第5話人を殺すという事

 賑わう人混みの中を俺は歩く。


 そう今俺は訳あって街中に出ていた。


 既にシャルロッテお嬢様の執事登録は済んでおりお嬢様が住んでいる寮にも出入りは自由ではある。


 一応俺は男性であるため寮内に入る際シャルロッテお嬢様の場所まで寮の管理者による付き添いと執事である証のプレートを見える所に付ける必要がある。



 それはさて置き、なぜ俺が一人で街中に出てきているかと言うとシャルロッテお嬢様からお使いを頼まれたのである。


 今現在シャルロッテお嬢様が通っている魔術師学園は春休みなのだがそれも今週いっぱいのようで来週から進級及び新学期が始まるらしい。


 それにともない何個か買わなければならない物があるらしいのだがそれをシャルロッテお嬢様は買いに行きたがらない為こうして俺が代わりにそれを買いに来ているのである。



「しかし、地図を渡されても文字が読めん。それにどっちが北かも分からない」



 ちなみに街中まで何とかたどり着いたはいいがそこからどう動けば良いのか分からない。


 これは明確に地図を描いてくれなかったシャルロッテお嬢様が悪いわけで、帰る方角がわからなくなっているからといってけして迷子なのではないと言っておく。



「しっかし、ホントに異世界してんなー」


 道が分からない事は悩んでも分からないのでとりあえずそれらしき店があるか周囲を見渡すのだが、まさに異世界転移しましたと言わんばかりの世界がそこには広がっていた。


 中世ヨーロッパのような町並みはもちろん、そこの住人が来ている服装、街中を走る馬車。


 そして何よりも獣人が普通に歩いている。



 獣人娘の可愛さはやはり三次元でも可愛いと証明されなしたよ! 我が心の共達よ!






「と、浮かれ過ぎてた自分を悔いたい」

「何をブツブツと言っているのですか?私の事は良いから早くここから逃げなさいな。死にたくはないでしょう」



 異世界の空気を楽しみまくった結果少し路地裏に入ればこれですよ。


 なんだかヤバそうな男たち数名と銀髪美少女が戦闘を繰り広げているではありませんか。


 インドなどでは路地裏などには決して入って行ってはいけないと聞いた事があるのだがその理由を異世界で体験するなど思ってもみなかった。


 その間にもヤバそうな男達の数は増えて行く上に俺という庇護下対象まで出来た銀髪美少女は先程まで押しているように見えた状況が一転、一気に押され始めているのが見て取れる。



 てか、銀髪美少女が切りつけた死体が凍ってるんですけど……敵は炎を生み出して攻撃してきてるんですけど。


 そしてどれも見たことない魔術や現象である。


 自分がゲームのキャラとして異世界に転移している事からも、この世界はどこかゲームの様であると漠然と思っていた自分がいる事に気付かされた。


 そんな事あるわけない。


 当たり前である。


 今まで会ってきた人間、シャルロッテ御嬢様から始まりその父親、そして厨房にいる方々にここの街の住人だってそうだ。



 一目見ればそれが現実であり生きていると分かるぐらいに否が応でも現実なのである。


 であるならば何故ゲームの様な世界でありゲームの様な魔法などを使用していると思えるのか。


 故に俺はこの世界で間違いなく異分子であり、正にゲームのキャラクターなのだと思い知らされる。



 しかし、だからこそ確信出来た事もある。


 今の俺がゲームのキャラクターであるならば間違いなくこのチンピラどもに負ける訳が無い。



 そうは思うものの身体の芯から襲って来る恐怖は以前消える事はなく俺の手足は小刻みに震える。



 負ける訳が無い。



 それはゲームのキャラクターの様に動けたらの話しであり緊張で思うように動かせないのであればどうなのか?


 失敗はそのまま死を意味する世界でゲームの様に動けという事の難しさは恐怖となって蝕んで来る。



「何をしていますのっ!?あなた一人でどうこう出来る相手では無いのですわ!」



 本当、何をしてんのかね……。



「魔眼装着、発動。来い我が剣紅姫」



 ゆっくりと、そして堂々と俺は戦闘の渦中へとしっかりとした足取りで歩き出す。


 震える手足は無理やり抑え、溢れ出る恐怖は寧ろ逆に開き直って受け入れる。


 しかしここで戦う恐怖よりも逃げる事で俺を守っている女性が殺される方が俺は怖い。


 そして俺を止めようと声を荒げる女性を無視して前に出た所で魔眼と武器を装備する。


 全装備してしまうと角や翼が現れてしまう為心許ないのだが女性に魔族と勘違いされるよりもましである。


 その間件の賊達は俺に警戒してか手を止めて俺の出方を伺っている。


 しかしその間ただ見ているだけではなく退路を塞ぐ様に隊を成す洗礼された動きにプロという言葉が脳裏によぎる。


 しかしプロであるからこそ固定観念にとらわれ始めてみるであろうゲーム世界の魔術は対応できまいと自分に言い聞かせる。



「俺と出会った時点で貴様達は逃げるべきであった。残念だったな」



 その間賊達は何をするでも無く長々と喋り出した俺を見て魔術を行使しようとするも発動前に魔眼の効果により看破され、そしてカウンタースペルにより発動すらしないまま打ち消されて行く状況がどういう事なのか理解し出し焦りが見え始める。


 その動揺を利用してディアは、先程から何が起こっているのか理解できていない女性の所まで行くと少し強引に引き寄せ、守る様に片腕で軽く抱きしめる。



「俺の魔術により衛兵が来るまで大人しく縛られてくれるなら良し。しかし、まだ攻撃して来ようと言うのなら容赦は無いと思え」



 如何にも余裕ある風に装ってはいるが内心は「頼むから大人しく縛られてくれ」と懇願する。

 はっきり言って人を殺すどころか暴力を振るう事ですら忌避したいと思ってしまうのは仕方ない事だろう。


 しかし日本では無い上に異世界であるという事が最悪殺す事を容認するだけの理由としては充分過ぎる。


 それは目の前の族達が簡単に人を殺せるという事実かつ現代の日本との常識のズレがそうさせるのであろう。


 日本でもそういう人はいるのであろうがそれでもこんな街中の路地裏で人を殺すという考えに至る者、特にこのように組織立っている者たちはまずしないであろう。


 人を殺す事に何も感じなくともそれが露呈してしまった時のデメリットは少なからず考える筈である。


 故にこの状況、死体が見つかるデメリットと俺たちを生かしてしまう事のデメリットを比べて死体が見つかる方がデメリットは少ないと考えてしまう状況こそがこの世界において殺人という事がどの程度の位置にあるのかが伺える。



 日本においては辻斬りなどが日常の一部としてあった江戸時代ぐらいの感覚だと考えるべきで、殺さないと殺されると考えるべきだ。


 そう頭で考え理解していると、殺らなきゃ殺られると自分に言い聞かせても心の奥底ではネットリとした恐怖が消えてくれない。


 日本での生活はそれ程までに平和、自分を殺そうとする人達の人生まで考えてしまう程に平和であったと今更ながら強く実感させられる。



 そんなディアの中の葛藤を見抜いたのか単に時間をかけたくないだけなのか不明なのだが賊達は魔術が無効化されると知って懐の短剣を抜き差しながら一斉にディアへと襲いかかって来る。



「すまん。恨むならお前たちのトップを恨め」



 しかしその短剣はディアに届く事は無かった。



 ディアとていくらこの状況に押し潰されそうだったとしても自分の命がかかっている状況でただ黙っているだけというわけが無い。


 その間族達にマーカーをつけ、範囲攻撃の必中度を高めていたのである。



「逃げられたか」



 しかし、ディアの放った魔術を受けたはずの賊達は死体どころか跡形も無く消え去っていた。

 普通であれば逃げられた事に苛立ちなど感じる恥であるが誰も殺していなかったという事が逆にディアを安心させていた。


 しかし魔術が当たった感触はある為、あの魔術を受けたのならそのデバフ付与効果を消さない限りもう追撃はしてこれないであろう。



「大丈夫だったか?」

「あ………はい」



 一応危険は去ったと判断したディアは自らの胸に抱きすくめていた女性を解放する様に抱き抱えていた左腕を解き、安否の確認をすると女性はディアと目線が合うと顔を真っ赤にさせて俯向きながらディアに体重を預けるようにもたれかかりディアの服を掴んで来る。



「そうか。大丈夫であるのならば良かった。しかしあれで全員という保証は無い為安全な所まで私が送ってあげよう」

「で、でしたら魔術学園までお願い致しますわ……それと、それまで先程の様に……その……腕の中に……っきゃ!?」



 こんなに震えて……そりゃそうだ。殺されそうになったんだ。誰だって怖いに決まってる。俺の胸と片腕くらい落ち着くまでいくらでも貸してあげましょうかね。


 それに魔術学園という事はシャルロッテ御嬢様の御学友の可能性だってあるしね。であるならばディアからすればまだまだ子供である為、そのくらいのお願いであれば叶えてあげても良いだろう。



 後半は尻すぼみになって聞き辛くなっていたのだがそれでも彼女が俺に何を伝えたいのかは伝わって来る為ディアは彼女が言い終える前にもう一度抱き寄せ慰める様に頭を撫でてあげるのであった。

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