第9話いい加減にするのは貴女の方



◇◆◆◇




 あれか小一時間程の時間が経ち、一年生達は校庭へと集まり整列をしていた。


 騒がしくは無いもののこれから三日間森で合宿を行うとなって皆思い思いに周りやペアとなったものと喋っている。


 その声はどれも小さく、程よい緊張感が校庭を満たしていた。


 いくら人里近い森と言えども危険な魔物も少なからず生息しており、更に貴族や富豪、その付近の出が多い学生達にとって人生において恐らくこんな経験など始めての者も多く緊張感して当たり前であろう。



「………」

「………」



 そんな中で異質な空気を吹き出す二人の存在がこの程よい緊張感に別の緊張感を滲ませ始めている。



「み、見た感じシャルロッテさんの荷物は少ない様に感じるのですが……そんな少ない量で大丈夫ですの?」


「問題無いですので大丈夫です」


「そ、そうですの……では、もし何かあった時は迷わずにこの私を頼ってくださいましっ!」


「そうですね、そんな事が起こらない様最善を尽くして善処したいと思いますわ」



 その異質な空気を吹き出す二人とはわたくしとマルメティアなのだが、はっきり言って「だから空気を読んでマルメティアと上部だけでも仲良くする」という事はしない。


 なぜ今更わたくしが他のものを気遣って空気を読まなくてはいけないのか、考えただけでも苛立ちは募って行く。



 お前達はわたくしの気持ちを今まで考えた事があるのかと。



 マルメティアはこの空気に早くも耐えきれなくなったのかわたくしに鬱陶しくも構い始めたのだが全て跳ね返す。


 寧ろまだ反応してあげてるだけありがたいと思って欲しいものです。



 そんなこんなでマルメティアはわたくしの頑なな態度に諦めたのか「そ、そうですの……」と言って俯き口を閉ざした。



 そして合宿についての日程、注意事項、学園長の無駄に長い長話などを経てわたくしたちは学園所有の馬車に乗り目的の森へと向かい出す。


 馬車自体は四人乗りの為ここぞとばかりにマルメティアの取り巻きがわたくしの了承など要らないとばかりに陣取る。


「………」


 今更な上に予想通りな展開にため息はつけど苛立ちはしない(諦めているともいう)為肘を窓辺にかけ手で顎を支えながらゆっくりと変わり行く景色を眺める。


 そのわたくしの姿や取り巻きの行動にオロオロしっぱなしのマルメティアの姿を見れた事だけは取り巻きに感謝である。



 しかし、ディアが下さったクッションのお陰で快適ですわね。



「ちょっと貴女っ!!そのクッションをマルメティア様にお貸ししなさいっ!!」



 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。


 いや、言葉自体は理解出来ているのだが何故赤の他人にこんな事を言われなければいけないのか全くと言っていい程理解出来ない 。



 わたくしが一体何をしたのか?


 ただ外を眺めていただけで何故ディアから、友達から初めて頂いたプレゼントを(イヤリングは報酬であり魔拳銃は元々自分の魔杖)貸さないといけないのか。


 そのあまりの理不尽さについディアから教えて頂いている魔法を使いたくなるのだが「自分の命、そして大切な何かを守る時だけ使う事」というディアとの約束を思い出しグッと堪える。


 それに、こんな娘相手に使うのは魔法が勿体ない上に汚してしまいそうで嫌だとも思う。



 しかしそんなわたくしの思考とは関係なく顔面蒼白となり必至に収めようとするマルメティアの姿と、そしてそれに異議を唱え尚も同じことを言って来るその娘の態度で嫌が応にも理解出来て来る。


 要はその娘はわたくしの事を対等だと見ておらず、マルメティアの方が上の存在でありそのマルメティアより下の存在のわたくしは本来なら喜んでマルメティアにその柔らかそうなクッションを貸し与え無ければいけない。


 にもかかわらず貴女は貸し与える素振りすら見せないどころか挨拶すらしないとは何事か。



 今すぐそのクッションを寄越しなさい。



 という事をまるで火を吹いた火山の如くまくし立てる娘にわたくしは「話にならない」と相手にしない聞こえない何も見えないと無視を決め込む。


 相手にするだけ無駄な事は火を見るより明らかなのだから要らぬ労力はこれからの事を考えて出来るだけ使いたくない。



「さっきから黙ってこちらを向きもしないでっ!!いい加減にしなさいっ!!」



 いくらわたくしが無視を決め込もうとも相手はそうもいかず、その態度が余計に火に油を注いだのかヒートアップした娘はいきなりわたくしを叩こうと叫び声を上げながら右手を振り上げたその時、馬車の中で乾いた音が響く。



「いい加減にするのは貴女の方でしてよっ!!」

「ま、マルメティア様……何で……ですの?」



 その乾いた音はマルメティアが件の娘を叩いた音であり、その娘もさることながらわたくしも同時に信じられない光景に思わず固まってしまう。


 この時ほど「我が目を疑う」という言葉に合う瞬間は、恐らく生まれてこの方初めてであろう。



「では、聞きます。私とシャルロッテ様、お互いの家柄や出生、権力や地位、資産や魔法力……そう言った物を全て取り外してひとりの人間としてお互い見たとき、何を持って私がシャルロッテ様より優れていると断言出来ますの?」



 その言葉にシャルロッテは胸を突き刺されたかのような感覚に苦しささえ感じ取れる。


 それはまるで今のシャルロッテをディアに叱られた様な、そんな不思議な感覚を感じてしまったからだ。


 マルメティアがわたくしに謝罪するにあたり捨てた物はプライド、価値観、常識、その様な物を捨てたのかも知れない。


 しかしそれ以上に今の生活を捨てる覚悟を持って謝って来た事は少し考えれば分かること。


 それは友達であり他人からの評価といった物でありそれがいかに大切なものかわからないわたくしではない。


 それなのに意地になり意固地にマルメティアを許さずわたくしと同じ環境で暮らしてみろなどとどの口が言えるのか。


 しかし、そうだと分かっていてもマルメティアを許した所で初等部から続くわたくしの扱われてきた同級生達の態度が無くなる訳じゃない。



 結局、マルメティアの言うように全ての身ぐるみを剥がされた時、心が醜いのはきっと今のわたくしであろう。



「ま、マルメティア様……さ、流石ですわっ!!それでこそ人の上に立つお方の考え!!私、感動致しました!!」



 マルメティアの説教で自問自答していたわたくしの心境など知らないであろう件の叩かれた娘は目に涙を浮かべ、まるで女神様に祈る様に両手を組んでマルメティアを見つめ感動に震えた声で語り出す。



 結局この娘は単なるマルメティア信徒、マルメティアバカ、マルメティア信者だった。







 馬車に揺られて三時間、太陽は真上に上がった頃、目的地である森がある手間、拓けた場所で馬車は停車した。


 一学年生徒全てを乗せた数多の馬車が停車してもなお広々とした空間が広がるこの地が合宿最初の試練が始まる場所でもある。


 校庭にて今まで幾度となく聞いてきた内容の、最後の説明と注意事項で言ってあった通りわたくし達が馬車を降りると、馬車はそのまま来た道を戻り始める。



 そして最初の試練とは、太陽の位置からも分かる通り勿論昼食であろう。


 ここで食事が作れる班と作れない班が毎年の様に出てくる。


 それだけ上流階級の坊ちゃん嬢ちゃん達が多いという事である。


 金さえあれば何でも出来る街中と違い金が何の役にも立たない環境に始めて立たされた者は、それだけで心が折れてしまう者も少なからず出てくる。



 そしてそれは今回も例年と同じらしく「なぜシェフがいないっ!!これでは食事にありつけないではないかっ!!」と頭のおかしなことを言う輩がチラホラと見えてくる。


 お前たちは一体今まで何を聞いて来たのかと問うてみたいが藪蛇になりそうなので無視に限る。



「お、お待ちなさいなシャルロッテ様っ!!なんでシェフがいないんですのっ!?」



 その問うてみたい輩の一人はわたくしのペアでもあったらしい。


「………様はいらない。シャルロッテと呼び捨てで良いですわ。その代わりわたくしもマルメティアと呼び捨てさせて下さい。………それで、話は戻しますがマルメティアは今まで一体何を聞いていたのですか?あれ程授業の合間合間などで今日の説明を数ヶ月も前から言っていましたのに……」



 先程の馬車の件もありマルメティアから「様」をつけて呼ばれる事に嫌悪感を感じ辞めて貰うよう言う。そして自分もマルメティアと嫌悪感無く呼び捨て出来るであろう。


 しかし、そんな事よりも早急に問いたださなくてはいけない案件が目の前にある為さっさと片付けてしまう事にする。


 この箱入り娘の貴族の頭はどうなっているのか知らなくてはこの先二人でやて行ける自信どころか生きて帰って来る事すら厳しく思えて来る。



「それはー……この森に入り、その奥地に置かれている紅色の玉を一つ持って帰る事と聞いておりますわ」

「それでは、今まで先生達の説明に「シェフも連れて行く」と言っていた方はいますか?」

「い、いませんわ。でっ、でも逆に「シェフを連れて来ない」とも言っておりませんわっ!!」



 成る程、これが貴族の考え方なのだろうか?


 言ってない事は全て自分の都合の良い事柄として考える。


 ええ、実に貴族然とした考えですとも。



「良いですか?マルメティア。これからは言われなかった事は無いものと考えてください。言われてもいないのに都合の良い展開になるなど貴族という肩書きがあるからでありその肩書きが通用しない学園ではその考えは通用しないと考えてください」

「わ……分かりましたわ」



 わたくしの言葉に神妙に頷くマルメティアに、一応は言いたいことは通じたと思い、この話は終わりとばかりに森へ入ることにする。


 それに「言う事を忘れてしまう者や、わざと言わない者」もいるのだがとにかく今は「都合のいい事は起こらない」という事だけ分かって貰えれば、自然を相手に三日間も過ごす上で多少の理不尽な事ぐらいはいくら箱入りの娘だとしても乗り越えてくれるであろ。



「で、ではトイレも無いのです?お風呂は勿論シャワーも……寝る部屋どころかベッドすら……無いのですの?」



 乗り越えてくれると……そう願いたい。






「シャルロッテは随分と博識ですのね。何も無いと思っていた森に中でこんなにも食料を見つけてくるなんて」

「マルメティアも辺境の貧乏貴族になればこれぐらい直ぐに身に付きますわよ」



 森に入ってからわたくし達はまず食料を調達する事にした。

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