第44話処刑人18
——アラン——
「耐えろ! 英雄殿の周りに他の魔物を近づけるな!」
数時間前までよりも遥かに多い魔物の襲撃に対して兵も騎士も関係なしに混ざって戦っているのだが、その中でも一箇所だけ他とは少し状況の違う場所があった。
騎士も兵士も協力している、という点では同じだ。だが、他の場所のように手当たり次第魔物を倒しているというわけではなかった。
何が起きているのかというと、一人の騎士が魔物の群れのボスと一対一で戦っているのだ。周りにいる兵士達はそんな一人の騎士の戦いを邪魔しないさせないために、騎士と魔物のボスが戦っている場所に他の魔物が向かわないように進行を妨げていた。
そんなことをしなくても、一人に任せないで全員で協力すればもっと簡単に倒せるのではないかと思うかもしれない。だが、そんなことはもう試していた。
だがそれでも倒せないどことか、まともに手傷を負わせることすらできず、そもそも足を止めさせることすらできなかった。群れのボスはそれほどまでに強かったのだ。
だからこそ、まともに戦うことのできている一人を当てて、その一人を邪魔させないようにしているというのが現状だった。
そして、その戦っている一人の騎士というのはアランだった。
兵士たちからは英雄として讃えられ、騎士からは処刑人として疎まれる存在。
アランはその卓越した剣技を持ってして魔物と一進一退の攻防を繰り広げていた。
しかし、それも永遠に続くわけではない。
「ああ!」
「そんなっ!」
先端が剣のように鋭くなっていた尻尾に腹を貫かれたことによって周りにいた兵士たちが悲鳴じみた声を上げた。
その尻尾の太さはおおよそ直径二十センチほどだろうか。そんなものが腹に刺さってしまえば、とてもではないが普通の人間は生きていることができない。
だというのに、魔物はアランが刺さったままの尻尾を持ち上げると、それを地面へと叩きつけた。
だが、それでもまだ魔物の攻撃は終わらない。一度叩きつけた尻尾を持ち上げると再び地面へと叩きつけアランの体を破壊していき、再び地面へと叩きつけた。
そんなことを何度か繰り返すと、魔物はまだアランが刺さったままの尻尾を顔の前に持っていった。
魔物は尻尾の先に刺さったままのアランを見てニタリといやらしく笑うとよだれの垂れている大口を開けて喰らい付く。
が、閉じられた口の中にアランが入ることはなかった。
代わりにと言うべきか、赤い液体が魔物の顔を濡らした。
血だ。ただしそれはアランのものではなく、魔物自身のもの。
魔物がアランへと噛み付く寸前、魔物がアランを口の中に入れようとしたところでアランは自信を貫いている魔物の尻尾を切断したのだった。
そして拘束から抜け出したアランは食べられるのを回避した。
——ォォオオオオオオ!
しばらくしてから自身の尻尾が切り落とされ、獲物に逃げられたことに気が付いたのだろう。魔物は怒りと悲しみが混じったような叫びを上げた。
だが、この魔物はそんなことをしている余裕などなかった。叫ばずに冷静に状況を確認していれば、この後起こることにも対処できたかもしれない。
しかし、実際に魔物が対処することはできなかった。
尻尾を切り落としたことで敵の拘束から逃れることのできたアランだが、依然としてその腹には自信を貫いた魔物の尻尾が刺さったままだ。
そんな状態であってもアランは剣を手放すことなく魔物の懐へと入り込んでいき、そして剣を振り上げた。
オオオオオ——
そこで不自然に魔物の叫びが途切れた。正確には完全に途切れたわけではないのだが、先ほどまでとは違ってごぽごぽと水音が混じるようになっておりはっきりと声になっていない。
そのことに叫んでいた魔物自信何が起きたのか理解できないでいるのか、瞳に怒りを宿しながらも困惑したような色を宿していた。
だが、そんな魔物の頭部は直後に起こった衝撃のせいで地面へと落ちていった。
そうして何百もの兵や騎士を殺し、喰らった魔物は、最後まで何が起きたのか分からないまま死んでいった。
困惑して隙を見せた魔物の首に二撃めを叩き込んだアランは、流石に限界が来たのかふらついた足取りでなんと語っていると言った様子だ。
だが当然だろう。アランの腹は魔物に貫かれたままなのだから。その大きさは魔物の大きさに比例するかのように大きく、到底拳一個分では収まらないようなものだ。
今は魔物の尻尾が刺さったままだから血が溢れずにいられるためか、アランは生きていられた。
いや、それにしても常人であればとっくに死んでいるだろう。
だがそれでもアランは倒れない。倒れず、自身の主人の元へと戻るべく歩き出した。
当初はアランの勝利を喜び、歓声を上げていた周りにいた兵士たちも、そんな本来ならとっくに死んでいるような状態のアランを見て何かおかしいと思ったのか、誰一人として手を差し伸べることなく不気味なものを見るようにアランのことを遠巻きに見ているだけだった。
「ア、アラン様——ひっ」
本来なら死ぬような怪我を負い、腹を貫かれ魔物の尻尾を生やしたまま全身を血で赤く染めながらのアランに声をかけた兵士だが、そんなアランに見られたことでその場に尻餅をついてしまった。
アランは倒れた兵士のことなど気にすることなく、傷を癒す治癒師を求めるでもなく、ただただ主人の元へと歩いていった。
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