第8話始めての喧嘩

 朝、目覚めは最悪である。


 これ程までに最悪な目覚めは初めてなのだがそれでも日課の散歩と山菜採りへと出かける準備をしていく。



「まったく、これから死にに行く準備をしているみたいな空気を出しやがって……」



 そんな私を見てディアが溜息をつくと半ば強引に頭を撫でてくれる。


 ディアが頭を撫でてくれる、ただそれだけで荒んだ心が満たされて行くのが分かる。



「とりあえず喧嘩できるところまでシャルロッテ御嬢様はお友達に認められたという事じゃないか。無視されて無き者として空気の様に扱われる存在から対等の立場になった事に少しは喜んでも良いんじゃないか?……そりゃ喧嘩で負けたのは悔しいだろうが殺し合いじゃないんだから生きてる限り何回でもリベンジはできる。ならその悔しさは次勝つ時の為に取っておけば良いさ」

「対等な存在……?」



 いつまでも落ち込む私を見かねてディアが慰めてくれるのは有難いし、その気持ちは嬉しくもあるのだが対等であるわけが無いと少し腹立たしく思ってしまう。



「ああ対等な存在だ。喧嘩ってのは対等の者同士でしかなし得ない。圧倒的な力の差があればそれはもはや喧嘩ではなく、それはただの一方的な暴力であるし、それが続けばただのイジメでもある。シャルロッテ御嬢様が今回の件をイジメや一方的な暴力だと思わない何かを感じ取ったのであれば、相手の方と同じ土俵に上がったという事になり、それは即ち対等である」



 そういうとディアはまたわたくしの頭を、今度は優しく撫でてくれ、そしてディアの言っている言葉がストンとわたくしの中に入って来るのが分かる。


 やり返そうと思った時点でわたくしとマルメティアさんは、わたくしの中では対等な存在になっていたのだという事に今更ながら気付かされる。


 そもそも対等だと思えなければやり返そうなどとはまず思わなかったであろう。


 しかし、やり返す勇気もきっかけも全てディアがくれた物だという事に、未だわたくしの頭を優しく撫でてくれるディアは気付いて無さそうなのが少し不満ではある。



「ありがとうございます、ディア。お陰で少しスッキリしましたわ」

「それは良かった。やっぱり落ち込んだ顔より今の顔の方が魅力的だな」



 ディアに魅力的と言われて一気に顔が赤くなっていくのが自分でも分かるのだが、その事はあえて無視を決め込みなんでも無い風を装う。



「ま、またそうやって……もうっ。そ、それはそうと話は変わるのですが……わたくしのお願いを聞いてもらえないですか?」

「話の内容にもよるだろうが自分が出来る範囲でなら何なりと。ご主人様」



 私の問いかけにそう言い返すディアはどこか様になって見えた。


 と、いうわけで早速ディアにわたくしのお願いを聞いて頂くことにした。


 善は急げという奴である。



「もうっ!!何でディアの国の文字はこんなにも難しいのですっ!!」

「嘆いていても成長しないぞ」

「わ、分かってますっ!!」



 そんなわたくしはというと朝の散歩を終え朝食の時間までディアの国の文字を習っていた。



「それを覚えなきゃゲームの魔術………いや、俺の国の魔術を覚えるのは無理だぞ」

「分かってますと言っているでしょうっ!!しかし幾ら何でも多すぎです!!何ですかっ!?平仮名、片仮名はまだ良いですっ!!漢字ってなんなんですかっ!?」

「いや、俺の国の文字だろ」



 と言うのもわたくしがディアにお願いした内容が「魔術を教えて欲しい」という願いであり、それをディアが何の迷いもなく二つ返事で答えをくれた。


 そしてディアはわたくしに適している魔術があるとの事で話を聞いてみると、なんでも指で空中に文字を書き、それを具現化させる魔術だという。


 魔法陣を空中に書いて魔術を使うものだと思えば良いとディアは言っていたのだが、そもそもどうやって魔法陣を空中に、しかも指で書くのかと半信半疑であったのだが実際ディアに文字魔術を見せてもらいわたくしはすぐざま覚える気になった。



 というのもこの文字魔術というのはわたくしみたいに魔術の属性を持たない者にも全属性を使えるというのである。


 飛び付かない方がおかしい上にわたくしレベルにもなれば扱えて当然であろう。


 いわばこれはなるべくしてなったと言える訳でわたくしに眠っていた本来の姿だったのであろう。



 そう、わたくしは世界に三人しか存在しない全属性適性者なのだと知ってましたけど何か。


 わたくしが四人目ですけど何か。



 そして蓋を開けてみればこの有様である。


 なんでもこの魔術はディアの国の文字でないと発動しないらしく、必死に覚えているのですが漢字とかいう意味分からない文字のせいでわたくしの頭はオーバーヒート気味である。


 ディア曰くこの魔術は文字を四文字しか使えないらしく、わたくしの国の文字だと使用に限りが出てしまうのだけれど、漢字は一文字で複数の意味を持たす事が出来る上に四文字も使えれば大体の事は出来るから──というのは理解できるのですが、その種類が2000以上な上に難しいものが多いってもう頭がパンクしそうです。



「うー……」

「ったく、難しいのも分かるし母国の文字であるにも関わらず俺も全て覚えている訳ではないからな」

「……ふえ?」

「だから褒美をやろう。50文字覚える度に俺が作ったお菓子を、二百文字覚える度にシャルロッテお嬢様に合いそうな魔導具をプレゼントしよう」



 やる気が倍速で膨れ上がった。







 あれから一ヶ月が経った。


 漢字はと言うと、常用漢字という日常的によく使われるという漢字を全てとは言わないまでもある程度は覚える事が出来、今では学校の授業内容を予習と復讐、そして身体に慣れさせる為にディアの国の言葉でメモを取れるぐらいにはなった。


 それでもまだまだ辿々しく言葉と言うには余りにも不恰好な内容なのだが、それでも毎日ディアに優しく教えて貰っているお陰で初期の頃と比べれば歴然の差がある。


 そんな私の両耳には四百個もの漢字を覚えたわたくしへのプレゼントとしてディアがくれたイヤリングが長い髪の毛に隠されている。


 誰に見られる訳でも無いのだがそれが堪らなく愛おしく、そして誇らしいです



 それにしてもディアはケチです!普通イヤリングは二つでワンセットだから両耳で四百個は納得いかないですっ!!



 そうは思うもそれを言ってディアを責めると頭を乱暴に撫でて誤魔化そうとしてくるので、それを思い出してニヨニヨしてしまう。



 わたくしが納得するまで頭を撫でればいいんですっ!!



 とは思うものの、実際はディアの掌で転がされまくっているのだがそれを見抜ける事が出来ない程、シャルロッテの頭は良い具合に幸せに満たされていた。



「………」

「何ですか?」

「なっ、何でもありませんわっ!!」



 そして他に変わった事と言えば、マルメティアとの関係であろう。


 以前までであれば今の様にマルメティアに睨まれれば言い返すどころか目を合わせる事も出来なかったであろう。


 しかし、同じ土俵に立ったというディアの言葉がストンとわたくしの心に刺さってからというもの、わたくしはマルメティアの目を見て言い返す事が出来る様になった。


 そしてそんなわたくしにマルメティアは今までの様に無視はするものの理不尽に突っかかって来ることが無くなり、それはクラスメートにも言える事だった。


 それを言葉に表するなら「腫れ物を触る様な」という表現がしっくり来るだろう。



 しかし、そんな今までと比べ比較的平穏な日々は明日から終わりを迎える。



「………」

「………」



 明日から三日間にも及ぶ合宿が始まるのだが、この合宿というのが「二人組のペアを作って三日間トムルコの森で過ごす」というものであるからである。


 そしてそのペアというのが何を隠そうマルメティアその人だからである。


 そのマルメティアはというと何かを言いたげにチラチラとこちらに目線を向けて来る。


 それがたまらなく鬱陶しいと、私は思う。


 今更申し訳ない態度を取り、まるで「謝罪したくてたまらない」という態度を取ったところで私にした行いは消えやしないのである。


 結局彼女がやりたい事と言えば「謝って楽になりたい」という事なのであろう。


 しかし、それはそれでこれはこれである。


 今現在こうしてチラチラと目線を向けて来るマルメティアが消えていなくなるわけでも、今更合宿のパーティーが変わるわけでもない。



「何か言いたいのでしたらどうぞ。さっきからチラチラと、何でもない訳じゃないじゃないですか……鬱陶しいです」

「っ………こ、こないだはも、申し訳な──」

「許しませんから」

「──なく思っており………え?」

「許さないと言ったのです。「申し訳ない」……マルメティア様はそのたった一言でわたくしの数年間が無かった事にできるとでも思っているのですか?だとしたら余計に許す訳がないじゃないですか」

「じゃ、じゃあどうすれば良いって言うんですのよっ!!私はあれからどれ程悩み苦しんだと──」

「マルメティア様がどうして何を思いどうやって改心したかは分かりませんが、わたくしと同じ月日をわたくしと同じ思いをすれば良いのではないのですか?」

「な、……っ」



 わたくしの言葉に絶句するマルメティアなのだが思うところ、納得してしまった部分があったのか目を見開きハッとした表情の後、俯き唇をー噛み締め震え始める。


 そんなわたくし達を先生やクラスメート達が固唾を飲んで見入っておりクラスは異様な緊張感を漂わした静けさに満ちていた。



 かたや学園きっての天才マルメティア、もう片方はいきなり才覚を表し学園のトップへと上り詰めようとしている今話題の的であるわたくしの一触即発の雰囲気に誰も口を挟める者はいない。



「口だけの謝罪などいりません。しかし、その気持ちは他の誰かを想う為の枷にして頂ければ今までの全てとはいきませんがこないだの件だけは許す事に致します」

「あ、ありがとうございますわ……」



 しかしながら絶対許さないというのもどこか大人気なく思う為仕方なくこないだの一件だけは許す事にする。


 ほんと、自分自身で何様だとは思うもののそれ程の事をマルメティアだけではなくクラスメート達はしてきたのである。


 ならばその中で唯一謝罪をしようと行動を起こしたマルメティアだけは認めてあげるべきであろうとも思う。

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