第49話処刑人・終
——アラン——
「あ——」
殿下が死んだ。
「あ、ああ……」
その瞬間、今までは霧がかかったようにはっきりとしない意識を取り戻した私は、だが何も考えることができずにただ首を振りながら無駄に声を漏らすことしかできなかった。
「あああああああああああああああああああっ!!」
喉に刃を突き立て、灰となって崩れ落ちた殿下の体へと手を伸ばしを抱き寄せるように動かすが、その手には何も掴めない。
そんな何も掴めず、灰が付着しただけの自分の手を見ながら意味のない声を吐き出す。
「どうしてっ! どうしてこんなっ、こんなことをっ!」
殿下が私を蘇らせるために今まで何をしてきたのか知っている。
今までも意識はあったのだ。それが『私』という存在と繋がらなかっただけで、ずっと見てきた。
殿下のしてきたことを思えば死を願われてもおかしくないということも理解している。
それでも私は……俺はあなたに死んでほしくはなかった。
「私はあなたさえ、あなたさえ笑っていられるのであれば、自分の命など惜しくなかったっ! だからあの時だって、私は恐れることなく進むことができたっ! なのにっ!」
そこにどんな思いがあったとしても、私はあなたに助けられたと理解したその日からずっとあなたの幸せだけを願っていた。
だからこそ訓練をしてきたし知識も身につけた。そして私が死ぬことになったあの時だって危険だとわかっていながら戦い、街を守り、死んだ。
「あなたが死んでしまっては意味がないじゃないかっ! ふざけるなっ!」
だがそれも全部殿下を守るためだった。あなたに死んでほしくないから、笑っていてほしいからこそだった。
「……私は、これから何を思って生きていけば良いというのですか? ……答えて、くださいよ」
ひたすら叫び、それでもまとまらない思考で、殿下に語りかけているのか呟いているのかもわからないまま言葉を吐き出す。
守りたかったものを守ることができず、人の理から外れた私は、いったい何をすればいいんだろうか。
私も殿下のように殿下を蘇らせろとでもいうのだろうか? そんなこと、私などにできるはずがない。
「——っ! ……なん、だ、これは」
何かできることはないか、何をすればいいのか、そう考えた私の脳内に、私の知らないはずの文字列が浮かび上がってきた。
意識を傾けると、それはただの無意味な文字列ではなく、知識の塊だった。
「これは……殿下の?」
深く意識を傾けてみると、なぜそんなものが浮かんできたのかがわかった。
どうやらこれは術の副作用というか影響のようだ。殿下に限らず、私の蘇生に使われた者の中でも比較的新しい者の知識や記憶が『記録』となって残っているらしい。
ならばその知識の中には殿下の——俺を蘇らせた者の記憶が残っているはずだ。
「……なら、本当に甦らせることもっ!」
そう思って必死になって頭の中の文字列を追っていくが、そこに求めている答えはなかった。
何せ、死者の蘇生に必要な死体は、灰となって消えてしまったのだから。
「………………まだだ。まだ何か、何かあるはずだ。きっと殿下はそのために私を甦らせたのだから。でなければ、私が生き返った意味など……」
それでも諦め切れるはずがない。
私は休憩宿考えずにただひたすらに頭の中に意識を傾けて知識を浚っていく。
「——転生?」
どれほどの時間が経っただろうか。外が俄に騒がしいと感じたその時、一つの答えとなるものを見つけた。
それは転生。蘇るわけではないが、新しい命として生まれ変わることができるというもの。
完全に私の望みと一致するわけではないが、むしろその方がいいのかもしれない。
このまま蘇らせたところで、殿下の幸せはこの場所にはないだろう。であれば、新たな人生へと送り出した方が殿下のためになるのではないだろうか?
そう考え、私は殿下を生まれ変わらせる方針で再び知識を浚って調べ始めた。
「殿下の魂はここにある。ならば、できるはずだ。そうだ。できる。できるんだ。だから、やるんだ」
幸い、魂を操る魔法陣はここにある。使者の蘇生とは違うが、流用することができた。
魔法陣を書き換えるための塗料は部屋に置かれていないが、そんなものはこの体にある。
俺は剣を自分の手首に当てると躊躇うことなく切り裂き、その血を使って魔法陣を書き換えていく。
だが、そんなことをしていると外の騒がしさが大きくなってきた。おそらくだが、城外にいた騎士や兵士達が城に来て調べているのだろう。術について調べるのにそれなりに時間を使ったのだから、誰か来てもおかしくはない。
しかしそんなことは関係ない。俺はただ術を完成させるだけだ。
「殿下。今度こそ、あなたをお守りいたします。そして願わくば——」
そして術を発動するその瞬間、部屋のドアが開けられ、部屋の中に光が差し込んだ。
「——次はずっと一緒に」
自分の中の何かが弾けるかのようにして溢れ出し、光の粒が宙を舞い、空へと向かって上っていった。
きっとそれは自分の中に押し込まれていた魂なんだろう。そんなことを思いながら俺の意識は黒く染まった。
————
「——ねえ、どうしたの?」
「んー? なんかこれかっこよくない?」
とある村、とある森の中で少年と少女の二人が遊んでいたのだが、少年はふと視界の端に入った木の枝を拾うと、少女に向かって見せびらかすように掲げた。
だが、少女には少年が何を思ってそんなことを言ったのかわからないようで、不思議そうに首をかしげた。
「えー、そう? ただの木の枝でしょ?」
「でもほら、こことかさ、剣のあの、あれ。持ち手? の部分みたいな感じがするでしょ? ……しない?」
「うーん。まあ言われてみればそうかもしれない、かな?」
確かに言われてみればそのように見えないこともない。が、あくまでも見えないだけで実際の剣には程遠い。
「あっ!」
少年はそんな木の枝を持って何度か振ると、何かに気がついたように声を上げた。
「え? なに?」
「ちょっとそこに立っててよ」
「なんで? ……まさか、それで試し切りなんてしたりしないでしょうね?」
「しないってそんなこと。良いからさ、ほら。ね?」
少女はまさかその枝を剣に見立てて自分を殴るのではないかと不満げにつぶやいたが、少年は笑いながらなおも少女におとなしく立っているようにと要求した。
「ねえ〜、何するの?」
訳がわからないながらも言葉に従って立ったままの少女だが、そんな少女の前で少年はしゃがんだ——いや、跪いた。
「身命を賭してでもあなたをお守りいたします」
跪いた少年は枝を両手の上に乗せるとそれを少女に捧げるように突き出した。
どうやら少年は枝を剣に見立てて騎士の真似をしているようだ。これは騎士の忠誠を誓っているのだろう
「んー。ダメ」
だが、その忠誠を向けられた相手である少女は少年の言葉をすげなく切って捨てた。
「……何で?」
「身命を賭してって、死んでもってことでしょ? そんなの嫌。守るなんて約束するくらいなら、死なないで守ってよね」
自分の誓いを断られた少年は不満げに問い返したが、少女から帰ってきた言葉を聞いて何故だか胸の中が暖かくなるような不思議な、でも嫌ではない感覚を感じていた。
「だから、ほら。ちょっとやり直し」
「えー。じゃあ、んー……」
そんな少年の胸の内など知らない少女は誓いのやり直しを要求し、少年は再び跪く。
「あなたを幸せにしてみせます——とか?」
だが、先程の言葉以外なんというのが騎士らしいのかわからず、ふっと頭に浮かんだ言葉を口にすることにした。
「え? え? あれ? 何で泣いてるの? そんなにダメだった? なんか、あれ? え、あ……ごめん」
「違うの。ううん。違う。これはなんかわからないけど……」
少年の言葉を聞いた直後、一拍間を置いた後に少女の目から涙がこぼれ落ちた。
そのことに少年は泣かせてしまったと狼狽え、少女は袖で涙を拭いながら否定するが、それでも涙は止まらなかった。
「でも、さっきのだと騎士の誓いっていうよりも、プロポーズみたいだったよね」
しばらくすると少女の涙は止まったが、本人にはなんで泣いたのかわからずとも泣いてしまったせいでおかしな空気になってしまった。
そんな空気を誤魔化すためだろう。木に寄り掛かるように座っていた少女はいつものように少年を揶揄うように笑った。
「え? そ、そう? ……なんか、ごめん」
「何で謝ってるの? 私は嬉しかったよ。——それとも、あたなは私と結婚するのはいやですか?」
「………………いやでは、ないです」
二人の年齢からすればやけに大人びて聞こえた少女の言葉に、少年は顔を赤くしなが僅かに目を逸らして頷いた。
そんな少年の態度が可笑しかったのか、それから僅かな間をおいて、少女は吹き出すように笑った。
「ふふ、何で言葉遣いが変わってるの? おかしいの」
「そ、それを言ったらそっちだってそうじゃない? 何だか、さっきのは少し大人っぽかったね」
「それこそ、〝それを言ったら〟、でしょ。さっきはかっこよかったよ。本当の騎士様みたいで」
少女は笑いながらそう言うと立ち上がり、お尻についた土を落とすように叩いてから少年へと視線を向け、そんな視線を受けた少年は同じように立ち上がるとついた土を落として少女と向かい合った。
「それよりも、約束だよ。今度はちゃんと守ってね」
「うん。約束だ。何があっても君を守ってみせるよ」
そう約束の言葉とともに手を繋ぎ、二人は家に帰るために歩き出した。
処刑人と王女 農民ヤズー @noumin_00
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