第33話アラン・過去1

「アラン・アーデンと申します。十二という若輩の身ではありますが、皆様これからご指導のほどよろしくお願いいたします」


 どこか幼さを残した少年が緊張した面立ちで自分よりも年上の者達に向かって頭を下げていた。


 これは本人がそう言ったようにアランがまだ十二歳だった頃の出来事だ。

 この頃のアランはまだ『処刑人』などと呼ばれ、恐れられておらず、ただの子供として見られていた。


 この国では騎士団への入団は基本的に十五歳からとなっている。だが、アランはまだ十二歳。入団するにはまだ数年足りていない。

 だというのにアランが騎士団の者達に挨拶をしているのは、アランが特例として騎士団に入ることとなったからだった。


 アランの家は男爵という爵位を持った家ではあるが、それほど豊かではない。日々の暮らしはできていたが、それだって当主である父が死んでしまえばすぐに傾くようなもの。

 そして当主であるアランの父は騎士として軍に所属していたので、いつ死んでもおかしくなかった。


 故に、アランの父はもし仮に自分が死んでもなんとかなるようにアランを騎士にさせようと、まだ子供ではあるが騎士団の訓練に混じらせることとした。


 幸いにというべきか、アランの父は騎士として街に迫る魔物を屠ってきた功績があったため、軍からしてみればその息子とあらば早くから教育するのに否はなかった。


 それ以外にも、現在の基本的な入団年齢よりも早くに騎士団に入れて育てた場合はどうなるのか。そんな実験的な意味も込められていた。

 だが、そんな実験が認められたのはそこにはアランには剣の才があったというのも理由の一つだろう。


 しかし言ってしまえば、アランにとってはそんな実験的な意味だとかの大人の事情などどうでもいいことで、そもそもがそんなことを考えている余裕などなかった。


 何せ父に勧められて自分も望んだことであるとはいえ、周りは同年代の子供達ではなく、何度も敵を殺し、また殺されかけたことがあるような猛者達だ。才があるとはいえまだ実際に生き物相手に剣を振るったことのないアランにとっては、その気迫だけで気圧されてしまっても仕方がなかった。


 しかしそれでもしっかりと挨拶をしきったアランは認められ、その日から騎士団へと混じることとなった。


 だが、入ったとはいえその後はどうするかというのが問題になる。


 騎士団に入った者達は等しく見習いとしての訓練を受けることになるのだが、それは多少のばらつきはあるものの、十五歳以上の者達の集まりだった。

 しかしそれは当然だ。入団年齢は十五であるのだから、むしろ十五歳以上の者がいるのが当然で、アランのように下限のさらに下である十二歳の者がいるのがおかしいのだ。


 だが、年齢が他のものよりも幼いと言っても、アラン一人のために訓練を変えることもできない。

 そしてアラン一人だけ違う訓練をさせては騎士団に入れた意味がなくなってしまうし、一人だけ指導役をつければそれは特別扱いが過ぎる。

 軍部はアランの入団を特例として認めはしたし、何かあった場合それが多少の不手際ならば多めに見ることはあってもそれ以上の特別扱いを認めるつもりはなかった。


 なので、アランは他の者と年齢こそ違って一人だけ十二歳ではあるが、他の騎士見習い達に混じって訓練をすることとなった。


 しかし、軍部にどんな思惑があったのだとしても、父親に連れられただけなのだとしても、アランが特別扱いだということは周りも理解していた。

 そんなアランが気に入らなかったのだろう。

 騎士見習いとしての訓練の辛さの鬱憤を晴らすためか、騎士見習い達はアランのことを虐げ始めた。簡単にいえばいじめだ。


 それは集合時間の連絡を三十分ほど遅れて知らせたり、必要な装備を伝えなかったり、装備を壊したりと『多少の不手際は多めに見る』という言葉以上の失態をアランに強要した。


 アランはそのたびに叱られ、騎士団の者達もいくら才はあってもまだ早すぎたのだろうと結論を出した。


 だが、一度入団させたのだから一年とたたずに辞めさせることはできない。

 そもそもが今回のアランの入団は十五歳以下の者を見習いとして入れた場合はどうなるのかという実験的なものだ。なので、いくらアランが不出来だったとしても、それはそれで結果の一つなので、辞めさせるつもりはなかった。

 そのため、アランへのいじめはその後も続くこととなった。


 剣の才能があったとしても、この時のアランは所詮まだ十二の子供だった。

 そして根が真面目なことも災いして、年上からの「誰にもいうな」という言葉を素直に聞くしかなかった。


 いじめを受け続けたアランは、だがそれを他の誰かに言うこともできずに一人で抱え込むこととなった。

 いくら真面目とは言っても、愚痴の一つでも漏らし、悪態をつきたい気持ちはアランにだってあった。


 しかし寮に帰れば自分をいじめる騎士見習い達がいるので迂闊なことを言えず、アランは時折騎士達が普段行かないような場所——図書館や庭園などで一人になっていたのだが、この日は普段とは違って庭園の少し奥、騎士だけではなく他にも誰も来ないような庭園の外れで1人剣を振るっていた。


 だが、アランは知らなかった。ここには誰も来ないのではなく、『来てはいけない』場所なのだと。


 そうしてアランは時間の許す限り剣を振った。特に目的や目標があるわけでもなかったが、アランはただ純粋に剣を振るうのが好きだったのだ。それこそ、近くに誰かが近づいても気づかないくらいには熱中することができるほどに。


「あら? あなたはどなたでしょう?」

 剣を振るのに夢中になっていたアランはその声を聞いてようやく誰かが近づいていたのだと気づいた。


 そしてその声を聞いた瞬間、もしや騎士見習い達に見つかったのか、と考えながらバッと振り返るが、そこにいたのはアランが頭に思い浮かべた騎士見習い達ではなく、ただの幼い少女だった。


 だが、『ただの』というには少々語弊があるかもしれない。

 生垣から姿を見せた少女は、まだ十歳にもなっていない様子だが、それでもどこか他の子供達よりは大人びた雰囲気があった。


 それに加え、着飾った服は見ただけでもアランのような家では到底買うことができないような高価なものだということがわかるほどに質の良いもので、少女の髪や肌の艶は少女だということを差し引いても綺麗なものだった。

 少なくとも、アランのように訓練をしている者では到底ありえないような状態の良さだ。


 そしてそれは少女だけではなく、その後ろにいた侍女達にも言えることだった。

 その少女に付き添っていた侍女達もまた、使用人としての服を着ているもののその服は少女と同じように質の良いものであり、肌や髪も艶のあるものだった。

 おそらくその侍女達が来ている服をドレスに変えただけで誰も彼女達を使用人とは思わないだろう。


 そのような者を従えているという事実だけ、その少女がかなりの地位がある家柄の子供なのだということがわかる。


「え? えっと、ぼ、ぼく……じゃなくって私は騎士見習いのアラン・アールズと申します」


 見知らぬ顔だが、いる場所と雰囲気、それと見た目からして相当な家の令嬢だろうと判断したアランはすぐさま立ち上がると言葉遣いを改めて騎士としての礼をした。


「アールズ? ……ああ、あなたが例の……」


 例の、とはどういう意味だろうかと思ったアランだったが、心当たりはいくつか、というかいくつもあったのでそのうちのどれかだろうと一人で納得した。


「あなたはここがどこだかご存知ないのですか?」


 だが、少女の前に出てアランとの間に割り込むように出てきた侍女がアランに問いかけた。


 アランはその侍女が何を言っているのかわからなかった。いや、言葉自体は理解できる。だが、「ここがどこだ」と問われても、「庭園だ」としか言えない。何せアランは、この場所が特別であるとは思っていないのだから。


「え? えっと……」

「ここは王族、及び許可の出された者のみが立ち入ることを許された庭園です。そこで剣を振るとは何事ですか」

「……えっ!? え、あ、その……ぼく……あっ! ま、まことに申し訳ありませんでした!」


 故にアランは言葉に詰まったのだが、侍女の言葉を受けて一瞬言っている言葉の意味を認識することができなかったが、すぐにその言葉を理解すると勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を叫んだ。


「知らなかったとはいえ許可なく立ち入ってしまったこと謝罪致します!」


 そう言ったが、許してもらえないだろうとアランは思っていた。それくらいは子供とはいっても騎士団にいるようなアランであれば簡単に分かった。

 なので自分は仕方がない。でもどうにか父や家には害が出ないようにしなくては。それだけを考えてアランはとにかく必死になって頭を下げていた。


「なら、これから私の話し相手になってくれませんか?」

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