第34話アラン・過去2

 

「え……?」


 そんな頭を下げるアランに向かって少女が声をかけたのだが、アランはまたも相手が何を言っているのかわからなかった。

 この場所が特別な場所だと教えられ、そこに勝手に立ち入った自分は怒られるのだろうと思っていただけに、突然「話し相手になれ」と言われても理解できなかったのだ。


 だがそんな少女の言葉に、アランではなく少女の侍女達が反応した。


「姫さまっ!」

「え……ひめさま?」


 高位の貴族の令嬢を姫と呼ぶことはある。

 だが、ここは城だ。そしてここは王族と王族に許可を出されなければ入ってはいけない場所。

 そんな場所にいる少女が姫さまなどと呼ばれれば、それは本当に『お姫さま』なのだろう。


 今更ながらに目の前のいる少女の素性に思い至ったアランは、今まで以上に顔を青くして全身を震えさせた。

 いくら子供とはいえ、騎士団にはいってもう半年以上経つのだ。今のアランの言動が王族に対するものではない事は十分に理解できたし、その場合は罰がどうなるのかも理解していた。


 先ほど少女が——王女が言っていた「私の話し相手」云々のことなどもう忘れて、アランの頭の中は突然の王族ということでぐちゃぐちゃだった。


 それがアランとミザリス王女との最初の出会いだった。


「騎士見習いということは素性がはっきりしていることでしょうし、不審者というわけでもないのです。話し相手くらい構わないと思いませんか?」

「ですが……」


 そんなアランを放って話は進んでいく。


 だが、王女の言葉に対して侍女はあまりいい顔をしていない。しかしそれも仕方がないだろう。

 ただの話し相手とはいえ、本来王女と直接合わせるのにはもっと高い身分が必要であり、様々な審査を通ったものだけがその栄誉に預かることができるのだ。


 もしくは放っておけないくらいに活躍したものだが、アランはそのどちらでもない。

 しかもアランには自分でも心当たりがあるくらいにさまざまな噂が広がっており、その噂は決していいものではなかったのだから、侍女が頷かないのも無理はなかった。


「それに、どのみち近いうちには護衛騎士の選抜があるのです。その中には歳の近いものも数名選ぶのでしょう? この方は『例の方』なのですし、ならば他の騎士見習いよりも私と歳が近いことになりますからちょうどいいはずです。ならばこの方を見極める意味でも話をすることは必要です」


 噂云々というものを考えずに護衛を選ぶのであれば、アランはその年齢も実力も王女の護衛として最有力候補だった。


 護衛として考えるのであれば年嵩のいったものの方が経験という意味では良い。

 だが、それだけでは息が詰まるだろうし、同年代の者がいなければもし高齢のものがやめたときに誰も護衛がいなくなってしまう。


 性別の面でも、王女の護衛として男であるアランを使うのかと考える者もいるかもしれない。もし男を選んで〝間違い〟でもあれば、と。


 だが、女性は結婚してしまえば退役するしかない。

 そして結婚したら当然子供を産むことになるのだが、もし仮に子供を産んで育て終えた後に復帰するとしても、最低でも十年は間が空いてしまう。

 その間の護衛がいなくなるし、復帰したとしても結婚する前のようには動くことができないだろう。


 だが男性は結婚しても死んだり大怪我をしない限りは護衛を続けられる。

 懸念がないわけではないが、王女の安全という面ではどうあっても男性の護衛というものは必要だった。


 それ故に、年が他の者達よりも王女に近く、実力があってこれから伸びる才能もあったアランはちょうどよかったのだ。


 ただそれも、失敗ばかりの愚図というような噂が流れたせいで正式に決まることはなかった。


 そしてそんな事情は侍女達も知っていた。当然だろう。もしアランが護衛になるんだとしたら、側仕えである自分たちの同僚として一緒に働くことになるのだし、そうでなくても王女に仕える可能性のあるもののことについては調べるに決まっている。


「ですが、この者は失敗ばかりをしている者です。才能はあるとの話ですが、それ以外ができなければ護衛としては——」

「それはっ……! ……いえ、言葉を遮ってしまって申し訳ありませんでした」


 故に侍女の一人はアランについて否定的たことを口にしたのだが、そんな侍女の言葉を遮ってアランは叫んでしまい、叫んでから自分よりも高位の者の言葉を遮ってしまったのだと気がついて言葉を止めて頭を下げた。


「? 何か言いたいことがあるのでしたら、どうぞ?」

「……っ。……いえ、何も、ありません」


 そんな途中で言葉を止めたアランの様子がおかしくて王女は声をかけたのだが、それでもアランは唇を噛んで何もいうことはなかった。


「……そうですか」


 そんなアランの様子を見て疑問に思ったものの、いうことはないのだろうと理解した王女はそれ以上を問うことをせずに、わずかに何かを考えた後にアランのことを見つめた。


「今回はこの場を離れていただければ不問とします」

「え? ……あっ。ありがとうございますっ!」

「——ですが、話し相手の件、考えておいてくださいね」


 最後に少しだけ茶目っ気を見せてそう言うと、アランから視線を外して元いた方へと振り返った。


 楽しげな王女とは違い、その侍女は疎ましげにアランのことを見ていたが、アランにはそんなことはかけらも気にならなかった。その目はただ離れていく王女の姿だけを映している。


「あの方の周りについて調べてください」

「……周りというのは、家についてでしょうか。それとも他の騎士達のことでしょうか」


 王女の言葉に眉を顰めた侍女たちだが、そのまま答えないままではいられない。

 それを理解している侍女の一人が一瞬躊躇ってから自身の主となっている王女へと問いかけた。


「どちらも、ですが特にあの方の近くにいる騎士見習い達について、ですね」

「かしこまりました。……姫様はあの者が噂通りではないとお考えですか?」


 侍女はミザリス王女の言葉に了承の言葉を返したが、付き従っていた侍女はわずかに眉を寄せて訝しげな様子を見せながら自身達の主人となっている少女に再び問いかけた。


 問いかけながらも、「めんどくさいことを……」と考えていた。


 この侍女たちだって王女に付けられるくらいなのだからそれなりに身分のある家柄のお嬢様たちだ。一人特例で入ったアランのことを気に入らない者が虐げた可能性があるというのは、今の会話からでもそれなりに察することができていた。


 だが、どうして自分たちがそんなどうでもいいことに関わらなければならないのか、と不満を感じていた。

 そして、何で〝こんなの〟のためにだなんて、とも。


 ミザリス王女は先頭を歩いているので背後にいる侍女達の表情など見ることはできないが、その時の侍女達の表情は、目の前を歩いている少女のことを主人と思っているとは到底思えないほど不満げで、見下したものだった。


 しかし、そんな侍女の言葉にも気付いているのかいないのか、ミザリス王女は楽しげに笑って頷いた。


「だってあれほど綺麗な剣を振るう方ですもの」


 他人からしてみれば理由になっていない理由だが、ミザリス王女としてはそれでよかったらしい。


 そんな二人の会合から数日が経ち、それ以来アランに対するいじめは無くなった。


 突然すぎたそのことをアランも不思議に思って調べてみたら、どうにも一度会っただけのはずの王女さまが動いたようだということがわかった。


 それが自分を助けるためのものだったのか、それとも他の思惑があったのか、他に何かしたためにアランのところにまで影響が出ただけなのかはわからない。

 だがそれでも、アランは自分が救われたと感じ、それによって自分を救ってくれた王女様のために剣を振おうと決意した。


 それでも小さなところでは疎まれたり邪魔をされたりしていたが、そんなことを気にする事なくアランは進み続けた。


 全ては救ってもらった恩を返すために。


「この度護衛騎士として任命されましたアラン・アールズと申します。至らぬ点は多々ありますが、よろしくお願いいたします」


 そして半年後、アランはそれまで以上に訓練に力を入れ、必死になって鍛えた結果、騎士として任命されるに至った。


「命に変えてもあなたをお守りいたします」


 他人からすれば本当に些細なことなのかもしれない。だがアランからしてみれば命を救われたに等しかった。

 理不尽に虐げられ、誰も助けてくれることのない色褪せた世界が、まるでそこだけ輝いて見えるかのように感じられたのだ。


 だからこそ、アランはその恩を返すためなら——そして胸の内に宿った想いのためなら、命を投げ打ってでもこの少女を守り抜こうと決意し、忠誠を誓った。


「ダメです」


 だが、そんな決意を込めた言葉は忠誠を誓う相手であるはずの当の王女本人から拒絶された。


「え?」

「命に変える事なく私を守ってください」


 想定外の言葉に言葉をなくして呆然と声を漏らしたアランだが、その後に続けられた王女の言葉を聞くと、グッと拳を握りしめた。


「はっ!」


 そんなアランの返事を見た王女は楽しげに頷いた後、跪いて忠誠を誓った状態のままでいるアランの顔を覗き込むかのように身をかがめると、ニッと口元を歪めて笑ってから口を開いた。


「それで、以前言った事は考えていただけましたか?」

「以前言った事?」

「私のお話相手になるという話です」

「あ。……そ、それは…………私にできる範囲であれば」


 護衛騎士に任命されてから最初の頼み——命令とも言えなくもない言葉に対して否とは言うこともできず、アラン自身ミザリス王女と話ができるのであればそれは嬉しいことだと思っていたために、恥ずかしそうに戸惑った後に頷いた。


「これからよろしくお願いしますね」

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