第39話処刑人17
——アラン——
「アランッ!?」
アーリーは俺——アラン・ゼートの姿を見ると、まず何が起きているのかわからないと言うような顔をした後、その顔を徐々に驚きへと変えて目を見開いていった。
そして俺のことをしばらく見つめた後、アーリーは叫びながらこちらに向かって駆け寄ってきた。
「どうして、死んだって……なんでこんなところに……どうしてっ!?」
駆け寄ってきたアーリーはそのまま勢いを殺すことなく俺に抱きついてきたが、抱きつきながら普段の彼女らしくなく感情的な声で問い詰めるかのように叫んだ。
「あー、うん。まあ色々と説明するとあれこれと色々とあるんだけど……」
本当に色々あった。今までのことを話すとしたらそれなりに長くなるんだが、あいにくと話せるようなことではない。
そのため言葉に詰まってしまい、それを誤魔化すために抱きついてきたアーリーの背中に手を回してポンポンとあやしてみたのだが、どうにも誤魔化されてはくれないようだ。
「何をいっている! しっかりと話せ! なぜこんなところにいる! なぜ黙っていなくなった! どれだけ……どれだけ探したと思っているんだ……」
目元に涙を溜めてくしゃくしゃに顔を歪めているアーリーを見てこれまでのことに罪悪感が湧いてくる。
そして同時に、この後にやらなくてはならないことに対する悲しさも。
「——ごめんな。勝手に決めて」
「決めるとはなんだ。何か消えなくてはならない事情でもあったのか? どうして相談してくれなかった。せめて手紙の一つでも出してくれればよかったんだ。そうすれば私だってこんなに辛い思いをすることもなかったのに」
そう言って俺を抱きしめる腕にさらに力を込めたアーリーのことを見て、俺の中の罪悪感や悲しさといったものがないまぜになったグチャグチャとした感情はさらに強くなっていくが、それでも俺はこいつに何かを話すことはできない。
「……ごめん」
「……お前のことだ、何か事情があったのだろう? こんなところにいることを考えると、何か殿下から任務でも与えられたか?」
任務……任務ね。まあある意味では間違ってはいないな。正確でもないけど。
「任務、というよりも頼み事だな」
「そうか。……だがなんにしても、お前が死んでないとわかってよかった」
死んでない、か……。
「そういうわけでも、ないんだけどな」
「? それはどういう……アラン?」
説明する気はなかったがつい口から漏れてしまったようだ。
それを聞いてアーリーが不思議そうな顔をして俺を見つめてくる。
「こうは、なってほしくなかったんだけどな……」
最初に呟いた言葉をもう一度口にしたが、それも意識しての言葉ではなかった。無意識のうちに言葉にするくらい嫌なんだろう。いや、だろうってか、実際に嫌だ。こんなことはやりたくない。
だがそれでも、俺はやらなくてはならない。他でもない、俺がそうすると決めたんだから。
「悪いな。恨んでくれても構わない」
だから俺は、俺に抱きついているアーリーに向かってそう言うと彼女を突き飛ばした。
突き飛ばされたアーリーはよろめき、尻餅をついたが、その顔は訳がわからないと言うように唖然としたものだ。
「ア、アラン?」
俺はそんな座り込んだままこちらを見つめるアーリーを見ると、ぐっと唇を噛んでから腰に帯びていた剣に手をかける。
「お、おいアラン!?」
そんな俺の行動を見たアーリーは目を丸くしながら驚き、叫ぶが、それでも俺は止まらずに剣を引き抜いていく。
だが、そんな俺の行動も途中で止まることとなった。
「何をするつも——」
アーリーの首が宙を舞ったからだ。
話ている途中だったアーリーは首を切られたことでその言葉を遮られた。
そして宙を待った首は、何か重いものが落ちたようなものに妙に生々しさが混じったような音を立てながら地面へと落ちた。
だが、人間というものは案外頑丈なもので、首を切り落とされても数秒は生きているものだ。
アーリーはその数秒で自分の状況を理解したんだろうな。これでもかってくらい目を見開いて首のなくなった自分の体を見ていた。
そして、直後その瞳から光が消えた。そこでようやく死んだんだろう。
そんな恋人の姿を見て俺は唇がちぎれるんじゃないかってくらい噛み締めるが、それでも血は出てこない。
首だけとなったアーリーの元へと進み、見開いた状態で固まってしまった目を閉じさせた。
変わり果てた恋人の頭に手を置き、髪に手を通しながらその姿を見てついはに力を入れてしまいギリっと奥歯から音が出たが、そんなことは気にならない。それよりも……
「おいっ!」
俺はアーリーを殺した犯人であるアーデンの元へと早足で近づいてその胸ぐらを掴んだ。
だがそんな状態で見つめたこいつの目にはまともな意思が感じられない。やっぱりまだ完全に元に戻ったって訳じゃないってことか。
そんな状況であっても〝俺に〟アーリーを殺させないために代わりに自分が殺したってか。ふざけんなよ。
「くそっ! まともに喋ることすらできねえ癖に、こんなところでまで背負うんじゃねえよ、馬鹿野郎が……」
俺はアーリーを殺すつもりだった。そのつもりで剣に手をかけたんだ。
確かにアーリーは俺の恋人だった。だが、〝だった〟だ。今は違う。何せ、俺は——もう死んでるんだから。
そうだ。俺は死んだんだ。ここにいるのはただの残り滓みたいなもんで、この部屋だからこそ表に出てくることができるだけ。
そして今の俺は王女様の目的に賛同して協力している。だから、その邪魔をする奴はたとえ恋人——〝元〟恋人であったとしても殺さなくちゃならない。
だがこいつは、ろくに何かを考えるだけの意識がないはずだってのに、俺が恋人を殺さなくてもいいようになんて思いでもしたんだろう。俺がやるはずだったことを代わりにやって、アーリーを殺した。
それは自我が表にで始めたってことだから術がうまくいっている証拠でもあるから喜ばしいことなんだが、満足に意思を示すこともできないのに他人のことを考えてるこの馬鹿野郎に腹が立つ。
「——にしても……くそ。面倒な事になったな。鍵の管理してる奴らをやって、詰所を燃やして……あとは監視も消さないとか」
アーリーは確かにここを調べにきた『敵』だが、それを殺しておしまいというわけにはいかない。
ここにくるときに必要な鍵は貸出記録が残るはずだし、アーリーが鍵を借りたって知ってるやつだって残ってるはずだ。
そんな状態でアーリーが死んだら、たとえ死体を処理したとしても意味がない。どう考えてもここが怪しくなるに決まってる。
それに、城は夜だから誰も見てないってわけでもないんだ。むしろ、夜だからこそ気をつけないといけない。どうせその辺に隠れてアーリーがこの部屋に入った様子を見てるんだろうから、そいつも殺さないといけない。
あれもこれも、あいつもこいつも殺して殺して殺して……これから俺は——いや、俺達は、嫌になるくらい人を殺さなくちゃならない。それも、罪人でも敵でもない普通に暮らしてるだけの奴らをだ。
だがそれでもやらなくちゃならない。それが、俺のできることで、その先にあるものが俺の願いだから。
「チイッ! クソったれが。あと少しなんだ。あと少しで王女様の願いが叶うんだ。だから、もうちっとだけ放っておいてくれよな、くそっ」
俺はそうぼやいてから魔法陣の上に倒れているアーリーの体とその首を見つめ、その側にしゃがみ込んでから魔法陣を起動させた。
するとアーリーの体は砂でできた細工が崩れるように消えていき、その後には何も残らなかった。
「いくぞ、大馬鹿野郎」
そんな様子を確認すると、俺はアーデンに近寄って肩に手を置きアーデンの中へと戻り、アランは何を言うでもなくその部屋から出て行った。
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