第2話ぼっち飯の様な物
太陽が登り朝霜を照らし始めた頃、わたくしは一人寮の外に出て日課である散策をしていた。
朝特有の澄んだ空気、朝靄のかかった視界、そして草花には朝靄で出来た水滴がキラキラと光り輝いている。
そんな中で一度足を止めると肺いっぱいに空気を入れ、そして吐き出す。
それはとても心地よい一時であり、この学園で唯一の癒しの時間でもあった。
そう、あったのである。
この癒しの時間を過去形にした出来事を思い返して自然と口元がニヤニヤしてしまうが、それを抑えようとすると今度はニヨニヨしてしまう。
それ程までに友達が出来た事が嬉しくて魔族だとか魔王だとか取るに足らない事であると思えて来るのだから不思議だ。
「初めてトランプというカードゲームをしたのですが、とても楽しかったですわ」
言葉にしてしまうと抑えていた感情が表に出てしまい「ふふふ」と自然と笑みが溢れて来る。
そしてこれではいけないと必死で抑え、ニヤニヤそしてニヨニヨまで戻す。
わたくしがディアを召喚した事がバレてしまった時の事を考えれば不幸な未来しか見えない。
領地、そして爵位は帝国に返却されわたくしは当然ディアを召喚した罪で投獄されディアは殺されてしまうだろう。
もしかしたら両親も投獄される可能性だってある。
だからわたくしが家柄も両親もディアも守って行かなくてはならないのだ。
その為にも今、無意識の内に笑顔になって行く表情を引き締めているのである。
「あ、ネネの芽がこんなにいっぱいっ!」
そんな事を考えながら散策をしていると山菜の一種であるネネの芽が群生している箇所を偶然見つけ思わず声を上げて喜んでしまう。
この山菜はネネという植物が種から発芽した後、一年間地中で育ち、それが地上に出てきたばかりの時だけが食用として食べる事が出来る山菜である。
味は苦味が強いもののその苦味の奥にほのかな甘みがあり食べ慣れて来ると癖になる苦味なのだが人によって好き嫌いがハッキリと別れる山菜でもある。
ちなみにわたくしは大好物である。
「今日からディアの食事を賄わなければいけないので沢山摘みたいのですが……摘みすぎると次の収穫量が少なくなってしまいますものね。少しだけ頂きますわね」
食事に関しては食堂で頂ける朝食や夜食などをトレイごと部屋に運んで二人で分けるつもりなのだが女性用に作られた食事量である為わたくしなら兎も角男性であるディアにとってはとても足りる量とは言えないだろう。
それに昼食の事だってある。
あれから散策を小一時間ほどし、山菜やキノコなどをさげてきた蔦製の手作り手提げ籠いっぱいにするとシャルロッテは寮横に建てられた食堂、その裏手にある扉から中へ入り厨房へと歩いて行く。
「おはよ御座います!」
「あら、シャルロッテちゃんおはよう。今日も良い返事ね。それにしても今日はいっぱい採ってきたわね」
そして中へ入ると朝食を作る為に既に出勤していた様々な年齢の女性が数人調理を開始していた。
その女性達がシャルロッテの挨拶に各々返していく。
中等部からこの学園へ入学したシャルロッテは当時から時折寮の裏にある雑木林からこのように食材を食堂に持ってきては彼女たちの邪魔にならない様に厨房を借りて料理をしていたのである。
そしてこのように採ってきた食材を調理する理由を知るここで働く女性達はその境遇を可哀想と思うものの自分達に出来る事は厨房を貸し出す事ぐらいしか出来ない為、今日も厨房の一角を快く貸し出す。
「はい! 一緒に食べるお友達が出来ましたので!」
「あらまあ、それは良き事でございますね」
そう言うとシャルロッテは我慢していた笑顔を、ここでなら大丈夫だと信頼している為我慢せづに嬉しさをそのまま振りまく。
しかしながら相変わらず厨房で調理をするあたりその友達が学生でないのは明らかである為動物か何かだと厨房で働く女性達は推理する。
それはそれで彼女を滅多に見せない笑顔にさせてくれる存在ならば女性達もまた嬉しく思う。
初めてここで調理をし始めた時などを思い出せば尚更である。
それは食堂ではなく厨房で食事を取る彼女なりの言い訳であったのだろう。
「はい! それだけではなくとてもカッコよくて、それで御優しい方なんですよ!」
そして厨房で食事をとる習慣と境遇はシャルロッテの何気なく呟いた言葉を聞き悪い虫、例えば酒場にたむろしている脳と欲望が直結しているような男性などであるならば排除せねばと全員が思ってしまう程に庇護欲を発揮させてしまう程に成長させていた。
◆
「ディアさん! ご飯持って来ましたので一緒に食べましょう!」
いつもならば厨房で食事を取るのだが今シャルロッテにはディアという友達を自室に匿っている状況の為調理した食材と本日の朝食メニューをトレイと紙を敷いた手提げ籠に入れて自室に戻る。
その間厨房では「今度お友達を厨房に連れて来なさいな」と言われたのでいつかディアも連れて行きたいなーなどとシャルロッテは思う。
その時の厨房にいた全員の目が血走っていたように見えた為目に効く薬草も摘んで来ようとも思う。
しかし肝心のディアから返事は来ず、聞こえて来るのは規則正しい寝息だけである。
「……まったく、寝坊助さんですねっ」
などと思うが床で寝てはさぞかし良い睡眠は取れなかったであろう。
ならば睡眠時間が伸びてしまうのは仕方ない事なのかもしれない。
だから昨日わたくしと同じベッドに寝て下さいと言いましたのにわたくしが女性であるからと言って床で寝るからそうなるんです。
そもそも召喚主の言う事を聞かない使い魔なんて聞いたことないですよっ!
とフンスフンスと憤慨しながらも強制的に言う事を聞かせるのは友達ではないという事はシャルロッテでも分かる。
しかし、友達と一緒に寝るというのはシャルロッテが長年夢見て来た、友達が出来た時にやりたい事の一つでもあるのだ。
ディアが男性ってだけで何故断られないといけないのか未だに納得できない。
「ディアさん、起きてください。朝ですよ!」
その不満をディアにぶつけるようにユサユサとディアを揺さぶりながら起こしにかかると「もうそんな時間か……」とまだ寝足りなさそうにディアが起き出す。
これでは友達というより夫婦と言われた方がしっくり来そうな風景ではなかろうか?
そう思うと不思議と胸が一つ高鳴るのだが今は胸の高鳴りよりもディアと食事を取る事の方が優先である。
「朝食を頂いて来ましたので一緒に食べましょう!」
「すまない……今は甘えさせて貰うが、いずれヒモ生活から抜け出してみせる」
「ヒモ生活が何なのか分からないのですが、わたくしが勝手に召喚したんですもの。主人として当然です!」
と、ヒモ生活が何なのか分からないのだが申し訳なさそうな表情をするディアに、悪いのはわたくしである為食事の用意などは主人として当たり前であると胸を張って言う。
その時ディアが「E……いや、F以上だと……っ!?」と言っていたのが聞こえたのだがディアの言う言葉は時折良く分からない言葉が来ると思う。
その事を少し寂しく思いながらもいずれ意味が分かる程に仲良くなれる事を目標にしながら初めて友達と一緒に食べるご飯は想像以上に美味しく感じられた。
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