第48話王女24
私が祈りの間に行ってからしばらくするとアランと数名以外の反応が消えたので、追加として城内にあった死体を動かして戦わせました。
「化け物、め……」
兄達は善戦したようですが、無限に増える敵に勝てるはずもありません。
私の作った増援によって戦いは終わり、目の前には最後まで生き残った一番めの兄が今、死にました。
……化け物、ですか。そう言われてもおかしくないことをしているということは理解しています。
ですが、なんと言われようともかまいません。これで、求めていた死者の魂が集まったのですから。
「必要なだけの魂は揃った……これで後は術を完成させるだけ」
そう呟くと、私はたった今死んだばかりの兄から視線を外して祈りの間へと向かうために歩き出しました。
そして祈りの間にたどり着くと、そこには『死』が目に見えるほどの靄となって部屋に漂っていました。
何事もない時ならば、何もしらないのであればこのような場所に入りたいとは思わないのでしょうけれど、今の私にはそれが役に立つのですからその靄を拒絶することはありません。
「ようやくです、アラン。ようやくあなたを甦らせることができます」
部屋中に漂う靄を見て、ようやく実感が湧いてきたのでしょう。私は後ろについてきてたアランへと振り返って話しかけました。
ですが、当然ながらまだ術は完成していないのでアランは何の反応も示しません。
私はそんなアランの頬に向かって手を伸ばし、触れながら話を続けます。
「きっとあなたはこんなことは望んでいないんでしょう。けれど、私にとってはあなただけが全てだった。だから、待っていてください。悲しんだとしても、怒ったとしても、私を嫌っても構いません。もう一度だけで良いのです。もう一度、私とお話ししてください」
それだけ言ってから、変わらずになんの反応もないアランに向かって笑いかけると、一度だけ深呼吸をしてから部屋の中へと入っていきました。
暗い靄の中を進み、アランを部屋に設置してあった魔法陣の中央へと進ませ、待機させると、私はその魔法陣の端でしゃがみ込み、これまでの想いを捧げるかのように魔力を込めて術を起動させました。
ですが……
「どうしてっ! 術は起動したはずなのに……どうして終わらないのっ!?」
確かに途中まではうまく行っていた。そもそも今まで蘇らせるのに必要な力が足りなかっただけで術そのものは完成していたのです。これまで何度も見直してきたこともあり、間違っているということはまずありません。
だというのに、術は終わらず、アランは魔法陣の中央に立ったまま意識を戻さない。
「術を最後まで発動させるのに必要な力が足りない? でも私の感覚ではわずかに余裕があったはずなのに……」
考えられる要因としては、術を終わらせるだけの魂が足りないということです。
でも概算では確かに術を完成させても僅かに余裕のある程度は集めたはずです。だというのに足りないというのは、何がどうなっているの……。
もしかして調整なしに使ったから怨念たちが意思を持っている? その抵抗で無駄に力を消費している?
……ありえない話ではない。普段は一旦魂だけとなったものを保存し、時間をかけて自我のない単なる力へと変えてから使っています。
ですが今回は数が多すぎて一旦保存なんてしている余裕はありませんでした。なのでそのまま使用することとなりました。ですので、普段にない結果になってもおかしくはありません。
だとしても、この想定外に対してどうするべきか……。ともかく、今はどれくらい足りないのか調べてみなければ。もしこれが百、二百と足りないのであれば……
「これは……あと一人ぶん?」
そう思って術を調べてみたのですが、完成までに足りないのはたったそれだけでした。元々多少は余裕を持って集めたのですからそんなものでしょう。
ですが、今はその〝たった一人〟が絶望的に感じられる。
「だとしたら……でもこの場から動いたら今使った力は消える。またやり直し? いえ、そんな余裕はない。でも、あと一人分なんて……」
もう城にいた人間は全員〝糧〟にしてしまった。そうなると後は城の外から誰かが来る可能性に期待するしかない。
けれど、それはいつになるの? 今の時間は夜。こんな時間に城に来るなんて——それも、明らかな異常を見せている誰かが城に来るなんてありえない。
一人分。あとたったの一人分が果てしなく遠い……
「街に向かって適当に魔法を放つ? ……いえ、そんなことをする余裕なんてない。
後一人……後一人が……。
でもこの城にはもうアランと私しか……。
……アランと、『私』しかいない?
「…………………………………………あは」
〝そのこと〟に気がついた瞬間、私の口からは知らないうちに笑いが溢れました。
この部屋には鏡がないので今の私がどんな表情をしているのかわかりませんが、笑っているのでしょうか?
「今更、自分だけというのは、虫が良すぎるというものですよね」
〝一人分の魂〟が必要なら、自分のものを使えばいい。
私はアランのことを恨んだりなどしていないので使えるのかと一瞬考えましたが問題ないという結論が出ました。
アランに処刑人などということをやらせてまで怨みやつらみが必要だったのは、その感情の矛先をアランに向けることで収集効率を上げるためでした。最初からアランの元に向かうという意思を持って死ねば、そんな感情の矛先なんて必要ありません。
「元々この世界に生きている意味なんて見出していなかったんですから、あなたを甦らせる対価としてなら、死んでも満足というものです」
今まで何度も死のうと思ったことがあったのですし、死ぬ覚悟がなくて死ねなかっただけです。
ならば、ここで死んでも構わないでしょう。大好きな人を蘇らせる対価をして死ぬのであれば、これ以上ないくらいに幸福な死に方です。
「心残りがあるとしたらあなたと話をすることができないことですけど……」
後は術が本当に成功するかどうかという不安もあります。私が死んだ後、本当にアランは蘇ってくれるでしょうか?
「あなたと一つになれるのだと考えれば、それほど悪くないかもしれませんね」
私が死ねばアランに吸収され、その魂の補強に使われる。それは見方を変えればアランと一つになれるということでもあります。
ならば、私は迷う必要などありません。
「……いざ自分が、となると、怖いものですね」
懐から護身用の短剣を取り出して喉へと向けますが、覚悟を決めたはずなのにそれが首に触れたところでなんとも言えない嫌な感覚が胸を締め付けます。
「けれど——さようなら、アラン」
数回ほど大きく深呼吸をすると、一旦首に触れていた短剣を離して距離を作ってから目の前の魔法陣の上で立っているアランに向かってそう言いました。
そして、今度こそ、と勢いよく短剣を首へと向かって突き立て——られませんでした。
「……アラン?」
いつの間にか目をつむっていた私はいつまで経っても何も変わらない感覚に疑問を抱いていると、遅れて自分の腕が掴まれているのだと認識しました。
それに気づいた瞬間私は目を開けて自身の手を見ますが、その前に目の前に立っていたアランに目が行きました。
どうやらアランは先ほどまで立っていた場所から動いて私の手を掴んだようですが、その手を掴んだまま、アランは言葉を話すことはありませんでしたが、それでも首を振りました。
「っ! ……あはは。最後に、神様からの贈り物でしょうか?」
今まで何も映すことのなかったアランの瞳に、昔のような光が宿っていました。
声は出せず、体もほとんど動かない様子。でも確かにアランはここにいる。ちゃんと生き返ったのです。
なら後は、本当に仕上げとして私が術を完成させるだけです。
「もう十分です。あなたがそこにいることがわかって、術が成功したことがわかれば、私はそれで……」
そう呟くと何も言わないまま私の手を掴んでいるアランの手に込められた力が強まりました。
押しても引いても動かすことができず、このままではアランは離してくれないだろうと理解せざるを得ませんでした。
だから私は……
「ごめんなさい。私は、あなたの主として相応しくなかったみたいです」
そう言ってから短剣を持った手を下ろし、短剣を手放しました。
そうすることでアランも安心したのでしょう。私の手をつかんでいたアランのてから力が抜け手離されました。
「私のわがままに付き合わせてしまってごめんなさい。辛い思いをさせましたし、これからもさせてしまうでしょう。私を恨んでも構いません」
そんな油断をつくように私はアランの頭に両手を伸ばし、アランの頭を両手で挟んで引き寄せると強引に唇を重ねました。
生まれて初めての、そして最後のキス。同意なんて得ていませんが、せめて最後にこれくらいは許してください。
「初めてあなたを見た瞬間から、あなたに恋をしていました。大好きですよ、アラン」
唇を離した私はそう言うと同時にしゃがみ込み、私は先程手放した短剣を拾い上げ、再び手にしました。
そんな私の様子を見てアランは動き出しましたが——ごめんなさい。
「さようなら」
できることなら、王女などではなくただの町娘の一人としてあなたと出会いたかった。
そうして私は自身の喉に短剣を突き立て術は完成しました。
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