第46話王女22
あの日、騎士に連れられて部屋から出た私は牢屋ではなく城の一室に軟禁されることになりました。一応私も王女なわけですから、当然と言えますね。
「お久しぶりです、国王陛下」
そして私が軟禁されてから一月ほどが経過したある日、なんの前触れもなくお父様が——いえ、〝国王陛下〟が部屋へとやってまいりました。
そのうち来るだろうな、とは思っていましたが、思ったよりも遅かったですね。
陛下は、私がお父様、と呼ばなかったことででしょうけれど、僅かに悲しげな顔を見せました。
ですがそれも一瞬のことで、すぐに王としての顔に戻って話し始めました。
「……ミザリス、考えを変えるつもりはないのか?」
「ありません。その気があるのでしたら、そもそも初めからやりませんもの」
「そうか」
たったそれだけ。親子の会話としてはとてもではないが短すぎるでしょう。
ですがそれも当然です。もう親子ではないのですから。
「——ところで、あれから魔物による被害は通常と異なった点はありましたか?」
「……ないな」
「でしたら、アランが原因だという考えは間違っているのではありませんか?」
「だが、負の感情が溜まっていて、それが原因で魔物が発生したのだと言ったのはお前自身であろう?」
「確かにそう言ったのは私です。ですが、今の状態を見て、私の言葉を信用することが正しいと、本当にお思いですか? あの時の話は嘘だった可能性を疑うべきではないでしょうか」
「……嘘をつく場合、真実と嘘を混ぜればより相手を騙すことができると言うのは我々の間では知れていることだ。ならば、お前は私たちを騙す時にどんな嘘をついてどんな真実を話した? それを考えると、魔物の発生理由は本当のことなのだろうと結論が出た」
そんなことを言ったところで今更私たちの疑いを消すことなどできないとはわかっていましたが、それでも足掻いてみたのですが……まあ無理でしたね。
ですが、そんなことは承知していることです。それを踏まえた上で、もう準備も覚悟もしているのですから。
「アランは、どうなっていますか?」
「おとなしくしている。お前からの指示を素直に受け入れたのでな。……正直、あれほどおとなしく終わるとは思わなかったがな」
「抵抗したところで、あの時のアランは万全ではありませんでしたから」
そしてそこまで話したところで、またも会話は途切れ沈黙が部屋の中に訪れました。
「……お前は、どうやって〝アレ〟を作り出した?」
「調べたのでは無いのですか?」
「調べた。調べたが、分からなかったのだ。近しいものや死者の蘇生という概念はあったが、実際にそれを成し遂げるための術などどこにも書かれてなどいなかったそうだ」
まあ、そうでしょうね。アランに施したあの術はあの時、アランが死んでしまった時に咄嗟に思いついて実行したものです。それができるほどの知識は本を読むことで集めたので近しいものは記されているでしょうけれど、あの術そのものがどこかに書かれているわけがありません。
「昔から、魔物や死霊の発生理由について調べていたのです。それくらいしかやることがなかったと言うこともありますが、もし理由がわかって発生を止めることができれば、きっとみんな私を〝見て〟くれると思ったから」
最初は、そう。そんな馬鹿馬鹿しい願いが理由でした。
昔の私は……いえ、今もですね。私は王女という身分にありますが、尊重されていたかというとそういうわけではありませんでした。なのでそれを変えるための足掻き。
とは言っても、途中からはそんな願いよりもただの暇つぶしになっていましたが。
「アランに出会ってからは、魔物が生まれなければアランが傷つく可能性が減ると考えたのでそれなりに頑張りましたね。その甲斐あって、不完全ながらもアランを死なせずに済みました」
魔物という無から生物を発生させている現象を使って、アランの死を誤魔化し生を延長させた。その後術に手を加えて調整をしましたが、あの時の咄嗟の思いつきにしてはよくやったと自分でも思えるくらいです。
「……天才、というものなのだろうな。そのような才はないほうがよかったが」
……そうかもしれませんね。私も、私自信そんなことが咄嗟にできてしまう才能などなければ、と思ったこともありました。
そうであれば、〝こんなこと〟になることもなかったのですから。
「あの者の処刑が決まった」
「……何も分からなかったのではありませんか? 不用意に殺しなどして——」
「だが、このまま放っておくわけにもいかん」
「アランを殺せば、今までなくなっていた死霊がまた街に出てくるようになりますよ」
今までは死者が出た場合の『死』をアランに集めていたから街中で魔物が発生しなかったのです。アランを殺して私のやろうとしていることを止めてしまえば、また街中で死霊系の魔物が湧くことになるでしょう。
『死』を集めたせいで今回の魔物の襲撃のようなことが起こることになったと言われれば何も言えないのですが、数年に一度魔物の群れが攻め込んでくるのがわかっている状況と、いつどこにどれほどの魔物が街中で出るのかもわからない状況、それは果たしてどちらがましなのでしょうね?
「元に戻るだけだ。本来の、正常な形にな。それに、魔物による群れの害の方がよほど危険だ」
「魔物は数年から十数年の間に一度ですが、死霊は毎日です。どちらが民のためになるのかと言ったら——」
「もう決まったことだ。今更お前が何を言ったところで変わらぬ」
「……そうですか」
「そうだ。それに伴い………………お前の病死も決まった」
「病死、ですか。まだ私を王族として扱うおつもりですか」
「王家の威信のためだ」
罪人として処刑するのではなく、王族として病死する。それは王家の威信と言っていますが、実際のところは父親としてできるだけのことをしたいとでも思ったのではないでしょうか。
「故に、……これが最後の会話となる」
これで最後というのは、もうこの部屋に来るつもりがないという意味でもあるのでしょうけれど、私の病死がそれほど遠くないうち——それこそ明日にでも行われる可能性を示唆しています。
ならば、私もやるしかありませんね。覚悟は、とっくに決めたのですから。
「では最後に、一度くらいお茶を入れさせていただけませんか? ……ああ、毒なんて入れませんよ。入れようもありませんし、入れたところでなんの意味もありません。でしょう?」
「……わかった」
護衛達は止めようとしたようですが、お父様は護衛に止められる前にそう言って頷くと私の勧めた席に座りました。
私は魔法封じの枷をつけられているしこの部屋には火を起こせるものなどないので自力でお湯を沸かすことはできません。
なので監視要員として部屋にいた侍女に頼んでお湯を沸かしてもらいます。
そうしてお湯を沸かしている間に茶葉や茶器を棚から取り出して用意していきます。
作業をしている間にも私の手元に侍女や護衛達の意識が集まっているのがわかりますが、状況的に仕方がないでしょうね。
「どうぞ」
「ああ。……いい香りだな」
「ありがとうございます。暇でしたので、ありものですがブレンドを作ってみました」
お湯が沸いたので元々部屋に用意されていた茶葉を適当に混ぜて作ったブレンドティーを淹れて陛下に出しました。
ブレンドティー、などと言いましたが、一ヶ月の軟禁生活の間に暇だったので作っただけのものです。
「……私は、王になどならなければよかったのだ。王などというものになってしまったから、私はお前を殺さなくてはならない」
陛下にお茶を出した後は私も自分用に入れたものを持って陛下の対面に座りました。
そうして本来お茶と一緒に出てくるはずの菓子の類は何もなく、お茶だけで、なおかつ会話など何もない時間が過ぎていきましたが、突如陛下が呟くように話し始めました。
「いや、そもそも王でなければ、もっと『父親』でいられたのだろうか? そうすれば、このようなことにはならなかったのではないだろうか?」
そう言いながら私のことを見つめてきた陛下の顔は、とても王とは思えないほどに力のないものでした。
「今更そのようなことを言っても何も変わりません。陛下は王で、私はその娘。できることをやるしかないのです」
「そうか……」
「王も父親も、どちらも完璧にこなすなど、できるはずがないのです。私たちは、欲しいもの全てを手に入れることなどできません。自分の目的のために何かを切り捨てるしかないのです。迷っていては、躊躇ってしまっては最初に思い描いた目的さえ果たすことはできません。だから、必要であればそれがどのようなことであったとしても、やるしかないのです」
私は求めるものがあった。誰にも理解されないかもしれないけれど、話したところで狂っている、イカれているとしか言われないかもしれないけど、それでもたった一つだけ欲しいものがあった。
だからそのために全てを捨てる覚悟を、全てを壊す覚悟をしたのです。
「——だがやはり、私は王になどなりたくなかったよ」
陛下は私の言葉を聞いて目を瞑りましたが、それも僅かなことで再び目を開けるとそう言いながら立ち上がりました。
「美味しかったぞ——ありがとう」
そしてそんな言葉とともに部屋の外へと向けて歩き出し、私はそんな陛下の背に向かって頭を下げました。
「こちらこそ、ありがとうございました。それから——ごめんなさい」
それが、私から〝父〟に対する最初で最後の言葉でした。
その言葉をどう感じたのでしょうか。陛下はこちらを見ることも足を止めることもなく、部屋を出ていきました。
その日の夜私は数人の騎士に囲まれて謁見の間へと連れて行かれました。
おそらくは陛下から言われたのでしょうけれど、その様子はヘルムによって顔が隠れていてもなお疑問があるのがわかるほどでした。
当然ですね。罪人をこんな時間に連れてくるようにいうなど、普通ではありませんもの。
「陛下。ミザリス様をお連れいたしました」
「入れ」
陛下と私——父と娘が向かい合いますが、私たちの間に会話はありません。
何も言わないまま向かい合っている私たちに対して何を思っているのか、騎士達からは戸惑ったような感情が感じ取れました。
まあこんな時間に呼んでおいてなんの行動も起こさないとなれば、流石におかしさを感じるものでしょうね。
ですがしばらくすると、そんな兵士たちの戸惑いを助長する出来事が起こりました。
「陛下。アラン・アールズを連れて参りました」
「え?」
そんな声を出したのは私でも陛下でもなく、私をここまで連れてきた騎士の一人でした。
今まで私とアランを会わせないようにしていたのに、こんな夜に連れてきたことを不審に思っているのでしょう。
もしや陛下が親心によって私たちを逃すとでも思っているのでしょうか。騎士たちは明らかに警戒を強めました。
「アラン。暴れてはなりませんよ」
今のアランは私か自分が攻撃されない限り、もしくは私が命じない限りは自分から攻撃することなどありません。
ですがそんなことは騎士達にはわからないはずですし、現状を考えると騎士達が不安に思っても仕方がないでしょうね。罪人として扱われていたとしても、アランがこの国最強の剣士だと言うことは変わらないのですから。
そして、今はアランの特異性もわかっているのですから、尚更でしょう。
ですが、私としてはこの状況で騎士達を攻撃するつもりはありません。少なくとも、今はまだ。
なので変に争いにならないように私ははっきりとそう口にすると、その言葉を聞いた騎士達は僅かに安堵の息をこぼして警戒を緩めました。多少は落ち着いたようですね。
しかし、落ち着いたことで今度は別の問題が出てきました。いえ、出てきた、と言うよりも溢れ出した、と言った方が正しいのでしょうか?
「……陛下。なぜこのようなことを命じたのか、ご説明いただけますか?」
今までは黙っていたようですが、アランへの警戒が緩むのとともに気も緩んだようで、一人の騎士が本来であれば合わせるはずのなかった私とアランを呼び寄せた理由を問いかけました。
「ふむ。王としてはならぬことなのであろうが、せめて最期くらいは、とな。お前たちは離れよ」
「なりませんっ!」
「襲われたらどうされるおつもりですかっ!」
騎士達の判断は間違っていないでしょう。私たちは仮にも罪人。自由にする選択肢などあるはずがないのです。
ですが、国王はその騎士達の言うことなど聞くことはありません。
「ならば、お前たちは私の前に集まれ。それならば何があっても対処できよう?」
「ですが……」
「すまぬ。だが、頼む」
「……はっ。かしこまりました」
不承不承であると言うのを隠すことなく、一人の騎士が国王と私の間に割り込むように立ち、剣を構えました。あれは、おそらくお父様の護衛騎士の隊長なのでしょう。
そんな仲間の姿を見たからでしょう。他の者達も僅かに視線を交わした後にゆっくりと私たちから離れて国王の前へと移動していきました。
私たちから距離を取り移動し始めた騎士達からアランへと視線を移すと、アランは私の方へと近づいてきていました。
そして私の目の前までたどり着くとその場に跪きました。
「アラン。怪我はありませんか? どこか悪いところなどはどうですか?」
「異常はございません」
私はそんなアランの頬に向かって手を伸ばし、問いかけましたが、返ってきたのはたったそれだけの言葉。
いつも通り、以前とは違う感情の乗っていない返事ですが、それだけの言葉でも聞くだけでまだ頑張ることができる。
後少しで終わるのです。だから、今日で終わらせましょう。
そんな覚悟を再確認していると、突如としてドアが開き、そこから見知った顔のものが二人入ってきました。
「父上。お呼びとのことで参上いたしました。ですが、このような時間にどうされまし——た?」
「ミザリス? それに……っ!」
「な、なぜだ! なぜお前たちがここにいる!?」
見知った二人——兄達は私とアランがこの部屋にいることに疑問を抱いたようで、取り乱しながら叫びました。
「父上! どういうことですか!?」
そしてその視線は、声は、私たちではなくこの部屋に自分たちを呼んだ者——国王へと向けられました。
「父上、お答えくださいっ! どうしてこの二人を会わせたのですかっ!」
ですが国王はそんな二番目の兄の叫びに答えることなく、それに苛立ったのか再び叫び、問いかけましたがそれでも国王はなんの言葉も返しません。
「……陛下?」
答えないどころかなんの反応も示さないことに疑問を抱いたのでしょう。国王と私の間に立っていた騎士の一人が振り返り国王の様子を伺いました。
夜であり薄暗いせいでわかりづらくなっていますが、陛下の体からは黒い不気味な靄のようなものが滲み出ています。
それは、儀式をやるときに集まるものと同じもの。つまりは、可視化された怨念の塊。
「ち、父上!?」
「これは……っ! ミザリスっ!」
自分たちの父親の状況を見て何が怒ったのか一瞬で理解した、とまでは行かなくても私たちに原因があると判断したのでしょう。一番目の兄が私を睨んできました。
「お前は、父上に何をしたっ!」
「私が何かしたように見えますか?」
「とぼけるな! あれはお前の騎士と同じものだろうがっ!」
二番目の兄はそう言いましたが、実際にその言葉は正しいです。
国王から滲み出し、その体にまとわりついているものは私がやったこと。
私はひと月前の軟禁されることになったあの日、すでに細工をし始めていました。
軟禁されてからは魔法を使えないようにと魔法封じの枷をつけられましたが、それは想定の範囲内。
ですが、その枷がつけられたのは私が部屋に閉じ込められてからしばらくしてからです。つまりは、軟禁されてから魔法を封じられるまでに間があったと言うこと。
その間に、軟禁後も自由に動けるようにするために魔法を使い、後からつけられた魔法封じの枷の効果が意味のないモノになるようにしておいたのです。
だからこそ私はごねることなく速やかに捕えられました。変に抗って色々と準備が終わってからでは細工をすることもできませんでしたから。速やかに捕らえられる必要があったのです。
そうして枷を無効化してからは陛下が私の部屋に来るまでの一ヶ月の間に準備を整え、そうしてお茶を出すのと同時に呪った。
その呪いを使って私たちをこの部屋に集めるように操り、そして今はその呪いを暴走させたところです。
「まあ、そうですね。ですが私が何をしたのか話す前に——アラン。この部屋にいるものを全員殺してください。優先するのは、あちらからです」
アランにこんなことを命じなくてはならないことが心苦しい。アランだってそんなことはしたくないはずです。
「はっ」
それでもアランは逆らうことなく返事をし、国王の変化に戸惑っている騎士達へと向かって歩き出しました。
その手にはなんの武器もありません。ですが、それでもきっとアランは負けることはないでしょう。
そんなアランの動きを察知して国王へと意識を向けていた騎士達はアランへと振り返りますが、それは騎士達にとってよろしくない結果を生むこととなりました。
騎士達が目を離した瞬間、国王の体は生き物の体からは聞こえてはならないような生々しい音を立てて歪み、膨れ上がりました。
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