第45話王女21
——王女——
「隊長! クレア隊長っ!」
アランを見送ってから部屋で待機してはや数時間が経過しました。
その間はまだかまだかと結果が出るのを待っていたのですが、落ち着かない気持ちで待っていると突如部屋のドアが叩かれ、護衛騎士であるクレアを呼ぶ声が聞こえました。
ですが、ここは私の——王女の部屋です。大きな音を立ててドアを叩き、中にいる者を叫んで呼び出すなど、本来ではあり得ません。無礼だと罪に問われることだってあり得ルのですから、仮にクレアを呼ぶにしてももう少し丁寧に呼ぶはずです。
だというのにこれほど騒ぐのであれば、それほどの無礼をしてでも急いで呼び出さなければならないほどの要件だということになります。
ということは、戦いが終わったのでしょうか?
それとも、考えたくはありませんが門を突破された?
……どちらかは分かりませんが、まだアランとの繋がりが切れていないので、全滅したということはないでしょう。アランであれば、死ぬまで門を守ろうとするでしょうから。
そう考えると、魔物が街に入ってきたのだとしても数体が通り抜けただけでしょう。
「殿下、少々失礼いたします」
そんなことを考えているとクレアが私に断りを入れてから扉へと近づいて行きました。
「どうした、何があった。魔物に進展でもあったのか? それとも、もしやまた賊か?」
「い、いえ、そうではありません。実は……アラン殿が大物を倒しました。ですが——」
クレアの問いかけに伝令にきた護衛騎士の一人が答えましたが、どうにも言葉が詰まったような
「それは本当ですかっ!?」
ですが、私はそんなおかしさを思考の隅に追い立てて立ち上がり、叫びました。そしてそのままの勢いで伝令にきた騎士へと足早に歩み寄っていきます。
「今の話は本当ですか? アランは勝ったのですね!?」
「え、あ……はい」
私の言葉に伝令の騎士は頷きましたが、その答えはやはりどうにも煮え切りません。
「ただ……」
「……なんですか?」
この反応は、どうしても悪いことを想像させます。
ここまで言い淀むということは、私にとってよくない報せがあるということで、それはおそらくアランに関係していることでしょう。
ですが、アランとの繋がりはまだ切れていません。であれば死んでいないはずです。
だというのに、どうしてこれほどまでに言い淀んでいるのでしょう?
……考えたくはないけれど、考えられる要因としては死んでいないけれど死にかけている怪我を負った
「アラン殿は魔物の攻撃によって腹部を貫かれ、重傷を負っています。おそらくはもう——」
その言葉を聞いた瞬間に私は走り出しました、走り出さずにはいられなかったのです。
「殿下っ!?」
ですが、私が足を踏み出して部屋の外に行こうとしたところで、おそらくは予想していたのでしょう。クレアに腕を掴まれて止められてしまいました。
私に嫌われないようにするために私を止めないと思っていたのですが意外です……いえ、そうでもないかもしれませんね。
クレアにとって私は良い寄生先でしょう。嫌われたくはないけれど、好きに動かさせて死なれては元も子もない。そんなところでしょうか。
アランの元へと向かうのを止められたせいで苛立った頭。その残っていた冷静な部分が一瞬でそんなことを考えました。
「お待ちください! どこへ行かれるおつもりですか! まだ警報は解かれていないのですよ!?」
「ですが、アランがっ!」
そのとき外から声が聞こえてきました。声、というよりも悲鳴ですね。
「殿下はお下がりください! 構え!」
その悲鳴を聞いた瞬間にクレアだけではなく私の護衛騎士達は一斉に動き出し、剣を抜いて私を囲うように移動しました。
ですが悲鳴が聞こえてきたわりにそれ以外に何があるというわけでもなく、部屋の外からは戦闘音が聞こえるわけでもなく、ゆっくりと扉が開きました。
そして扉を開けて入ってきたのは——
「アランッ! ——ッ!?」
アランでした。ですがその全身は赤く染まり、よく見なければアランだとは気付かないほどです。そして何よりも変わったところは、その腹部。なんだかよくわからない私の腕を二、三本まとめたような太さの何かがくっついて——いえ、突き刺さっているのです。
アランは私の前まで来ると前のめりに倒れました。
その時に腹部に刺さっていた剣のようなものの先端が地面にぶつかったからでしょう。生々しい音を立ててアランの腹部から抜け、床に転がりました。
ですがそれによってアランからは身に纏っていたものではなく、アラン自身から流れ出る血で床を赤く染めていきます。
倒れたアランへと駆け寄ってすぐさま修復のための魔法を使いますが、魔法使いとしてお世辞にも一流であるとは言えない私ではたかが知れていました。
「ち、治療を……治癒師を呼んでっ!」
ですがそれでも魔法を止めることはなく、脇目も振らずに必死になって叫びました。
「で、殿下……ですが、もう……」
「早く呼びなさい!」
私の言葉に騎士の一人が私に諦めさせようと口を開きましたが、そんな言葉は最後まで言わせない。
有無を言わせない私の叫びにそばにいた者達は動き出しました。これでしばらくすれば治癒師が来るでしょう。
確かに常人では死んでしまうような怪我であるのかもしれません。
ですが、今のアランは術の影響で死にづらくなっています。多少の怪我では早々死ぬことはないでしょう。
ですが、これほどまでに大きな穴が相手しまうとなるとどうなるかわかりません。もしかしたら、本当にこのまま死んでしまうかもしれない。
それは認められません。
だから私は必死になって魔法を使い続けるのです。
「死なせはしません。もう死なせたりしないんですっ!」
そうして私は治癒師が来る間、来てからもアランの側を離れず、魔力不足で意識を失うまで魔法を使い続けました。
魔物の活性化による襲撃から三日後。私は城にある医務室。その中でも最も使用頻度の少ない場所にいました。
「——よかった。まだ、平気みたいですね」
目の前ではアランが眠っていますが、それは三日前にアランが倒れた時からずっとです。この三日間、アランは目を覚ますことなく、それどころか寝返りも寝言もなく、ともすれば死んでいるのではないかと思うほどに反応を見せませんでした。
けれど、それでもまだアランは生きているのです。それだけで私にとっては十分でした。
「またきますね」
そう言ってから立ち上がりますが、この三日間はアランの怪我を治すためだったり、乱れた状態を整えるためだったり色々と作業をしていたので疲れが溜まっていたのでしょう。疲労からかあまりうまく口が動いてくれない気がします。
「……殿下。アラン殿は、本当に人間なのでしょうか?」
部屋に戻ってからソファに座って身体を預けると、護衛騎士の隊長であるクレアがおずおずと問いかけてきました。
「……それはどう言う意味でしょう?」
「だ、だってあれほどの怪我をしていたはずなのに、おかしいではありませんか。あの怪我は到底人が生きていられるような怪我ではありませんでした。百歩譲って殿下の下まで歩いてきたのはいいとしましょう。彼の普段の姿を考えれば、執念でたどり着いたと納得することもできます」
私は体を預けていたソファからゆっくりと体を起こしてクレアを見つめて問い返しました。
クレアは私が不機嫌そうなのがわかったのでしょう。慌てたように口を開き弁明しました。
「ですが、その後です。その後、死んでなければおかしいのです」
「クレア。あなたはアランに死んで欲しかったのですか?」
「違いますっ。そうではなくっ……」
クレアは言い淀みましたが、彼女の言いたいことはわかります。あの日から、あの時のアランの姿を見たものは全員と言ってもいいほどにアランに、そして私に不信感を抱いています。ですがそれは仕方のないことなのでしょう。あの時のアランは、わかりやすいくらいに異常でしたから。
「ミザリス王女殿下。国王陛下がお呼びです。お急ぎください」
ですが、そんな話をしていると突然部屋の扉が叩かれました。
お父様から……? なにについてでしょうか。このタイミングで、それも急ぎでとなると、どうにも嫌な予感がします。
ですが、行かないわけにはいきません。
「わかりました。——クレア、護衛をお願いします」
「……はっ」
クレアは私に不信感を抱いているようですが、それでも今のところは私の騎士として仕事をするつもりはあるようです。
……そろそろ、限界なのかもしれませんね。
「お父様……お兄様? ……お話とはなんでしょうか?」
「ああ。だが——下がれ」
お父様の呼び出しを受けて以前にも使った部屋に着くと、そこにはすでにお父様と二人の兄が席についていました。
軽く手を払うような仕草と共に放たれたと鋭い眼光と言葉を受け、部屋にいた使用人や騎士達が全員部屋の外へと向かって出て行きました。その中には当然ながら私の騎士や側仕え達もいます。
「座れ」
部屋の中には私を含めて四人しか残っておらず、私は私以外の三人の視線を受けながら勧められるがままに席につきました。
「お前の騎士についての話だ。あの者は——」
普通なら私が席についたとしても少し間を開けて様子を見てから話し始めるものです。
ですが今回は違いました。私が席についた瞬間、一瞬の間を置くこともなくお父様が口を開きました。
「おいっ、あいつはなんだっ!? あいつは……あれはっ——!」
けれど、今まで散々待っていて、もう待ちきれなかったのでしょう。二番目の兄がガタリと音を立てて立ち上がり、感情を爆発させるかのように声を荒げてお父様の言葉を遮りました。
ですが、その言葉もガンッという何かを殴りつける音によって遮られました。
その音の方向へと目を向けると、どうやらお父様が机を叩いたようです。
「静かにせよ。今は私が話しているのだ」
普段にないくらいに威圧感のこもったその言葉と眼差しを受け、兄はビクリと体を震わせてから席に座り直しました。
「それで、あの者は何者だ? いや、なんなのだ、と聞いたほうが正しいか?」
その言葉は私に状況を理解させるのに十分なものでした。
元々この部屋の様子と最初の言葉でわかってはいましたが、それでもはっきり言われないうちは希望が持てました。
ですが、どうやらもう気づかないふりをして誤魔化すことはできないようです。
「魔物を倒し、街を守ることができたのは素直に喜ばしいことだ。だが、その騒ぎを収めた立役者であるお前の騎士は、怪我をしたそうではないか。それも、常人では数分と生きることのできぬほどの大怪我を。それでもなお生きている。我が国の治癒師が優秀であった、と言う話ならそれで構わないのだ。むしろ喜ぶべきことだ。だが、違うのであろう?」
そう。アランが治ったのは治癒師の腕が良かったからではない。
無論治癒師の活躍があったからアランが生き延びたというのは確かです。
けれど、それだけで治ったというわけではありません。
「その時の様子を聞いたのだが、どうにも普通ではなかったらしいな。その姿を見た兵士達が言うにはその時のお前の騎士からは黒い靄のようなものが出ていたらしいな。そしてその様子は——まるで魔物みたいだった。そう言っているらしい。それも一人二人ではなく、見た者全員がな」
その視線は二人の王子に向けられたことからすると、二人ともあの時のアランの様子を見たのだと思います。
そうでなくても他に何人も見ているのですから、今更言い逃れなどできないのでしょう。
「……」
「先日、私はお前に聞いたな。あの魔物の群れはお前の内に溜まったものが呼び寄せたのではないか、と。だがお前ははぐらかした。あの時はお前が原因だと思ったが……違うのだな?」
その言葉に対して、私は何かを言うことができませんでした。今更何かを言ったところで状況が好転するとは思えないし、何を言っていいのかわからなかったから。
「………………はぁ。ミザリスを部屋に閉じ込めておけ。沙汰は追って下す」
お父様は私の沈黙をどうとったのか、長い沈黙ののちに大きく、けれどとても疲れたように力なく息を吐き出してそう言いました。
「ちち——」
「父上、例の騎士はどうされますか?」
二番目の兄は何かいいたそうにして口を開きましたが、それを遮るかのように一番めの兄が私の騎士——アランについて尋ねました。
「……処刑する。それが一番安全だ」
ですが、アランを処刑するという言葉を聞かされてしまっては見過ごすことはできません。
「……アランを処刑したとして、それで本当に収まるとお思いですか?」
気づけば、勝手に口が動いていました。
「なに? ……どう言うことだ」
そんな私の言葉に父も兄達も私のことを睨むように見つめてきましたが、私はどうすればアランを処刑されないようにできるのか必死になって頭を働かせて口を開きました。
「魔物が押し寄せた原因も分からなかったと言うのに、その原因を不用意に扱った場合に更に酷いことになる可能性は考えないのですか?」
「父上っ、聞いてはなりません! 単なる時間稼ぎです!」
時間稼ぎ。確かにそれはあっています。時間を稼いでどうするのか、と思わなくもないですが、アランを生き延びさせるにはまず時間を稼がなくてはどうしようもないのですからこの選択はきっと間違ってはいないでしょう。たとえその先に一切の希望が見えなかったとしても。
「時間稼ぎですか、時間稼ぎとは何かしらを待っている状態でするものですが、お兄様は私が何を待っていると?」
「それは……」
「だが止めようとしたのは間違いないだろう? お前は、戯言を言ってでも止めなくてはならなかった。違うか?」
二番目の兄が言葉に詰まりましたが、そこに一番目の兄が割って入りました。
ですが、確かにその通りです。
この後どうすればいいのか必死になって考えながら私は兄達と睨み合うこととなりました。
けれど、そこでお父様がパンっと手を叩いて私たちの意識を自身へと向けさせて口を開きました。
「どちらも閉じ込めておけ。魔物に関する学者と魔法師たちには例の騎士の状態を調べさせる」
その言葉を聞いた瞬間に一つの懸念が生まれました。
アランは今も眠ったままですが、おそらくどこかへ連れ去ろうと害意や敵意を感じたら起きるでしょう。
そしてそのまま自分に仇なすものを殺してしまうはずです。高速なんてされてしまえば、私を守るという行動を実行することができなくなってしまいますから。
ですが、まだどうするのか明確に決まっていない状況でそんなことにしまえばまずいどころの話ではありません。
逃げるにしても、もっと違う何かをするにしても、今はおとなしくしているべきでしょう。
「お父様。でしたら一度アランに合わせていただけませんか? 私が軟禁されたと聞けば、アランは暴れるでしょうし、本人が拘束されるとわかればその場合も抵抗するでしょう。私としましても、無用な被害が出てほしいと願っているわけではありません。被害を出さないためにも、私からの指示をだす必要があると思うのですが、いかがでしょう?」
「そんなことできるわけがないだろ! そのまま逃げる気じゃないのか!?」
「……なら、不安でしたら何か書くものをください。そこに指示を記しますので。なんでしたら書いた内容を読んでいただいて構いません」
私がそういうと、流石に何か文句をつけることはできなかったのか、二番目の兄はそれ以上何もいうことはありませんでした。
「これを使え」
お父様は使用人を呼ぶこともなく部屋の隅に置かれていた棚から紙とペンを取り出し、私の前におきました。
その際に一瞬だけ視線が交わりましたが、その瞳にはなんの色もありませんでした。まるで、自分の感情を強引に抑え込んでいるかのように。
そんなお父様の様子に気がつきながらも、私は受け取ったペンを持ち、アランへ向けて命令に従うようにという指示を書いておきました。
「ではこれをお願いします」
アランへの指示を書き終えると、私に紙とペンを渡したまままだ側にいたお父様に渡しました。
ですが、お父様は私の差し出した紙を受け取ることなくまっすぐに私を見据えて、そして口を開きました。
「……ミザリス。あの騎士を手放す気は無いのか? 今ならばまだ、お前を王族としていられる」
「父上っ!?」
お父様の言葉に今まで比較的静かだった一番目の兄が声を荒げて立ち上がりましたが、お父様はそちらへ視線を送ることすらしません。
「それは、罪悪感からですか?」
「……」
黙ったということは、そういうことなのでしょう。
今まで私は娘らしい扱いをされてきませんでした。そのせいでアランなんていう一人の騎士に惚れ込み、こんな事態を引き起こした。ならば今回の件は娘に対して父親として接してこなかった自分の責任だ。
推測でしかありませんが、おそらくお父様はそう思っているのでしょう。
ですが……
「ありがとうございます、〝国王陛下〟。……けれど、お断りします。だって、その先にあるのはひとりぼっちの世界でしかないのですから」
「……そうか」
お父様はそう言って一度目を伏せ、僅かなのちにしまってあったベルを取り出すとそれを鳴らして自身の使用人を呼びました。
「連れて行け」
部屋の中に入ってきた騎士に向かって、余計なことは何も言わずにそれだけ言うと、お父様はそれまで自身が座っていた椅子に乱暴に腰を下ろし、それ以降はこちらのことを見向きもしませんでした。
そうして私は騎士達に誘導され、部屋を出ていくこととなりました。
……きっと、これが『親子として』の最後の会話なのでしょうね。
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