにより作りだされた食事を物凄いスピードで平らげてしまった。


 そのことは一応想定内だったディアは全員にもう一人前の食事を作り出すと、それもまたぺろりと平らげてしまったのは少し驚いたのだが流石に三人前ともなると健康としてどうなのだと思い流石に次は出さなかったものの食後のコーヒーは出してやることにした。


 もちろんコーヒーなど飲んだことが無いであろう彼女達はコーヒーの苦みは慣れていないという事も考慮し角砂糖とミルクもセットである。


 そして食後のコーヒーを自分好みに味を変えて堪能し始めた頃、食後のデザートとしてバニラアイスを作り出す。


 彼女達がそれら全てに舌鼓を打ち堪能し終えた頃、ようやくディアもハンバーグとパンを食べ終え、彼女たちはこの、ディアからしても美味しいと思えるレベルの食事に喜んでくれただろうと思っていると鼻をすする音がそこかしこから聞こえて来る。


 そしてその鼻をすする音は次第に鳴き声へと変わっていく。



「美味しいって、初めて感じましたっ!!」



 そんな状態の中小学生高学年程の少女が意を決した様に叫ぶ。


 その声は涙声であったもののそこには確かに彼女の強い決意の様な物を感じ取るには十分である。



「美味しいという事はこういう事なのだと……初めて知りましたっ!」

「そうか……それは良かったな」

「はいっ! ご主人様っ!!」



 そんな彼女に優しく微笑んで返事を返してやると満面の笑顔で返事を返してくれる。


 その光景に他の奴隷達は堪えていたのだろう。


 彼女達は声を出して泣き出した。



「ほら、いつまでも泣いていないで。これからまだまだ君達に教えなきゃ行けない事があるから泣いてる暇なんか無いぞ」



 俺の言葉に奴隷達は元気いっぱいと言った感じで返事をするのであった。





わたくしは今人生で一番と言っても良いぐらいの達成感の余韻に浸っていた。



「やり遂げましたわねシャルロッテ。初めはメイドも執事も同席できないと知ってどうなることかと思いましたがやはりわたくし達二人には超えられない壁は無かったですわねっ!! むしろ余裕ですわっ!!」

「何を言ってるんですか全く。わたくしのお陰でこの合宿をくぐり抜ける事が出来た事を忘れないで下さいまし」



 まったく、マルメティアはこの合宿にあたって知識の一つも無くほぼわたくしのお陰でこの合宿を切り向けたという事を忘れてしまったのでしょう。


 仕方ないですわ。


 マルメティアですもの。


 しかし、あのお嬢様然としたマルメティアが泥に塗れ煤に塗れ草木を掻き分け良く弱音も吐かず自らわたくしの手伝いをして下さった事については少しだけ、いやほんの少し、いや……米粒程は感謝しておりますけれども。



「ま、マルメティアお嬢様様ぁぁぁあああ!! ご無事でしたでしょうかっ!? 爺はっ、爺はもうこの数日間不安で不安でっ!」

「全く、大袈裟すぎですわ爺」

「生活力ゼロ、一人では生きて行けれないお嬢様が良く無事に戻って参られましたぁぁあっ」

「ぐぬっ……ま、まあ確かに? そう言われましても仕方ないかなとわたくし自身でも思う節がありましてよ。ですが、それはそれ、これはこれで爺には後でお仕置きですわね」



 そんなマルメティアは向かいの執事と合流したらしく久しぶりの従者との団欒を楽しんでいるようである。


 それを見て羨ましいとは思わない。


 思わないけれども視線は自然とディアを目線で探してしまう自分がいる事に気づく。



「はぁ、ここにディアが居るはずないですのに……」

「誰が居ないだって?」

「それはディアに決まってますわ……ってディアっ!!」



 一瞬聞き間違いかと疑ってしまったのだが、心の底ではディアがここに来てくれている筈がないと分かって居ても期待してしまい、声が聞こえた方向を思わず向いてしまう自分がいる。


 ディアと出会ってまだ半年も経っていないというのにここまで人恋しくなってしまっている自分自身に少し戸惑いもあるし現に今まさにディアに逢いたくて胸が苦しいのだ。


 そんな想いを知らなければ今現在苦しまずに済むと分かっているのだがしかし、それ以上にディアと出会えて良かったという気持ちの方が大きいので不思議なものである。


 などと思っていたのに今目の前には執事然としたディアがいるではないか。

心の準備が当然の事ながら出来ておらず、さらに居ないと思っていた人物が目の前に現れたのだ。


 淑女としてはしたない声量で驚いてしまうのは仕方の無い事だと私は思います。


「お疲れ様でしたお嬢様。良くこの合宿をクリアできましたね」


 そう言うとディアは「えらい。えらい」とわたくしの頭を優しく撫でてくれる。


 はっきり言ってディアには色々言いたいことがそれこそ一日では語り尽くせない程の思い出や感情が次から次へと込み上げて来るのだが、ディアに頭を優しく撫でられ褒めてくれるただそれだけで今まで張り詰めていた緊張の糸が解けてしまい涙が次から次へと溢れ出て来る。


気を張らない訳がない。


 友達と呼べる者など居ないわたくしには【合宿】というだけでストレスで潰れそうになるのを気づかないふりしていたのである。


 そしてマルメティアが一緒だとはいえ女性だけで野宿である。


 気自分が掃除してた以上に緊張や恐怖、不安などが溜まって居たみたいである。


 それらが一気に涙となって溢れ出て来るのだから、一度決壊してしまったダムの水を止められるわけがない。



「ディアァー……っ」

「あーあーもう、涙と鼻水が凄い事になってますよお嬢様。ほら、このハンカチは洗濯してから未だ未使用のものですからこれで鼻水だけでも拭って下さい」



ディアはそう言うと私の鼻水を拭いてくれる。


為すがままに自らの鼻水を拭いてくれるその光景は歳の離れた兄と妹の様である。



「あ、ああ、あのっ!」

「ん?」

「お、お久しぶりですわっ!!」



 そんな二人だけの世界を作り出している空間に入って来る人物が現れる。


 その人物は何を隠そうマルメティアその人なのだが、顔を真っ赤にしながら制服であるスカートを両の手で握りしめているその姿は普段のマルメティアからかけ離れておりまるで別人の様である。

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