第12話奴隷

「あ、ありがとうございますわ」



 マルメティアに靴擦れの応急処置をした後、私たちは目的地である場所まで歩を進める。


 その間マルメティアの歩は遅れる事はなく当初のスピードを維持したまま、予定時刻よりかは一刻ほど遅れてしまったのだが無事目的地に到着する事ができた。


 靴擦れになってしまい応急処置しかできなかったにもかかわらず弱みを言うでもなく歩みを遅めるでもなく淡々と歩んできたマルメティアの頑張りがあったからこそであろう。


 何だかんだでマルメティアのそういう部分が好きだとわたくしは思う。


 たった一日の間ではあるが開始当初と今ではマルメティアに対して感じる感情は全く別な物となっている事に何だかよくわからない感情になるのだが、それはそれで嫌な感じはしない。



「お疲れ様です。ではこの到達証明板とこの鉄の球をお渡しします」



 目的地には本格的な野営テントが設置されており、辺りも綺麗に草木は伐採され開けた場所となっていた。

 そこで一度私たちの健康をチェックされた後に到達証明板と鉄の球を渡される。


 辺りにはこの時点で教員からストップを言い渡された者たちが私たちの姿を見て悔しそうな目線を向けてくる。


 しかしそのでれもが貴族の息子や娘であることから単にこの自然に太刀打ち出来なかったのか精神的に耐えられなかったのかそのどちらであろう。


 だからこそその者たちは普段であれば暴言の一つや二つをまるで息をするかの如く飛ばしてくるのだが今はそれが無い。


 もちろんマルメティアの影響もあるのだるが、言ってしまえば自分たちがこの合宿においてはわたくしに劣っている事を認めてしまうことになりそれを認める事ができないのであろう。


 だからこそ目線だけは悔しげなのだが顔に貼り付けた表情は「なにこんな事に本気になってんのか」というような表情を貼り付けていた。



「シャルロッテ、こんな場所さっさと出ていきますわよ。気分が悪いですわ」

「わ、分かったからそんな強く引っ張らないでください」



 そしてわたくしたちは機能野営した場所までほんの少し歩く速度を早めたマルメティアに合わせて進みだすのであった。







「執事様のお眼鏡にかなった者はおりましたでしょうか」



 奴隷商であるデモール──入店時に名乗った──は両の手を蠅の様に揉みしだき俺の顔を覗き込んでくる。


 その顔には大量の汗が見え、その瞳には半分は商人としての勘定をしてはいるが、もう半分は恐れが見て取れる。


 彼デモールが恐る理由に俺がシャルロッテに召喚された時の装備を現在装備しているからであろう。


 衣服だけは装備をつけずシャルロッテの父上から頂いた執事の衣装なのだがそれが余計にデモールを恐怖に感じさせている原因でもある。


 これほどの魔族を執事としてそばに置いている者は一体どれほどなの魔族なのかと。


 デモールとて魔族の貴族を相手に何度か奴隷の売り買いをしたことがある。


 人間の敵とは言うがそこに知性があり金銭が稼げるとなれば商人からすれば敵ではなく顧客や仕入先と変わり、魔族の国は敵──同じ人種の同業者──が少ない魅力的な土地となる。


 そんな彼だからこそ目の前に現れたディアという魔族が王族であると言われても驚かない。


 黒く輝く漆黒の宝石のような見事な山羊角、見ただけでとんでもない代物であると本能が理解してしまう程の金色の魔眼、まるで黒竜の翼であるかの如くオーラを放つ二翼の翼、そのどれか一つだけを所持していてもとんでもない代物である。


 そかしディアはそのどれもを持っていた。


 むしろ王族レベルではないもっと上の何かではないかとさえ思ってしまうのは仕方ない事であろうとデモールは思う。


 それと同時にとんでもないチャンス、とんでもない上客であるとも思う。



「今見せてもらったた奴隷が全てなのか?」



 しかしそんなデモールの心情が手に取るよう分かるからこそディアは聞く。


 あれで全てかと。



「残りは廃棄品間近の商品しかございません。できればお見せすることを勘弁申し上げたいところでございます、はい」

「構わないから見せて頂こうか」

「か、かしこまりました。しかしもう一度言っておきますがこれから見せる商品は廃棄品間近の商品でございます。わたくしと致しましては大切なお客様へそのような不具合品ないし不良品を我が奴隷商店の商品としてお見せする事は誠に申し訳なく思います。つきましては本日お客様のお眼鏡に合う商品が無かった事を謝罪し、まずお客様の希望する条件をお聴きした後、後日その条件が揃った最高の商品を──」

「よい。別にそこまですることはない」

「っ、わ、分かりました。ではわたくしに付いて来てく下さい」



 その結果、ディアが想像した通り奴隷商は目の前の上客が満足のいく買い物ができない現状に焦る。


 そんな奴隷商人を見てディアは作戦が上手く行っていることにほくそ笑みながら奴隷賞の跡へと続いていく。


 そしてついて行った先、薄暗く空気はどこか重苦しい部屋へと案内された。


 そこにいたのはやせ細った女性が二十名程である。


 年齢に関しては詳しくはわからないものの見た目だけで言えば小学生低学年程の年齢から三十代前後であろう。


 しかしながらやせ細っている為年齢以上に老けて見えているだけであると思っている為実際はそれよりも若いのであろう。


 そして全て女性という理由は考えるまでもない。


 男性とはそれだけで仕事があるのだ。


 それは多岐にわたり肉体労働は当然の事、中には自身の家の没落を防ぐために養子として買う者もいる。


 逆に女性の奴隷に関してははっきり言って夜の相手しか需要がないと言って良いだろう。


 しかしそこには娼婦の存在で金の無いものは奴隷を買うためにお金を貯めず、貴族は奴隷とそういうことをする事が世間にバレる事を嫌うし無駄に高いプライドが邪魔をする。


 需要があるとすれば慰安婦としてぐらいであろう。


 それでも買うものはいるし借金の肩に売られる者がいる事も事実である。

 

 しかしながらその殆どが盗賊や山賊などといった犯罪グループなのだがデモールはけして彼らに奴隷を売ることは無かった。


 その分嫌がらせをされたが彼がいなければこの街唯一の奴隷商人がいなくなるため命を取られる事はまずないと踏んでおり強気な姿勢で断り続けることが出来たとも言える。


 そして彼は月々金貨五十枚という大金を払ってまで国営の衛兵を借りており、それと同時に彼の店の周りは衛兵の巡回場所にもなっていた。


 そうまでして彼が裏稼業の者達へ奴隷を売らなかったのはただ単にその行為がそのまま自らの破滅へとつながっていると分かりきっていたからである。


 この街で奴隷商人が彼だけなのは初めからいなかったのではなくしゃぶりつくされたからにほかならない。


 彼らは欲を抑える事ができないから彼らであり、欲を抑えられない、またはそうすれば最終的にどうなるか考えられる頭がないからこそデモールは危険を承知で奴隷を売らず、高い金を払って身の安全を確保しているのいである。



 それに、とデモールは思う。



 父から継いだこの奴隷商人という仕事は初めこそ嫌で仕方なかったのだが今では誇りにすら思う。


 最初は父の教え通りに奴隷達には毎日ケアをし、食事を与え、我が子の様に尽くしてきた。


 そして奴隷商人という仕事は彼の中でガラリと人材を移す仕事であるという考えに変わっていく。


 人が増えて困った者、又は売るほど貧しい者たちは人を売る。


 そしてそれを人が足りない者、奴隷が欲しい者の場所に届ける。


 そう思ったら彼の心は軽くなった。


 そして彼が奴隷商人となって数年後、初めて奴隷契約をすることになったのだが彼はその契約内容に驚き、ますます自分の考えが正しかった事を実感する。


 父が教えた奴隷契約は一番軽いものであり、奴隷は一回限り裏切る事ができるといううものであった。


更にその手の甲には我が商店で購入した印を入れられるのだが、この印が一回限りではあるがメッセージの魔術が使える魔術印としても機能している事を知らされる。


 そしてその事については購入側にも説明している。


 もちろん主側に何もない場合は返却され更に賠償金を払うのだが、返却するにあたっては上記の契約は無しである。


 そのことを知ってからデモールは父が亡くなった後、より一層店に精を出し大きくしていった。


 そして今や彼の店で奴隷を買うことはある種のステータスもとい人間性における主の信頼できる証の一つとしてブランド化してきだすレベルにまでなってきた。


 未だに貴族では今までの常識とプライドが阻んでくるが、それも時間の問題であろうと彼は思う。


 その火付け役として目の前の魔族である。


 そんな彼なのだが結局のところ彼にとっての奴隷とはあくまでも奴隷であり商品であるとも言えよう。


 それはまるで繁殖こそしてはいないものの人間という生き物を売るペットブリーダーであり、売れなさそうな商品は廃棄処分も平気で行う。


 いや、平気ではないのかもしれない。


 そこに愛情があるからこそここまで仕事にもプライドが持てたとも言える。


 しかしながらそこには確かに人間と奴隷という線引きがされていた。


 それは幼いころからそういう環境で育ったが故でもあるし、明確に人間と人間ではない奴隷という生き物という線引きができなければ奴隷商人などやっていけない。


 それはある種自分の精神を守るための本能的な防御なのかもしれない。


 しかしながらたとえ上記のどれに該当しようと、その全てに当てはまっていようとデモールが奴隷を人間と見ていない事には変わりない。



「ではこの者たちを頂こう。幾らだ」

「か、金なんていりませんっ! むしろ良いのですか?執事様っ! この者たちは何かしら病気に侵されていたり、今でこそ騒ぐ体力が無いから大人しいが気性が荒かったり、夜の相手にするには数年早すぎる者たちばかりですっ! そんな廃棄処分品達を売ったという事実がばれた日には廃棄品を売りつける店というレッテルが貼られてしまいますっ! そ、それに処分するだけでもお金が必要なので無償でもむしろありがたいほどですっ!」

「ふむ……しかし只ほど高い物は無いとも言うではないか。では、代わりに奴隷全員分の衣服をついでに貴殿の店から買わしていただこうか。こちらはお金を支払ってもいいのだろう?」



 日本での記憶があるディアにとって二十人もの人間が只というのはいくら廃棄処分品だとしても破格であると言えよう。


 しかしながらこの国の奴隷という商品──あくまでも──を犬で例えるならば分かりやすいとも言える。


 すなわち店頭に並べられる商品は血統書付きであり、廃棄処分品は保健所にいる野良犬的な立ち位置なのだろう。


 医学が発展していなくても漢方薬や迷信の類の魔術などで高額に取引され、医学が進歩した現在では臓器は高値で取引され過去の迷信を信じる者もまた存在するため人間というだけで高額な値が付く。


 もちろん売られた場合に限る。


 しかしこの国は魔術が発展しているため迷信や西洋医学に頼る必要がない。


 加えて民衆の奴隷に対する価値観により人間の値段はディアの世界の犬と変わらない立ち位置となったのであろう。


 しかしながら奴隷にとってどちらが幸せであるかはディアにも分からない。

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