第38話騎士

 ——アーリー——


 おかしい。それが私の感想だった。


 ミザリス王女殿下よりあの時——精霊の森で森の主と対峙した際の言葉について説明を受けたが、それに私は納得することができなかった。


 もし仮に殿下の仰られたように『祈りを行なった際の穢れ』が原因なのであれば、ならアランはどうなる?

 あの時、森の主から見られ、そして疎まれたのは殿下だけではなく、アランもだった。


 あの森は悪意の住処と呼ばれるだけあって森に入ったものに対しては悪辣だが、同時に自分たちにとって『嫌なモノ』を見分ける選定眼は確かなものだという。


 そんな場所の主であり、私から見ても逆らってはいけないような強大な力を持っているであろう存在から疎まれるのであれば、それは何かあることは間違い無いのだろう。


 だから、不敬ではあるが調べよう。


 調べ、何もなかったのであれば、私は素直にそのことを伝えればいい。その結果隊長の座を追われ、罰される事になったとしても、それはそれで構わない。

 王家は正しく、民のために行なっていたのだとわかればそんな方々に仕えるコトができたことを誇りに思えるし、そんな王家や殿下といった主家を疑う私は騎士としてあってはならないだろうから。


 だが、もしも……ないとは思いたいが、もしも王女殿下がなんらかの表には出せないようなことをしているのであれば……その時は——。


 そう考えて調べる機を伺っていたのだが、私は護衛騎士の隊長という役柄それほど自由時間を取ることができなかった。


 その事に加え、アランの勤務が休みの時を狙う必要があるというのが問題だった。

 もし夜に行動してそれが万が一にでもアランに見つかってしまえば私が怪しんでいる事に気づかれるかもしれないからな。

 だからアランの夜勤がなく、宿舎に戻っている日を狙わなければならなかった。宿舎に戻っていれば城にはくるはずがないからな。


 だが、大抵は私かアランが殿下の護衛として務めているから、二人が揃って休みになるというのはあまりなかった。

 そのせいで、調べようと思ってからすでに二ヶ月もの時間が経ってしまった。


「ついたか」


 静かにしなければならないはずなのに、緊張からかつい声に出してしまった。


 今私の目の前にあるのは、殿下が祈りを捧げ浄化を行なう時に使っている『祈りの間』だ。


 何かあるとしたらここなのだろうという直感があった。


 それに、何か調べるといっても殿下が何をしているのかわからず、どこから手をつけていいのかもわからない。

 だが、殿下が普通とは違うことがあるとしたら、それはここだ。この祈りは他の王族はやっていないし、数年前から殿下が始めたことだ。


 なので、調べるとしたらここを調べるのは間違いではないだろう。


 数年前、魔物による被害が出てから王女殿下は祈りを捧げ初め、それと同時に何やら色々と調べ始めた。


 そして、その魔物の襲撃の日を境にアランの様子もおかしくなった


 アランのことを思い出して、それと一緒にあいつと同名ではあるが別人のアラン……私の恋人だった者のことを思い出す。


 いや、恋人〝だった〟ではない。私は今も恋人のつもりだ。

 アラン・ゼート……あいつはどこへ行ったんだ……。本当に死んだのだろうか? あいつが死んだとは聞かされたがその点にはおかしなことがいくつかあった。


 アランは……アールズは部隊を率いて魔物の群れを迎え撃ったが、その部隊はアールズとゼート、二人のアランを残して死亡。

 生き残ったアールズだってほぼ死にかけの状態で運ばれ、そんなアールズを運んだのは他ならないアランだった。


 その時点では確かにアランの生存は確認されていたのだ。だが、その後は死んだと知らされた。


 もしその後に死んだのだとしたら、死体があってもいいはずだ。だが、とある点を境にして、誰もあいつの姿を見たものはいなくなり、死体も何も残っていなかった。


 どうにも疑わしい。

 だから、ふと思い出してしまう。あいつは本当に魔物との戦いの影響によって死んだのだろうか、と。

 死んだのだとしても、それはもしかして誰かに殺されでもしたのでは——


 ……いや、今はそんなことを考える時ではないな。


 仕えるべき相手である王女殿下を疑い、こうして調べにきたのだ。

 であれば、バレるにしても何かしら調べてからがいい。バレないに越したことはないのだが、ともかくさっさと中へ入ってしまおう。

 幸いなことに、隊長である私なら鍵を手に入れることも容易かった。死者の首を運び込む者に一言言えばすぐに借りることができたのだから、もう少し警備を見直したほうが……。


 っと、違う。今の私は警備状況について考えにきたのではないんだ。


 やはり緊張しているからだろう。思考がうまくまとまらず、どうしても傍にそれてしまいがちになる。


 そうして私は部屋の中へと入っていった。


 部屋の中を見回すと、部屋の中央には祈りを行うための術に使うのだろう。大きな魔法陣が書かれていた。まずはあれを調べて見るべきか。


 ……しかしあれだな。以前にも見た時に思ったがどうにも陰気くさい部屋だ。一応『祈りの間』と呼んでいるが、とてもではないが祈りを捧げるような神聖さなどかけらも感じられない。

 いや、邪教が祈りを捧げる場所だと言われれば納得できるか。


 ともあれ、今はこの部屋について調べなくてはな。何かしらの手がかりがあればいいのだが——


「ここで何を?」


 だが、そうして部屋の中央へと足を踏み出し、魔法陣の側でしゃがみ込んだその瞬間、背後から声がかけられた。


「っ——!」


 突然の声に反応して咄嗟に振り返りながらその場を飛び退いたが、声をかけられた方向を見てみるとそこにはよく見知った、だが今日ここで会うはずのない顔があった。


「アランッ!?」


 なぜこいつがここに? まさか、ここに入るところを見られていたのかっ!?


 どうする。まだ何も調べることはできていないのだから、ミザリス王女殿下が悪なのか正しいのかまだわからない。だからここで捕まるわけにはいかない。


 だがそうは言っても、どう言い訳を……いや待て、おかしくないか?

 私は背後から声をかけられたが、先ほどまで誰もいなかったはずだ。誰かが入ってきたのなら流石にわかるはずだ。

 見逃した? それはない、とは思うが、こいつの存在感のなさと私の緊張度合いを考えれば絶対にないとは言い切れないか?


「ここで何を?」


 アランは必死になって状況の理解と解決案を考える私の内心など知ったことかとばかりに、淡々と先ほどと同じように問いかけてきた。


 だが、まだ大丈夫なはずだ。確かに本来私がいるべきではない部屋に入っているが、まだ何かをしたと言うわけではないのだから決定的な状況ではない。


 むしろこの場にいるはずのないアランがここにいることを咎めるべきではないだろうか?

 本来城にいないはずのものがいるとなれば、怪しいことに違いはないのだから。……まあそれは私にも言えることだが、場を誤魔化すことができれば今はとりあえず構わない。


「……お前こそ何をしている? 今日の仕事は終わったはずだろ? 今日の見回りの当番はお前ではなかったはずだし、お前は宿舎で休んでいるはずだが?」

「ここで何を?」


 だがそう考えて問いかけた私の言葉に対してアランは何も答えず、ただ同じ言葉を繰り返すだけだった。


「……お前、やはり何かあるな。その反応はどう考えてもおかしいぞ」


 その言葉は一文字たりとて変わることはなく抑揚まで全く同じものだった。

 普通ならそんなことはありえない。私は部屋の雰囲気もあるのだろうが、目の前にいるアランに不気味さを感じずにはいられない。


 しかし、状況の変化はそれだけでは終わらなかった。


「こうなっては、ほしくなかったんだけどな……」


 突如、またも背後から別の誰かの声が聞こえてきた。


「っ!? 誰だっ!」


 妙に耳に馴染む聞き覚えのある声のような気がするが、それを気にしている余裕なんてない。

 私は背後から聞こえてきた声に向かってバッと振り返り……


「久しぶりだな。アーリー」


 その先で死んだと言われていた恋人の姿を見つけた。

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